PASTORAL −192
恐怖の初夜から明けて、式典は尚も続く。そんな中、エバカインの休息時間、要するに皇帝は他の妃のところに行っている最中、
「カルミニュアル! ランチャーニ!」
二人が面会に現れた。
デルドライダハネ王女から “今日の休憩時間に会わせたいのです” そう連絡を貰っていたので、エバカインは楽しみに待っていた。
勿論、会うと言っても長時間会話できるような余裕はないのだが、それでも二人に会えるのは嬉しい。
「皇子様……じゃなくて、皇君殿下」
「いや、皇子でいいよ。皇子じゃなくなったわけじゃないから」
未だ皇君と呼ばれ慣れないエバカインは、それよりかならば慣れている “皇子” と呼んでくれと二人に頼んだ。
「じゃ、皇子様! あの、盗賊団を倒してくれてありがとう御座いました! 村の人、皆が感謝してます」
「デルドライダハネ王女が退治してくださったんだって?」
「はい。それと、ドレス……とても嬉しかったです」
そう言ってカルミニュアルは出発前に、王女が「映像もって行くから」と言われて着て撮影したものを持って来ていた。その映像を見て『本当に綺麗だよ』と返す。その後、
「ランチャーニ、どうだった? カルミニュアルは」
尋ねると、
「ま、まあまあ」
学者風の男は、照れながらそう呟いた。
「そんな照れないでも。そう言えば、トコヤマさんは?」
「トコヤマさんは……その……」
ランチャーニは涙をこらえ、これからの開拓の方向性と、その為に処分するしかなくなったトコヤマさんをサンティリアス達に預けたことを二人は告げた。
「そっか……でも、ラウデ達と一緒なら大丈夫だよ。いや、ラウデ達が大丈夫だって言うべきかな?」
「はい」
それ程長い時間話はしていないが、そろそろ時間が迫ってきたようで周りがそわそわし始めた。それを横目に、ランチャーニはエバカインに最後の挨拶をする。
「皇子」
「何、ランチャーニ」
「本当は機械工学が好きですし、王女様はそれに携わる気があるのなら採用しても良いと言ってくださいましたが……その、やっぱり軍事開発は嫌いなんで、これから王女様が色々としてくれる村でのんびりと、時には頑張って畑を作ってカルミニュアルと一緒に暮らしていくことにしました。だから……トコヤマさんのことは内緒にしておいてください。色々とありがとう御座いました」
そこには “トコヤマさん” という機械はなく、奴隷達だけが肩を寄せ合っていただけ。
ランチャーニは終生、生活に必要な機械の修理だけを行い、何かを作る事は二度となかった。
「元気でね」
頭を下げて、小走りに去ってゆく二人の背にエバカインは心よりの祝福を込めて声をかけた。その声に、カルミニュアルが立ち止まって振り返り、
「はい。あっ! そうだ! 最後に、あの、キャセリア医師が皇子の弟殿下の愛人にされてしまったので! 良ければ、力になってあげてください」
そう叫んで笑顔で手を振って、そして見えなくなった。
「え?」
その頃のキャセリアは、
「………………」
ベッドの上で放心状態だった。
*************
ランチャーニとカルミニュアルと会った次の日、再び陛下が他のお妃のところにいる時、リスカートーフォン公爵夫人となった母親と会った。
夫となったゼンガルセンが肩を抱いて連れてきた母親に、複雑な心境になったエバカインだが、よく考えれば母親も複雑な心境だろうことに気付き、出来るだけさりげなく声をかけることに決めた。
「母さん」
「何」
「あのさ……」
「何よ」
「結婚……おめでとう……」
ゼンガルセンは少し離れた場所で、シャタイアスと会話を始めていた。
「ありがとう。そして、あんたもおめでとう」
「うん」
そこでエバカインは、自分と母親が『養子縁組をして親子』になった事を聞いて、素直に喜んだ。
素直に喜んでいる息子を、優しく細めた目で少しだけ眺め、何時もの表情の戻して母親は会話を続ける。
「それで母さんは結婚するんだから、贈り物とか持参金とか用意してくれるわよね」
「……え?」
「もうっ! 確りしなさいよ! 陛下は既に下さったわよ。恐れ多くもあんたの夫として、義理の母の結婚の為にって領地と、それに付随する名前も。あんた、母さんの結婚話聞いてから、何も考えてなかったの?」
サフォント帝は一般的な義理の息子として、そしてまた皇帝としてエミリファルネ宮中伯妃位を返上させ、王妃に相応しい持参金として帝国領の一星系を公爵領として与え、名の足りない部分を “ベレミーテュシア” という名で補えと命じた。
「う、う、うん」
お兄様、お仕事速い!! と心の底から感心しているのが解る息子を前に、
「駄目な子ねえ。本当にもう!」
はあ……とわざとらしい大きなため息をつく。
「あっ! そうだ、母さん! 艦隊持っていくといいよ! リスカートーフォンだから艦隊は持っていけば喜ばれるに違いないよ」
いい事を思いついた! とばかりにポンッと手を打ちエバカインは、確かにリスカートーフォンに相応しい贈り物を思いついた。
「あら、用意してくれるの?」
「違う! 俺、ゼンガルセン王子から誕生日に艦隊頂いたんだ! それをそのまま持っていけばいいと思うよ。御持たせ艦隊ですが! って……痛っ!」
胸元から出てきた金タライで、頭を連打される息子。
「何が御持たせ艦隊よ! あんたって子は!」
「や、やっぱり駄目なか? へ、変な言葉かなあ……御持たせ艦隊……」
− さしものリスカートーフォンでも “御持たせ艦隊” は聞いたことがないぞ、第三皇子
そんな事を思いながら、シャタイアスは始まった親子喧嘩を眺めていた。その隣に立つゼンガルセンは、
「別に御持たせ艦隊でも構わんが、それにしても……」
ベッコンベッコンと音がする親子喧嘩を眺めながら、かなり真剣な顔つきであった。
「どうした、ゼンガルセン?」
「あのタライ、息子仕様だが、やはり我仕様も作ってやるべきであろうか?」
あの程度の強度で殴られても、直ぐにタライが変形して殴りづらかろう……そう言うゼンガルセンに、
「さあ……必要だと考えるのであれば、技術開発庁から二三人、鉄鋼学者を引っ張ってきて作らせるが」
殴られない夫婦生活を送る気は最初からないのか? シャタイアスはそう思わなくもなかったが、殆ど互いに無関心だった自分の夫婦生活を思い出し、喧嘩であろうが多少は感情の行き来があるほうが幸せなのかもしれないなと考えるに至った。
そして自分の直属の支配下である、帝国騎士団本部の鉄鋼造成研究開発部門の学者何名かを呼びつけて、本日中に金タライの試作品を作らせようとまで飛躍してしまった。
「ところでアレは避けてはいかんのか?」
「避けないものなのではないか? 叱られている時は黙って叱られるのが……礼儀?」
「礼儀なあ」
親とは自分を製造するプラントくらいにしか考えてないゼンガルセンには、よく解らない世界であった。
「落ち着いて母さん! そうだ! アダルクレウスに頼むよ!」
殴られ続けていたエバカインは、やっと側近の存在に思いたる。
「何言ってるのやら……まあ、期待しないで待っておくわ」
やれやれといった表情で、母親はすっかりと乱れた息子の着衣を直して次の儀礼へと向かわせた。
ちなみにゼンガルセン視点でのエバカインの初夜。
尻穴、痛ぇだろうな。人間の身体ってのは、よく拡がるもんだな
以上である。
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