ALMOND GWALIOR −238
ハネストは同族たちに両性具有に関し知っていることがあるか? 尋ねたものの、返事は「ケベトネイア殿しか知らぬ」それだけであった。
―― やはり父か
大宮殿と地下迷宮、そして両性具有に”なぜか”詳しい父ケベトネイア。
だが彼はいまここにはおらず、帝星襲撃部隊に属し、生死は不明。
「好き勝手をして死ぬか、それとも若人たちを生かす為に生きるか……」
なんにせよ、ここに知識を持つケベトネイアはおらず、自分たちのみで対処せねばならない。
ハネストはエーダリロクを見張っているタバイの所へと赴き、見張りの任を請け負った。
当初タバイに伝言を頼まれたのだが、彼女は断る。
「陛下に伝えて欲しいことが……」
「陛下にお伝えするのは、近衛兵団団長の仕事です」
彼女に言われ、タバイはシュスタークの元へと向かった。
誰もいなくなった通路に一人になったハネストは、三重扉に額を押し当てて目を閉じる。ぶ厚い扉の奧にいる最強の帝王を想い、沸き立つ血を感じながら。
「……」
噂以上の強さを誇った帝王。
自分の目の前に現れた幼児エーダリロクから現れた《あの力》
勝ち目のない戦いをするのは趣味ではないが、破壊されても悔いはないと思わせた――
「陛下に毒など用いずに攻撃していたら、あなたは我を殺していただろう。惜しいことをした……今はもう、そうは思えぬのが……」
彼女は扉から額を離し、暗闇で待つデ=ディキウレと、息子たちのことを思い微笑んだ。
**********
ハネストに見張りを代わってもらったタバイはシュスタークの元へと急ぐ。
「陛下!」
室内にはシュスタークと、彼が片時も離したがらない后ロガ。二人はタバイの突然の来訪に気分を害した様子もなく、
「どうした? タバイ」
シュスタークはいつも通り。
「緊急事態が」
「なにごとだ?」
シュスタークの声が緊張し、ロガも体を強ばらせる。
いまだ行方の知れぬデウデシオンについて、凶報でも入ったかと――
「ザウディンダルの……」
そうではなく、ザウディンダルについてだと言おうとしたのだが、タバイはためらった。ここにはなにも知らない人間であるロガがいる。
「ザウディンダルの? どうした」
シュスタークはタバイの視線がロガの方に注がれていたことに気付き、そのまま話せと命じる。
「ロガのことは気にせずに話せ」
タバイがこの部屋を訪れる少し前に、シュスタークはロガに「両性具有」という存在について説明をしていた。
ザウディンダルが「両性具有」であることも、包み隠さずに説明した。聞かされたロガは驚きはあったものの、同時に自分を銃弾から庇ってくれた際に密着したザウディンダルに感じた”不思議な感触”の正体を知ることができ、事実をするりと飲み込んだ。
「ザウディンダルの主治医……いいえ管理者であるセゼナード公爵が」
タバイは当初、ザウディンダルのことはシュスタークに知らせないつもりだった。だが暴行された直後に会ったのはシュスタークであったこともあり、多少の報告はしなくてはならないだろうと言葉を選んで告げていた。
「エーダリロクがどうしたのだ?」
「陛下に”大至急来るように命じました”と言えば解っていただけますか?」
タバイの喋り方にエーダリロクではなくザロナティオンが関係していることは解ったが、どうして呼ばれたのかまでは解らなかった。
ザウディンダルの状況を聞き、エーダリロクではなくザロナティオンが発狂したことを悟った。
「そのセゼナード公爵殿下……いいえ、銀狂陛下が耐えきれなかったようで、叫びだし部屋に篭もってしまいました。ザウディンダルのことはロッティスで対応してゆきますが、銀狂陛下に関しては」
エーダリロクの意識がザロナティオンに飲まれてしまっていないことを願いながら、シュスタークは伝えなくてはならない言葉を胸に一人で会うことにした。
「解った。エーダリロクのことは余に任せよ。ロガはその間……」
「私はザウディンダルさんのところに」
人目につかぬように待機していたハネストが、ロガの言葉を聞き、風のように現れて跪く。
「そうか。タバイ、余はエーダリロクとは二人きりで話す。だから席を外せ」
ハネストに立つように指示を出し、シュスタークに挨拶をしてロガはその場から足早に立ち去った。
「陛下! お一人では危険です!」
ザウディンダルの状態を見ていたエーダリロクの断末魔にも似た叫び声。あの状態の”銀狂帝王”に会わせてなるものか! と。タバイの意見は当然だった。
なによりもタバイはエーダリロクの中にいるザロナティオンと、シュスタークの中にいるザロナティオンと言われている人物が別人であることを知らない。
どちらも同じ凶暴なザロナティオンだと思っている。
「大丈夫だ。その……大丈夫なのだ」
説明することは出来るだろうが、説明したところで証明することは出来ない。なによりも証明に必要なラードルストルバイアはもうシュスタークが呼びかけても決して返事をすることはない。
「畏まりました」
対処できる場所に控えることを条件に、タバイは下がった。
”エーダリロク”が籠城したのは扉が三重になっている武器庫。その扉を一枚ずつ開放し、シュスタークは近付いてゆく。
二枚目の扉が開いたところでタバイは立ち止まり、最後の扉を開きシュスタークだけが中へと入った。
室内は”暴れた”とはっきり解る状態で、
「ラバティアーニは生理で、ザウディンダルはただの出血だから大丈夫だと思ったんですけどね」
壊れた棚に崩れた座り方というべきか、仰向けに寝ている体をやや起こしていると言ったほうが正しいのか? そんな状態のエーダリロクが苦笑混じりに語りながら出迎えた。
「そう上手くはいくまい。ザロナティオンの状態は?」
ある程度距離を保ち、シュスタークは話つづける。
「暴れてます」
エーダリロクの服は千切れ、胸の辺りは引っ掻いた痕が幾筋も無残についていた。胸を切り裂かれるような思いだったのか? 胸をかき乱した痕なのか? 自らの指で肉を削がれた胸。
「そうか……ちょっと話があったのだが、落ち着くまで時間を取ろう」
ラバティアーニの言葉を伝えるには好機だろうと考えいたのだが、それは間違いだったのだとシュスタークは考えなおす。
「ザロナティオンに?」
「ああ」
「気合い入れて押しとどめます」
「落ち着いて仕事ができるようになったら、カルニスタミアの治療へと向かってくれ。ザウディンダルのことはいい」
「はい。さすがに危険過ぎますからね」
「頼むぞ、エーダリロク」
シュスタークはそう言い、部屋から去った。
足音が消え、タバイの気配も消え去ったあと、エーダリロクは再びザロナティオンを僅かながら自由にした。
周囲を破壊しながら、頭の中で叫ぶザロナティオン。
―― もう少し暴れてもいいから、落ち着いてくれよ
怪我とは違う頭の奥の鈍いながら、息が止まるほどの痛みを諭す。その痛みがザロナティオンの叫びだから。エーダリロクその痛みをこらえながら、必死にザロナティオンに話かけ続けた。
―― 御免、御免。俺たちはあんたのことを誤解していた。あんたは人を好んで食っていた訳じゃないんだな。狂ってからも、そして死ぬ直前まで人を食いたくはなかったんだな
タバイと共にエーダリロクが「周囲の者を傷つけないようにする為に」籠城した場所から離れる。
「陛下どちらへ?」
「ザウディンダルの所へ」
「陛下」
「どうした? タバイ」
「陛下もあまりザウディンダルには近付かないほうが良いかと」
「一度見舞ってくる。あとは回復するまで近寄らないつもりだ」
「それが最良だと思います」
**********
ザロナティオンが落ち着いてから部屋を出たエーダリロクは、ザウディンダルの容態が安定したと聞き、あとのことをミスカネイアに任せることにし、シュスタークに言われた通り、カルニスタミアの容態を確認しようとしたのだが、別の用をこの艦の責任者であるカレンティンシスから命じられた。
”ラティランクレンラセオが殺害した貴族について”
「証拠をねえ」
僭主襲撃の際にテルロバールノル貴族が一人殺され、もう一人が重傷を負った。
重傷者は薬により一命を取り留め、ラティランクレンラセオの凶行を訴える。それを聞いた貴族たちがいきり立ち、一触即発の状態に陥っている。
ラティランクレンラセオが殺害したことを知っているのは、重傷を負わされた貴族と、そこに”居合わせた”元僭主たち。話を聞かれて彼らは、代表しカドルリイクフとディデルエンが貴族の発言は確かだと証言したものの、彼らの証言はまったく役に立たない。
襲撃した僭主たちは全員死亡――
帝星の皇王族と入れ替えを行うために、彼らは死亡したことになっている。よってあの場に居合わせた僭主の生存者はいない。
そして”死亡した僭主たち”がどのように艦内を動いたのかを調査した結果、貴族はカドルリイクフたちと遭遇したことが証明されてしまった。
「ラティランの野郎があの場に居合わせたことを証明しても、殺した証明にはならない」
エーダリロクは回収された直後の貴族の体液から、ケシュマリスタ製の治療薬が検出された。
「ご丁寧にも、一週間以上成分が残るやつとはな」
ラティランクレンラセオがあの場に居たことは証明できたが、どのタイミングで通り掛かったのか? 治療薬を打ったのはディデルエンだが、意識不明であった貴族は誰が打ったのか? 証言できなかった。
―― 僕が瀕死の彼に薬を打った。もう一人は死んでいた ――
犯人はラティランクレンラセオで間違いない。
「証拠がないから、間違いなくラティランの野郎だろうよ」
エーダリロクは両足を投げ出し、そう結論を出し、数々の証拠をカレンティンシスに提出した。「ラティランクレンラセオはこの事件に関し、ダーク=ダーマ内で唯一関与していない」と。
エーダリロクから証拠を受け取ったカレンティンシスは、その証明を元に―― 犯人であることは分かっているが、罪には問えない ―― と、貴族たちを納得させた。
「やや粗雑だが、あの状況でよくここまで自分に有利に持っていたもんだ。ここまで誤魔化せるのは、俺とラティランクレンラセオと……」
―― 帝国宰相だけだろうな
いまだに生死不明の帝国宰相デウデシオン。
その彼がかつて命じ、成功したウキリベリスタル王の暗殺。証拠がまったくなかった暗殺事件により、弑逆者となったデーケゼン公爵カプテレンダ。
その娘リュゼクに今更真実を語ったところで、現状を覆すことはできない。
「語るべきか、語らぬべきか……どうするんだ? ハネスト=ハーヴェネス。いや、ジルオーヌ=ジルデーグ・サクティアールス・ベルディンド」
エーダリロクの問いに、先代テルロバールノル王暗殺実行者は返事をしなかった。
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