PASTORAL −2
 先代皇帝の意固地から生まれた俺の名はエバカイン。ガラテア宮中公爵エバカイン、二十二歳。
 十五の時に現皇帝、異母兄上……あまり、いや……全くと言って良いほど兄上という気はしないが……とにかく皇后陛下を生母に持つ第一皇子レーザンファルティアーヌ、現皇帝サフォント陛下により拝謁の許可が出され、宮中へと足を運んだ。その際に宮中公爵の叙爵も受けた。
 俺が十五の時に玉座についたサフォント陛下は噂以上の人だった。「何が?」と尋ねてくる人もいないだろう、異母兄上の持つ異称「絶対皇帝」
 別に「絶対」なのではない。本当は「絶対零度」と言いたいのだが、「零度」の部分をつけると不敬罪で捕まりかねないので「絶対皇帝」と皆、言い逃れしている。そして、その言葉通りの方だった。
 髪は赤き月の如き、眼の色彩は皇帝色を持ち、顔立ちは……顔立ちは整っているのだが、美形じゃない。
 一つ一つのパーツは、全部綺麗なんだ! 整っているんだ! 其処は力説させてくれ! 異母兄上は皆も知っている通り、整っていらっしゃるのだ! 全てが。だが、美形とは角度として九十度くらい違う方向を向いておられる。正反対ならば解かりやすいし、俺自身九十度と言っているが、どの方向に向かった九十度な物か? 的確には言い表す事は出来ないが。
 異母兄上のお顔は、おそらくグラスに……超耐性製グラスに、冷酷さという注がれた水が、表面張力を越えたようなものだ。
 輪郭の許容範囲以上に違いない! あのビームが出そうな眼球体、そしてあのイラついたような目蓋。真直ぐな鼻、鼻息は冷たいに違いない……そう思わせるような鼻腔。肉が削げているわけでもないのに、鋭角にしか見えない頬。口を開いて喋っていられるのに、腹話術をしているのではないか? と錯覚させてくださる程に引き締まった厳しい口元。そして、皇后陛下譲りの額、特徴的というのではないがオデコはとても皇后陛下に似ていらっしゃる。
 異母兄上の容姿を此処で俺が語っても意味のない事だ。誰でも知っている事だからな……

 俺は今、ここから脱出して正式な航路を通らずに帝星へ行き、その異母兄上にご報告をしなくてはならない。
 異母兄上に報告する事、それは帝妃の身の上。
 俺は二十二歳、既に結婚している。庶子の多くは、名家に嫁や婿に『出される』。嫡子ならば宮殿に残り、大公を名乗って生活するのが一般的だ。俺は慣習通り、サフォント陛下が決めた結婚をした。相手は七歳年上のクラティネ。イネス公爵家の跡取り。イネス公爵家は言うまでもなくケシュマリスタの名門で、二十三代皇帝をも輩出した家柄だ。
 そこの現当主アルテメルトが、娘の婿にして「さしあげましょう」といった雰囲気で話を出したのだ。確かにクラティネは、帝妃候補……むしろ帝妃に決まっていたような人物だったので、わざわざ格を落とした相手を貰ってやるのだ、という態度はありえない事ではなかった。

その裏にある事を知らなければ……だが。

 俺が非合法な旅客機を使い、帝星に戻ろうとしている理由。それが、このアルテメルトとクラティネ、そしてマイルテルーザの事。
 俺と妻であるクラティネの仲は悪い、険悪だといっても何の問題もない。
 結婚直後から初夜を拒否されて、二年になる。出自が低い男……皇帝の庶子と、名門の嫡子では確かに出自は低いだろう。その出自の低い男と一緒の空気も吸うのは嫌だと、父であるアルテメルトが新居として建てた館に来る事もない。本館にいるアルテメルトは娘が可愛いので、俺が本館に立ち入るのを禁じている。
 要するに俺は結婚後、本宅の脇にある別宅で二年間、する事なく暮らしていた。二年もこの状態で過ぎている為、俺の中にもかつて父上が皇后に対して見せた、卑小なる意地のような物が芽生えた。此方も何事もないように振舞う事にしている。
 異母兄上ことサフォント帝の容姿説明以上に必要ない、伴侶の話が必要となる。知っているのだが……俺は整理のために反芻する。
 サフォント帝は皇太子時代、ザデフィリアというヴェッテンスィアーン公爵家の王女を妻としていた。
 この方、重度の妊娠中毒にかかったのだが、サフォント帝は後継者を取り、皇太子妃の健康など一切顧みず機械で胎児の命を繋がせた。結果、皇太子妃は九ヶ月目で死亡し、赤子が帝王切開で取り出される。その赤子が現皇太子・ザーデリア皇女。
 サフォント帝はその後即位したのだが、正妃を取る気配が全くない。後継者もおり、執務も隙なくこなし、何よりも怖ろしいサフォント帝に『正妃を……』そう言い出せる者は中々いなかった。だが、黙っていては永遠に自分の家門から正妃を出せないと、四大公爵全員で嘆願書を出した。
サフォント帝はそれを引き受けた、政治的配慮などを加味して。
 四大公爵の中に唯一王女を持たない家があった、それがケシュマリスタ王家。皇帝から見ればケスヴァーンターン公爵家。
 『養子』を禁止している帝国貴族法典があるので、ケスヴァーンターン公爵家としては正妃を出せない。おまけに運悪く、ケスヴァーンターン公爵家には庶子の姫君すらいなかった。
 その場合は通例として、配下の名門の姫を正妃として差し出す事となっている。その白羽の矢が立ったのが、このイネス公爵家(アルテメルトの亡き妻は、ケスヴァーンターン公爵家の庶子)
 イネス公爵家には二人の姫がいた、俺の妻であるクラティネと歳の離れた妹であるマイルテルーザ。クラティネは俺より七歳年上で二十九歳、マイルテルーザは現在十三歳。当主であるアルテメルトは現在四十五歳。
 サフォント帝は俺よりも年上だ、当然ながら。俺は数だけで数えれば第三皇子にあたる。上に二人、下に二人の正嫡皇子達がいる。サフォント帝は現在、二十五歳で皇太子ザーデリア殿下は八歳。

 こうやって、年齢を羅列すれば“カン”のいい人は気付くかもしれない。


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