PASTORAL −162
 何はともあれ、今は幸いにも任務遂行中なので、サベルス男爵はナディアに言い寄られる事もないのだが、
『カザバイハルア子爵と呼んでいただけて、嬉しかったです』
 その言葉に “あ、そーですか” と言い残してその場を去った。
 あの言葉のせいで、子爵がますます自分に好意を寄せたらどうしようかな? と思いながらも口から出てしまった言葉を否定するつもりはなかった。自分から見て危険な状態にあれば、声を掛けるのは当然でありその結果が齎すものが何であれ受け止めねばならないと、名門男爵家の当主としてサベルス男爵は、
「帰りは子爵と違う宇宙船で頼む」
 やはり逃げの体制にはいった。
 その気持ち、解らないでもないが。
 サベルス男爵に言わせれば、色々な意味で血統が途絶えそうなので……と。
 結婚する前から、妻に夜の敗北を認めている男。そこだけはエバカインに良く似ているのかもしれないが。
 何にしても、今は任務遂行中なのでそれをこなさなくてはならない。
「じゃ、後は任せたぞアダルクレウス」
 サイルは健康状態も悪化していた。
 売り出す前には健康状態を良くするが、それまで保管している間は最低限度の食事しか与えられていなかったので、それらを回復するためにポッドに入れるなどのことを、サベルス男爵が担当する。
「了解した。そうそう、ウライジンガを逮捕に向かった方は、負傷者五名、死者はまだいないそうだ。やつ等も徹底抗戦しているようだが、もう直ぐ落ちるだろう」
 それと同時に全体の動きを把握して、要所のみを伝える。
 死者が出ていないことに内心安堵し、
「落とした後の部隊の管理、頼む。ウライジンガは旗艦の独房に投獄しておいてくれ。自殺しない処置も任せる」
 怪我をした五人に謝りつつ、サベルス男爵に指示を出す。
「平気だろ。自殺できるよな男じゃねえよ。万が一のために、お前の機動装甲動から動力引っ張ってきて蘇生器を動かしておこう。ま、お前も怪我するなよエバカイン。帝国騎士及び近衛兵の評判が下がるからな」
「気付けて行って来る。さ、行こっか、サンティリアス」
 サラサラにはこの場に残って、サイルのことを任せる事にした。再会したばかりの兄妹、話したい事もあれば離れたくもないだろう。
 声を掛けられたサンティリアスは、
「ああ。でも付いていって良いのか? 一人のほうが」
 置いていた小銃を手に持ったが、正直足手まといになるのではないかと不安だった。
 先ほどまでは、サラサラも一緒だったのでそれ程気にはならなかったが、この卓越した能力の持ち主と一緒に行って、自分がなんの役に立つのか? 此処で、黙って待っていた方が賢いのでは? そう思ったのだが、
「気にしないで、ラウデの事心配だろ」
 天然にして鈍感な皇子は気付かない。
「気にしてんのは、お前の天然だろ。天然がちょっと天然になった隙に、自分が危機に陥るかもしれないってのが不安なんだろう。さっきは俺が一緒にいたから、フォローできたが」
 サベルス男爵はそれに気付いていたが、口にはしなかった。
 エバカインは空気を読めないことが多数あるが、読めないのが悪い事ばかりではない。こういった時、悪意もなく声を掛けられるのは、相手の遠慮を解くことができる。
 本当は行きたいんだけれども……物分りのいい人の我慢を、そんな事は必要ないよと悪意無く言える男。
 エバカインの性格が、裏表のない、好青年とはちょっと違うが悪くないから出来る事だが。
「……そーか。大丈夫だと……おもう。アダルクレウスよりは、周囲見る目ないけど、反射神経だけで補える……とおもうよ」
 対するサンティリアスは、人の気持ちを推し量れる。奴隷たるもの、他人の感情を見極められなければ長生きできない。
 天然エバカインはちょっと読めないで困惑するが、サベルス男爵は逸脱のない男なのでサンティリアスは直ぐに理解できた。“心配や遠慮なんてしないで行ってこい” そう言っているのが、確かに解った。
「いや、その、解った付いていく。よろしく頼む」

 その天然を頼んだぞ、サンティリアス! その声に微笑みながらエバカインは、サンティリアスと共にダーク=ダーマを降りてラウデのところへと向かった。

「あのー子爵閣下。サベルス男爵とサラサラ、その兄サイルを残してゆきますので、警備の程よろしくお願いいたします」
 そう言い残して。

 【外伝:ナディラナーアリア=アリアディア 全力ヲ持チテ応戦ス】

 サイルを助け出したのとは反対側に向かうエバカインとサンティリアス。
 既に最終防衛システムも破壊され、刑務所長と一隊は部隊によって追い詰められて、囚われている人達は囚われたまま。
 罪があるなしは後で判断するとして、囚われている大勢の者達は事態が飲み込めないうちは大人しいが、徐々に不安を感じて暴れだす可能性が高い。そうなれば、沈静化ガスなどを使用しなければならないが、できればそうなる前に事態を収拾したかった。
「ラウデは使われてたけれど、信用されてなかったみたいだね」
「そうだろな。ヘスの声聞いて、後ろをうろうろするくらいだから、色々やってたんじゃないか」
 逃げようとしている責任者ウライジンガの居る方向に、ラウデの反応はなかった。ラウデはどこかに押し込められているようで、この騒ぎでも全く動く様子がない。
 生体反応、呼吸や心音に異常はないので大丈夫だろうと、だが、できる限り急いで二人はそこへと向かっていた。
 移動用の反重力ソーサーに二人で乗り、メルチュークルスを近くに呼び寄せ、警戒しつつ人がたくさんいるのに人気のない所内を異動する。
「あんた、本当に強いよな」
 エバカインに覆われるようになっているサンティリアスが、声を掛けた。
「そうか? そうなのかもしれないけど……身体的な能力は生まれ持ったものだからねえ」
 サンティリアスとしては、皇君を盾にするのは気が引けるどころではなかったのだが、体の大きさの関係や、何より敵に反応する速度からして、変わってくれとは言えなかった。その代わり、言いそびれていた事を言う。
「あのさ、言いそびれてたんだが」
「何」
 風を受けながら、周囲を警戒しているとは思えないような、いつもと変わらない声でエバカインが反応する。
「あんた “琥珀の” って言われてないか?」
「言われてるらしい。“琥珀の” はまだ解るんだけど、 “氷の美貌” ってなると、過大広告っていうか、それだけ聞いてて俺見たら “詐欺だ!” って叫ばれるような呼び名が付いてる」
 そう言って笑う。
 サンティリアスは氷の美貌は初めて聞いたが、黙っていればそれは当然の呼び名だろうなと納得ができた。
 中身を知ってしまえば、ちょっと……だが、それでも見た目でそう言われるのは当然だろうと。
「いや、誰も詐欺とは言わないと思うが。んーとな、俺あんたに助けられたんだ」
「え? この前のアムラゼイラ?」
「違う。俺、奴隷商人に捕まってて、それであんたが制圧しに来た。あんたはどこか遠くから銃で撃ってたらしいけどよ。とにかく、あんたの数ある任務の中の一つで俺は救われた。感謝してる」
「感謝なんて必要ないのに。俺は当然の事したまでだよ」
 氷の美貌は天然だが、ある一線では確りと線を引き、自分を持っている皇子でもあった。
 この意思の強さが皇帝の目に留まり、傍に置かれることになったんだろうと、いい方向にサンティリアスは解釈してくれた。勿論それもあり、氷の美貌と呼ばれる美しさもあるのだが、何よりも皇帝は[弟萌え]の達人。
 サフォント帝は生涯一度も病に罹らず精力的に政務を行ったが、ある意味[弟萌え]なる不治にして宮廷医師には不知の病に終生冒されていたといっても過言ではない。
「当然の事ができねえヤツが多数いる中で、あんたは目立ってたよ。まあ……何かこの先、皇帝陛下に仕えて色々あるだろうけど……頑張れよ。俺はあんたを信じて、期待してるから」
 そんな事は知らないサンティリアスは、皇帝と幸せになれよといった意味で言葉をかけた。
「うん、期待にこたえられるように努力する。でまあ、今の努力はコレだね」
 サンティリアスの言葉の意味を全く理解していないエバカインは、額面通りに受け取った。
 そんな噛み合っていないのに、噛み合ってしまった会話を終えた所で、ラウデが居る区画の前に到着することが出来た。目の前にあるのは、メタリックな青緑色をした扉。特徴的な色合いの金属を手で触れながら、サンティリアスは何なのかを理解した。
「ラニアミア鋼だな。これレーザー撥ね返すから爆薬か……取りに戻るか」
 高額で有名な鉄鋼の一つ・ラニアミア鋼。おまけに扉は機械制御ではなく、ただの鍵。
 それを聞いて、エバカインが頭をかしげる。
「皇帝陛下の主治医がラニアミア大公っていうんだよね。何か、関係あんのかな?」
 同じく隣で扉に触れながら、不思議そうに独り言に近いように口にするエバカイン。
 古今東西に存在する、鍵と厚い扉。それは確かに厄介なものではあった。だが、現在はそれを物ともしない者もいる。
「なに言ってんだ、皇子。ラニアミア鋼は帝国の占有金属。帝国領ラニアミアだけで作ってるだろ。そのラニアミアって大公はラニアミア鋼の占有で左団扇なんじゃねえの?」
 サンティリアスにそう言われ、心の底から驚いた表情を作り “物知り!” と言ってくる皇子を前に、サンティリアスは何となくサベルス男爵の気持ちが解る気がした。
「はーそうなんだ! ……でもそんなに左団扇に見えなかったな。普通の大公?」
「いや、そりゃあんたに比べりゃ誰でも普通の大公だろうけどさ。それより普通の大公ってどんな大公だよ」
「んー俺みたいな大公……でも俺と比べたら駄目か」
「駄目だろさ。で、これどうする?」
 爆薬は持ってきていなかったなあ、とエバカインを眺めた後自分の手持ちをも調べるサンティリアス。彼は普通の奴隷だった。だが隣にいるのは、大層天然だがちょっとは凄い男だった。
「大丈夫。この程度の厚さなら引き剥がせる」
「ああ?」
「蹴っても壊せるけどさ、それだと内側に向かって飛ぶだろ? そうなると内側にいる人達が怪我するから、この扉に拳をぶち込んで通過させて引き剥がす。厚さは150mmくらいだろ? だったら楽に行ける。ラニアミア鋼、レーザー撥ね返すけど軽いからなあ」
 “この階級って……これが支配者ってやつか”
「……ふ、ふ〜ん。俺はどこにいればいい?」
 驚きを飲み込みながら、出来るんだろうな……とそれを認めて、尋ねる。
「俺の傍にいて。何か来た時に対処しやすいから。じゃあやるよ!」
 エバカインは足を開き、体を沈め、拳を作った腕を弓を引くかのように引き、前に出ている手で目標を定める。足や腰の力全てを腕から拳に込めて、レーザーを撥ね返す扉に回転を加えて突き出した。
 その拳は本人が言った通り、ラニアミア鋼の扉をぶち抜いた。
“中に居るやつ、びっくりしてるだろうな……”
 傍で事態を理解しているサンティリアスですら度肝を抜かれているのだ、扉一つ挟んだ向こう側にいたラウデやその他は、突然装甲を付けた手がぶち込まれてきたのだ。声も出ないほど驚くのは想像に難くなかった。
 エバカインはそんな事は全く気にせずに、突き抜けた掌を開き扉側に向けて押すようにする。ミシミシときしむ音を上げさせているのが、エバカインの片腕一本。それを前に、声援など掛けられるはずもない。
「開け……よっ!」
 小さい留め金などが弾き飛び、そこに空間が現れた。
 中に居たラウデを含めた数人は、驚きに飛び上がった。それは度胸ではどうにもならず、経験も出来ない椿事のようなもの。
 はずした扉を腕ごと床に置き、顔を上げてもう片方の手を振るエバカイン。
「助けに来たぞ! ラウデ!」
 助けてもらった者達は、驚愕に支配されて、自分達がどこに居るのかも自信がなくなってしまい、喜ぶどころではなかった。
「ラウデ……知り合いなのか?」
 同じように捕らえられて前身を調べられ、手伝いをさせられていた仲間は、目の前の扉を腕に生やした上流階級を前に、なんとも言えない口調で “名前を呼ばれたんだから知り合いなんだろう” ラウデに尋ねる。
「……ああ、軍警察時代の上司の上司の上司の上司くらいかな……」
 ラウデの返答に、違う仲間が、
「どーみても、アレはアレだろ」
 近衛兵だよな……と言葉を濁す。
 近衛兵は偶に街中で、その身体能力を使って、警察ではどうにも出来ない事件を起こして去ってゆく “結構迷惑な御方達” として認識されている。
 こんなのが、街中で確かに暴れれば警察も色々と困るだろう。
「お前がいたのは23だったな……皇子か」
「さすがサフォント帝の異母弟……」
 男達は黙ってその皇子を見つめていたのだが、
「おい! ラウデ!」
 突然の声に引き戻される。
「どうした、サンティリアス!」
 薄情なようだが、今の今までサンティリアスの存在に気付いていなかったラウデ。
 それも仕方の無いことだろう、何せ目の前でこんな事が在れば周囲に注意もいかない。
「てめえら、ぼさっとしてねえで、皇子の手から扉はがせ」
「ごめーん。刺さっちゃった! 引っ張ってくれない?」

「……御意」

 どうしよう? と言った表情の皇子を前に、彼等は “レーザービームを通さない扉” をどの工具で切るか? という難題に頭を抱えた。ってか、彼等が引っ張った所で扉が取れる訳が無い。


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