繋いだこの手はそのままに −134
「この話って絶対嘘だよ」
「ゾイ?」
「あのね、大気圏外から単身で突入なんて出来ないの」
「出来ないの?」
「そうだよ。人間は宇宙空間、あの空の上では生身の状態じゃあ生きていけないの。酸素もないし、寒いし、放射性物質のことも考えなけりゃ駄目だし。こんなアシュ=アリラシュの話みたいに、単身で宇宙空間から地表まで落下なんて不可能だよ」
「そうなんだ」
「この人強かったから、そう書かれてるんだよ。突撃用戦闘機に乗ってたと思うよ。そうじゃなかったら、おかしいもん」
「そうなんだ……」
「残念そうな顔しないでよ、ロガ。そんな強い人が居たら怖いじゃない。大気圏外から単身突撃で、放射能系兵器も無効にして戦うなんて、怖すぎるよ」
「放射能系兵器ってなに?」
「今は作成禁止になってる兵器。簡単に作れるらしいけど、作ったら極刑。作り方も軍部が管理下においてるものでね……えっとね、人体に悪影響を与える兵器で……うんとね……ああ、軍務省に入る予定がないから、ここら辺弱いんだよね。でもこのくらいは覚えておいた方がいいよね。もう少し勉強してみる、待っててロガ」
「いいいよ、ゾイ。必要無いことは覚えなくても」
**********
キュラは命令通りに、シュスタークが飛ばされると思しき空間の掃除を行っていた。
球体角度的にあり得ない方向に飛ばれたりすることを少しだけ考慮して、言われてもいない部分の掃除にもキュラは精を出してみた。
「それにしても……さすがカルニスタミア。上手としか言いようが無いな」
シュスタークが反動で飛ばされる可能性のある空間に、エネルギーの余波や残骸が流れて行かないようにしつつ、前線を少しずつ前に押し出している。
カルニスタミアは浮き足立っていた一隻一隻を、全く連携のとれない筈の別王国の一隻一隻を、支配下に置き押されていた前線の支配権を、自らの物としていた。
「噂だけじゃなかった、ってことだね」
今までずっと 《兄王との確執》 により大艦隊を指揮したことがなく、指揮した範囲内の成果で ”大艦隊を指揮させたら総司令長官の座をくれてやりたくなるほどだろう” と言われていたカルニスタミア。
それはある意味無責任な噂であったが、今現実のものとなる。
「君、欲しいって言ったら多分貰えるよ、帝国軍総司令長官の座」
笑いながらキュラは呼び出しが来るまで、丹念に掃除を続ける事にした。
その頃ザウディンダルは、サンプル銃とクッション材を完成させて試射を行うだけの段階になっていた。
小銃サイズの物で、これで問題がなければ次は自分を含めた三人の、機動装甲用の銃の作成に移る。
「上手く動いてくれよ」
”帝王の腕” を撃った直後に ”撃った皇帝” を追いかける為の銃は、万全を期して 《トリガーを引く》 タイプの物にする必要があった。
通常使われている物のように、機動装甲と一体化させて神経系の命令変換での攻撃は、上手く作動しない恐れもある為だ。
ザウディンダルは構えてトリガーを引き、的中・作動させることが出来た。
「よし。これで良いか」
銃が撃ち出すクッション材は、ビーレウストがカルニスタミアの艦に特攻をかけた時に使用された、酸素に触れるとゼリー状になる物質に手を加えたもの。
本来は気体からゼリーに変化するものを、固体からゼリー状に変化するよう変化させた。本来の使い方とは違い、固形クッション材の中に酸素をカプセルにして含ませ、撃ち出した衝撃で割り目的の場所近辺でゼリー化させなくてはならない。
「こんなモンでどうだ? エーダリロク」
ザウディンダルは作ったサンプルを撃ち出しながら、情報を収集して、エーダリロクに最終確認を求めた。
『よし……これなら、大丈夫だろう。二人も呼び寄せるから、それまで銃器を作成していてくれ。俺はこれから、このデータで最終調整してみる。無理だとは思うけどさ』
エーダリロクが行おうとしているのはプログラムの作成。
手を加えたクッション材と、それを撃ち出すための銃。この二つは今まで存在しなかった物で、自動標準プログラムが存在しない。
その為にサンプルでデータを採取して、シュスタークの反動を弱める為に的中させせるプログラムを作成しようとしているのだが、作ろうとしているエーダリロク本人もあまり期待はしていなかった。
サンプルを作っていたザウディンダルが初期計測の時点で ”距離換算すると、俺の能力じゃ無理だった” とエーダリロクに告げてきた。
まずシュスタークと機動装甲の距離が必要となる。
あまり近くにいると、高速移動する機体の巻き起こすエネルギーにより、カルニスタミアに依頼した空間以外の場所へと移動してしまう恐れがあり、また機動装甲自体が敵の攻撃目標であるため、ある程度シュスタークから離しておかなければ、敵の攻撃に巻き添えを食う恐れもあった。
それらの最低限の安全距離を確保して、高速移動する二メートル少々のシュスタークを、たった今開発したばかりの武器で狙い撃ち的中させ、安全を確保するプログラムを作成する。
『ザウ、出来たぜ』
「出来たのか? エーダリロク!」
『おう、データを全て打ち込んで出された答えは ”不可能” だ』
「それ、出来たっていうのかよ、エーダリロク」
『まあ、不可能だって解っただけでも良いだろうよ。お、そっちにビーレウストとキュラが到着したようだな』
キーサミーナ銃の最終調整を行っているエーダリロクは、ザウディンダルの画面の背後に映り込んだ、赤い軍服と緑の軍服の端を見て声をかけた。
二人ともザウディンダルとエーダリロクから説明を受けて、やるべき事の確認をする。
『ギリギリまで自動照準用のプログラム作ってるけど、期待するなよ』
エーダリロクの言葉に、ビーレウストが手を上げて、
「まあ、任せておけよ、エーダリロク」
『本気で期待してる、ビーレウスト』
反動で後方に飛んだシュスタークに向かって最初にクッション材を ”背後” に設置するために撃つのはビーレウスト。
機動力は低いが静止狙撃体勢からならば、本人には自信があった。
「勘でなんとかなるだろ」
キーサミーナが発射されたと同時にシュスタークの方向を確認し、どの角度ならば届くかを瞬時に割り出し撃つ。データの少ないプログラムが ”匙を投げた” ことを、射撃の名手は 《やってやる》 と言い切った。
「このクッション材ってさ、最初から設置しておくわけにいかないの?」
だが静止状態であるために、角度の問題もありある程度の距離までしか狙うことが出来ない。初速であり最高速を抜けた辺りに待機する二番手が、キュラティンセオイランサ。
「それ、駄目なんだよ。俺も試してみたけどさ、やっぱりエーダリロクが言ったとおりに、硬くなって減速効果は下がるし、陛下の体にも大きな負担になる。もともと ”人がいる空間へ突入するための突撃艇” を止めるものだからさ、あんまり過酷な空間向けじゃあねんだよ。宇宙空間のど真ん中で停止するために作成されてたなら、まだ改良の余地はあったが、このくらいの時間じゃあ打ち出し型で、ゼリー化してから衝突までの猶予はギリギリ10秒が精一杯だ」
三番手はザウディンダルになっている。
二番手がキュラである理由は 《キュラティンセオイランサという男》 であること。
「はぁーヤダなあ。二番手結構重要だよね。ビーレウストが失敗したら、僕がどうにかしなけりゃならないって事だよね」
「おいおい、言ってくれるな」
「この場合はさ、最悪なことを考えて行動するべきだろ」
『だからお前を二番手に置くんだよ、キュラ』
「どういう事だよ、エーダリロク」
『キュラ、お前だったら ”まずい” と思ったら、周りの被害を考えないで止める方法を考え出し、躊躇わないで実行できるだろう? 人が乗ってる戦艦だろうが救護艦だろうがぶっ壊してでも、陛下に怪我を負わせてでも停止させることを優先できるはずだ』
「……まあね」
キュラの瞬時の判断力と、実行能力の高さ。そして大胆な行動をもとれる性格。
『だからザウが三番目になるんだよ。三人の中でバラザーダル液が最も適合するのがザウだ。安心して、陛下に怪我させて止めてくれよ』
「うわ! 僕、陛下に怪我させるの前提?」
キュラがシュスタークに怪我を負わせなくても、怪我をしている可能性もある。それらを考えて、最終に片親が同じであるザウディンダルが置かれた。
どの位置で確保されるか解らないので、回収治療用の機体を用意するわけにもいかず、距離が敵のフィールドから発生する操縦を乗っ取る信号内であれば、かえってシュスタークを危険にさらす。敵の信号では動かせない機動装甲内がもっとも安全な場所でもあった。
万全を期すならば、エーダリロクも援護・回収の方に回ったほうが良いのだが、キーサミーナ銃を調整できる人物となると、数が限られている上に、人手が足りないので ”一人で完全調整” ができるエーダリロクは外れることができなかった。
回収用の布陣も本来ならば、もう一人欲しいところなのだがエーダリロクが外れることが出来ない上に、エネルギー収集用にリンクしている負傷し前線離脱している帝国最強騎士、それに次ぐ程の能力のあるカルニスタミアも負傷し今だ出陣できない状態で、これ以上機動装甲を後方へと回すと、肝心の前線の維持が不可能になるため、三人が限界だった。
【おい、準備は終わったか】
「カル!」
『カルニス!』
「その皮の剥げた顔、気に入ったのかい? カルニスタミア」
全く表面が治っていないカルニスタミアに、各々好き勝手に声をかける。
【喧しい。脳と脊椎神経系の治療は終わった。その気になりゃあ、機動装甲にも乗り込める】
「早いな。よくこの短時間でそこまで……」
『何か用か? カルニス』
【空間は確保した、あとの動きについてじゃよ。兄王から聞かされたのじゃが、キーサミーナはパーツの交換を一切せずに二度撃てるそうじゃな。陛下は二度撃たれるのか? 一度で終わる場合と、二度撃たれる場合では、前線維持方法にも大きな違いが出るから、はっきりと決めてくれ】
一度で終わる場合と二度目がある場合とでは、大きな違いがあり、二度目を撃つとなると前線は防衛一色にする必要がある。
『俺個人としては、一度で止めて欲しい。敵はこの初撃は意味が分からないで、攻撃もせずに黙って撃たせるだろうが、二度目は潰しにかかってくる』
敵はこの武器を見た事がなく、まさか宇宙空間に人が出て銃を撃つなど考えもしない筈。キーサミーナ銃とシュスタークを確認したとしても宇宙空間では、小さな物体が二つ現れただけにしか過ぎず、見過ごされる。
だがそれが撃ち出した ”もの” の威力が強大であれば強大であるほど、敵は気付き二度目の阻止にかかる。
そしてシュスタークは、目に見えた成果があれば二度目も撃つというだろう。
【エーダリロク。貴様の意見なんぞどうでもよいのじゃ。陛下のお心じゃよ】
『ムカツク言い方だけど、正しいな。二度目はある。維持できるような布陣を依頼する』
”二度目はある” と言った時、エーダリロクは自分の透過画面の向こう側にいる、器械に繋いだキャッセルを見た。
キャッセルの今の状況では、二度目の制御を行うと、ほぼ死ぬだろうと思いながら、敢えて口にはしなかった。
言ったところでキャッセルは嫌がらないであろうし、誰も二度目を止めない。皇帝が撃つと言ったら、誰もが従う。
【了解した。後はお前達に任せた。とくにザウディンダル、頑張れよ】
まだ修復はされていないが、間違い無く微笑んだのが解るカルニスタミアに、
「あ、ああ! 頑張る! あのな、さっきは……ありがとうな」
【気にするな、お前が無事で何よりじゃよ】
ザウディンダルが何時になく必死に答え、その脇で一人視線を逸らすビーレウスト。”悪気はないんだろうが、最悪だ”
この状況で話すことではあるが、この場で話されると危険だと。だがそれを知っているのは残念ながら、自分だけという状態。滅多にフォローなどしない人殺し大好き王子は、面倒なことは嫌いという自分の矜持を捨てて、皇帝陛下のためにこれ以上の空気の悪化を避けるべく、会話を阻止することにした。
「あーカル。そろそろ、準備に入るから、切っていいか?」
【そうじゃな。じゃあな、ザウディンダル、キュラ】
ビーレウストは空間に現れていた画面を殴り、カルニスタミアからの通信をかなり強制的に切った。
『じゃあ、俺も切るな。あとは任せたぜ』
「ああ! 任せろ。どこまでも任せろ、エーダリロク! いくぞ、ザウディス! キュラ! 付いてきやがれ! 面倒だ!」
深紅のマントを翻し、乱暴に歩き出したビーレウストの背中を指さしながら、ザウディンダルは不思議そうにキュラを見る。キュラは無言で両手を広げて肩をすぼめて、首を振った。
チームワークなどと言う言葉は存在しない三人だが、それ程険悪にならないまま、重大な任務につくための準備を始めた。
**********
「これってさ、ただ運良く当たっただけだよ」
「? えっと、七つの星系を貫き、ラディルヴィアイクを撃ち抜いた? えっと運が良かったの? ゾイ」
「七つの星系だよ、七つ。ロガとか私が此処から見られる範囲より、ずっと大きいんだよ。そんなの届くまで何日もかかるし、相手……この場合は僭主ラディルヴィアイクだって、撃ち出された後に動いた筈だもん」
「偶然かあ。でも偶然だとしたら、凄いよねゾイ」
「まあね、それは……うん」
「でもこの ”私のために歌え” って何?」
「この七つの星系を貫いて僭主を撃った皇帝ザロナティオンは、いっつも連れて歩いてた次の皇帝になったビシュミエラに向かって、いっつもそう言ってたんだって」
「皇帝ザロナティオンは自分のお子さんに言ってたの?」
「親子じゃないよ。年は親子……ほどは離れてなかったけど、確か十歳差くらいだったかな。二人とも三十二、三歳で亡くなられたけどね」
「帝国は親から子へと……じゃなかったけ? ゾイ」
「原則的にはそうだけど、その時代はね暗黒時代が終結して直ぐだったから」
「暗黒時代、父さんも言ってたけど、それそんなに凄い事だったの? ゾイ」
「酷かったらしいよ。ちなみにさ、暗黒時代はビハルディア小父さんが詳しいよ。レッシェルス様から教えていただいたんだって。ロガも、少しは聞いたほうが良いかもしれない」
− その夜、私は怖くて眠れなかった −
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