繋いだこの手はそのままに −135
− 私のために歌え −
ロガは自分の首を飾っている、シュスタークから初めて貰ったネックレスに触れた。そして恐る恐る、さきほどラードルストルバイアに握られた部分を触ってみる。
痣は痛み、先ほどのことが現実なのだとロガに知らせる。
そんな現実の痛みを感じながら首を下げると、ボーデンが尾を振って自分の足下の箱を覆っている布を邪魔にしているのが見えた。
除けようとロガは自らの手で布を引く。本来ならば、誰かに命じなくてはならないのだが、咄嗟に動いてしまった。
「あっ……」
自分でやってはいけなかった事を思い出し、失敗したことに緊張して布を大きく動かしてしまう。
そこで自分が足をおいていた箱が、幾つかの装飾品を入れている箱だと知った。司令席からゆっくりと下りて、メリューシュカに箱を開くように命じる。
開かれた箱の中には、シュスタークが気軽に寄越した 《処女の純白》 歴代の皇帝が使用した品の一つで、今はもう存在していない惑星の真珠を使って作られたネックレス。三十二代皇帝によって三十三代皇帝に贈られた品。
「バールケンサイレ侯爵、陛下にお会いしたいのですが……連絡をとって下さい」
「かしこまりました」
メリューシュカは礼をした後、シュスタークの警備に付いている近衛達に連絡を入れた。
ロガは 《処女の純白》 ビシュミエラのネックレスを持ち、
「ボーデン、ナイトオリバルド様にお会いしてくるから。待っててね」
シュスタークの元へと向かった。
**********
《銃を撃つのをやめろ》
− なんだ? ラードルストルバイア
《撃つ感覚は掴めたようだから、これからお前が覚えなけりゃならない事、知らなければならないことを教えてやる》
− あ、ああ……
《シャロセルテが強かったのは知っているな》
− 知っておる。銀狂の強さは計り知れないと
《何が強かったと言われているか、知っているか》
− え……不敗だった?
《何回も負けてるっての。特にイダンライキャスには屈辱的な負け方した》
− 確かに。だが強かったと!
《強くなったんだよ。反則的にな》
− 反則的?
《俺やラヒネ、サイロクレンド、ジーヴィンゲルンなんかを食って、内部に人を飼った。それが関係する》
− ジーヴィンゲルン? それは……実父であろう……
《誰を食ったのかは別にいいだろう。ところでお前は、自分が最高傑作だって言われてる真の理由、知ってるか?》
− 知らない
「てめえ! 少しは疑問を持てぇぇぇ」
− 苦しい! ラードルストルバイア、余の手で余の首を絞めるのは止めてくれ!
《俺だって苦しいっての!》
「はあ……苦しかった……そ、それで?」
ああ、死ぬかと思った。片手で首を絞められたが……余の掌って意外と大きいのだな。自分の首を絞めて、実感するのもおかしいが。
《お前がその程度で死ぬか。お前はアシュ=アリラシュのことは知っているよな》
「まあ、一応。それなりに、うん……首絞めない……らりるららぁ!」
《アシュ=アリラシュの惑星降下がどのように行われたかは?》
「それなら知っておる。アシュ=アリラシュは重力制御が可能であったから、自在に宇宙から降下攻撃が出来たと」
間違っておらぬよな? 間違ってたら……く、くびぃ〜
《間違ってないから安心しろ。他に全方向重力完全制御で有名なのは、これも完成形態の完全異形として名高いケシュマリスタのマルティルディ王だが、知ってるな?》
「もっ! もちろん知っておる! 知っておる! 余の父の一人である皇君オリヴィアストルの十八倍もの騎士を従えておった、完全なる太陽の破壊者!」
《そんなに叫ばなくてもいい。存在する重力に対する反重力制御だけなら、異形化する必要もなく、わりと出来るヤツはいた。それは知ってるな?》
「知っておる」
《完全重力制御ってのは ”こういうこと” を言う》
飛び上がらされた余は、天井付近でくるりと向きを変えて足の裏が天井に吸い付き、眠る蝙蝠のように逆さまになって……いるのだが、髪の毛が逆にはなっておらず、視界も全ての物体は逆さではあるが、感覚として ”普通” に見える。どういう事だ?
《反重力は発生している重力に対して働く超能力だ。全重力制御ってのは、存在する重力を無効にして、自分に都合の良い重力を発生させる。もちろん、制御範囲は個人差があり、お前は自分の体から二pまでだ。普通に見えているのは、お前の器官がこれに適応できてるって事だ》
「……銀狂の攻撃態勢というのは……これなのか?」
だが完全重力制御は異形が 《異形化》 して初めて出せる能力だった筈だ。銀狂ことザロナティオンは異形ではなく、余も異形ではない。
《そうだ。あいつは同族を食うことで、内部が異形化していった。そしてお前が計算上最強といわれるのは、異形化しなくてもある程度超能力が使えるところにある》
「なんと! 余にそれ程の力があったとは! 驚きっ! ぐえっ!」
− 首絞めるの止めてくれ、ラードルストルバイア!
《驚くなよ。それでだな、シャロセルテはこの重力制御によって攻撃である、敵からの運動エネルギーを弱めることが出来たんだよ》
余の右腕が真横にあがり、壁に吸い付いた。
余の腕力であらば、この状態でも苦しくはない。だ、だが……この能力は誰が制御しているのだ? 無意識に出来る物ではなかろう?
《良く気付いたな。俺が制御している。シャロセルテ、あいつが無敵と言われ始めると同時に、あいつの中には多数の人格が現れ始めた》
「……まさか」
《完全重力制御は意識が一つでは不可能だ。だから異形特有の能力とされてきた。あの皇君、マルティルディの十八分の一ってことは ”四体” 持ってるようだが、そいつ等が重力制御の補佐にはいる筈だ》
「エーダリロクも?」
《当然だろ? だからシャロセルテの野郎が出て来るんだよ。俺達は補佐だからな、本体だったシャロセルテの制御能力は並外れてる。それ以外にも強さの秘密はあるが、これがその一つだ》
「そうか……」
《だがな、ここからがお前の真の力だ》
「え?」
《お前は本来なら、俺が存在しなくても制御できる》
「余の中に、他に誰かがいるのか?」
《違う。お前はお前一人で制御できる。異形という他の意識体を使用して特別な力を支配下に置くのではなく、お前は一人で全ての能力が支配できる ”現在確認された唯一の個体” だ》
「へ? へぇ?」
− ああ! 首絞めるの止めてくれ、ラードルストルバイア! 変な声を上げたのは謝るから、首絞めるのはぁぁ!
壁から床に落とされた。久しぶりに他者が作った重力を感じている。不思議な感触だ。まさか自分が重力を発生させるばかりか、存在している重力を無効化できるなど。
《っとによ。理論上はお前一人で可能だが、今は不可能だから俺が補佐に回る》
余は自分の手首を握り締めて、エーダリロクがいつもしている様に正座して聞いてみた。
「なんの補佐だ?」
《死ねぇぇぇぇ!》
手首を握っていた手が離れて、やはり余の首に! なんという、くっ! 苦しいぃ! おまけに今度は両手で……うわあああ!
《あのな、お前。宇宙空間でキーサミーナ撃つ気なんだろ? 無重力下で補佐用の器械なんざ一切使えなくなる場所で、どうやって立って構えるつもりだったんだよ?》
もう、首絞められるの覚悟で言ったほうが良い……ああっ! まだ何も言っていないのに、首絞められてる! 絞められてる! ごめんなさい! 何も考えてませんでしたぁ!
《馬鹿な男だな。……まあ、このくらい馬鹿だから皇帝なんざやってられるんだろうけどよ》
「ラードルストルバイア?」
《お前に似て馬鹿な男と言えば、賢帝と呼ばれたオードストレヴ。賢帝の奴はお前と違って、他に多数の弟妹がいた。実妹もいたから位を譲ってしまえば良かったんだ。実際、周囲の者達に ”退位してしまえば、ジオ一人を妃に出来る” とまで言われた。だがそうしなかった。”平民が皇帝の正配偶者になった前例がない” と言い張った奴等に、賢帝は言った ”平民と皇帝が結婚する場合、皇帝が退位するなどという前例は作ってやらん。前例だけを尊ぶお前達には決してな” と。それで皇帝である道を選んだ。軍妃も並外れて頭が良かったから、それに従った。平民だから、身分が違うからと身を引くことをしなかった。そうだ、自分が ”前例” になってはならないと。後の世の平民から正配偶者になる者達が、当たり前のように愛人にされてはいけないとな。身分が違うからと無責任に逃げる真似はしなかった、そんな女だからこそ賢帝は惚れたらしいが。楽な道は選べたが、それを選ばなかった男と、その道に付き従うことを決めた女は馬鹿としか言いようが無い。今のお前みたいだな、家臣が選んだ女を四人迎えるだけで良かったのに。奴隷だって相手が皇帝だって知ったところで逃げりゃ良かったのに》
「……」
《馬鹿の極み、頂点に立つ皇帝は間違い無くシュスター・ベルレーだ。何処の世界に全人類統一国家を作ろうなんてことを考えて、行動に移す馬鹿がいる? それも、全人類統一国家であり、全人造人間統一国家だなんて、馬鹿だろうが。宇宙の支配権なんてのは、霊長類の頂点に立つ、人造人間の創造主だと言い張っていた人類に譲って、黙って死ねば良かったんだ。宇宙統一なんて夢見るだけで馬鹿だ。行動に移すなんて正気の沙汰じゃない。おまけにそれを成し遂げたとは言わないが、基礎作っちまった馬鹿野郎だ。でも、一番の大馬鹿野郎はシャロセルテだな》
「……」
《シャロセルテが再統一する必要なんてなかったんだ。再統一を目指し狂って、再統一後に完全発狂して死ぬ。馬鹿以外何者でもないだろう。元は弱かったんだ、イダンライキャスに負けて、見逃されるくらいに。自分の弱さを認めて、再統一なんて目指さなけりゃ、死んだとしても狂うことはなかっった筈だ》
「ザロナティオンが狂ったこと、哀しいのか?」
《なんで、そう思う?》
「”余” が泣いておる。だが余はザロナティオンのことも、シュスター・ベルレーのことも、オードストレヴも哀しいとは思わぬ」
《さあな……。どいつも馬鹿だ、大馬鹿だ。だがどいつも皇帝だ。今お前が取る行動も大馬鹿だ。”死ね” 以外の言葉なんて見当たらない。だが、お前は止めないだろう?》
「止めるつもりはない。キーサミーナを撃つ」
なんだろうか? 自分の中で重なっていたラードルストルバイアが少し離れたような感覚が。
《馬鹿だ、本当に馬鹿だ。だがお前は今自分が ”誰” なのか解り始めている。だから止めない》
「……」
《多くの犠牲の上に立ち、全ての者を従えて、お前は征く。それは ”誰” だ? もう解っているんだろう?》
**********
「お前達、移動しろ」
キーサミーナ銃の調整を終えたエーダリロクが着替えを持って、シュスタークが篭もっている部屋の前で警備にあたっている六名ほどの近衛兵に声をかける。
皇帝の警備としては少なすぎるのだが、現在人が足りなくて右往左往しているので、これが限界だった。
「セゼナード公爵殿下。先ほどバールケンサイレ侯爵閣下から、后殿下からの面会申し出がありました。陛下は連絡を取り次ぐなと仰るておりましたので」
「お出でになるんだな?」
「はい。セゼナード公爵殿下に取り次いでいただくと返事を致しました」
「解った。後は良い、持ち場に付け」
エーダリロクは近衛が去った後、皇帝以外の者には反応しないように細工されている扉に手を乗せて ”開いた”
「陛下、着替えをお持ち……って! 陛下! なに一人自殺風味の漫才を!」
シュスタークの出撃は従軍している全ての者に ”魅せる” 必要もあるので、特殊加工の工程に相応しい格好を作ってきたエーダリロク。その彼の前に広がるもの。
「馬鹿めぇ!」
そこには天井からぶら下がり、自の手で自分の首を絞めているシュスタークの姿が。
《あの声の抑揚は、ロランデルベイだな》
「あんた、問題はそこじゃねえよ! 陛下! 返ってきて! ってか、止めろ! ラードルストルバイア、またはロランデルベイ!」
《なんで解らねぇんだよ!》
− 頭に血がめぐらないからだと、だから首から手を離してくれたら
《酸素がめぐって解らなかったら、どうなるか解ってるんだろうな!》
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