裏切り者の帰還[15]
俺が帰還してから六時間四十二分一秒後、八隻目の戦闘空母が崩壊。それから一秒後、クレンベルセルス伯爵が大将昇級書類を提出。
一晩明けたら俺は大将となっていた ――
「三年時間をくれ」
あとは侯爵の隣で話をしつつ艦隊の指揮を執っていた。俺の為の会戦だったわけだが、異星人にはそんなことは関係ないので、いつも通り攻めてくる。それらが終息するまで戦争なので。当たり前だが。
「何が、ですか?」
俺は帝国軍側の幕僚長として、機動装甲に搭乗して戦っておられる司令官の替わりに、帝国軍を指揮している。
もっとも帝国軍単独で作戦行動を取っているわけではないので、王国軍と連携を取り ―― 二人並んで片方が指示を出していると最も良く収まるわけだ。
俺と侯爵なら、どう考えても侯爵のほうが戦争上手なのでお任せするに限る。もちろん頭の中で、言われた作戦行動について自分なりに考えてはいるが、侯爵の作戦と艦隊指揮には無駄はない。
「元帥に昇格するための作戦だよ。やっぱり機動装甲戦の方が解り易いだろう」
帝国騎士として元帥に昇格するには、当然ながら大将よりも難しい条件が課せられる。
「できれば、もう少し危機的な状況をつくって頂かないと」
今回のような絶対安全圏に保護者付きは……。
「済まないな。戦争を楽しませてやれなくて」
いや、そっちではなく。でも危機的状況で戦いたいというのは、エヴェドリットとしては戦争を楽しむと同義語か。
「単独とは言いませんが、通常帝国騎士がガウセオイドを落とす時のような戦い方も、一度は経験してみたいと思っております」
使用武器一つで、使用回数八回では駄目だと思うのですよ。
「それはクレスタークに依頼すりゃあ簡単だが。ゾローデが自分でファティオラ様から許可とれよ。俺は許可取るの無理だ」
戦争に出る前の条件があるのですね。
八日後、異星人は退き、
「ヴィオーヴ大将殿下に乾杯」
戦争功労者として酒杯を持ち、壇上に立たされたわけだ。
俺の何もしていない感は隠しようもないのだが、それでも数値上は俺がガウセオイド戦闘空母を沈めたことになっている。
数値って本当に不可思議な存在だ。
エヴァイルシェストの皆さんと挨拶を交わし、主だった将校たちとも無難に会話して ――
「よし、話を始めよう」
俺とウエルダにクレンベルセルス伯爵。侯爵とリディッシュ先輩にジベルボート伯爵とヨルハ公爵。
ヒュリアネデキュア公爵とネストロア子爵とロヒエ大公、そして、
「ソフィアディンも同席させて欲しい」
エヴァイルシェストNo.14で元娼婦という異色の経歴を持つ女性。現在はロヒエ大公と結婚して大公妃であり、子供が二人いるとのこと。
髪は白っぽい灰色で、綺麗にまとめ上げられている。肌は象牙色で、やや垂れ目がちで優しそうな雰囲気の顔立ち。
背は高く、ウエルダよりも五pは大きい。
そのウエルダだが、ここに来る前に俺が僭主の末裔であることは伝えた。
驚いてはいたが「でも納得できる。ゾローデ、顔綺麗だもんな」と。
「ゾローデ、なにが聞きたい?」
テーブルを挟み向かい側に座ったクレスターク卿は、足を組んで俺に聞いてきた。
聞きたいことは無数にあるのだが……
「漠然とし過ぎておろう」
「そうだな。じゃあソフィアディンも知らないところから説明してやろう。ゾローデ、四十五代皇帝サフォントを知っているな」
「はい」
「あの皇帝は色々なことで有名だな。奴隷の識字率を上げたこと。奴隷の識字率や学力を上げた貴族の階級を引き上げたこと。汚職警官や役人に対しての厳罰。そして僭主狩りの終結宣言。他にも異星人相手に初勝利を治めたとか、異母弟を正配偶者に添えたとかなあ。それでだ、サフォント帝が奴隷の識字率を上げるよう動いたことが原因で今お前はここにいる」
「……」
「勢力を失った僭主は外宇宙(帝国支配領域外)へと逃げていった。それを刈るのが各王族の仕事だったんだが、結構金も人も必要だ。サフォント帝としては、異星人との戦いに人員や資金を割く必要があったので、刈る作業を他者に任せることにした。それ故の僭主狩り終結宣言だ。あの大名君は宣言を出した時点で全てを終えていた」
「帝国騎士を見つけた物には褒美を、帝国騎士には一代爵位を。外宇宙へと逃げた僭主の末裔たちを人間に見つけ出させるように仕向けた。汚職警官や役人、人身売買を生業としていた者たちを締め付けて、わざと外へと逃がした」
「帝国が指示している移民団には存在しないことをほのめかし、移民団の情報も横流しする。やつらはそれら開拓中の惑星は避け、僭主が逃げた惑星を自分たちで探し出す。帝国騎士能力判別機器すら自ら造り。そこまでしても一人見つければ釣りがくるほどの報奨金だ」
「人間は人間を刈るのも上手いが、人間以外のものを刈るのも上手い……それで見つかった帝国騎士は一代爵位を受ける。その際に身内も貴族の待遇を与えるとして帝星へと連れてくる。偉くなりゃあ見たこともない親戚が増えるってのは、有史以来変わらないからな。無関係であろうが親戚と名乗った時点で僭主の末裔だ。繁殖に関しては帝国の管理下に置かれる」
「最初から帝国騎士に爵位を授けたら疑念を持たれただろうが、奴隷の識字率を上げた貴族を取り立て階級を上げ、能力に対して階級を授ける皇帝であると臣民に植え付けておいた。初めて貴族の階級を引き上げてから六十七年後、初の一代貴族を叙爵した。その時に初めてサフォント帝は真意を明かし、僭主政策の存続を命じた。現時点で帝国騎士能力を所持していない者は緩やかに、その帝国騎士が死亡したら速やかに一族皆抹殺しろと」
「こうして今に至るまで僭主たちは刈り続けられている。それでも見つからない者もいる。それがゾローデ、お前のようなタイプだ。お前はかなり特殊なタイプだ。お前は曾祖母さんはいるが、曾祖父さんは存在しない。曾祖母さんが一人で産んだのがお前の祖母さんだ」
俺の母方には曾祖父がいない? 《人間》である以上、曾祖父に該当する人物は存在るだろう。それが存在しないとなると……
「それは……どういった意味で」
「いいこと教えてやろう」
立ち上がったクレスターク卿が両腕を胸の前で組み、そして広げる。同時に大きな鳥が羽ばたくような音が突如聞こえ、俺の視界は白に埋め尽くされた。
テーブルに落ちているのは一枚五十pを越えている白い羽。
再び腕を組んだクレスターク卿。その背後にある白い翼……。クレスターク卿が俺に背を向けると、翼が背中を割って出てきたと思わせる血の筋が八本。左右四枚ずつの白い翼。休んでいるかのような翼はゆったりと開き持ち上がる。
室内は決して狭くはないが、身長が225cmもあるクレスターク卿の三倍もあろうかという翼八枚が広げられると狭さを感じる。
同時に怖ろしさも ――
「ゾローデ、お前は人間じゃない」
腰に手をあてて斜めに俺を見るクレスターク卿に言える言葉などなかった。
ただ黙って話を聞くしかできなかった。隣に座っていたウエルダは無言のまま、手を伸ばして俺の手を握り笑って頷いてくれた。
だから最後まで聞けたのだろう。
「ケシュマリスタ王族の始祖、エターナとその姉ロターヌは”卵”から生まれた。この卵は人間の卵子で子宮に着床して、というやつじゃない。鳥の卵と同じで硬い殻に包まれたもので、抱卵により孵化する。これは人間が作った生物で人造人間という。正確には人造天使だがな。エターナとロターヌの背中にも俺が背負ってる白い翼が生えていた。その数十二枚。この翼は人間が天使を作ろうとした結果だ。それで卵から生まれた祖先を持っていた僭主ララシュアラファークフの末裔に、卵を産める者が現れ、そいつ一人が生き延びた」
「一人が生き延びた……」
「その通り。お前の曾祖母さんは高祖母でもある。卵から生まれる者はクローンでしかない。だがクローンには限界がある。お前の祖母さんの顔は、貴族や王族の特徴とも言える”左右対称”じゃなかっただろう。それが限界の証だ。こうなったら卵繁殖は不可能。別の血を入れる必要がある」
「行き倒れたのは突然死のせいだろう。俺たちには突然死というものが付きまとう。とくに純粋にして劣化したケシュマリスタじゃあ突然死は避けられない。もっと話してやってもいいが、どうする? もちろん休憩を入れて明日また改めて続きを話しても構わないぜ」
聞きたいことは多数あるが、聞いたことを整理できない。理解はなんとなくできたが、それに対して自分がどうするべきか?
「一つだけお聞きしたいのですが」
「なんだい」
「俺も翼、生えるんですか?」
「お前は生えない。俺は天使が元になっているタイプで異形ってやつだからな。ゾローデは見た目なら俺より強そうなドラゴンが元だがな」
なにを言われているのか? 理解できる範疇は越えていた。言われたことを理解できないまま話を聞き続けても、聞いていないと同じこと。
「皆さんには常識である天使やドラゴンですが、俺には皆目見当がつかないので。検索で出ますか?」
「お前のコードなら問題なく」
「今日はこれで。続きは明日にでもお願いしたいのですが」
「構わないぞ。むしろよくここまで耐えたな。お前に必要なのは聡明さと我慢強さ。両方持ち合わせているお前は充分にやっていける。帰還準備が整うまで七日ある。その間幾らでも聞け」
聞く時間がたくさんあるのはいいのだが、帰還準備に七日ってかかり過ぎでは?
「あの……」
俺が言いたいことに気付いてくれたクレスターク卿は、しっかりと答えをくれた。
「お前とグレスの帝星結婚式典に参列する奴が、ここにも結構いるんだよ。戦争前に準備するようなまっとう精神しているのは、ハンヴェルくらいだ。あとは戦争終わってから準備を始めている」
前線基地の艦隊を移動させるわけにはいかず、まさか機動装甲に搭乗して戻るわけにもいかない。ケシュマリスタ王太子の結婚式典に並ぶのだが、ケシュマリスタ国内で執り行われるものではなく、帝星で「皇帝陛下が」主催してくださるものなので、帝国軍が責任を持ってお連れする ―― ということだ。
説明を明日に回してもらい、俺は部屋へと戻った。部屋までウエルダがついてきてくれたのは純粋に嬉しかった。
「……」
「……」
だが何を言っていいのやら。
ウエルダも同じ気持ちなのだろう。救いなのは、恐怖や嫌悪感が滲むような眼差しを向けられないこと。
「な、なあ。ドラゴンってなんだろうな? ゾローデのコードで検索したら映像見られるんだろ!」
「お、おお! ちょっと待て」
”ドラゴン”を検索してその姿を見てみたところ、硬そうな鱗がついた爬虫類に似た生物だった。
「恐竜みたいだな」
「そうだな。火を吐いたりするらしい。幻獣という分類の中では最強だとか」
「へえ。でも恐竜だから卵で生まれてきたってことなんだろうな」
そうなのかも知れない。
ということは、天使も卵で増えるのか? 天使……天使……
「どうした、ゾローデ」
「あのな。軍帝にお会いした時、軍帝が帝国宰相殿下のことを”天使のように可愛らしい”とおっしゃったのだが、帝国宰相殿下にクレスターク卿……」
可愛い天使というものが、想像つかない。エターナやロターヌが天使本来の姿であったというのなら、何とか納得できるが。それでも性格は……いや俺の祖先に当たる御方だが。
「天使ってもしかして、超凶悪な生き物なんじゃねえの。幻獣枠に入ってないな……なんだ、神の使い?」
調べてみるべきなのだろうか?
「調べるのはよそうぜ、ゾローデ」
「そうだな。もうちょっと落ち着いたら調べてみるよ」
その後は難しい話は後まわしだと、二人でここに至るまでの出来事をひたすら語った。いま聞いたことに触れないように。
教官だった頃、ウエルダと知り会ってからの出来事を。ただひたすら過去を話し、聞いて。それを繰り返して ――
「無責任に取られるかもしれないが言いたい。ゾローデが人間じゃないってことは大きい問題かもしれないが、俺にとってはあんまり。それは俺自身が人間ではないと言われたわけではないからと取らないで欲しい。ゾローデはゾローデだから」
「ああ。これが逆だったら、俺もウエルダに同じように言っていたと思う」
「いや、ゾローデならもっと豊富な語彙を駆使して、感動的に」
「言えない、言えない。無理、無理。むしろウエルダの言葉のほうが上手い」
貴族以外に産まれた者なら一度は考える。貴族に生まれてみたかったと。実際貴族の血を引く生まれだと知り……だが喜びは沸き上がってなどこなかった。
喜べたとしたら、もう少し昔だろう。まだ自分の生まれに納得ができていなかった頃。
「気にするな、って言ちゃあ駄目なんだろうが……よく話してたじゃないか、貴族さまは同じ人間だとは思えないって。実際人間じゃなかったって訳で……なあ!」
ウエルダが泣き出して、俺もつられて涙が溢れてきた。
「そうだな。人間じゃないっぽいが……その」
手を差し出すとウエルダが握り返してくれる。
「今更言うのも恥ずかしいが、これからもよろしくその……友情は変わらない……恥ずかしいなあ、おい! なんか言ってくれよ、ゾローデ!」
「俺からもその……変わらない友情感謝する……恥ずかしいな! でも、ありがとうな!」
手を握ったまま二人とも崩れ落ち、四つん這いに近い状態で泣きながら……。
翌朝、泣きすぎて顔が腫れているウエルダに言われた。先に泣いたのは俺だと。俺につられて自分は泣いたのだと ――
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