PASTORAL −36
「私、帝后にならなくて良かったですわ。ゼルデガラテア大公殿下」

 そう言って私と共に戻ったクリミトリアルト妃。何故あのような事を言ったのか尋ねてみた所
「クロトハウセ、様子を見て参れ」
「ゼルデガラテアの事ですか」
「そうだ」
「何か伝言でもありましたら」
「言伝はないが、女を二三連れて行け」
「私に女を選ばせますか、陛下」
「だからお前に選ばせるのだ、クロトハウセ。興味を持たせないように」
「陛下の御心を察する事できず、誠に失礼いたしました。ではこの女を選べぬ私が選び、お話して参ります」

 確かにそれは、妃にならなくて良かったであろうな。

 翌朝は、サフォント帝が夜に“バティーナの愛”を歌っていたとの報告を受けた。普通は弟には歌わないが、異母弟ではあるから……何か理由があるのだろうが、私には見当がつかない。
「そうだ? エバカインは御相手を務めている際には、帽子を被っているのか」
 報告に来た侍従に問う。
「いいえ」
 帽子なしか……。相当お気に召しているようだな。あの可愛らしさだから(二十二歳、既婚だった男に対しての表現としては銀河滅亡レベルで不適切)解からなくはないし私としても喜ばしい事だ。
 過去何度もエバカインに対して失態を繰り返してきた私としては、是非とも幸せに……幸せなって欲しい。銀河帝国の臣民として最高の幸せとは、やはり陛下のお側に仕える事であろう。エバカインは若いから、皇太子殿下の夫にもなれるだろうが……性格的に無理かもしれないな。
 男皇帝も女皇帝も基本的に権限は全て同じである。だが、一点だけ全く違う箇所がある、それは次代皇帝を「産む」か「産ませる」かの大きな違いがある。
 長い歴史上、男皇帝と後宮の女達、その女達の確執……なるイメージが強いようだが、実際は女皇帝と男の方がドロドロしている。男皇帝ならば、多数の女を同時に孕ませて同い年の兄弟が何人も! という事が可能ではあるが(問題にはなるが)女皇帝はそうはいかない。
 一人孕んでいる間は、別の子を孕むことは無い。
 子の父となれなかった男は一年間以上、次の機会を待たねばならぬのだ。
 その待っている間のプレッシャーと、別の人物が皇帝の腹を射止めた事から、実家から男の尊厳を奪うかのごとき雑言などを受ける。過去にプレッシャーに負けて、何人もの夫が首を括っている。むしろ、女性より男性の方が弱い、特に側人(妾妃の男性名称)などは。
 身篭らない分、精神に劇的な変化が訪れないので、弱いらしい。それに「陛下の子を身篭っている女」を殺せば「皇帝の子を殺した」という厳罰(第四親等まで死刑)が下されるが「陛下の腹の中に居る子の父」は、それが適用されない。
 それらを考えると、やはり……
「惜しいのは、アレが女ではない事か」
 女ならば、異母なので正妃にもなれる。
 後ろ盾は弱い……弱くもないな。皇族代表で嫁がせれば良いのだから。とは言うものの、エバカインは女でないし、性別を転換させた者は陛下のお側には近寄れない。
「本当に惜しいですね。アレが女なら、俺が食ってますよ」
「ゼンガルセンか」
 厄介なのが来たな。カウタとは正反対に厄介だ、この覇気の強すぎる男は。
 いずれ親、兄を殺害して公爵家の当主に納まるであろう。それは良いが、この男の覇気がそれで収まるものやら。
「名詞も出していないのに“アレ”が誰かわかるのか?」
「そりゃまあ、接待して参りましたからね。勝ちを陛下から頂いたのは初めてです、弟君に花を持たせる為に」
 なる程な、エバカインをゼンガルセンの配下にして模擬戦闘を行ったのか。
「強かったか」
「強いですね。近衛兵団内肉弾戦なら中の下と言った所ですが、機動装甲まで乗れるんですから全く問題ないでしょう。何故、弟君を近衛にしなかったんですかね? 普通あの強さは軍警察に配備しないでしょ。大体、機動装甲の操縦が出来れば初任から中将が基本でしょうに」

 機動装甲の操縦者だと、制服の帽子が可愛くないからだ(エバカインに似合わないタイプの帽子)
 中将だと軍警察に配置できないからだ(軍警察最高位は大佐)

 とは言えないので(当然ながら)
「陛下のお心など、私には解かるものではない」
 いや、帽子なのだけどな。推薦したのは私でもあるのだが。
「軍警察としては評判は良かったですけどね。ラウカーザン大砲で逃げる密輸船をガンガン沈没させてた様は、警備隊からも聞いてましたし映像でも観ました。あの戦いっぷりから、もっとクロトハウセに近い“喧嘩上等皇子”だと思ってたんですが、大人しくてビックリしましたよ」
 私の弟、クロトハウセを喧嘩上等言うな……実際、相当短気で喧嘩上等ではあるが。
「そうだな、公爵の兄上は何処でも評判が悪くて私も驚いているよ」
「いい弟君ばかりお持ちで羨ましい限りですよ、カルミラーゼン大公。それはそうと、お話が」


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