君想う・廃惑星編

【07】

―― そうじゃ! 儂を殺せるはずがないのじゃ

 イデールマイスラを殺害することはできるが、彼はまず一人きりになることはなく、現在はほぼガルベージュス公爵と共に行動している。帝国最強の男である彼と共にいる時点で、イデールマイスラを殺害するのは不可能である。
 そして現在は彼に継ぐ強さを誇り、戦闘という面においては同等やも知れぬ狂人ヨルハ公爵と共にいる ―― 殺害するのには非常に困難。
 あのマルティルディですら、ガルベージュス公爵やヨルハ公爵は相手にしたがらない。

「殺せたら”もうけもの”くらいだったのでしょうね」
「真の目的の隠れ蓑か」
 ”殺せるはずはない”のだが”殺される理由”ならば唸る程に、あるいは腐る程持っているのがイデールマイスラだ。真の標的に近付くためには最高の隠れ蓑となりえる。
「ベル公爵が隠れ蓑だとして、真の目的は誰だろうね? シク」
「我とヴァレンは除外だろうな」
 殺し殺されるという状況に最も近い位置にいるエヴェドリット。故に真の目的であった場合、探られて困ることはない。
「バベィラ様が送り込んでくれるなら、もっと攻撃的だろうなあ」
 片目の戦争狂人が、可愛い第二夫を驚かせ、楽しませようと考えて派遣した相手とイデールマイスラやスナイパー伯爵が間違って遭遇したとしたら、逃げられたとしても無傷ではいられない。
「むしろロフイライシ公爵ご自身が、夫のマーダドリシャ侯爵を伴ってやってきそうだが」
 子爵は、あの戦うことが大好きなバーローズ公爵家の跡取りが、わざわざ他人に楽しみを譲ってやるとはとても思えなかった。
「そうだね。バベィラ様なら、そうするだろうね」

―― 必死にマーダドリシャ侯爵が抑えてるんだろうなあ……

 スナイパー伯爵とクロントフ侯爵は、ちょっとばかり年上の優秀な親戚のことを思い出し、同調しているように見せかけて必死に興味を反らしているであろう彼にエールを送りつつ、自分たちは無害だと申告した。
「私たちも違うだろうね、スナイパー」
「違うだろうな、クロントフ。私たちは基本無害だからな」
 どこら辺が無害なのだろう……と、子爵は一瞬考えたが、自分が考えてはいけないことだと自らを叱責した。
「お前たちのどこが無害なんじゃ。居るだけで喧しいは、鬱陶しいは、騒がしいは」
 子爵は言えないことだが、イデールマイスラはおかまいなし。この辺りが「存在しているだけで恨みを買う」所以だが、それに関しては敢えて触れないのが貴族としての最低限の態度である。
「確かに鬱陶しくて騒がしい私たちですけれども、殺されるほどではないと自負しております」
 クロントフ侯爵は自信満々に胸を叩く。
「私やクロントフはイデールマイスラ殿下以上に居てもいなくても問題になりません。替えもなにも、存在せずとも帝国の根幹になんら関係はないので無害と言えます」
 二人とも入学している時点で帝国でも有数のエリートなのだが、上には上がいることも弁えている。
「此処にいる誰でもないのかもね」
「そうだな……だが、まったく関係していないとも思えないな。ベル公爵殿下を襲うよりならば、エルエデスのほうが疑われないだろうに」
 子爵は命を狙われている同族の名をあげた。
「強いから除外されたんじゃないんでしょうかね」
 クロントフ侯爵がごくごく一般的な意見を述べる。
「だろうな。だがそうなると、エヴェドリットは完全除外だな。強いから逃げるは、エヴェドリットとしては認められないだろうし」
 スナイパー伯爵は銃で軽く肩を叩きながらクロントフ侯爵の意見に従った。
「……」
 無言になり折れているとしか見えないほど首を”傾げ”目を見開くヨルハ公爵。
「げっ」
「え?」
「何ごとじゃ?」
 見慣れないその姿に子爵を除く三人が驚くが、
「なにか思い付いたのか? ヴァレン」
 子爵は何ごともないように尋ねる。この程度のヨルハ公爵に驚いていては、親友はやっていられない。
「あのさ、シク。シクって学校卒業するのをご両親から期待されてるよね」
「ああ。上級士官学校卒業の肩書きは、無気力息子という欠点を補えるとな」
 欠点とされている”無気力”とは、最早説明する必要もないが ―― 人殺しに関して ―― である。
「クロントフ侯爵とスナイパー伯爵は、卒業したからといって何か変わることはない?」
 首が折れ曲がり、そろそろぶら下がるのではないか? という角度にまでなっているヨルハ公爵を前に、二人はできるだけ驚いていない素振りを装う。
「私は単純に帝国軍将校になりたかっただけだ」
 スナイパーなスナイパー伯爵だが、人生設計は至って真面目。
「私は捜査がしたかっただけ」
 クロントフ侯爵は軍人よりも捜査をしたいが為に入学し、卒業はさほど重点を置いていない。
「ベル公爵は陛下に命じられたんだよね?」
「そうじゃ」
 折れ曲がっていたヨルハ公爵の首がバネ仕掛けかのように勢いよく戻り……少々”ばよん、ばよん、ばよん”と、生物らしからぬ揺れ方をしたが、そこには誰も触れず会話を続ける。
「おそらく卒業したら厄介な相手を殺害しに来たんだと思う。そうとしか考えられない」
「卒業したら厄介? どう厄介なんだ?」
「それは間違いなく”自分の地位が脅かされる”だろう。だからまずガルベージュス公爵以下、皇王族は除外だ。エルエデスは卒業しようがしまいがリスリデスと敵対するから除外。我はヨルハ一族最後の一人だから除外してもいいだろう」

 三人ともヨルハ公爵が言わんとしていることが分かってきた。

「あー……卒業後、王国に帰ってこられると厄介なんだ」
「帝国軍と懇意にしている王国将校か」
 皇王族の二人は王国軍に属することはないが、王族と上級貴族の二名は帰国して王国軍に属することも考えられる。

 イデールマイスラは通常であれば確実に王国軍に属するのだが、夫婦関係が悪いため、もしかしたら王国軍に籍が置けない可能性も ――

「我は実家に帰るつもりもなければ、エヴェドリット王国軍に属するつもりもない。両親も親族も知っているから」
 小声で語った未来に、完全に生まれる場所を間違ったわけではなく、ちょっとしか間違っていないために、国を捨てられない子爵に対しクロントフ侯爵、スナイパー伯爵、そしてイデールマイスラが憐れみの眼差しを向ける。
「シクは完全に除外だね。それでさ我はクレウが標的じゃないかなと思うんだ」
 名探偵希望クロントフ侯爵よりも頭の回転が速いヨルハ公爵が、にこやかにもう一人の親友といっても過言ではないジベルボート伯爵の名を挙げる。
「どうしてじゃ?」
「ベル公爵を狙って万が一、殺害することができた場合、どこに属していると生き延びられるかと考えたんだ」
「……なるほど、ケシュマリスタ貴族が犯人であれば、ああそうじゃな! それが最も考えられるな!」

※ ※ ※ ※ ※

 ヨルハ公爵の予測は当たっており、標的が分かれば誰もが狙いを正確に予測できる ――

 ジベルボート伯爵が狙われた理由は、彼の背後にいるカロラティアン伯爵がこれ以上権力を握るのを嫌ったケシュマリスタ貴族が相当数存在したことが原因である。
 マルティルディに近いという点ではイネス公爵のほうが上だが、貴族間の権力ではカロラティアン伯爵も負けてはいない。
 イネス公爵に関しては権力もそうだが、息子が玩具としてお気に入りの地位にあるので、誰も表だって文句を口にすることはない。イネス公爵とカロラティアン伯爵は貴族らしい冷たく、それでいて敵対せず協力もしない『上っ面』という言葉がこれ程似合う関係もないだろう ―― そのような貴族関係を築いていた。
 両者が手を取り合うことはないと思われていたのだが、お気に入りの玩具ことイネス公爵の子息ザイオンレヴィと、カロラティアン伯爵の子飼いことジベルボート伯爵が仲良くなったことが他の貴族たちを焦らせた。
 お気に入りの玩具という名の下僕ザイオンレヴィだが、マルティルディに難なく会えるという他の貴族たちにはない特権がある。
 例え虐げられているとしても、貴族たちにしてみれば……人は自分には無いもはよく見えるとも言うが、とにかくザイオンレヴィに近付けばマルティルディに近付くことができる。
 事実エンディラン侯爵はザイオンレヴィと婚約すると同時にマルティルディに「面会しにくるよう」命じられ、今や将来を約束された地位にある。
 その上ジベルボート伯爵、ヨルハ公爵と同じクラブに入り、初の冬期休暇でバーローズ公爵の知己を得ることに成功し、エヴェドリットの王子サズラニックスとの面会まで果たした。このまま行けばカロシニア公爵にも顔を覚えてもらい、ついには皇帝との面会を果たす。それでなくともジベルボート伯爵は同学年にガルベージュス公爵がおり、近衛兵団の中でも特に皇帝に近い位置に配置される。
 おまけに彼が入部したクラブにはガルベージュス公爵の付き人子爵がおり、果てはローグ公爵の娘と会話するまでに至った。 ―― これでジベルボート伯爵がカロラティアン伯爵に盾突くような態度があれば怖ろしくないのだが、ジベルボート伯爵は従順である。


 カロラティアン伯爵本人というよりは、その母親オヅレチーヴァが怖すぎて害心を持つことができない状態なのだが、ともかく従順である。


 そして最大の障害は、障害となるべきイネス公爵が「彼って本当に両親や祖父母に似てなくて素直だよね」と、好意的であること。
 イネス公爵が阻害しなければ、ジベルボート伯爵の障害たりえる貴族はケシュマリスタに存在しない。
 カロラティアン伯爵をマルティルディから遠ざけるためには、ジベルボート伯爵は死んでくれたほうが良い。それは凡庸な結論であり、その程度の解決策しか考えつかぬから後手に回るのだ……とも言えよう。

「ザイオンレヴィ。花の蜜を集めてきました。喉を潤してください」
「ありがとう、クレッシェッテンバティウ」
 まさか自分がそれほど危険視されているとは知らないジベルボート伯爵は、ザイオンレヴィの付き人として、彼に単位を取らせるべく、そして自らも単位を取るべく、こまめに働いていた。

 ちなみにジベルボート伯爵殺害の隠れ蓑にイデールマイスラが選ばれたのは、単純にイデールマイスラがケシュマリスタ貴族に嫌われているのが原因であり、また彼が言った通り、死んでも代わりの王子がいくらでもいるので ―― 皇王族に存在するケシュマリスタ王位継承権を持つ兄弟からは目を背けているのだ ―― 間違って殺してしまっても、平気だろうという……いかにテルロバールノルがケシュマリスタに嫌われているのかが分かる出来事でもある。付け加えるとすると、イデールマイスラ自身に問題があるのではなくテルロバールノル一族だから嫌われているだけである。イデールマイスラを個人的に嫌っているのはマルティルディだけ。

 王族、それも自国の次期王の夫を隠れ蓑に命を狙われているジベルボート伯爵。
「クレッシェッテンバティウは何をするの?」
「種の回収です」
「僕も手伝うよ」
「では一緒に回収しましょう……シク元気にやってるかなあ」
「…………精神がすり減ってるだろうなあ」
「ですよね。だって……」

―― イデールマイスラ殿下と一緒ですからね

 二人はそうは思ったが口には出さなかった。
 その時彼らの視線の先には、必死に洗濯を続けているメディオンの姿があったのだ。頑張ってるメディオンを前にして、テルロバールノル王子の悪口は言えない。
「メディオンさん」
 二人は種を採取する前にまだ生っている果実を幾つかもぎ取り、ザイオンレヴィの代わりに司令席に座ったガルベージュス公爵に許可を取って、メディオンに声をかけた。
「なんじゃ?」
「一旦休憩して、果物食べましょうよ。メディオンさん、動きすぎで特別カロリーを摂取しないと点数が入らないって、ガルベージュス公爵がいってました」
「実を食べてもらえると、成長させやすいので、お願いしてもいいですか?」
「……食べるのじゃ!」

 水浸しになっているメディオンはため池から出て、二人から皮を剥き手渡された林檎に梨、桃にパパイア、アボカドをほおばる。
「うまいのじゃ」
 空腹を満たす、もぎたてのフルーツにメディオンは顔を綻ばせる。
「それは良かったです」
「調理とかできたらいいのですけど、僕たち得意じゃないんで」
「いや、充分じゃよ。……よし、儂は洗濯を続ける。お前たちは食糧確保、頼むぞ」
 メディオンは立ち上がりため池へと戻っていった。
「怖ろしく真面目な方ですよね」
「まあねえ。性格に裏表ない女性とか……」
「うごああああ! オヅレチーヴァさまああああ!」

 宿営地に一瞬不協和音が鳴り響いた。