「あれで良かったのかしら」
「思い切った事なさいましたね」
「口を割らせる時は力のない平民からですもの。メセアの方は特別ですから、先ずはファドルでしょう。心配だったのでしょ?」
「ありがとうございます」
深々と礼をしたダンドローバー公……。本気ですわね、礼が。この陽気なフリして、何と言うのか取り付くしまがないというか、抜け目ないというか、とにかく“あの”ダンドローバー公が、こんなに本気で礼をするのですから。メセアが言ってました『あの男は、ヘタすりゃ俺の弟よりも内心が解からない』
でも、ダンドローバー公は過去に何かがあったような人ではありません。子供の頃に養子に出た事以外は特にこれと言ったことは無いそうです。要するに生まれつき、そのような性格なのでしょう。
「さて、これからの事ですけれども。俺は一度下がってアーロンとアグスティンを屋敷を呼び寄せて、もう一度おうかがいさせていただきます」
「ええ。その前にグラショウが来ましたら私が話を付けておきますわ。陛下が一緒でも大丈夫ですので」
「これは俺の考えですが、恐らくグラショウは一人で来ると思いますよ。あちらさん達は未だに貴方が、ラニエとクラニスークの事を怒っていると考えています」
「クラニスークって誰ですの?」
ダンドローバー公が突然出した名前なんですけれど、全く心当たりないような……あるような。直接会った事はない相手だと思います、その名前。
「ラニエの子供の名前です。ご存知ありませんでしたか?」
あら? そんな名前……だったような気もしますけど……。ラニエの事もすっかりと忘れておりましたわ。
「その怒りを解こうとして来るでしょう。その際のご返答は……お任せいたしますよ。陛下のすっかりと立派になられましたので、このダンドローバー、貴方は参事官と充分に渡り合えると思っております」
ダンドローバー公を送りだした後、ソファーに座って考え「クラニスーク」と「ラニエ」の事を考えました。
今となってしまえば、ラニエの事を怒る気はありません。ですけれど、これを『怒らない』で済ませて良いのでしょうか? ……ラニエに対する怒りは収めた方がいいでしょうね。皇子に対しては全く怒りを感じる事はありません。
難しいです。ですが陛下に対しても……
メセアにある日尋ねられました。
『弟のした事、怒ってるか?』
そう言われましたが、私には何の事なのか全く解かりませんでした。メセアの言ったのは、ラディスラーオ陛下が私以外の皇族を全て殺害した事。
確かに八年近く前にそのような出来事がありました。私はあまりはっきりと覚えておりません、その頃はもう十歳だったというのに。忘れた、というよりは覚えていないというのが正しい気がします。六歳の頃に母が亡くなってから、特に気を配ってくださる方もおりませんでしたから。
宮廷の催しに出るには年齢が足りなかったので、本当に黙って宮殿の奥で毎日過ごしておりました。
その話す相手もあまりいなかった私は、お決まりのように本を読んで過ごす娘でした。その頃に良く読んでいたのは、歴史物語。銀河を支配した皇帝の物語。
皇帝と言ってもラディスラーオ陛下の名乗っている皇帝(インペラール)と物語の皇帝は違います。陛下の皇帝は正式には小皇帝、自国で名乗る際には“小”はつけませんわ。だからこの国は“王国”なんですけれどね。
私が読んでいたのはシュスターという方々の物語。その物語の中は、私の一族……と言ってもいいでしょうね、私が最後の一人ですから。その物語の中ではこのような、ある日突然攻められて殺されてしまう事など、多数あったと記されていました。
それが我が身に降りかかるとは思っていなかった“つもり”でしたけれども、漠然と我が身にも起こる事だと理解していたのかもしれません。
理解していたからと言って、特段賢かったわけではありません。ですが、怯える必要性もなかったのです。私は、全てが終了してから呼ばれたので、処刑された親族などというのは一人も見ていません。
観たとしても……観たとしたらどんな気持ちだったでしょうね。何処か、いいえ、全く想像が付きません。
私は家族に恵まれてはいましたが、縁は薄かったので……自分が冷たいとは思いたくはありませんが、その程度の感覚しかありません。当事者でありながら“想像も付かない”と。
市民大学でエウが教えてくれた事があります。
エウは私より十二歳年上で、下級ながら貴族で仕官していた……王宮を攻めた部隊の一つを指揮していたのだとか。
語り口はもう過去の事だといった雰囲気で、軽く語ってくれましたが多分彼は嫌だったのでしょう。最後に一言「前線に配置されるのは覚悟してたが、まさか自分の国の王様殺すハメになるとは……ね。カミラはまだ小さかったから厳戒態勢とか知らないだろ」 最初方の言葉が多分、エウが軍を辞めた理由の全て……ではないでしょうが、一つではあったのだと思います。
そして私も
「全く知りませんでした」
「そうだよな。カミラはパロマ領にいたんだもんな」
違いますが、直ぐ側でありながら一番遠い場所にました。
だから、メセアの問いに私は首を振りました。
『いいえ、怒ってはいませんよ』
その言葉を、彼が信じてくれたかどうかは解かりませんが、少なくとも信じてもらえるように努力するべきなのだと……最近思うようになりました。