カルニスタミアは移動艇を操縦しているヘルタナルグと話をしながら、ダーク=ダーマの指示された港へと入港した。
基本貴族の移動艇が入る港ではないので無人で、非常に閑散としている。
移動艇から先に降りたヘルタナルグは、迎えに来ている筈のエーダリロクを捜すが、何処にも見当たらない。
「どうした? ヘルタナルグ准佐」
「ライハ公爵殿下の出迎えに、セゼナード公爵殿下がお出でになると、イデスア公爵殿下より連絡をいただいておりましたので」
ヘルタナルグは大声で”セゼナード公爵殿下”と叫ぶも、無人の機器が音を跳ね返すのみ。
”なにか……おかしい”
「ヘルタナルグ准佐、少し声を潜めろ」
「はい」
入港したまま入り口の扉をも閉めず、カルニスタミアは考えた。
”第二副艦橋に連絡を入れた。そこから此処までであれば、既に到着しているはずじゃ。他の誰かが連絡を入れたのであればエーダリロクが途中で投げ出したことも考えられるが、ビーレウストがわざわざ連絡を入れて寄越したのだ、まず途中で止めることはなかろう。ここに来られぬ理由が《発生》したということか。第二副艦橋? なんであの二人が仕事もないのにダーク=ダーマの副艦橋にいるのじゃ。ダーク=ダーマの艦橋では爬虫類は持ち込めぬし、唐揚げも食っていられぬじゃろう。仕事があったのか? なんの仕事が?”
カルニスタミアが考えていると、聞き覚えのある足音が響いてきた。自分の方を見たヘルタナルグに、動くなと指示を出して足音の主に声をかける。
「何処へ行く気だ、ヤシャル」
「ライハ公爵殿下」
声をかけられたヤシャルの酷く怯えている様子にカルニスタミアはただならぬものを感じとった。
「ヤシャル」
「ライハ公爵殿下! 頼みがあります、私と一緒に来てください! ロガ様が、后殿下が危険な状態なのです!」
そしてヤシャルは、助けを求めることにした。
「后殿下が危険……じゃと?」
ヤシャルは迂回し、父やその部下の目の届かない箇所を通り、倉庫へと向かっていた。
「ケシュマリスタ倉庫に、拷問用の犬が居るじゃと?」
「処分するために、食事を与えるなと聞きました。そこから調べていたら、后殿下を餌にするつもりで……餌として与える前に……」
―― 皇帝陛下を誑かした体を堪能しようじゃないか
項垂れているヤシャルに、カルニスタミアは冷静に声をかけた。
「良い判断だ。下手に事前に捕まえて、ラティランクレンラセオが后殿下に危害を加えるようになっては儂でも手が出せぬ。ヘルタナルグ准佐」
「はい」
「今の話を一言一句違えずにテルロバールノル王に伝えよ。儂の言葉であるという証に、この帽子を持ってゆけ」
カルニスタミアはチュールの付いたトークハットを准佐に渡した。
受け取った准佐は急いで移動艇に乗り込み、テルロバールノル王の元へと向かう。彼女の乗った移動艇を見送りながら、先ずは情報を聞き出した。移動しながら話すのは、得策ではない。
事態によっては別行動を取ったほうが良い場合もあるので、まずは確りと情報を得る必要がある。
准佐の移動艇が星に紛れた辺りで情報を聞き終え、ヤシャルが入り口を閉じようとした時に、
「待て! ……あれは、なんじゃ?」
嫌な感触と見慣れていながらも、見慣れていない物を発見した。
カルニスタミアはロガを助けに向かいたいという気持ちを抑えて、モニターを立ち上げて正体を確認する。
「なんで……」
あり得ない存在の登場にヤシャルは呆気に取られたが、カルニスタミアはある物を見て理解した。赤地に白で描かれている”夕顔の蔓を切り裂く幅の広い剣”
「あの紋章、ビュレイツ=ビュレイア系統僭主じゃ。エヴェドリット僭主はエヴェドリット勢に任せておこうではないか。后殿下をお助けしに向かうぞ!」
ダーク=ダーマの動力部が爆破されたのは、襲撃と同時であった。
**********
カルニスタミアとヤシャルが確認し、あとをエヴェドリットに任せたもの。それは、
「ザセリアバ王! 機動装甲だ!」
帝国最大の単体武力”機動装甲”
「エーダリロクの作るタイプに似ているな。それにしても、まさか機動装甲が出てくるとは思いもしなかった」
僭主が二体の機動装甲で攻撃を仕掛けてきたのだ。
エヴェドリット艦隊が必死に応戦しつつ、王と公爵の出撃を待つ。この王家は何時でも臨戦態勢なので、機動装甲が動くまでの時間は戦時と全く変わらない。
その上、二人ともダーク=ダーマに僭主を討ちに向かう際に、機動装甲で移動しようと考えて居たので、用意は万全であった。
その二人であってもダーク=ダーマ爆破や艦隊戦までは想定していたが、機動装甲の強襲は考えてもいなかった。
ただ機動装甲の歴史を考えると、おかしい訳でもない。
元々暗黒時代に作業用の工作機を戦闘用に転用したものであって、基礎と発展は僭主でなくとも知っている。
それに彼ら本来の”機械とリンクする能力”に目をつければ、同じような機体が作成されて当然。とくに敵は争いをこよなく愛するエヴェドリット。
兵器の開発にも殊更力を入れる一族。
ザセリアバは用意が整った機動装甲に乗り込み出撃しようとしたところで、ダーク=ダーマの動力部破壊による航行停止を受けとった。
「さて……帝星はどうなったかな? 上手くやれよ、ランクレイマセルシュ」
**********
カレンティンシスは旗艦艦橋で、手元に残ってしまったカルニスタミアの為に作らせた麦わら帽子を執務机に置き、見る都度不機嫌になっていた。
”髪が短い間だけでも良いのに”
内心の口調で話かけていれば、カルニスタミアも考えたであろうが「貴様、儂の言う事聞けと! 命じておるのじゃ!」では、同気質のカルニスタミアも反発するというもの。
”体調もまだ完全ではないのに、あんな馬鹿王子やらなにやらと一緒に……一緒に……”
「カレンティンシス殿下、セゼナード公爵殿下より火急の」
ローグ公爵に取り次がれて、モニターを眺める。
『アルカルターヴァ公爵! 大至急、ダーク=ダーマのシステム異常を洗い出せ!』
挨拶も抜きだが、内容を聞いて”挨拶しろ”と命じる余裕はカレンティンシスにもない。
「システム異常とは?」
『俺のコードを使っている奴が居る』
エーダリロクは”偽造だ”と知らせるために、手袋を飾っている鈴蘭の紋章を叩くように指し示す。
「プネモス以外は全員艦橋から出ろ。大至急じゃ!」
艦橋から人が去るのを確認してから、再度尋ねる。
「どういう事じゃ?」
『いいか。俺の偽造コードを使っているのが一名、これは容姿もそっくりだ。あんたなら解るよな』
エーダリロクの”ダーク=ダーマでのテストとデータ採取”に許可を出したのは、他の誰でもないダーク=ダーマのシステム管理総責任者カレンティンシス。
『そして、俺が気付いた時には既にザロナティオンコードが二つ使用されていた』
「二つ?」
ここまで話が進んだところで、ダーク=ダーマが爆破され、同時に敵機動装甲の襲撃と、ザセリアバ王とシセレード公爵が迎撃に向かったとの知らせが入る。
「陛下の偽装コードともまた別な所にあるのじゃな?」
『そう……』
知らせを聞き終え、会話を再開したのだが、再び通信が途絶した。
今度の途絶は”帝王の咆吼”により、システムに携わる者たちの動きが制限されたことにある。
「何事じゃ……陛下が、陛下が再び帝王に?」
咆吼に自由を奪われない”両性具有”であることを隠すことも忘れて、カレンティンシスは何時も通りに声を上げる。
だが咆吼は直ぐに途絶し、再び爆音が響く。
「何が起こっておるのじゃ!」
管理者権限でダーク=ダーマにアクセスをすると、艦内にあり得ない物が充満していることを知り、絶叫する。
「セゼナード! 艦内に通常の人間には害をなす濃度の放射線がばらまかれた! 貴様が対処しろ! 空調が全て……僭主の手に落ちている」
エーダリロクと話ながら、ザセリアバの戦っている状況をモニターで確認すると《僭主》の証が確認できた。
『了解した。また何かあったら連絡する』
皇帝の所在を明かにするのは急務だが、空調を支配された上に放射線をばらまかれると、ロガが被爆してしまう。
放射線は人造人間にとって、どれ程の量を浴び続けようとも悪影響が及ぶことはないが、人間は今も変わらず死に至る。
特に皇帝の正妃ロガを救う必要があった。治療そのものは簡単にできるが、治療する前に致死線量を浴び、死亡してしまえば人間に関しては《生き返らせる》方法はない。
皇帝が何処に居るのかを調べようとしたカレンティンシスに、今度はザセリアバから連絡が入る。
『カレンティンシス!』
「儂は忙しいんじゃ! 後にしろ!」
『僭主の機動装甲の詳細なデータを取れ』
「何を言っておるのじゃ! 今はそれどころでは」
『ここで、敵機の詳細を記録していなけりゃ、後でまた後手に回る可能性もある。こっちには無い装置があれば、今後の戦況が有利に進む可能性だってある。生け捕りにして、機体を細かに調べたいところだが、敵の実力からみて無理だ。だから採取しろ!』
「言いたい放題言いおって……じゃが、引き受けてやろうではないか! データが採取できるまで、遊んでおるがよい。ただしデータ採取途中で死ぬことは許さぬからな!」
『了承した』
皇帝の居場所を調べつつ、敵機体の詳細データを速やかに取る。
”ザセリアバが生け捕りにできないと言っているのじゃ、早くにデータを採取しなければ……”
「プネモス」
優先順位と効率を考えながら、最善の策を捜す。
「はい」
「リュゼクと共に、この機動装甲戦をかいくぐりダーク=ダーマへと迎えと命じたら従うか」
「勿論にございます。このローグ、殿下のご命令に躊躇を覚えたことなどございません」
「ではリュゼクと共に向かい、貴様はラティランクレンラセオと陛下の警備を交代しろ。リュゼクはセゼナードの補佐に当たらせる」
機動装甲のデータを速やかに採取する為に、現在最も能力の高い”帝国騎士”を出撃させる必要があると判断し、カレンティンシスは警備変更と出撃依頼をラティランクレンラセオにしようとしたのだが、
「通じぬ!」
操作卓を叩き付け、何も映らないモニターに怒鳴りつける。
「装置の破壊によってでしょうか?」
「装置の破壊もあるが、妨害しておる者がおる。儂であっても遠隔操作では限界がある」
ダーク=ダーマに直接乗り込まなければ、管理総責任者のカレンティンシスであっても、使えないシステムが多数ある。
「失礼します!」
「今は立入禁止じゃ!」
人払いされている艦橋に、制止する人々の手を振りきってヘルタナルグが飛び込んで来た。
「ヘルタナルグ准佐、どうしたのだ? ライハ公爵殿下の帽子を持って」
ローグ公爵はカルニスタミアの側近である准佐が移動艇を操縦しダーク=ダーマへと向かったことを、准佐と同じカルニスタミアの側近である息子のアロドリアスから連絡を受けて知っていたが、准佐が戻ってきた報告は受けていなかった。
王族の行動は逐一報告されるのが常識。その常識を覆した准佐は、艦橋入り口をしっかりと閉じて、
「人払いができていて良かったです。ライハ公爵殿下より、一言一句違わず王に伝えよと言われた事を、今此処でお伝えします!」
カレンティンシスの前で跪き、帽子を差し出しながら復唱しする。その言葉は、危機的状況を絶望的な物へと落とし込んだ。
「以上でございます」
ラティランクレンラセオがロガを殺害しようとし、部下が暴行しようと連れ出したこと。
それが起こる時、何が行われているのか?
自らの身を実験台にされていたカレンティンシスは、理解してしまった。
”ラティランクレンラセオ……貴様、レビュラに薬を投与して……”
「カレンティンシス殿下」
顔色を失ったカレンティンシスに、同じく事情を知るローグが気遣わしげ声をかける。
「プネモス、ラティランクレンラセオを捕まえろ。僭主が攻めてきている時に、警備が疎かであることは、逮捕の理由とな……なんじゃ?」
緊急連絡の警報が鳴り響く。
次々と降りかかる出来事に、苛立ちを隠さずに画面を開いた。
―― 帝星大宮殿が僭主の襲撃により機能停止。死者行方不明者多数 ――
ロヴィニア艦隊が届けた高速通信に向かって、無意味ではあるが握り拳をつくりカレンティンシスは怒鳴り付けた。
「何をしておるのじゃ! 帝国宰相」
そして続く連絡。
―― 生死不明者 帝国宰相パスパーダ大公デウデシオン 帝星の指令系統停止状態 ――
「信じられるか……プネモス。あの男が、襲撃で生死不明など」
「解りませぬが、あの男が生死不明であるというのが誤報であったとしても”得”をするのは僭主のみ。こちら側には何ら利益はありませぬ」
『おいおい、ランクレイマセルシュ。帝国宰相が生死不明なんて報を流すのは、作戦にはなかったぜ。……まさかな』
ラティランクレンラセオの行動。帝王の咆吼。連れ去られたロガ。救出に向かったヤシャルとカルニスタミア。偽装コードの人物。僭主を手引きしているサーパーラント。独断により窮地に追い込まれたキュラティンセオイランサ。艦内の移動を制限されてしまったエーダリロク。通信が途絶し、動力部を破壊され、空調を奪われ放射線物質がばらまかれたダーク=ダーマ。二体の僭主作成機動装甲と機動装甲で対戦することなったザセリアバ王とシセレード公爵。襲撃により生死不明になったデウデシオン。そして皇帝の偽装コードを持って移動しているザウディンダル。
一箇所に全てが集約し、全てが別の方向へと進んでいる。誰かが誰かを助けようと進むが、その道の先にあるものは?
神殿の扉が《内側から》開いた
「……なぜ、あなたが……いるのだ」
手を伸ばしてくる
「近寄るな!」
私は逃げようとしたのに、足から力が抜けて転んだ
「なぜ、いるのだ! なぜ!」
私の足をつかみ、這い上がってくる
「でうでしおん」
「うあああああ! 近寄るな! 触るな! 来るなあ!」
―― 兄貴 ――
ザウディンダル、お前だけは幸せにするから……ここで狂っても……
―― 兄貴 兄さん 兄上 帝国宰相 兄さん 兄さん ――
≪運命の分岐点≫完
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