覇帝のサロメ 
 征服後彼等が取り上げる物といえば「銀河大帝国の遺産」
 大帝国の後継者を名乗り、征服している彼等にしてみれば当然のこと。
「総帥! 持ってきましたよ」
 今回征服した国の、国宝保管庫に「大帝国の遺産」があった。
 それは巨大な皇帝の肖像画。かつて宮殿に飾られていた肖像画は、持ち出され散り散りになった。
「でかいですねえ」
 梱包されているそれを前に、レフィアは感嘆の声をあげる。
「本当にデカイなあ肖像画。こんなのが百枚以上も展示されてた廊下の壁って、どんなモンなんでしょうな」
 エルイツも驚きの声を上げる。
 傷が付かないように厳重に梱包されて持ってこられたそれを、ジルニオンは腰にさしていた剣でかなり乱暴にはがしてゆく。絹を手で引き裂き、現れたのは黒髪の皇帝。
「アンタだったのかい、ギィネヴィアさんよ。ってことは、こっちがサフォントか」
 この国には二枚の肖像画があると言われていた。
 一枚は、
「こちらは?」
「この人が、かの有名なゼスアラータ帝。銀河大帝国最盛期、第六十代皇帝陛下さ」
 大帝国の黄金期に存在した、大帝国皇帝の容姿を完全に兼ね備えていた女性。
 夫であるゾローデにギィネヴィアと愛称で呼ばれるのが何よりも嬉しいと語っていたとされる皇帝。彼女の「其の永久なる君」とされるのが、オーランドリス “侯爵” カーサー。
 現エヴェドリット王国の源流にあたる人物と深い関係があるので、エヴェドリット王国育ちでも相当に馴染みのある皇帝だ。
 女性皇帝の女性の “友” が「其の永久なる君」男性皇帝の男性の “友” が「我が永遠の友」と呼ばれる。 
「テクスタード王子、やっぱり似てますね」
 「其の永久なる君」や「我が永遠の友」を持てる皇帝となると、最低でも皇帝眼を所持していなくてはならない。当然相手もだが。
 その為、それらが存在していた皇帝というのは数が少ない。
「まあ似てるだろうね。この人程僕は大帝国の容姿を確りと持ってはいないけど。僕はどちらかってと、この人の祖父にあたる軍帝ナイトヒュスカに似てるらしいよ。このゼスアラータって人はシュスターク以来のシュスターの容姿を完全に持って生まれた人だよ。若くして死んじゃったけどね」
 テルロバールノル王国を追われた王子は、にこやかにその肖像画を指差し続ける。
「三十二歳でしたっけ?」
 エルイツが答えている脇で、ジルニオンとベルライハ公がもう一枚の肖像画の梱包を剥いでいる。ゼスアラータの肖像画よりも厳重に梱包されているそれを、切り裂いているジルニオンと、その粗雑さを咎めるベルライハ公。
 『もう少し、丁寧に扱わないか、ジルニオン!』『いいって、いいって、大丈夫だって』という声を無視するのは家臣としての勤めだ。
「そーそー。だから最盛期の皇帝としか言われないんだよねえ。即位年数が二十年以下はやっぱり支配者として足りないからさあ」
「そういうもんなんですか」
 今度はレフィアが尋ねる。
「名君ってのは、成し遂げる事もそうだけれども、ある程度治世を安定させるのも大事だよ。代替わりが頻繁だと、それに伴って式典があるわけだから、当然財政にも影響が出てくるでしょー。即位式典一回の資金を納税階級に負担をかけずに調達するには約三十年かかるって計算が昔、出てたよ。それからいくと十四年で死去した彼女は、名君としては足りなかったんだろうねー」
「厳しいですね、テクスタード王子」
「そうかな? 支配者になるなら、ある程度文句を言われる事は仕方ないことさ。総帥みたいに、明日にでも戦死しそうな人は支配者としては最も向かないよ」
「俺もそう思うぜ。エヴェドリットは帝国の支配者には全く不向きだ、はっはっはっはっ!」
「笑っている場合か、ジルニオン」
「でも侵略して皇帝になっちゃうよぉ!」
「何処に向かって叫んでいるのだジルニオン!」
 言いながら、ベルライハ公は布を取り払う。
 そこから出てきたのは、赤い髪の皇帝。大帝国でただ一人真直の赤毛を持った皇帝サフォント。ゼスアラータ帝とは違い、在位四十年を数え、退位後も精力的に帝国の発展に貢献した、最高の名君。
 なのだが、
「……これ……です……か」
 エルイツは即座に目を逸らし、
「うっ……ぁぁ……噂には聞いてたけど、こわー」
 テクスタード王子は指をさして、呆けたように見上げる。
「…………」
 レフィアにいたっては、引きつった表情で、声もなく後ずさり。
 その肖像画、とにかく怖いのだ。
 映像とは違った、異様な迫力がそこにあった。その迫力たるや、
「化けモンだな、こりゃ」
 ジルニオンですら苦笑いを浮かべて見上げる始末。
「ゼスアラータ帝よりも厳重に梱包されていたのは……怖かったのだな……」
 ジルニオンの肩に手を置き、そこに体重を預けて見上げるベルライハ公。
 先ほどエルイツとレフィアが見た、挙式の映像のようにジルニオンが腰に手を添えて支える。そして、ベルライハ公が人前でそうされても拒否しなかった程の状態。
 ベルライハ公のダメージが大きかったのは「この顔で、ベッドの上でエバカインと呼んでいたの……か」自分と同じ名前がこの顔に呼ばれている事を想像し、怖くなったせいだ。

 人殺しのエヴェドリットでも、想像すると怖くなる事はあるらしい

 そして厳重な梱包は、ベルライハ公が口にした通り「怖かった」のだ。大帝国が滅んだ後、宮殿に押し入って意気揚々と奪ってきたのは良いが、扱いに困った。
 この国も建国当初は戦利品たる二つの肖像画を飾っていたのだが、夜警が間違って見てしまい心臓麻痺を起こして倒れる、そんな事件が続出した事や、その他 “科学では説明できません!” といった事が噴出した為に(殆どは恐怖心から来るものなのだが)国のほうで困り果て、ついにゼスアラータ帝の肖像画と共に厳重に保管と言う名の[隔離]をする事にした。

 死後も伝説を打ち立てる大名君・サフォント

 何とか衝撃から立ち直った五人、特にジルニオンとベルライハはその巨大な肖像画を上下逆にした。
「何仕出かすかは解ってますが! 怖っ! 退出してもいいですか! 陛下」
 自分の主が何をしようとしているかは解るが、上下逆さまになった恐ろしさを前に首を振って逃走しようとしているエルイツ。
「付き合えよ、エルイツ。持ってきた琥珀寄越せ」
 逃げるなと言われたエルイツは、渋々そこに残り、そして用意しておけと言われた琥珀をジルニオンに差し出す。それを受け取ったジルニオンは、逆さになっているサフォントの肖像画の前に立ち、何かをした。
 後ろ姿を見ているだけでは解らないのはレフィア一人で、あとの三人は何をしたのか知っている。
「へえ〜本当にあのツラだったんだな」
 ジルニオンはそう言うと、レフィアに近寄れと命じた。
 『その肖像画に近づくんですか……』と思いはしたが、国王の命令に逆らうわけにはいかないので、気合を入れて軍隊行進さながらな歩みをして近寄ると、ジルニオンは持っている琥珀の塊を指差し、
「こっち側から覗いてみろ」
 そう指示を出す。
 『の、覗けと……それを、覗くのですか……』
 あの日、ジルニオンが攻めてきた日に死ぬつもりで指揮をした事を走馬灯のように思い出してしまったレフィア。
 彼にとって、それを覗くのはエヴェドリットの当時北方元帥であったジルニオンが攻めてくるのと同じ恐怖。いや、ジルニオンが攻めてきた時は「ある程度戦えれば、見逃してもらえるだろう」という淡い期待があったが、これを覗くのには何の期待もない。
 ただ怖いだけ。
 だが、軍人として家臣として覗かないわけにはいかない。意を決して彼は覗く。
「は、はい……? あっ! 大公?」
 サフォント帝の左目、緑色の瞳の前にあてられている琥珀には、ゼルデガラテア大公が映し出されていた。
「聞いてはいましたが、観たのは始めてです」
 レフィアの声にエルイツとテクスタードが近寄ってきて、ジルニオンの持っている琥珀を覗く。
 そこには『真のゼルデガラテア大公 エバカイン・クーデルハイネ・ロガ』の姿が映し出されていた。一般には全く知られていない、王族のみに伝えられていた事柄。
 向かい側に皇君の肖像画を置く事を拒んだ皇帝は、それよりもずっと前にこの肖像画を送られ「これを飾る」と心に決めていたのだと伝えられている。
「俺達も見たのは始めてだ。なあ? エバカイン」
 呼ばれたベルライハ公は、片眉を吊り上げて怒鳴りつける。
「この肖像画の前でその名を呼ぶな!」
 血相の変わった大元帥と、何時ものように大元帥が怒るのを見るのが大好きな国王は、
「エバちゃん、エバちゃん! エバカインちゃん! エバカインちゃん! エバちゃぁぁん」
 叱られる程に繰り返す。
 琥珀の前で呆然としているレフィアと、やれやれと言った表情のエルイツに、テクスタードがそっと耳打ちをした。
『総帥の声って、サフォント帝そっくりなの。だから大元帥は、サフォント帝がエバカインって呼んでるように聞こえるんだとおもうよ』
「エバちゃん! エバちゃん!」
 不必要に楽しそうに声を張り上げる国王と、
「黙らんか、ジルニオン」
 肩を震わせて拒否する大元帥。
 その有様をチラリと見た後、三人はサフォント帝の肖像画に頭を下げた。“国王がはしゃいでて済みません。何時もの事なので許してください” と。
 その後暫く「エバちゃん」を繰り返し、ついに切れた大元帥に横っ面張られてやっと大人しくなった。
 叩かれた顔を手で覆いながら、声をかみ殺して笑っている国王を放置してベルライハ公とテクスタードの二人で、肖像画の天地を戻す。
「サフォント帝を描いた人物の作品は、エヴェドリットにも多数残っているが、こんな細工を施しているのはこれだけだ」
 元に戻った大元帥が、レフィア達に声をかける。
「高名な画家で?」
「大王ゼンガルセン。ゼンガルセンは画才があったそうだ。それでサフォント帝の肖像画を描いて、献上した。四十半ば頃の作品だ。当然ながら既にゼルデガラテア大公はいないが、大公の母親であり大王の王妃であったアレステレーゼ=レーゼ・ベレミーテュシア・ラディランジアンに聞きながら “あの目の部分” を仕上げたらしい」
 ゼンガルセン大王とゼルデガラテア大公はほぼ同い年。
 大公の母親だった王妃は、かなり年上であったが、ゼンガルセン大王は気に入っていたと伝えられている。
 逸話の一つに、愛人が男児を身篭って王妃に暴言を吐いたのを知り、実子が腹に入っているその愛人を足で踏み抜いたという。
 王妃は結婚した当時既に四十を過ぎており、それから二人の王女を産んだが、二人目を産んだ時点で健康状態の兼ね合いからそれ以上子を産むのは危険ということで、大王の実子は王女二人だけだった。
 そして当時の皇太子は「皇女」であった為、配偶者として送るリスカートーフォン縁の王子を選んでいる頃、大王の愛人の一人が身篭り、それを男児だと知った愛人は自分の子が皇太子の配偶者に選ばれると思い込み、王妃に「役立たず」に類する言葉を放った。それが大王の耳に入り、腹ごと踏み抜く。

『愛人如きが我の妃に話しかけるとは何事だ』

 大王は愛人の腹に出来た男児ではなく、自らの忠実な家臣であり、異母兄であったオーランドリス伯爵シャタイアス=シェバイアスの息子を送るつもりであったので、その出過ぎた真似をした愛人の行動に腹を立てたらしい。
 元々、オーランドリス伯爵の息子と、大王の妹とサフォント帝の間に生まれた皇子のどちらを正配偶者にするかで揉めていた。愛人の子は最初から数にもはいっていなかった。
「大王は誰よりもサフォント帝を理解していた……というのかどうかは知らないが、サフォント帝のことは良く知ってはいたようだ。サフォント帝がわざわざ自らの息のかかったオーランドリス伯爵を自分に与え、その伯爵によって行動を掣肘させようとしていた事をも理解した上でオーランドリス伯爵を使っていたくらいだからな」
 その一件で帝后であった妹と絶縁状態になったが、大王は全く意に介さなかったとされている。


 サフォント帝の肖像画の前で、不必要に騒いだ男達は、もう一枚の肖像画の方に話題を移した。数多の伝説を持つ皇帝ゼスアラータ。その逸話の数はサフォント帝やゼンガルセン大王を合わせても遠く及ばない。
 そんな最盛期の皇帝の肖像画は、とにかく緊張しなくて済むので楽だった。
「このゼスアラータ帝の対になってる筈のシュステルト副帝は何処に? 焼き払われてしまったのでしょうか?」
 ゼスアラータ帝の夫は皇君一人しかおらず、彼と仲睦まじく生きていたのは有名。
 当然死後、彼女の向かい側に飾られたのは副帝となったシュステルト大公ゾローデ。
「焼かれちゃいねえよ。人気のある皇帝の肖像画は皆が挙って持ち出したからなぁ。シュステルト副帝はあれで人気があったから仲良く持ち出されたさ。だが可哀想にな、折角二人で灰になろうねと言いあった、可愛らしい夫婦だったってのに、肖像画を持った奴等が散り散りになって、結果此処から遠くはなれた国に保管されてる。そんな訳で、ファティオラ(ゼスアラータ帝の名)が悲しげに俺の枕元に立って泣いて懇願するので、ゾローデを持ってる国を攻め落とす」
 心ゆくまで殴られ、笑ったジルニオンはレフィアの質問に答える。幸い、ゼスアラータ帝の最愛の夫シュステルトの肖像画は残っている。
「つか、アンタあろうが無かろうが、攻める気でしょうが! 大体、陛下は見えないでしょうが、幽霊なんて。機動装甲乗れる人は見えないでしょうが!」
 エルイツが意見を述べるも、
「さぁて、とっとと取りに行こうぜ、国」
 全く気にせず声高らかにジルニオンは宣言し、見るだけ見たら後は満足とその部屋を出て行った。その後姿を見送った後、
「後は私が片付けるから、お前達も持ち場にもどれ」
 ため息混じりにベルライハ公はそう言って、一人部屋に残った。
「……サフォント……か」
 その肖像画を見上げながら、ベルライハ公は大名君として今だその輝きを失わない名を口にする。

*************

− 我は人類の未来なんぞ興味はない。欲しいのは戦争だ! 争わせろ! その為に貴様に従ってやるんだ、わかるか? シュスター
− はんっ! 皇帝の位だと? そんな物は必要ない。そんな人類に甘ったるい夢を見させるような立場なんぞ、この我が欲しがるとでも思ったのか?
− 我のこの手を、この身を血塗れの戦場に送ってくれるというのなら、我は、このアシュ=アリラシュは従ってやろう

「いくぞ、最後の王女」


− 永遠に争いを寄越せ! 戦争をさせろ! 殺させろ! それが出来なくなった時、我等は貴様等に刃向かう。覚えておけ
 シュスターの末裔が建てたと名乗ったこの国は、かつての家臣であるエヴェドリットに屈しますが、私は最後まで皇帝の一族でありましょう!


「来るが良い、侵略者よ!」


 我々は『人』を殺す為にシュスターに下ったのだ
 理由を知らぬということは、既にシュスターは存在していない事に疑いはない
 もしかしたら、我等が殺してしまったのかも知れぬが

*************

 大王よ、まだ我々は人を殺す理由を見失ってはいない。
 そして……私達、私とジルニオンは、たとえ理由が失われてしまったとしても、人を殺す事はやめないであろう。
 内なる欲求に従えば、行き着く先は破滅だと……
「サフォントよ、我等は戦争を求めて行く。貴方は、あるのならば麗しの大地にて弟と共に在ればよい。今此処に在るエバカインはジルニオンと共に行く、貴方の子孫を『シュスター』を殺した男とともにな」
 
 ベルライハ公は頭を少しだけ下げると、その肖像画の前を後にした。
 
 エヴェドリット王国が宇宙を統一した後、集められた大帝国皇帝とその配偶者の肖像画を飾る為の回廊が、かつての宮殿さながらに作られた。
 そこに新たに描かれたジルニオンの肖像画と、それから十年ほど遅れて向かい側に肖像画が飾られる事になる。
「この方が最も相応しいでしょう」
 新帝国二代皇帝クロナージュは微笑んで、その向かい側の肖像画に深く頭を下げた。






「だったら一緒に死にませんかい?」
「もっと嫌だ。ジルニオン、お前に殺されるのは良いが、お前と共に死ぬのは御免だ」







覇帝のサロメ



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