何の因果か、何故俺が……いや、望んでこの地位においていただいたんだが。
私生児から王婿になって皇君はどうよ? それも僅か二年で……。人生って解らないものだな……解らない方が当然いいんだけれどさ。
一人で突っ込みいれてる場合じゃないだろゾローデ。
こうやって内心で呟いていられるのも、平和になった証拠だが。……内戦さえなけりゃ……
内乱も無事終決して、前線も元の位置に戻って俺とギィネヴィアの宮殿への引越しもほぼ完了。
次は延びに延びて十八年も延ばされていたヴァレドシーア様とイグニア様の御成婚式に向けての準備だな。
まさかケシュマリスタ国王の結婚式を取り仕切る事になるとは思ってもみなかった……そりゃ皇君になる事に比べれば……。いや、でもさ……式を取り仕切らなきゃならないわけだろ?
ギィネヴィアの元に婿に入ってからこの二年近くの間、大体ヴァレドシーア様とイグニア様が面倒を片付けてくれていたから……俺もいい年だ、独り立ちしなけりゃならないんだろうな。
喩え失敗したとしても、それを糧にして……糧……ああ! 失敗したらニヴェローネス様に叱られる! テルロバールノル大女傑王の愛妹姫のご結婚式で失敗するのは避けたい、この方に対しての失敗を糧になんてできない!
唯でさえ、ニヴェローネス様とヴァレドシーア様は喧嘩仲間というか……本当は仲がよろしいようだが、王同士仲が良いに越した事はないから、このままの状態でいて欲しい。その為には絶対に失敗は……
結婚式の準備と並行して、宮殿内の事も覚えないとな。バゼーハイナンには結婚が決まってから頻繁に訪れていたが、前宮迄が主で、後宮は当時の皇太子ジェルヴィアータ様に案内していただいたくらいで、皇帝の居城には足を踏み入れた事はない。
踏み入れたいなんて思ったこともない。何よりも宮殿に住む事になるなんて、考えた事もなかったからな……普通の人間はそうだよな。
あーあ、二年と少し前に宮殿の宇宙港主任してたのが、遠い過去に思える。あの当時の俺に現状を教える事が出来るとしても、俺は信じないだろう。
誰がある日突然、軍帝の孫娘でケシュマリスタの王太子殿下と結婚するように命じられ、色々あってその王太子殿下は皇帝に即位。
俺もそのまま正配偶者になってましたって……信じない、絶対に信じない! 毎朝目を覚ます度に夢だったんじゃないか? と周囲を見回すが、変わることはない。
往生際が悪いって言えば悪いのかもしれないが、混乱するくらいの自由はあっても……
そう言えば不思議なんだが「確りと告げておかないと、クーデルハイネ事件の二の舞になる可能性があるからな。愛の告白やら儀礼やらの前に、明確に言葉にして直接伝えるのが最善だ」そんな事を周囲の大勢の人から言われた。
意味を尋ねたんだが、誰も答えてはくれなかった……過去に一体何があったんだ? クーデルハイネ事件ってなんだ? 皇族や王族しか知らない、禁忌の事件なんだろうが……その内、知っていて答えてくれそうな方に尋ねてみよう。
さて、考えるのはやめにして今日も散歩するか。宮殿内を覚える為にも、散歩は欠かせない……むしろ俺は宮殿に移ってからの仕事は散歩だ……情けないが、とにかく作りを覚えるのが重要事項だって。政治なんて何もしてません。結婚式の準備も……申し訳ない。
それのしても、宮殿内を全て覚えきるのと、俺の寿命が尽きるのだったら、どっちが先だろう……寿命の方が先だろうな、どう考えても。
「ゾローデ」
廊下を歩いていると、その先にギィネヴィアが居た。
「ゼスアラータ陛下」
周囲を見回したが人影はない。
人影がないってったって、傍には人が控えてるんだろうけど。
「……」
「ど、どうしました」
「二人きりの時はギィネヴィアと呼ぶと約束してくれたのに」
見えなくても周囲に人は居るので……は通用しないか。
そう呼んで欲しいと言われたのだから。
「申し訳ございません! れ、練習してました! 陛下と御呼びする練習をしておりました!」
慌てて両手を大きく振って訂正したのが面白かったのか、
「怒ってないわよ。どう? 宮殿の造りは覚えた?」
あっさりと……ギィネヴィアは割と簡単に許してくれる方だから……どっちが年上なんだか……
「いえ、まだです」
時間が空いたというギィネヴィアと共に宮殿内を散歩することになった。一人で地図とつき合わせて散歩するよりかは、よほど楽しい。
歩いて本日の目的地、肖像画回廊に到達した。
歴代の皇帝と配偶者の絵が向かい合って飾られている場所。あるとは聞いていたけれど、見るのは初めてだ。
「肖像画よ。映像の方が精度が高いのは当然だけれども、こうやって手間隙かけて残すの」
二人でその巨大な想像画の前を歩く。
十六代皇帝の皇妃・ジオ……言われている通り、凛々しい女性だなあ。貴女が皇帝の配偶者になり苦労したから、俺は今こうやって皇君の座に収まっていられます。ありがとうございます。
「皆様立派ですねえ。この方は、ギィネヴィアにそっくり……という事は、三十七代皇帝シュスタークでしょうか?」
ギィネヴィアと瓜二つだ……これが有名なシュスターク帝か。
ギィネヴィアみたいに、何でも出来る皇帝陛下だったんだろうなあ。奴隷を皇后にしたくらいだから、相当やり手だよな。
「ええ、ザロナティオンの直系の子孫でロガ皇后の夫だったシュスタークよ」
シュスターク帝以降は有名な方は、あまりいなかったよな。俺が知ってるとなると、次は大皇ナイトヒュスカの皇帝時代の肖像画かな?
「えっと……あれ? こちら側空白……っ!!」
何故か配偶者側がない所が。……配偶者のいない皇帝っていなかったよな? 誰だ? 皇帝の方を見れば解るか……っ!
「どうしたの? ゾローデ」
俺は肖像画に向かって土下座していた。
貴方様でいらっしゃいましたか! 第四十五代皇帝!
「い、いえ。そ、そこの肖像画があまりにも怖くて……そ、そ、その……申し訳ございません! サフォント帝!」
一目で解るその御髪。そして伝えられる伝説の絶対零度。
肖像画から溢れ出し過ぎな迫力! 動かないと、既にこの世にはいないと知っていても土下座したくなるこの迫力!
これぞ[シュスター]と言った風格。威風堂々というのは、こういう方を指すんだな。
「大丈夫よ、ゾローデ。でもやっぱり驚いたんだ、サフォントに。私も初めて帝星にナイトヒュスカに連れられて来られた二歳の時、此処にも連れてこられてね、絵の説明を受けたんだけど此処で泣いちゃった。凄く内面まで描かれてるようで怖かった」
「は、はは……」
ギィネヴィアは二歳当時だからいいけれど、俺は既に二十六、そろそろ二十七にもなるんですよ。
それで肖像画の前で土下座……でも……異様な迫力が……ある。
「この絵はねえ……そうそう、何で向かい側に配偶者の絵がないかって、サフォント帝が飾らせなかったの “必要ない” って」
「この方、皇君ゼルデガラテアを配偶者にしましたよね? お気に入りだったって聞いてるんですが?」
正面切ってご自分の異母弟を正配偶者にした、現時点で歴史上唯一人の皇帝陛下。
その異母弟が、特別名家の出だとか何か特殊な事があったなら解るが、その異母弟は名家の出でもなければ、変わったところもなかった。精々、両目が同じ色だって事くらい。俺も両目同じ色だけれども、大貴族の中にいると目立っただろうな。
ゼルデガラテアは俺とは違って、皇帝の血を引いていながら両目同色だったんだから。
そのゼルデガラテアを “あの” サフォント帝が配偶者にして何か得があったか? というと、最初の頃はなかった、最後の方は、中々役に立ったらしいけれど。
彼が特攻をかけ沈めたガウセオイド戦闘空母。初のアタックで撃沈に最も適した “突撃回廊” を作ったのがゼルデガラテア。
その回廊は「ベレミーテュシア回廊」って言われてるくらいで……ベレミーテュシアってゼルデガラテアの名じゃないよな? 何で? 普通は残すよね。ベレミーテュシアって何? むしろ誰だ?
「そう、とても気に入ってた……皆感謝せよ……確かに……向かい側に肖像画がないのは、ゼルデガラテアの肖像画が存在しないのは “何時か帝国は滅びるであろう。それは構わぬ。だが滅びた国には略奪と破壊が付き物だ。余の肖像画が焼かれるのも、踏まれるのも、唾を吐きかけられるのも構いはせぬ。だが、ゼルデガラテアの肖像画が焼かれるのは、許せぬ。許せぬがその時余はおらぬ。ならばどうするべきか? 答えは簡単だ、ゼルデガラテアを残さねば良いのだ” その考えのもと、サフォントは公式映像から何から何まで、全て処分してしまったの、自分が生きている間に。……この人は寿命が長かったから、他人に気取らせないように徐々に消していって……いいなあ、そんな余裕のある人。私はサフォントの何にも嫉妬しないけれど……ただ一つ、その人生の余裕には嫉妬によく似た敗北感を覚えている」
未来は解らない方がいい。
だが寿命は簡単に調べられる。下階層は調べる事を禁止されてるけれど、王族になれば……。
「ギィネヴィア……」
恐怖でありながら誘惑。
でもそれ以上に[責任]
即位して半年で死ぬような事では困る。王や皇帝が代わるのは混乱を伴うから、ある一定の期間の即位が望ましい。暗殺や戦死は仕方ないが、それは防ぐ事が出来る。だが寿命はそうはいかない。
代替わりの混乱は弱い階層にしわ寄せが来る。それを避ける為、継承者はその寿命を調べられ、王に適していなければ殺される。王太子は王よりも寿命が長くなければ「存在する意味がない」
王太子の寿命は王に及ばない中、後継者を作ると問題にもなる。弟や妹がいれば継承権の問題上尚更……そんな理由で、彼等は寿命を調べる。
ギィネヴィアも当然調べ、そしてヴァレドシーア様は[退位するつもりだった]と言われた。
ヴァレドシーア様はギィネヴィアに王の座を譲る為に王になった人。それ以外に人生の目的がなかったらしいが、そう上手くはいかないのが世界ってものらしい。
ギィネヴィアの寿命は短い、まさか俺が初めて会ったその年が、既に彼女の人生の折り返し地点だったなんて……思わないよなあ。
俺が二十五歳の時に出会った十六歳の姫君は、三十二歳でその生涯を終えることが決まっている。
『こんな事になるのなら、王にしておけば良かった』とヴァレドシーア様は言われたが、ギィネヴィアは王にならなくて良かったと、こっそり俺に語った。ギィネヴィアが王であっても、この状況は変わらなかっただろう。そうなれば、次の皇帝はギィネヴィアの子。
王と皇帝は遠く離れて暮らさなくてはならないし、親子にもなれない。だが皇帝になれば皇太子とは親子になれる。早くに両親を亡くしたギィネヴィアの願いは、窮屈かもしれないが叶う。
【あと十四年、一緒にいて。私が死んだら、自由になれるようにしておくから。その頃はゾローデまだ四十一歳、先は長いから……お願い。十四年間を私に頂戴!】
四十一歳で死に別れ……かあ。
後を追える程の度胸もなければ、そんな事は許してくれないらしい。
「サフォントのように、死後までゾローデを守れる余裕は私にはないから……でもね、サフォントが言ったように何時か帝国は滅びると思う。そして滅びた時、サフォントが懸念したようになると思うけれど、私にはゾローデを守れるほどの時間がない。だから、一緒に肖像画を焼かれてね。打ち捨てられるかもしれないし、踏みつけられるかも知れないけれど」
[貴方達]が世界に対して楽観視をしていない事、この二年でよく知りました。
目指す世界も行き着く先も良く解りませんが、この帝国が永遠に続かせる為の努力と、人を殺す理由も知りました。
「俺の絵、踏みつけられる程度なら平気ですよ。むしろ、守って差し上げられなくて申し訳ない」
それら全てを背負って皇帝は多くの人々を欺くのだと言う事も。
でも俺は最後まで付いていきますよ。そもそも俺の肖像画なんて、滅びる前に焼却処分される可能性もあるし。
「私が我儘で皇君にしたんだもの……サフォント、かぁ……そうそう、このサフォントの肖像画ってちょっとした細工が施されているの。みせてあげる」
「細工? ですか」
「そう。琥珀を持ってくると解るの。取りにいきましょう」
踵を返すと揺れる黒髪。
その後姿に誓っておこう。
「はい。そうだ、ギィネヴィア」
「何?」
「一緒に灰になるのでしたら、悪くないです。むしろ嬉しいですよ、共に肖像画を焼かれ、帝国から去るのも悪くないですよ」
この帝国が滅んでしまえば、また同じ事が起こるかもしれないが……その時はまた、同じような歴史が繰り返されるかもしれない。そうなったとしても、俺とギィネヴィアはもうどうする事も出来ない。ただ俺達は、歴史から消え去る事しかできないだろうけれども、それでも全く悔いはない。
「……ええ! 一緒なら!」
共に、ね。
立ち止まって振り返ってくれた皇帝に、俺は手袋を外し手を差し出す。彼女も手袋を脱ぎ、手を繋いでその場を後にした。
「そういえば、ギィネヴィア。クーデルハイネ事件ってなんですか?」
「それもサフォントが関係するのだけれど……」
銀河帝国最盛期の皇帝、第六十代ゼスアラータ。伝説の時代の皇帝の在位は僅か十四年で終る。隻眼副帝と呼ばれるようになった皇君シュステルト大公を残して。
眼窩の陰刻
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