ALMOND GWALIOR −201
 ダーク=ダーマは移動する皇帝の居城。
 居城は大宮殿と同じ規則で維持される。その一つに「食糧を生産しない」という物がある。大宮殿では食用になる果物や野菜などは一切栽培しない。
 大宮殿において食べられる果実は両性具有の餌であり、大宮殿を飾る形の良い果物は食用には決して用いられることはない。
 ダーク=ダーマもそれに倣うので、食糧はすべて外部から持ち込まれることになっている。
 僭主たちはそれに目を付けてダーク=ダーマに潜入した。
 潜入方法は至極簡単で、皇帝の外戚王家であるロヴィニアを活用した。
 王が即座に帰還してしまい、王弟だけが残るのが常のロヴィニア王国軍。王弟は仲の良いエヴェドリット王子と一緒に過ごすことが多く、帰還中は専ら彼の艦隊の世話になる。
 洋服なども全て彼の艦に不足ない程に用意されているので、王帰還後ダーク=ダーマのロヴィニア倉庫が使われることは少ない。
 内部手引きをする者の指示に従い、彼ら数名が忍び込み時を待っていた。

「襲撃開始だ。混乱に乗じて何部隊乗り込めるかな」

**********


「……」
 周囲から人の気配が消えたことを確認して、ザウディンダルはシュスタークに握らされた剣を持つ手に力を込めてみる。
 しっかりと持ち上げることができることを確認してから、扉を持ち上げて再度周囲を見回して安全確認をして通路へと出た。
 頭部や胴体の一部を叩き潰された”襲撃者”の死体が転がる中、ザウディンダルは深呼吸を繰り返しながら、壁に体を預けながら収納場所で考えたことをしようと、足を引きずりながら副中枢へと向かった。

―― 僭主とラティランクレンラセオを同時に止める方法 ――

 襲撃開始から十三分経過した現時点で、ラティランクレンラセオの叛意と僭主襲撃の二種類の勢力が皇帝を脅かしていることを知っているのは《秘密保持できない両性具有故に、襲撃については教えるな》と帝国宰相が判断したザウディンダルだけであった。
 なにも知らないザウディンダルではあったが、自分にできることは何とか考えをまとめて必死に足を引きずり歩き続ける。
 収納場所で聞いた《帝王の咆吼》これにザウディンダルは賭けることにした。
 僭主もラティランクレンラセオも艦内に流れるシュスタークの咆吼で行動不能にして、その間に自分を含めた動ける人たちだけでどうにかしようと。
―― 第二補佐権限を使って……
 メインの”中枢システム”がどこにあるのか? ザウディンダルには解らないが、副中枢システムには立入が許可されている。壁に書かれている番号を見ながら、もっとも近い場所にある副中枢に周囲に注意を払いながら進もうとした時、周りが突如暗くなった。

**********


 上に乗る犬の重みで息が苦しくなっていた。
 大怪我をしたことは何度もあるけれど、さっき犬に犯された時の痛みは、そのどれとも違った。
 叫び声を上げながら、俺は両性具有だからと唱えた。
 すぐに忘れる、すぐに忘れることができるって。
 でもすぐに忘れることはできても、味わっている痛みが軽減することはないし、恐怖が無くなるわけでもない。
 体の内側を擦る肉と、耳元にある鋭い大きな歯。
 体内にぶちまけられた体液に全身が冷えた。
 心の奥底で死なないと殺されはしないと解ってたのに、銃を突きつけられて抗えなかった。
 殺されるはずない、殺されるはずない! そう思っても、膣に押し込まれた銃の恐怖に勝てなかった。
 后殿下どうか無事で。
 そしてキュラティンセオイランサに、キュラティンセオイランサに……

**********


「……! う、あ……」

―― 意識失ってた……馬鹿、しっかりしろよ。まだ喋れないのか……

 目の前の景色に色が戻り、通路に倒れてしまっていたザウディンダルは起き上がって再度深呼吸してまた歩く。舌の麻痺はまだ治らず、袖口で飲み下せない涎をぬぐい取りながら、やっとの思いで副中枢へと辿り着き、
―― よかった! 俺のコード使える
 中へと入り音声システムに触れた。
 ザウディンダルは”帝王の咆吼”に対応できるということで採用され、今その対応できる能力を使い味方もろともになるが敵を足止めする行動に出る。
「……」
 ザウディンダルは《シュスターク》を見つけるように《エーダリロクのコード》を使い機器に指示を出し、続いて自分のコードで音声を全艦放送できるようにした。
 ザウディンダル個人のコードでシュスタークを見つけることはできないが『テスト用に渡しておく』とエーダリロクから《エーダリロク》のコードデータを渡されていた。
 渡された時ザウディンダルは『こんなに簡単に俺に使わせていいのか?』と尋ねたが、エーダリロクは『構いはしねえよ。そっちは叱られないからな。それに制限がかかってるコードだからよ。そのコードでできるのは”本物の陛下”を追跡するだけだ』とザウディンダルには良く解らないことを言って煙に巻いた。

 現在艦を支配している偽物のエーダリロクが使用しているコードを、ザウディンダルは使うことができる状態であった。

 そんな事を知らないザウディンダルは必死に意識を保ちながら、副中枢を駆使して、
『うおああああああ! ぐああああああ!』
―― 陛下の咆吼だ! やった……とも言ってられねえか。陛下、今暫くお待ち下さい
 シュスタークの咆吼を拾い艦内にずっと流れるように細工してから立ち去り、今度はミスカネイアの元へと急いだ。
 急ぐあまりに傷口が開き血が内腿を濡らし、不快感を感じるもできる限り急いで。
「音声が……切れた。誰が?」
 副中枢から離れて三分後、突如艦内放送が途切れ、そのまま沈黙となった。
 ”ぼう”としていた頭が、麻痺が取れた己の声を聞き警告を鳴らす。
 艦内でシュスタークの咆吼に左右されない人造人間はザウディンダル一人。もう一人のカルニスタミアは”書類上乗ってはいない”
 もしも乗っていたとしても、艦内放送を止める権限をカルニスタミアは持っておらず、誰か味方が止めたのだとすると、乗員に情報を与える放送が続くはずだがそれもない。
 となれば答えは一つ、放送を止めたのは僭主。
 そして僭主には《帝王の咆吼》に行動が左右されない《誰か》が従い、その《誰か》は放送を止めることができる権限を持っている。
「急がないと……」
 ザウディンダルは扉に手をかけて、倒れるように皇帝の私室へと戻った。
「ザウディンダル!」
 皇帝の私室には、武装したミスカネイアが銃を持って待機していた。
 少し離れたところには、ロガの辞書の前で丸くなっているボーデンの姿。
「后殿下は?」
「え? ザウディンダル、あなたが脱出させたんじゃないの?」
 ここでミスカネイアが作戦を知っていたことが”災い”してしまった。彼女は作戦通り、ザウディンダルがラティランクレンラセオと共にシュスタークとロガを脱出させていると考えて、ロガが部屋に居ないことを不安に思うどころか、安堵すら覚えていたのだ。
「俺は后殿下の……あの怪我を治してくれないか? その間に説明する」
 ザウディンダルは怪我の治療を依頼し、その間に起こった出来事をかいつまんで説明した。
 ミスカネイアは傷の状態に涙は出なかったが、怒りで眩暈がして倒れそうであった。
 だが倒れている暇もなければ、怒りに任せている場合でもない。
 ザウディンダルの処遇をどうするべきか? ミスカネイアは指揮官であるタウトライバが待機しているはずの艦橋へと連絡を入れ指示を仰ぐことにした。
「……通信が……」
 皇帝の私室から責任者のいる艦橋への通信が、完全に遮断されていた。
 こうなるとミスカネイアには、どうすることもできない。
「タウトライバ兄に聞けばいいんだな?」
 ミスカネイアの態度から《作戦の存在》を感じ取ったザウディンダルは、理解したとばかりに頷く。
「ええ。でも……」
 ”外は危険だ”と言うのは簡単だが、実はここも危険。危険に晒されるような作戦であり、ミスカネイアはその為に此処にいる。
「大丈夫とは言わないけど、俺にも色々考えがあるから。その……信用してくれ」
「そうね。軍人のザウディンダルなら、私よりも的確な判断が下せるでしょうから。任せるわ」
 夫の美しい弟であり妹の頬を撫でる。
「ありがとう。それでさ、室内システムはどうなってる? 動かせる?」
 シュスタークの私室は大宮殿と同じような作りで、扉一つ取ってみても厚くて重い。
「駄目だわ。自動システムに切り替えておいた筈なのに」
 ”彼ら”なら普通の扉と変わらないように開くが、ミスカネイアの力ではこれらの扉を開くことは不可能。
「簡易のシステム構築するから待ってくれ」
 傷の回復を待っている間に、ザウディンダルは室内の自由を取り戻すことにした。
「できるの?」
「ああ。それには……ボーデンさま。あの、その、そちらの后殿下の機械貸していただけますか?」
 ロガの父親の遺品が必要になってくる。
 ザウディンダルの顔を見たボーデンは”好きにしろ”とばかりに顔を背けたので、
「ありがとうございます。ボーデンさま」
 借りて室内のシステム用のプログラムを打ち込んで、簡単な機能を回復させた。
「複雑なことは出来ないけど、扉の開閉と空調の独自管理、あとは通路側との会話と透過。これ以外のことは出来ないけど」
「充分よ」
 ザウディンダルは予備の軍服に着替たが、
「すごい手足長いんだけど」
 非常に大きい。
「ハネスト様のなのよ」
 予備はカルニスタミアに近い身長の持ち主。ザウディンダルが着ると、手足が余りすぎる。
「ハネスト様?」
 だが元々”正式な服”が与えられない存在のザウディンダルは、気にせずに軍靴の中に上手に裾をしまったり、ベルトで袖を上げたりして器用に着用した。
「デ=ディキウレ様の奥様。この騒ぎが収まったら、皆にお披露目があるそうよ」
「そ、そうなんだ! 楽しみだ」
 部屋にあった武器を装備し、皇帝の剣を持ち、
「これは持って行きなさい」
 栄養補給用薬や、酸素補給用薬、回復剤などの入ったポーチを腰に巻かれた。
「あの」
「死んじゃだめよ。どんな中毒症状でも治してみせるから、まずは生き残って」
 ミスカネイアはザウディンダルを軽く抱き締め、ザウディンダルも片手で抱き返す。
「行ってくる」
「わうわう」
 ミスカネイアとボーデンに見送られ、ザウディンダルは皇帝の私室から出て真っ直ぐにシステム副中枢へと向かった。

「あれ?」

 システム副中枢室の前にいるのはテルロバールノル王国軍。
「やべ……リュゼク将軍だ」
 ”両性具有嫌いの急先鋒”と言われるカレンティンシスの忠臣と、
「そういう訳だ、アロドリアス」
 カルニスタミアの側近で、ザウディンダル嫌いが”ある人物”と話をしていた。
「セゼナード公爵殿下がその様に言われるのでしたら。如何なさいました? リュゼク将軍」
 ある人物とは”セゼナード公爵”

―― エーダリロク? あれ、エーダリロクなのか? 別人に見えるけれど、違うところはない。でも……陛下? 陛下がいない?

「……」
「リュゼク将軍?」
「陰に隠れているの、出てこい!」

 ザウディンダルは両手を上げて、リュゼクの指示に従った。


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