PASTORAL −37
ゼンガルセンの話とは、陛下のお命を狙っている者……ではなく、エバカインの命を狙っている者が宮殿に忍び込んだ、という報告であった。
「イネスの事件で処分された貴族の家族ですね。この家の処分対象者は主だけだったんで、黙っていればいいものを。ご命令さえあれば、殺害いたします」
「暫し待っていろ」
「忙しい身の上なんですが」
「どうせ、その後に次の会戦の兵器や戦艦、砲弾など準備に関して話をしておかねばならぬし、そのつもりであろうが」
「はい。じゃ、ゆっくりと要望書を書いてますんで」
ゼンガルセンを執務室に残して、私は陛下の元へと向かった。
宮殿は帝星の半分を覆っており、部屋数が10億7千23室ある。廊下やテラス、湖や内海、別館や秘密通路、隠し部屋は含んでいないでもこの数だ。
宮殿に侵入するまでが難しく、侵入してしまえばあとは潜伏しているのは意外と簡単である。潜伏は簡単だが、標的に近付くのは難しくもあるが。潜入した者達の狙いはエバカインで、殺そうとしている者達はただのお気楽貴族だった者達だ。
とばっちりを受けて貴族の位を剥奪されて、主を処刑されただけ……なのだから、黙って生活していれば良かったものを。
宮殿に忍び込んだ者達は、基本的に殺害されることは無い。宮殿を無闇に血で汚すことは許されない。勿論、訓練や急を要した際などは別だが、今のように宮殿内に潜んでいるだけならば捕らえられ、裁かれて処刑される。
ただ、彼等はエバカインを殺害する為に、武器を持って潜入しているので交戦状態になる可能性がある。となれば、血が流れる可能性が高い。
目標を既に捕捉しているので「不測の事態で流血した」とは申し開くことは出来ないので「捉える際に、流血又は殺害しても宜しいか」という伺いが必要なのだ。
最も、こういう伺いをのんびりと立てている時点で、敵は脅威でもなんでもないという事が解かる。実際、報告を見たところ……ゼンガルセンは基本的に仕事に抜かりはないので既に何処の誰が侵入して、それ達の経歴から、その親族や交友関係まで調べ上げ、親族や友人達も既に見張りをつけている……相変らず抜け目ないというか……。
そのゼンガルセンから齎された情報によれば、極一般的な役立たず貴族で射撃の腕などないに等しいとの事。側に近寄ったとしても、傷一つつけるのは不可能だと。
「ナディアから逃げ切ったんですよ、弟君。とてもじゃないけど、このボンクラ貴族達が傷一つ付けられるわけがない」
ナディアとは、本名はナディラナーアリア=アリアディアと言い、ゼンガルセンとは従姉弟である。
母が現リスカートーフォン公爵の妹であった人で、伯爵を名乗っている。
そしてナディア自身の力で子爵の位を受けているほどの実力の持ち主だ。自力で叙爵される程なのだから、ナディアは非常に強い。私など即座に弾きとばされるであろう。あのゼンガルセンですら「ナディアの力は凄い」という。クロトハウセですら「アームレスリングしたら負けました。手を握り合った瞬間に既に負けるな! と感じましたね」という程の女性だ。
ナディアの強さはともかく……
陛下にお伺いに向かった所……舞台は上演されていなかった。何があったのかは知らぬが、後で報告があるであろう。
本日の舞台の確認はクロトハウセが受け持っている。クロトハウセは舞台進行がどうなっているかは知らないが(話は知っている)通常の人間をはるかに凌駕する反射神経を持っているので、警備にさいして全く問題はない。私の姿を確認すると陛下は肩口に頭を預けて眠っていたエバカインを起こした。
目の開き方と焦点の合わなさから察するに、どうも睡眠薬か何かを使われているようだが、これも後で報告が来るからそれを待つとしよう。
「陛下、ご報告がございます」
それにしても、すっかりとやつれている。……これは「マズイ」のではないだろうか? 元々陛下は、一人だけに御自身の相手を務めさせる事はなかったのだ。陛下についていけない者が多くて。よって、何時もは五人以上を並べて相手にさせていたのだが……でもな、この弟の隣に何人置いても無理なような気がするし……
「何用だ」
「陛下、その前にエバカインをポッドに入れて休ませた方がいいのでは? 傍目にも衰弱しておりますよ」
「そうか」
陛下は軽く頷かれ
「ゼルデガラテアをポッドで休ませろ。戻るが良い、皇太子」
「それでは失礼いたします、皇帝陛下。カルミラーゼン大公、ゼルデガラテア大公」
軽く会釈をしてくださった際の、皇太子殿下の笑顔……間違いなく我が兄サフォント帝の皇女であらせられる。
その後に、
「それでは」
と言いながら、片足を引き摺って室内移動用円盤艇にやっと思いで乗り込んでいるエバカインの後姿に……不覚ながら、涙が。帽子もペコペコしているし(疲れと足の痛みでかなり上下する)……私も帽子萌え体質なのだろうか? それはさて置き、
「サフォント帝……いいえ、久しぶりに呼ばせていただきます、兄上と。……兄上、エバカインを壊すおつもりですか?」
「言葉もないな」
兄上は顔を手で覆いながら、微笑なされた。
兄上の笑顔、皇太子殿下とよく似ておられる。当然だが。
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第三幕が終了し、休憩時間に叔父は寝た。あの意識の落ち方は、通常の疲労ではないようだ。
「皇太子」
「はい。お呼びでございますか、陛下」
陛下の前に進み出て、頭を下げる。
「第四幕は中止だ。明日からお前が仕切るがよい」
「御意」
クロトハウセが舞台関係者にその旨を通達しているようだ。それを見下ろしながら、私は明日から夫を二人同時に連れてくるべきか、一人ずつ連れてくるべきか考える。やはり同時につれてくるべきであろう、最初に同伴しなかった方が泣き出すのは鬱陶しくて仕方ない。
「陛下」
そんなつまらない、何時もの事である夫達の動向よりも叔父が気になる。
「どうした、皇太子」
「叔父様は薬で意識を失ったようにお見受けしましたが、間違いありませんか?」
カルミラーゼンから習った、薬で意識を失った人間とそうではない人間の見分け方を間違って覚えていなければ、間違いなくその叔父は薬で意識を失っているはずだ。
「そうだ」
「危険を感知する能力が劣っているのですか」
軍人であれば味覚などによる薬の感知を訓練するはずだが? 私の言葉に陛下は叔父の腰を抱き寄せて
「形や熱さは理解できるが、味などは理解できない口から無理矢理食させた。熱いと言っていたのでな」
その“口”とは一体? どのような“口”なのであろうか?
「は……はあ」
カルミラーゼンから習っている薬の摂取の仕方以外に、まだ別の方法があるのであろう。それを揶揄した言葉であろう……次代銀河帝国皇帝になる私、ザーデリア八歳。若輩ゆえ未だ薄学なれど、何時かは陛下のどのようなお言葉にも的確にお答え出来るようになりたいと思う次第。
「だが薬の耐性は強いようだ。移動の際にも動かさないようにし、劇場到着前に意識を失うと思ったのだがな」
「道理で顔色が悪かった訳ですね」
後は寝ている叔父が起きぬように会話を打ち切り、誰も歌わぬ舞台を見つめながら明日から連れてくる夫達に対してどう接するかを考えていた。
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