PASTORAL −160
 サンティリアスとサラサラは「民間人の武装」で刑務所内に降りた。
 正式な軍用の武装も用意していたのだが、軍用だと目立つだろうという事で一般的な装備を採用した。刑務所の標準装備も候補にあったのだが、制圧に失敗して暴動が起きた際に巻き込まれ殺される可能性もあるので、それも却下された。
 二人は慣れない一般的に売られている最新鋭の武装をし “歩いている” エバカインの後を小走りについていった。
 エバカイン、普段はそれほど歩くのが早いわけではないのだが、戦闘となれば歩幅が変わる。実はその歩幅、エバカイン本来のものなのだが、この歩幅で歩くと頭が上下してしまうので、いつも自分の歩幅の80%程度でしか歩く事ができない。
 だが戦闘となれば頭が上下しようが注意されないので、のびのびと本来の歩幅になる。
エバカインは上級階級では小柄なくらいに属するが、一般階級からすれば大柄で足も長い。なので、二人は必死についていかなくてはならない。
「エバカイン、もう少しゆっくり歩け」
 エバカインよりも大柄なサベルス男爵は苦もなく付いて行けるが、二人を気遣って、声をかける。
「あ、ごめんごめん」
「強制捜査みたいなのは二人とも初めてなんだから、少しは気遣え」
「俺も初めてで緊張してて」
「お前なあ、指揮官なんだから少しは二人を安心させるようなこと言えよ」
「……多分、この刑務所には俺より強い人は子爵以外いない筈だから大丈夫っぽいと思うよ」
「お前、それ何にもなってねえよ。あ、こっちのはずだ。先ずはサイルのほうに行くぞ」
 信号を見ながら四人はサイルの居る牢屋へと向かった。

***********

 漆黒の女神ダーク=ダーマの内部には衝撃も轟音も届きはしなかったが、刑務所内にはその耳を劈くような轟音は響き渡っていた。何が起こったのか解らない投獄されている者達は、互い顔を見合わせるも、牢の中では何の情報も手に入らない。何人かが、看守を呼ぼうと声を張り上げるが通路には誰の姿もなく、所内放送も沈黙したまま。
 その間にも、軍事プラントの爆発により刑務所内は揺れて、爆音が耳に届く。
 重苦しい沈黙を取るか? 叫び事実を求めるか? どちらをとっても、彼等には何をすることもできない。
 牢から出されない限りは。
 そんな中、通路の仕切り扉が開く。看守か? と誰もがその方向を見たが、一瞬にして意味が解らなくなった。そこに居たのは “貴族”
 顔や名前は知らないでも、一目で皇族に近い貴族と誰もがわかる格好。
 白い服を着て武装した美丈夫が、刑務所の通路を歩いている姿は異様な光景だった。
 その武装した美丈夫はエバカイン。
 牢の中を見ながら、眉をしかめる。
「次の牢だ」
 背後から来たサベルス男爵が言うと、その牢の前で立ち止まり中をのぞく。
 本来なら二人収監するスペースに、十五人ほどが詰め込まれていた。
「サイル!」
「兄さん!」
 エバカインの後についてきていた二人は、その柵越しに声をかける。
 サイルと同じ牢の中にいた者達は、二人の声を聞き残念そうに肩を落とした。事態は解らないが、貴族が探しに来た相手となれば、助け出されるのは想像が付く。その後、自分たちまでが開放される可能性は少ない。
 望みを持たないようにと、だが、羨望を込めて通路から遠くに居て名を呼ばれ、狭いスペースを通り前に出て行くサイルを見つめた。
「サラサラ! サンティリアス! それに……」
 サイルは二人が来たことは当然驚いたが、その後ろに立っているエバカインに声を失った。
「無事で何よりだ」
 サイルは “皇子の登場” で声を失ったが、サベルス男爵は牢の中を見て言葉を失った。
「ひでえ収容状況だな。おい、お前たち今開くが、その囚人番号20099985以外は出てくるなよ。後で開放してやるから黙って入ってろ。今は交戦状態にあるから、下手に出てきたら巻き添え食って殺されるかもしれないからな……って開いたぞ、出てきな囚人番号20099985ことサイル・ベルモティアさんよ」
 そう言った後 “鍵開けるぞ” とエバカインに目配せする。
 了解とエバカインは軍刀を入り口に向かって構えた。いくら言った所で、逃げ出そうとする者が居る事くらいは二人も理解している。それを牽制するためにエバカインは軍刀を構え威嚇する。
 その姿に、入り口付近に居た者達は後ろに後ろにと体を引いた。引くスペースがなくても、とにかくその場から逃げ出したいくらいに迫力があった。エバカインを全く知らない者達は、その鋭い目付きと美貌に圧倒されて、開いた扉から出ようなどという気持ちは、一瞬にしてなくなった。
 サイルは中身を知っているので、気にせずに出て行ったが。
「無事で良かった!」
「サラサラ」
 兄と妹の久しぶりの再会を横で優しく見つめているエバカイン。
 抱きついたサラサラを抱き返して、助けに来てくれたもう一人のサンティリアスに視線を向け手を上げると、
「生きてて良かった、サイル」
 それをパンッと叩きながら、サンティリアスも喜びの声を上げた。
「痩せたんじゃないか? サンティリアス」
「あん? そりゃそうだ、お前たち二人助けるのに苦労したからよ」
「苦労掛けた」
「いいや、お前も痩せたな」
 二人部屋に十五人も押し込めるような場所だ、食事もロクに出ない。
「んまあ、何せ劣悪な環境の刑務所に放り込まれたからな。久しぶりに、何か食いたい。あーサラサラの作った料理程度でいいから、腹一杯食いたい」
「何よ! 程度って!」
 嬉しそうに兄を批判する声が隅々まで響いた。
「そうだ! ラウデだけど前身が知られて、刑務所の仕事に従事させられてる」
 純粋に再会を喜んでいたサイルは、途中で離れ離れになったラウデのことを告げる。
「それも掴んでるから安心しろ」
「一度戻るぞ」
「おう。ラウデの生体信号に変化はないか?」
「ない。周囲のやつ等も変化がないから特に問題はないだろう。ま、何よりも先に戻ろ……エバカイン、発動した」
「解ってる」
「何?」
「刑務所の最終防衛機能が発動した。動くなよ、みんな!」
 刑務所には暴動や脱獄を鎮圧するために設置されている機能は複数ある。その中の最終段階の防衛機能が今発動された。発動したところで警戒音が鳴ったり、アナウンスが入ることはない。音もなく近寄り[殺して制圧する]ための機能。
「レーザーか」
 エバカインはソレを見ると抜いていた軍刀を前に構え、突進する。天井から下ろされる二本のレーザービームがエバカインめがけて形を複雑に変えて、逃げられないように拡がり押し切るかのように降ってくる。
 そのレーザービームの間を軍刀で切り裂き身をかわす。弾き返しているレーザーが牢に向かわないよう、狙って天井に返す。
「あれ “見て” 切って撥ね返してるんだよな?」
「そうだ。レーザー速度程度なら、近衛になれる奴等なら静止に近い状態に見えるらしい。帝国騎士は見えても体が反応しない場合もあるが、アレでも帝国第一級の身体能力所持者だから……エバカイン! お前が遊んでいるうちに小型艇で逃げ出そうとしているやつ等がいるぞ。航行妨害をかけてるから離陸は出来ねえが、どうする? 逃げようとしてるのは、ここの所長じゃあない。所長の方は、部隊が確実に補足して追ってる」
 赤いレーザービームを切り裂いている手を止めないで、
「航行妨害を解くように命じろ。飛び上がった所を打ち落とす。一艇か二艇撃ち落とされれば諦めもつくだろう。それでも逃げようとするのなら、撃ち落し続けるまで!」
 サベルス男爵に命じる。
 ダーク=ダーマで撃ち落す事も、無人戦闘機を出撃させる事もできるのだが、エバカインは敢えて自分の手で撃ち落すことに決めていた。決して、皇帝の命にはしないとの決意。
「了解。区画はわかるか?」
「解る」
「なら後は任せた」
 レーザービームを跳ね返し、移動式の装置を潰しつつ、エバカインはメルチュークルスを機動させる。
 メルチュークルスは機動装甲にも装備される遠隔攻撃ビット制御装置。特殊な脳波を受信し “それ” を増幅させて発信して遠隔攻撃ビットを動かす。
 その特殊な脳波を生まれつき[創り]そして[外部に発信]出来る[純粋な人間]は存在しない。その特殊な脳波は、かつて観念動力と呼ばれたもので、手を触れずに物体を動かす力として研究され、実用化されたものである。
 研究したのは軍であり、実用化されたのも戦闘。
「一機撃墜、二機目も落とす」
 観念動力は弱いもので、誰であってもメルチュークルスを装備しなければ髪の毛一本動かす事もできない。在っても無くても変わらないに等しい能力に感じられるが、これは研究を重ね外部装置を使用しなければ[使えない]ように設定した為だ。
 外部装置でその力を制御できなければ、観念動力を持つ[クローン兵士]を[人間の指揮官]が制御できない。
 何度か戦闘に投入して、途中指揮官が殺される事があったため、装置を装備して初めて使える能力へと劣化させた。薬での制御も試みられたこともあったが、薬に耐性がつくものや、元々薬が効かない者もいた為、外部装置使用モデルに移行された。
 エバカインはこの観念動力だけは、皇族や王族の中で誰よりも発達している。
 そして今エバカインが装備している小型のメルチュークルスは動力システム上、機動装甲に備え付けられている物の5000分の1程度しか観念動力を使う事ができない。それであっても、今いる惑星を完全に支配できるほどの攻撃ビットを操る事はできる。
 これに近い脳波は人間にも存在したが、エバカイン達とは決定的に違うところがある。人間は意識を集中、精神統一等しなければ使えない能力だが、エバカイン達はそれを使いながらも通常と全く変わらない行動をとる事ができる。
「レーザー照射装置は、これで終わりだな!」
 軍刀でレーザーを撥ね返し、装置を次々と破壊しつつ遠く離れた場所から離陸しようとしている小型艇を、着陸前にばら撒いた迎撃ビットで撃ち落す。
 およそ純粋な人間には不可能な行為。
 完全装備させれば、一人で四十億人が住む惑星を補給なしの状態で、三日以内に制圧できるといわれる能力と体力を持つ近衛兵、それに入団する事が出来るエバカインの能力は、
「これで終わりだ。そして……それでいい。逃げようなどと思うな」
 囚われている[人間達]を圧倒し、威圧するに十分。
「お見事。じゃあ、戻るぞ。最終は強制終了させた。あとは放たれた何かを片付けるだけだろ」
 エバカインがレーザービームを撥ね返し、メルチュークルスで逃走しようとした輩を撃墜していた間、サベルス男爵はただ黙ってそれを見ていたわけではない。
 ダーク=ダーマ経由で刑務所中枢に直接アクセスをかけて、自分のいる場所以外から次々と最終防衛システムを切っていった。最終防衛システムは、殺すのが目的なので周囲への被害も甚大。囚われている者達が被害にあわないように、自分の傍にはエバカインが居るから大丈夫だと。色々言っても、それなりにエバカインを信用しているサベルス男爵だった。
「施設内全てがこの状態だから、君たちは黙って牢屋に入っていてくれたまえ。なに、直ぐに鎮圧できるさ。それでは行こうか」
 その信頼に応えたエバカインは、剣を腰に戻し区画にいる全ての “囚われている者達” に聞こえるような声で語り、背を向けて去っていった。その姿は、確かに “名君と名高い皇帝の異母弟” だが、実際の所は、
「よし! エバカイン。あの態度はなかなか良しだ。軍警察で練習したのか?」
 人気の無いところにきて、サベルスが背中を叩きながら褒めると、
「うん、練習してた。毎回毎回舌噛みそうになるんだよな。何もすることが無い時、副署長室で練習してた」
 ただのエバカインでしかない。

“この皇子は本当に……まあ……本当に……その天然で”

 二人とただ今助け出された一人はその言動に、納得しながらも遠い所を見ていた。


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