藍凪の少女・後宮配属・愛妾編[11]
《あてしのお仕事だって教えてもらったよ。違うの?》
 掃除をしようとしていたグラディウスを、子牛革のサンダルを脱いで追いかけ捕まえて、ベッドに置いて話を聞いたサウダライトは軽い頭痛を感じた。
 グラディウスはサウダライトとの行為を仕事だと理解していた。
 どうして仕事だと思うのかを尋ねると、リニアの仕事を手伝おうとすると止められた。
 お手伝いする! と言い張るグラディウスに、リニアは 《グラディウスはシュスターと一緒にいるのが一番大事なお仕事なのよ》 と説明されたので、
「今日、何もお仕事していないから、お仕事してからご飯食べる」
 そのような行動に出た。
 サウダライトが幾ら 《仕事は良いからご飯食べなさい》 と言っても、グラディウスには通じない。
 仕事をしなければ食事を貰えない生活をしてきたグラディウスは、それが理解できなかった。
 理解力に乏しいグラディウスは後に皇帝の正妃となり、皇帝の生母となり、皇帝の祖母となるが、それでも仕事をしていた。
 上手下手、役に立っているかは別として、死ぬまで仕事をすることを止めようとはしなかった。貴族は、皇王族は仕事をせずとも食事を取って良いと言われても、自分が皇王族になった事を理解できないまま、自分の部屋は自分で掃除して他のお后の元で侍女のような仕事をして生涯を終えた。
 何十年かかってもそのままだったのだから、四ヶ月程度の現在では全く話は通じない。
『どうしたら解ってもらえるか』
 初潮を迎えたばかりのグラディウスを抱くのはサウダライトとしては構わないのだが、部屋には衛兵が多数いるので手が出せない。
 グラディウスの部屋に不審者が立ち入った為に、規則上衛兵が室内に待機しなくてはならず、安全を図る上で天蓋を閉じて寝ることも出来ない。
 衛兵からグラディウスに手を出している事が娘に知られると厄介な事になるので、今日ばかりは手の出しようがない状態だった。
 思いながら食事をベッドの上に乗せ、
「よし、そうだ。グラディウス、耳を貸して」
 強攻策に出る。
「なになに?」
「内緒の話だよ」
「うん」
 サウダライトはグラディウスにご飯を食べながら、次の仕事を教えるからと告げた。その仕事とは、
「これ、舐めるといいんだね」
 ミニバゲットを持たせて舐めさせるというもの。
「しー。内緒」
 ミニバゲットをサウダライトの一物に見立てさせて練習をさせる。食事を終えたグラディウスはある程度元気を取り戻し 《今度おっさんのでやってもらうから、練習だよ》 と渡されたミニバゲットに蜂蜜をかけて必死に口で吸い上げる。
 仕事の練習と言われれば、グラディウスは全く疑わない。とくにサウダライトのことは誰よりも信頼しているので、信じてミニバゲットを舐め咥えて吸う。
 衛兵達も観ていて奇妙には思ったのだが、直接的な行為ではないので特別に報告をすることはなかった。
 報告を受けていたなら、グラディウスの年齢を間違って覚えている皇帝の身辺警護責任者ザイオンレヴィは ”何か” を感じ取ったであろうが、残念ながらそれは無かった。
 グラディウスは必死に上目遣いでミニバゲットを吸い上げて、そのうちそれを咥えたまま眠りに落ちた。
 握り咥えているミニバゲットを注意深く離したサウダライトは、その寝顔を観ながら酒を飲み暫くして眠りについた。

**********

 グラディウスは目を覚まし、ベッドから降りようとのそのそ四つん這いで移動し、段差でネグリジェの裾を踏んで転がり落ちる。
 《べちょ》 という音がしそうな落ち方を衛兵達は確認した。その当人は驚きもしなければ泣きもせずに、落ちた目の前にあったサウダライトの子牛革の用いられたサンダルを掴み、突如噛みつく。
「何!」
「陛下! サウダライト陛下!」
 衛兵達は突然のグラディウスの行動に驚き、起こすなと言われていたが急いで起こしにかかる。
 寝起きの皇帝の愛妾に近寄るのは、してはならない事のために。
 大声で起こされたサウダライトは、不機嫌さを隠さずに衛兵達を観たが彼等が驚愕の表情で指さしている 《もの》 を観て、その不機嫌さなど消え去る。
「グ、グラディウス? どうした」
 サウダライトの目の飛び込んで来たのは、パンツ丸見えで自分のサンダルに噛みつき引きちぎろうとしているグラディウスの姿。
「おにくー」
 ”むにー” と革を噛んで伸ばすグラディウスを前に、サウダライトは慌ててベッドから降りて、
「それは食べ物じゃないからね!」
 サンダルを引っ張り、大急ぎで取り上げた。
「あーほんとだ。ごめんなさい、おっさん。お肉の匂いしたから間違っちゃった」
 グラディウスは壮絶に寝ぼけていただけだった。
「そ、そうか。お腹が空いたんだな。お肉な、お肉。牛肉な! 大急ぎで用意させるから。用意できるまではグラディウスは口を漱いで顔を拭こうね」
「うん」
 泣いたせいで鼻に乾いた鼻水がこびりついているグラディウスは、他人の目を気にせずにそれをひっかく。
 衛兵達から観て、目やにと白っぽい鼻水痕と涎痕が褐色の肌に目立つ、寝ぼけてサンダルに噛みつく愛妾に美しさは皆無だった。
 よく言われる 《十人並み》 という表現とはほど遠い、そして世に言う 《白痴美》 とは縁遠いその姿。それはまさに 《なんでこの頭悪く、不細工で将来化けることもなさそうな子供が皇帝の愛妾に?》 と思わせる姿。
 浴室に消えた皇帝と愛妾を見送った後、兵士は皇帝の牛革サンダルを回収した。見事な歯形と大量の涎がついているそれを。

 子牛の肉煮込み料理。ビーフシチュー。シャトーブリアンのステーキ。子牛のブランケット、子牛のグリル、ビーフゼリー。ローストビーフ。ビーフストロガノフ。

「さあ、グラディウス。食べなさい」
 既に昼に近い、朝食との兼用の食事は牛肉尽くしだった。
 グラディウスはそれを満面の笑みで食べる。その姿を見ながらサウダライトはグラスに注がれたミネラルウォーターを口に運ぶ。
「おっさん」
「なんだい? グラディウス」
「あのね、おっさん。今度あてし、お肉食べたい」
 唇にソースを付けたまま語るグラディウスに、言葉を失いかけたが、失っているとグラディウスには通じないと、必死に事実を説明する。
「今グラディウスが食べてるのは、全部牛肉だよ。他の肉も食べたかったかな?」
「お肉? お肉なんだ! お肉って硬くないんだ!」

 寝ぼけているとはいえ、牛革サンダルを噛んでも間違いに気付かなかったグラディウス。彼女が昔食べていたのは、噛んでも噛んでも千切れない酷く硬いものだった。

「お肉口に入れてお仕事するんだよ」
 ガムのように噛んで朝から夕方まで仕事をしていた事を嬉しそうに語るグラディウスに、
「そ、そうなのか。そういう硬い肉が食べたいのかな?」
 噛みきれない肉の存在を初めて知るサウダライト。
「これお肉だって解らなかった。柔らかいし、匂いも違うし! おっさんのサンダルの方がお肉の匂いだった。おっさんの足もお肉の匂いする時あるよね」
 間違って噛みつかれたら困るので、彼は二度と革のサンダルは履くまいと心に硬く決めた。
「そ、そうか……」
 その後サウダライトは 《硬い牛肉》 を急いで用意させたが、グラディウスが故郷で食べた ”お肉” を用意することはできなかった。
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