PASTORAL −1
「貴方の父上は、実は身分の高い方なのです。母上は、身分が低かったので身篭った事を知った貴方の母上は、暇を頂きひっそりと貴方を……」
 物語の主人公が旅に出る理由の一つ。

だが、現実はそんな牧歌的じゃない。

 何がそんなに長閑じゃないか? 今、俺自身が旅に出る理由と、出自。
 俺の出自は現皇帝の異母弟。陛下は先代皇帝と先代第一正妃(皇后)との間に生まれた長子で、俺は庶子。十五歳になるまで、現陛下に直接お目通りした事すらなかった。むしろ永遠に拝謁する機会など無いと思っていた。
 先代陛下、俺の遺伝的な父上は気の弱い方だった。そして先代の第一正妃である皇后陛下の、影で囁かれていた異称は『女の情念』。不敬罪ながらこれで説明がつくだろう。皇后陛下はとても嫉妬深く、気の弱い皇帝陛下は正妃以外の女に手を出すのを、心底怖がっていた。
 皇帝の正妃は四人が基本(四大公爵家から一人ずつ召し上げる)で、父であった皇帝陛下も確かに四人の正妃が居た。居たのだが、間に子供が生まれたのは第一正妃・リーネッシュボウワ皇后のみ。この皇后との間に四人の皇子がいるだけで、他の三正妃は誰一人子を産んでいない。
 他の正妃達も皇后陛下が怖くて、皇帝陛下と同衾するのを拒否したのだそうだ。家から『子を成すように』と使命を与えられて来たのにも関わらず。他の三正妃に拒まれ、頭の上がらない皇后と毎晩を過ごす事に疲れた陛下は、ふとした弾みで俺の母親に手を出した。
 半ばあてつけというか、憂さ晴らしというか……間違っても、好意を持っていたわけではない。それだけは確かな事だ。


 そして話は牧歌的にはならない。


 他の三正妃が怖がって同衾しなかった皇后陛下。見つかったら、自分の命が危険なのは、後宮で働いている者なら誰でも解かっている。だが、母は逃げなかったし、堕胎もしなかった。それは母としての使命が芽生えたなどではなく、後宮のシステム上。
 市井に生きる高貴な方の後胤……それが存在していたのはずっと昔の事で、この宇宙歴を経た大帝国帝政歴において、そんな野に地雷を埋めるような真似はしない。地雷自体過去のものだが、それはさて置き、後宮のシステムはそんな甘いものではない。そもそも此処は後継者問題に関して、最も厳しい所。此処でぼやけたシステムを取ると、銀河帝国全体が揺らぐ。
 陛下と同衾した場合、直後スキャンされる。何を? などは愚問だ、受精卵以外誰が手間隙かけるものか。そして子供ができていた場合は、即座にその件が陛下に報告がなされる。ここで陛下がそれを産むかどうかを一存で決める。正妻であれば、産む産まないを決める事はないが、ただ一夜限りの相手である場合は陛下の判断で決まる。
 最初は皇后陛下が怖いので堕させるつもりだったらしいのだが、あまりに皇后が威圧的にそれを言って来た為、気弱な皇帝陛下が意地になって産ませる事を決めたらしい。政治など何処吹く風で、延々と子供の処遇……子供は俺の事だが、その処遇を言い争ったそうだ。
 世間一般では六ヶ月を過ぎると堕胎が……などと言うが、此処は銀河の魔窟、魔王と魔女帝の住まう場所、出産した直後に殺す事も、八ヶ月の段階で薬物で死亡させる事も容易だし、いつでも行われている事。結果的に俺が今こうして生きているのは、父である皇帝陛下のご意見が部分的ながら通った事実。
 俺の母親は妾妃として認定され、俺は庶子扱いに落ち着く。そして、後宮にも前宮からも追放され、貴族街の館の一つに住まわされる事となった。俺は生まれた時から、その貴族街の館で生活して成長する。一度も父である皇帝陛下が訪問して来た事はない。
 それが寂しいとか、不快だとかそんな事は言わない。ただ、彼はこの手段でしか自分の権威を、権力を観る事しかできなかったのだろう。愚かだとか薄っぺらだとか、矮小だとか……批難する言葉は幾らでもあるだろうが、もう少しだけ皇后陛下も皇帝陛下を立てて、歩み寄ってくれれば良かったに違いない。
 男のプライドなんて、簡単に保てるのだから。

それを今、俺は如実に感じている。


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