PASTORAL −161
 最終防衛は無機物だけではなく、生物も存在する。
 来た道を戻るエバカイン達は、吹き抜けの通路に差し掛かった。上も下も見えない程の円形のスペース。高所恐怖症は絶対に通れなさそうな通路の途中で、
「止まって」
 エバカインが全員を止める。
 サベルス男爵が、エバカインの視線の先を小型のモニターで捜索すると、
「軍用犬か」
 そこには軍用犬が映し出された。
 サベルス男爵は目の色は上級貴族らしく左右違うが、皇族や王族ほどその機能が発達しているわけではない。
 この左右が違う瞳は驚異的な視力を誇るが、その反面聴覚はそれほどでもない。それは人間は左右の眼の色が違うと、高確率で聴覚に問題が表れたことが関係している。元が人間である以上、皇族や王族にもそれは現れている。
 サフォントが、エバカインの唇の動きまで細かく見ることが出来ても、音声を拾う事が全く出来なかったのはそのためだ。

ちなみに、その唇の動きを読んだ際、妄想は含まれてはいないことを明言しておこう。

 話は大幅にずれたので戻すが、製作過程で聴覚を強化した人造人間もいたが、精神感応能力を重要視し、左右不対象の瞳が現れるように改良したため、聴覚が発達している者は数少なくなった。
 そして、聴覚の発達を重要視しなくなったのには、もう一つ理由がある。
 サフォントやゼンガルセンが “暴れているシャタイアスを宥めることができる” その理由 “支配音声” 
 ゼンガルセンの祖先・アシュ=アリラシュが部隊を効率よく動かす為に、自分の声に従属するように部下たちに手を加えた。アシュ=アリラシュの自らの声が大きくなるように改良したが、それには限度がある。その為、受ける側も聴覚を発達させた。
 こうして“食人狂” の元 “狂威” の大部隊が “殺戮人” と “戦争狂人” と共に宇宙に血と殺戮を齎すのだが、この支配は「我が永遠の友(其の永遠なる君)」のように、一対一の個体変異ではない為、複数が支配し、支配される形となる。
 一対一ならば皇帝とその家臣で終わるが、皇帝以上の支配音声を持ち、皇帝が抵抗できないとなると、大問題になる。(抵抗には他の要因もある)
 それでも音声はシャタイアスのような状態を治める為に必要だと残され、左右の違う目と相反する機能である聴覚が捨てられる事となった。
 ただ、捨てられたと言ってもその能力は残り、稀に驚異的な聴覚を誇る “皇帝眼” を持つ王族もいた。
 近い時代で有名なのは三十七代皇帝の御世にいた、デファイノス伯爵 ビーレウスト=ビレネストというエヴェドリットの王子。
 300,000km以上離れた隣の人工惑星の、何の葉が擦れたのかを聞き分けた伝説をも持つ男だ。
(注1:宇宙空間は無音では? と言われる方はクリックしてください)
 無論、其処まで聞こえる以上、鈍化させる事も可能で(鈍化機能がない人は、確実に発狂する)普段は少し耳がいい程度にしていた。そしてこの能力が出るのは、やはり強くエヴェドリットの血を引いていなければならない。
 エバカインはそれ程強くエヴェドリットの血を引いているわけではないので、ビーレウスト=ビレネストよりも稀なタイプだが、当然といえば当然でもある。エバカインは両目が同じ色なのだから、聴覚が劣化する要因はない。
 エヴェドリットの血は濃くないので驚異的とまではいかないが、それでも聴覚はクロトロリアの子としてはもっとも発達している。
 それと、本人は気付いてはいないが聴覚鈍化機能も有して、使っている。

 この鈍化機能は聴覚のみに稼動しているものであって、決してこれがあるからといって好意に極端に鈍くなるようなことは無い事を宣言しておこう。
 
 普通の人間では拾えない音を聞き取り、一人前に進み出るエバカイン。
「ドゼール七匹。おそらく、フォーメーション・65を使ってくるだろう」
 視線の先から来ているのは、最終防衛機能が発動した際に刑務所内に放たれた軍用犬。
 一般人が購入できる武器では殺せないといわれる、戦闘に特化した犬。フォーメーション・65とは一体が前に出てきて、囮となりその間に……
「フォーメーション・65って上から攻撃だっけ?」
 一言で表すならそういう事だ。
「そうも言うな」
 一体でも問題ない戦力だが、犬の特性を生かした集団攻撃を得意とする。
「万に一つもそっちにはいかないさ」
「期待してる。そうそう、お二人さん。もしも怖かったら、迫ってきたような気がしたら、躊躇わないで撃ちな。エバカインのことは気にしないで大丈夫だから。なあに、背後から撃ったってあいつは普通に避けるよ」
 サンティリアスとサラサラは顔を見合わせ、銃を降ろした。
 カツンカツンと足音も消さずに歩いてゆくエバカイン。その視線の先には、軍用犬。
 “向こう” はエバカインが気付いた事を察知し、隊列を組みなおし咆哮と共にエバカインに掛かってくる。
 囮とは言え、改良された軍用犬。大体の人間はそのまま喉笛を噛み切られるのだが、エバカインはそれに真正面から向かってゆき、自らの喉笛を狙ってきた囮の犬の頭を掴み、エバカインの頭をめがけて飛びかかってきた犬に投げつける。
「うぉぉぉ!」
 ぶつけられた犬はぶつかった方と共に、壁にぶつかり形を変えてズルズルと重力にひかれて落ちてゆく。
 連携を崩された軍用犬は、五体で出来るフォーメーションに移行しようとするが、それが完成する前にエバカインは全てを叩き殺した。
 スライディングして足を払い、首輪を握り他の犬に投げつける。基本一体で一体を潰す戦法で、残りの一体は逃げ出そうとした所を抜いた軍刀で串刺し、とどめを刺す。
「すげえ……これって、こんな簡単に殺せるもんじゃねえよな。犬の形してるけれど、犬じゃないんだろ……これは」
 それを見ていたサンティリアスは、簡単にそれこそ “ひねり潰してゆく” エバカインを見ながら、驚きの声をあげていた。
「通常の人間だったら直ぐかみ殺されるさ。確かに犬とは言ってるが、正式には犬じゃないな。この形と性能が最も適していただけだからね……ま、ソレを言えば……」


俺やエバカインは人間って “言わせてる” だけで、正式には人間じゃないよ


 言葉にはしないで “よし、行こうか!” と疲れているサイルに肩を貸しながら、サベルス男爵は歩き出した。
 後は特に敵も配置されておらず、何事も無くダーク=ダーマまで戻る事ができたのだが、そこで彼等がみたものは、
「カザバイハルア子爵!」
 軍用に改良された蛇・ララーンに巻きつかれている子爵の姿。
 エバカインが驚いて、剣を持って近寄ろうとしたのだが、子爵は余裕でそれを止め、
「この私の抱擁を受け止められるかしらね」
 両手で蛇を抱きしめた。
 軍用で改良されているのだから、蛇と言っても蛇ではないようなものなのだが……ともかく、その逃走犯追撃改良蛇・ララーンは現時点で人類最強の女性に抱きしめられた。
 物知りなサンティリアスも、結構博識なサベルス男爵も、蛇の断末魔というのは聞いたことがない。だが、その骨が折れる音と空気が気管を通る音は、確かに断末魔だと。そうとしか彼等には聞こえなかった。
「…………」
 10mもある蛇が必死に巻きつき返すも、
「もしかして、それで締め付けているつもりなのかしら!」
 熱い抱擁はヒートアップ。
 目の前で繰り広げられている状況、そして音などは、グロテスクなのだろうが、それをグロテスクと感じる余裕は、誰にもなかった。
 これが帝国の支配者の血筋なんだ、これが帝国を支配する人達なんだ……その姿を前に、平民や奴隷は素直に従おうと、決して反旗なんて翻さないと強く誓った。その三人の隣で灰色の旗を揚げて降参(昔は白旗だったが、今は灰旗)しなければならない男が一人。
「アダルクレウス……ガンバレ」
 親友への結婚祝いは、初夜に着る作業用防護服かなあ、でもあれってどの程度の圧力まで耐えられたなかあ……あ! あれ気圧変化に対応するだけで……そんな事を考えて声を掛けるエバカイン。
「何、人を死地に赴く兵士を激励する人のような目でみてんだよ!」
 誰よりも自らが死地へと赴く下級兵士だと実感しているサベルス男爵。
「どういう事? サンティリアス」
 肩を貸してもらっていたサイルは、
「んーあの方はエヴェドリットの副王のご息女で、その男爵が好きなんだって」
「へー……」
 敗北した蛇に向かって “あら、もうお終いなのかしら? 弱いわね” そう言っている顔半分が隠れた、大柄なお方を前にサイルには言葉がなかった。聞いておきながら返事に困る事というのは良くあることだ。
 どうやら蛇は既に息の根が止まったようで、後は反応としてギュッギュッと締めているだけで、全く苦しくないらしく子爵は、
「あら、サラサラ。兄は見つかったの? その人? 良かったわね」
 仲良くなったサラサラに優しく声をかける。
「はい! 無事に見つかりました! そして! ナディア様凄いです!」
 一人子爵の強さに感動したサラサラは、心の底から尊敬しているのが解る声を上げる。
「たいしたことはないわ。こんな私の抱擁に耐えられない蛇如き、軍用と呼べもしないわ」
 他の男達も、凄いとは思った。
 尊敬もする。
 そして、こんな考えを持つ事は間違っているのも理解している
 だが男達は思わずにいられなかった。


男ってヤツは、女性より肉体的に強くいたいもんなんです……


 それは旧時代の間違った考えだと知っていても、知っていても……男達は思わずにはいられなかった。特に、サベルス男爵は。
「男爵はあの蛇より強いんすか」(サイル)
「なわけないだろ」(男爵)
「前にさゼンガルセン王子……今のリスカートーフォン公爵すら怯んでたよ……子爵閣下の抱擁に」(エバカイン)
「それはもう、死亡フラグでは……」(サンティリアス)
 弛緩した蛇を投げつけ、優しく “お帰りなさい、サラサラ” と言っている声を聞きながら、無言になってしまったサベルス男爵に、
「アダルクレウス……おめでとう」
 エバカインは、そうとしか言えなかった。


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