「ダンドローバー公、お聞きしたい事があるのですが」
皇后陛下の館に向かいながら、私は公爵に声をかけた。
肩に触れるほどの黒髪と、何時鍛えているのか不明だが軍人の確りとした体型。血筋も家柄も現陛下よりも良く、好き勝手に生きている美丈夫の公爵。
「あるのは知っている、だから皇后陛下の元で話し合おう」
この公爵が、総督と連絡を取り合ってハーフポート伯を帝星に呼び寄せたという情報を掴んだ
何か危険な事があってはいけないと、背後を探らせていたのだが……まさか探らせていた衛兵が暴走するとは。皇后の館には陛下ですら、おいそれと立ち入れないのだぞ! 何時連絡を差し上げても、全く答えてくださらなくて……この二年間、陛下は皇后と……。
『折角、ダンドローバー公が作ってくれた皇后と直接会って会話できるチャンスだ。確りと謝って、陛下へのお怒りを収めていただいて』
「皇后陛下、デイヴィットです。グラショウ参事官と共にやって参りました。入れてください……かなり重要な話がありますので」
玄関をノックしたダンドローバー公、そして
「どうぞ、入りなさい」
皇后陛下が現れた。
館に入った後、鍵が閉められて三人でテーブルを囲んで座る。私は立っていると言ったのだが、二人が、特に皇后が許してくださらなかったので座る事に。
「さて、参事官が先ほどの衛兵の無礼を謝罪する前に、私の方から」
「何ですか?」
「実はですね、私の身辺を探っているものがおりまして。皇后陛下もご存知の、ファドルの家近辺まで探りに参りました。命じたのは、参事官殿ですな」
鋭い目付きには慣れているのだが、普段その牙を潜めている人間が突然見せるこの気配というのは、慣れていようがいまいが苦手だ。
此処で否定するべきであろう。ただ「ファドル・クバート」という男を皇后陛下がご存知であらせられる……というのは……どういう事だ。私が否定も肯定もしないでいる間にも、ダンドローバー公は話を続ける。
「私の身辺を探るように命じたのでしょう。何せ私が、ハーフポート伯を帝星に呼び寄せたのですから。呼び寄せた伯と弟大公を伴って、よりによって陛下の兄の所へ通っている。これだけをみれば、非常に危険だと思われても仕方ありません。いいえ、皇帝陛下にとっては危険な行為にしか見えないでしょう」
解かっていて、何故この公爵は……まさか? 私は罠にかけられたのか!
「解かりました。という事は、後は報告されるのみなのですね」
「然様。あまり注意は払ってはいないとは思いますが、調べれば即座にとは行きませんが」
何の話かはわからないが、皇后陛下は私に向き直り、
「グラショウ、報告映像を観ているのは貴方だけですか?」
「はい」
「でしたら」
皇后陛下が全身を覆っているヴェールを外されて……
「こういう娘も映ってませんでしたか?」
「あ……」
目の前で皇后陛下、カミラ・ゴッドフリートは笑った。
そうだ! 最後にお姿を拝見したのは16歳になられたばかりの頃で、今は17歳。もうじき18歳になられる! この位の年齢の少女は男が記憶しているのよりも、ずっと変化が激しい。私が報告を受けて、頭を悩ませていた『皇后陛下に似た赤い髪を持つ娘と共に……何を企んでいるのだろう?』と思っていたのだが、御本人だったとは!
14、15の頃の大人しそうな雰囲気はなりを潜めて、堂々とした雰囲気。そうだ! エバーハルト皇子の映像に良く似ておられる! いやっ! 断っておくが! エバーハルト皇子に似てはおられぬ! あの方は何処からどう見ても熊……ではなく男性だから。
ただ、堂々としているその空気というか。……いや、若しかしたら母妃であられたガートルード姫もそうであれたのかもしれないが。
「グラショウ、付いてらっしゃい」
私は首を壊れたように縦に振って、皇后陛下の後を付いて……
「このように抜け道があるのですよ。貴方に知らせた、即ち陛下に御報告したと同じ事でしょう。ですからファドル・クバートにつけている警戒は解きなさい。メセア・ラケについているのも同様です。もしも、キサ・ファルメンタンにもつけているのでしたら外しなさい。まさか、リタ・ファルメンタンにまではつけていないでしょうね。平民からは外しなさい、伯爵と大公爵のみは許します。最も話し合えば彼等からも警戒を取る事になるでしょうけれども。さあ、グラショウ! 先ずはそれらを命じてきなさい。それらを終えたなら、来訪なさい」
私は皇后陛下の言葉を受けて、礼をして立去った。
考えるのは……先ず第一に、警戒を解いてそれから陛下に御報告に上がるかどうか……この状況で上がった所で、何を?
もう少し情報を掴んでからにしよう。