PASTORAL −193
 皇帝の結婚式終了後、ゼンガルセンとその愉快な人殺し集団は帰途についた。
 これから自領地に戻って王となるゼンガルセンと、その妃となるアレステレーゼ。
 出会いは最悪で、結婚に至るまではほぼ恐喝状態の二人の間は当然冷え切っていた。ただ、二人の間は冷え切っているが、
「うわぁぁ!」
「それ程喜んでいただけるとは」
「た、食べてもいいんですか! 王妃!」
「どうぞ」
 シャタイアスとその息子とは、とても仲良く過ごしている。
 アレステレーゼの息子とは全く違う、よく気のきく息子・ザデュイアルは父親がアレステレーゼと話しをしたいことに気付き 子供であるが子供ではないザデュイアルは “子供” を装ってアレステレーゼに近付いた。
 過去に強姦されたことのあるアレステレーゼは、今でも成人男性と二人きりで部屋にいるのを苦痛に感じる。その事を理解している皇帝は最初の使者に女性であった故カシエスタ伯爵を、ゼンガルセンは少年であるザデュイアルを送った。
 そんな “子供” であるザデュイアルは、父親と話をしてもらおうとアレステレーゼの元に通い、すっかりと懐いた。
 元々母親に憧れている部分と、年齢からいけば「祖母」にあたるアレステレーゼにザデュイアルは甘えられるだけ甘えていた。
「王妃。これは御口に合いますかな」
 その父親も『王妃として知らぬところに行くのだから、緊張をほぐす為にも。それに息子が入り浸っているし』と三度の食事を作って運ぶ状態。
「本当にお上手ですわね、オーランドリス伯爵閣下は」
 ゼンガルセンの側近中の側近が、家臣として従っている姿は他の者達にも『王妃』に服従することを印象付けるので良いことでもあった。
「こんなので喜んでいただけるのでしたら、毎日でも。それでザデュイアル、お前は何をしてたんだ?」
「ホットケーキつくってるんだ」
 楽しそうに王妃と共にホットケーキを作って、手づかみで食べていた。その貴公子のあまりの喜びぶりに、アレステレーゼのほうが驚く始末。
「殿下方には、素朴過ぎて珍しい味なのでしょうね」
 幼い頃のエバカインを見ているみたい、そんな気持ちになりながらザデュイアルを眺めていた。
「私も焼いてみる」
「失敗するなよ……あんた……じゃなくて、父さん」
 皇帝陛下の菓子職人になれる男が全精力を傾けてホットケーキを焼いている時、
「ナディア、解ったか」
「はい、解りましたよ」
 ゼンガルセンはナディアと向かい合っていた。
「王妃様の事ですが、過去に二度クロトロリアに強姦されています」
「一度ではなくて?」
「はい、二度です。二度目は、帝国騎士本部に皇君を治療に連れて行った際に。待ち時間が暇だからとかほざいたそうですよ」
「それで」
「王妃様の事に関してはそれ以上は解りませんが、クロトロリアは相当な早漏だったようです。あと短小」
「息子は人類史上に刻まれる程に立派なのにか」
「はい。ナダ大公ことリーネッシュボウワ皇后が何時も怒っていたのはこれもあるそうです。とにかく早い、小さい、そして自分がいけばそれで満足して終わるという、まさに暴君だったそうです。随分と小さな、小さな、小さな暴君だったようではありますが」
 そこまで小さいの力説せんでも良かろうが……男であるゼンガルセンはそう思ったが、
「強姦魔皇帝のサイズなど嘲笑されるほど小さくても早漏でも、相手の心を殺すには、人生を狂わせるには十分ですからね」
 ナディアに止めを刺されて黙った。
 その後、ゼンガルセンと寝た後の(治療してから寝ようという気は皆無なのがゼンガルセン)王妃の精神的なケアをする医者の用意や環境の整備、一番の薬になるであろう「息子こと皇君」とどのくらいの期間で会わせるか、などを話し合った。
「これらのことは、同じ女であるナディアお前に任せるぞ」
「勿論で御座います。私に寄越さねば、もぎ取りましてよ」
 何でだよ……とは思ったが、それ以上ゼンガルセンは口にしなかった。だが、何故「もぎ取ろう」としたのかは、身をもって知ることになった。
「ところでゼンガルセン」
 その声に、ゼンガルセンは嫌なものを感じたが、
「何だ、ナディア」
 素知らぬ顔をして返す。
「何故私は結婚していないのかしら?」
「…………」
 デバラン侯爵の権力に阻止され、ナディアは未だ結婚していない。
 サベルス男爵は薄い笑顔でその事実を受け止めたが、
「この欲求不満をどうやって解消してくれるのかしら? ゼンガルセン」
 ゼンガルセンはそれを引きつった笑顔で受け止めるしかなかった。
「デバランが……待てっ! ナディア」
 掴んでいた肩を握り締め、ゼンガルセンの服を引き裂いたナディアに、待てと要求するも、
「ゼンガルセン。勝ってこそリスカートーフォン。敗者に弁明させるほど、我等寛容ではなし。忘れたかしら?」
 リスカートーフォン公爵となっておきながら、デバラン侯爵に後れを取ったゼンガルセンに拒否する権利はない。性豪ナディアに乗られ敗者の叫びを上げた。
「畜生! デバランめ! 覚えてろよ!」

 
 この時ほどゼンガルセンはデバランを自らの手で殺したいと思った事はなかったという


「それでは、ゼンガルセン。これからも宜しくお願いしますよ」
「…………」
 “絶対に、早くサベルスとナディアを結婚させないと、王妃を抱く余力も無くなる!” 疲労した顔つきでナディアを睨みつけるゼンガルセン。
「最後に言っておきますが、私はエヴェドリット王と王妃なら王妃の味方ですから。何せ王妃は皇君の母君、そして皇君の親友にして側近はあの方。私が王妃の傍にいるのはそういう事ですわ!」

 図らずも「親友の母を守る立場」となったサベルス男爵は、その頃皇君宮でエバカインと共にレオロ侯爵対策を練っていた。

 ゼンガルセンをかなり激しく “早く私を結婚させる事が出来るように力を付けろ” と焚き付けてナディアは部屋を後にする。その途中、トレイを持ったアレステレーゼと会った。この先にあるのはゼンガルセンが体力の回復を図っている寝室だけ。
「一応、公爵殿下にお持ちしたのですけれども。やはりいらないかしら?」
 シャタイアスとザデュイアルと作ったホットケーキに、アイスコーヒーを持ってきたアレステレーゼは “どうしたものかしら?” そんな表情で笑った。
「そんな事は御座いませんわ。是非とも持っていってやってください。あれで、結構子供らしい所がありますので。ゼンガルセンは人としては最低でしょうが、王としては標準以上、いいえ最高に属する男です。正確に言えば王としてしか生きられないので人としては落第なのですがね。王妃が育てられた皇君と比べれば “人間” にはとても見えないでしょうが、あれが王の姿です。受け入れてくださいとは言いませんが、あの男のそれ以外の生き方を教えるのは不可能、この生き方を捨てたとき、あの男は死ぬでしょう。ですので王妃、あの男の王としての部分を静かに見守ってやってください。そうは言っても……あの男のことです、王妃に対し無神経なことも多々仕出かすでしょうから、そられの文句はこのナディアにぶつけて下さい。この私が倍にして返しますので」
 そんな心強い言葉と、最後に『ゼンガルセンは年上が好みですので、十七歳年上くらいでは誰も驚きませんわ。私の母などむしろ王妃がたったの十七歳年上と聞き、その若さに驚いたくらいです』そう言われて “夫” の部屋へと入った。
 部屋は空で、テーブルにトレイを置いて立って待っていると、
「……っ!」
 軽くシャワーを浴びて、腰にタオルを巻いただけのゼンガルセンが戻ってきた。濡れた真黒な髪と血など通っていないのではないだろうかと思える程白い肌をした男は、
「裸をみたくらいでそれ程緊張するな。別に何もせん」

− むしろ痛くて出来ぬ

 男の、そして王のプライドにかけて言えない言葉を飲み込んだ。治療も出来るのだが「デバランに遅れを取ってナディアに乗られた」という、屈辱と敗北をかみ締める為に、あえて治療せず、ヒリヒリさせたまま戻ってきたのだ。
 それ、やせ我慢とも言うが。
「申し訳ございません」
 まだ緊張の解けぬアレスレテーゼを前に “男から感じられる性的な部分が嫌なのだろう” とガウンを着て、髪を拭かせながら
「これを食っても良いのだな」
 座った。
「ええ」
「まず、座れ」
「かしこまりました」
 促され座ったアレステレーゼは、ナイフとフォークを使い上品に食べているゼンガルセンに、
「……覚悟を決めてきたのですが……」
 決意を語る。その言葉に、ゼンガルセンはのどを詰まらせながら


− かなり痛むが、この機会を逃すわけには……治して来るか? いや……


 その後がどうなったかは、秘密としておこう。


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