転んだ……
そりゃまあ、いい勢いで前のめりに転んだ……俺、身体能力が高い方だって言うの止めるよ。
ゴロンと体を転がして目を開いたら、秋桜の中。それも白い秋桜。
俺、秋桜を蹴り飛ばしながら走ってたのか? いや! 走らなけりゃならない理由があったんですよ! あのっ! 追い回されて……散々追い回されて……ってナニに追い回されてたんだっけ?
あれ? 転んだ拍子に全部忘れた……みたいだ。えっと……ああ、空が綺麗だな。朝焼けかなあ……ずっと夜だったような気がする……だから朝焼けだよな、うん、すごく赤いし。
白い秋桜の花びらから透かしてみる朝焼けも綺麗だなあ。
ずっとこうやって見てよ……
「エバカイン」
この声は?
「おっ! お兄様!」
え? どうして此処に? いや、待てよ此処は何処だ?
「久しぶりだな」
「あ……は、はい。そ、そんなに久しぶりでしたっけ……か?」
あの時に似ている。
そうだ、あの日、始めてナイトセイアに宮殿で会った日に。
驚いて、それでいて不安で、でも嬉しさが上回ったあの日のこと。今でもはっきりと覚えている。
……今って何時だ?
あれ、宮殿でナイトセイアは何をしていたんだっけ?
「寂しくは無かったようだな」
寂しくはなかったのですよ。
何故か何時かナイトセイアに会えるような気がして……
どうしてだろう?
「? え、ええ。多分、そんなに、全くってか……今まで何をしていたのか、全く思い出せませんでして……こ、此処は何処でしょうか?」
「全く解らぬのか」
「はい。その……はい、申し訳ありません」
地面に寝転がって、白い秋桜の花弁から朝焼けを透かし見ている場合じゃないって!
「待たせすぎたか」
「それは無いです! お兄様がおいでになられる前まで、とても楽しんでいたような気がするのです! ですので、全くお気になさらずに!」
ついさっきまで、一杯遊んでいた気がする。誰だったけ? 小さい頃の友達……ヤスヴェ? ……あれ?
「それはそれで寂しくある」
よ、良く解らない。
「あのっ!」
「エバカイン、私の事嫌いではないな」
「もちろんです!」
何でナイトセイアが “私” って?
「ずっと二人きりだが、良いか?」
「お兄様……ナイトセイアは、もう政務につかれないのですか?」
政務って口からでるけれど、政務ってなんだった? ナイトセイアは何をなさっていた方だっけ? とても忙しい方だった記憶はあるけれど、何だろう?
一緒に居た筈の、大事な何かも全部忘れてる気がする。
「全て終えてきた。これからは自由だ、着たい色の服も着られ、眠りたいだけ寝る事も出来る。好きな物を好きなだけ食べる事も、ずっとお前の傍に居る事も全て自由だ」
ああ、でもこれは言わなければ、言わないと……
「……はっきりと思い出せないのですが……ナイトセイア……ではないのですが、思い出せないナイトセイアの “何か” お疲れさまでした」
本当にお疲れ様でした。そして俺の所に来てくれてありがとう……
「ああ。こう言っては悪いが、お前が居なくなった後、寂しくもあったが楽しくもあった。私は最後までやりたい事を成し、そして遂げた。後は子孫に任せよう」
この自信のある “男” の表情が好きだった。
誰よりも “全て” に対し、真摯である姿勢が好きだった。
「はい」
「では、まず手始めに何をしたい? エバカイン」
はっ!
感傷に浸っている場合か? 俺は先にこの場にきていたというのに、何もしていない!
ちょっと待て! 先に来ていたのだから、ナイトセイアの休む場所くらい確保しておけば良かったのに! 今更言っても遅いが。
「えっと。では先ず住むところから探しませんか? 何処に居たのか思い出せないので、適当に洞穴でも見つけてから生活の基盤になる……どうしました? ナイトセイア」
お顔を手で覆って、笑われている……何か変な事言ったかな? いや、笑ってるからには変な事言ったんだよな!
うわぁぁ! 恥ずかしい! 俺って!
「お前らしいと言うしかないな。だが、再会したらこうであろう?」
思いっきりナイトセイアに手首を引かれて、体勢を崩して胸に倒れこんだ時……雨が降ってきたかのような……確かめようと思って上向いたら、ナイトセイアにキスされた。
そして、聞こえる筈のない声ナイトセイアの声が聞こえた。
これで泣きたい時にも自由に泣ける。
お前が死んだ時、一粒の涙をも流さなかったが、今やっと……やっと……
俺はナイトセイアを抱きしめて、そして……
− 完 −
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