PASTORAL −35
「お似合いですよ、大公妃殿下」
妻と共に、陛下の観劇の席に呼ばれている。
「勿論でございますわ、大公殿下。陛下の御前に伺うのに、美しくない格好をするなど礼に反しますもの」
確かに。見た目の美しさも必要不可欠だから……見た目だけで生きている代表格はカウタマロリオオレトだが。あれ、容姿が悪かったら誰も当主とは認めんが。逆を言えば、あの程度の知性でもあの抜群の容姿があれば赦される訳だから……別に構いはしないが。
ふむ、思い出してしまった……役職か。無理だろ、あれは。草稿を渡してやっても、清書すらままならぬ男なのだから。
「それでは行きましょうか、大公妃殿下」
「参りましょう、大公殿下」
という事で「騎士オーランドリスの一生」を観劇に。はっきり言って見飽きている。何の事はない、舞台関係者と私が観劇のシナリオや、舞台装置の配置などを話し合い、劇中の役者の動きや会話、衣装などのチェックなどを担当したのが私なのでね。
本来ならば今日の立会いは私であったのでそのような細かい事を覚えているのだが。
観劇中に良からぬ出来事が起きないように、注意を払う為にも劇を細部まで覚えている者が必要なのだ。よって、全く私には興味がない。そしてその私の手元にあるのは報告書。革で装丁された伺い挟みの中にある、紙書類に目を通す。
エバカインはつい先ほどまで陛下の御相手を仕っていたそうだ、やはりな。朝見た時よりも、更に美しさが増した。
舞台で規定外の動きがないか目を光らせつつ、クロトハウセに伺い挟みを回す。
休憩時間、幕が下りて舞台装置の変更が行われるので其処に立ち会っている。舞台袖から見上げると、エバカインは一人で席を立って出て行った。
ヒョコヒョコ歩く姿が非常に可愛らしい。
それ程頭が上下しているわけではないのだが、帽子が頭に乗っている分、目立つ。
今エバカインが被っているのは「騎士オーランドリス」が被っていた物と同じデザインだ。舞台の衣装はやや変えているがエバカインが被っているのは、全く違いのないものである。薄紅色の帽子をトパーズネックレスで飾り、ナムリガス星に自生している蒲公英(タンポポ)を二本挿し、純金のピンでそれを留める、というものだ。
非常によく似合ってもいるし、この場にも相応しい。
我が兄サフォント帝は「エバカインの帽子姿」が酷くお気に入りだ。
実は……エバカインは髪が短いので宮中公爵に叙されたのだ。髪さえ伸ばせば大公に序列されるのには問題がない……とは言わないが、可能であった。儀典相もそう申し出たのだが、兄上が譲らなかった。
なんと言ったか? 確か古代語に近い言葉で「モケ」じゃない「モニュ」でもない「モプ」でもない、そんな言葉で表現できる嗜好らしい。
この手の事は古典文学に通じているクロトハウセが詳しい。あの弟は地球の「アーキーバートーキーヨ」言語に詳しい。数々の戦争の後、荒廃した地球に残った数少ない過去の遺産だ。
私は席に戻り、第二幕中に紙に
「陛下のゼルデガラテア大公着帽に対するお心を古典語で表現させて頂きたいのだが、教えてはくれまいか?」
そう書いてクロトハウセに回した所
「“萌え”にございます、兄上」
と返って来た。そうだそうだ「萌え」だった。そうそう、萌え……萌え? ……萌えっ!!!
すまない! エバカイン! 過去に私はとんでもない失態を犯していた!!
実は……我が兄サフォント帝は、初の謁見の際にエバカインが被ってきた野球帽姿がとてもお気に召していた。お気に召してはいたが「あの帽子姿で謁見せよ」などとは、命じるわけにはいかなかった。
あの立場の弱いエバカインを特例扱いし過ぎると、妬みからエバカインが危険に晒されることがあるので……
そこで私が! そう! 私が提案したのだった!
それはエバカインが十七歳を迎える月の事。
「陛下、エバカインも今月で十七になりますが、もう一年くらい帝星防衛主任として置いておきますか?」
「出す。次の一年間の帝星防衛主任はクロトハウセに任せよ。一年くらいは皇子の慣習を踏破させておけ、後で問題になるのは面倒だ」
クロトハウセは軍方面において天才児であった。その為、十歳の時には既に最高指令軍属大尉となって十二歳の頃には一艦隊を指揮していた。
本来ならば十五歳で主任の座に就くのだが、一つ年上のエバカインがその任に就いていたのでクロトハウセは特例として、帝星防衛の任に就かないで過ごす事を許されていた。
十二歳で艦隊を指揮していた男に今更『軍事の全て・貴族将校の心得を学ぶ』帝星防衛主任を務めさせるのは、無駄である。だが、それで特例扱いのままにしておくと、後々慣習を踏破していないと言われ、問題となる事もある。
「ではエバカインを何処に配属いたしましょうか? 力は握力100を越えていますし、生まれと見た目からいって近衛兵として採用する事も可能です」
陛下の身辺警護を担当する近衛兵は、実力の他に見目も必要なのだ。
「文官にする」
「陛下の御心がそのようでしたら、私もエバカインもそれに従いますが」
「儀典省の祭儀第一位」
「……それは。いきなり一位ですか? せめて三位から慣れさせた方がよろしいと」
「一位の帽子が最も似合うであろう、あれに」
帽子だった……兄上は省庁の制服の帽子で決められたのだ! 最もエバカインに似合う場所と役職を!
確かにあの制服の帽子は似合う、そして帝国の制服の全てを記憶している陛下は素晴しいお方だ……その時私はある事を思い出してしまった。
「奏上してもよろしいでしょうか?」
私は、エバカインに服を届けた事からも解かるように被服全般の統括も任されている。着衣の長さ、色の使用確認、色の使用許可など。特に省庁で使われる制服などは、必ず私が許可を出している。
「何だ、申してみよ」
「軍警察の制服変更願いが出ておりまして、私は陛下の代理として許可を出させていただきました。実際に使用される日にお目にかけるつもりでございました。そのデザインですが、実動部隊は基本的に着帽でして、その帽子は濃紺で野球帽に似ております。一度着用させ、陛下に謁見させてはいかがでしょうか? 軍警察の地位を不服と感じ陛下に配置換えを願い出るでしょうから、その際に儀典省祭儀第一位に。それに最初から儀典省祭儀第一位を与えては他の者が嫉妬しかねませんので」
私は端末からその帽子を立体映像で御前に広げた。それはとても野球帽に似ていたので……
エバカインは中佐に任官され、帝星軍警察・第23軍警察署へと配置され……そして転属願いを申し出なかった。制服の帽子は似合ってはいた、とても。
「どうした? ゼルデガラテアよ。其方から余を観るなど初めてだな」
「失礼いたしました」
「何か望みがあるのならば、言ってみよ」
「いいえ! 望みなど。あ、ああの……さ、最後の“雷鳴の窓”が見事だったと。そ、それでついつい、それを兄上……失礼いたしました! それを陛下に言上したく」
「カルミラーゼン。ハンターナの歌から再演させろ」
お前をエリートコースから外してしまった私を許してくれェェ!!(儀典省は貴族文官のエリートコース)
「御意」
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