君想う・廃惑星編

【06】

「貴様の殺害を依頼された! 覚悟しろ、イデールマイスラ!」
 尋ねられた敵の一人がそう言い、間を詰めてくる。
「儂の名を呼び捨てにするとは、揺るさんぞ! 貴様ら!」
―― そこが問題なんですか? イデールマイスラ殿下
 スナイパー伯爵は怒りに震えるイデールマイスラを眺めながら、間合いを取ろうとするが、敵はスナイパー伯爵に距離を与えると厄介なことになることを知っているようで、距離を取らせない。
「カイトファラルグ!」
「はい」
 普段ならば”スナイパーです!”と訂正するところだが、残念ながらそのような余裕はない。
「距離さえあれば、貴様、その肩に担いでいる銃で応戦できるのじゃな!」
「はい!」
「どんな体勢でも撃てると言っておったな!」
「はい!」
 イデールマイスラがは全員で特技を語り合った時の事を思い出し、再確認して拳を地面に叩き付けた。

『水道管などはもちろん地面を通っている。それ以外にも住居に必要な物は、ほとんど地面だ。修理用に大きな通路もあるぞ。たしかに迷路っぽいかもしれないが、これはどちらかと言うと解りやすく作っているから……』

 イデールマイスラの拳は二人の足元を割り、落下してゆく。
「撃て!」
「了解!」
 上に跳ぶことも叶わず、距離も取れない――となれば、残るは落下のみ。スナイパー伯爵は銃を担いだまま銃を放った。
 本人が自慢するだけあって、その体勢でも二発撃ち二人を仕留める。
 二人殺害された敵は、間を詰めることを諦め退却した。二人が乾いた水道管の中に着地すと頭上で死体が爆発しその欠片が降ってきた。
「敵はこちらの能力を網羅しておるようじゃな」
 死体を調べられると厄介であると――身体的特徴を知られることもそうだが、誰が命令を下したのか? どのような命令を下されたのか? どうやって此処まで連れてこられたのか? 子爵の能力を持ってすれば、調べることができる。
「そのようですね。それでイデールマイスラ殿下、敵の心当たりは?」
「儂か! 儂なのか?!」
「もちろんですとも。私には敵などおりませんので!」
 ”きらり”と輝く笑顔と共に、スナイパー伯爵が言いきった。ムカツク程の笑顔に、イデールマイスラは首筋の血管が浮き出すほど怒りを露わにするも、自分が好かれるタイプではないことは自覚しているので、
「貴様! ……マルティルディとか」
 自分のことを一番嫌っているであろう妻の名を挙げた。
「マルティルディ殿下……なんでしょうかね?」
「ふ、普通は、配偶者が最も……じゃろうからして」
「マルティルディ殿下は殺すよりも、陛下に”やっぱやだ!”と言うような気がしますが」
 スナイパー伯爵はマルティルディと直接話をしたことはないが、寮でイデールマイスラと話している姿を遠目で見ているし、毎週大宮殿へと戻り皇帝の朝食会に参加し、その席での報告をつぶさに聞いているので、マルティルディはそんな性格ではないような気がしていた。
「ま、まあ……マルティルディ以外じゃと……その……解らん」
 思い当たる節はあるようでない、それが選民の頂点に立つテルロバールノル王族。
「どうしましょうか?」
「ケーリッヒリラのところまで戻る……迎えに来たようじゃな」
「そのようですね」
 二人は穴の底から夜空を見上げる。そこにタイミングを計ったかのように子爵が顔を出した。
「一度戻りましょう!」
「おう」

※ ※ ※ ※ ※

 ”探索を終えて帰ってきたら、体を拭くくらいのことはしたいだろう”と、拠点を守っていた子爵はイデールマイスラが少しでも良い気分で過ごせるように、拠点を見張れる範囲で貯まっていた雨水を集め蒸留して体洗い用の水を調達していた。
「ダムはまだ壊れていないだろうから……水道管もそれほど古くはなさそうだし……」
 そこで子爵は人の気配を感じ取った。
「殺意が極端に……暗殺者か。厄介だ」
 暗殺者というものは殺意を感じさせないものであり、対するエヴェドリットは殺意を感じ取ることに長けている。
「相当な達人だが……下手に動くわけにもいかないからな」

 暗殺者の矛先がイデールマイスラであることは、消去法で解った。何故なら、クロントフ侯爵を抱えたヨルハ公爵が相変わらずの狂気を抱えて子爵のもとを目指しているからである。

「暗殺者だ!」
 ”殺害”に関しては全てにおいて子爵を凌ぐヨルハ公爵は、標的たちよりも先に気付いた。
「暗殺者? ……イデールマイスラ殿下に?」
「そうだろうな。探索途中だけれどもシクのところに戻ろう!」
 ヨルハ公爵は言い終わる前にクロントフ侯爵を抱えて、暗殺者たちから遠ざかりながら、出来るだけ気付かれないようにして子爵の待つ拠点へと戻った。

 先程の暗殺者たち全員でかかっても、ヨルハ公爵には勝てない。だが彼らはヨルハ公爵が自分たちに攻撃を加えないことも予測できていた。

「シクとクレウが標的だったら、即座に殺したけどね」
 子爵がイデールマイスラとスナイパー伯爵の元へと向かい、拠点を守ることになったヨルハ公爵は、同じく守ることになったクロントフ侯爵に”どうして暗殺者を殺害しなかったのか?”と聞かれたので答える。

 暗殺者たちもヨルハ公爵に殺意を気取られることは想定済み――

 なので彼らは微かな殺意をしっかりとイデールマイスラに向けた。イデールマイスラを殺害しようとしていると感じ取ったところで、ヨルハ公爵は彼らを殺害してはいけないことを理解した。王子であり未来の王婿であるイデールマイスラを殺害しようとしている相手となると、背後関係が大きい。
 他国の大貴族がお楽しみ半分に殺す相手として不適。
「我が殺すと面倒なことが起きるから。暗殺者たちもそれを見越してただろうけれども」
「ベル公爵殿下でしたら、あちらこちらで恨みを買っていそうですしね」
「我等は残虐さで恨みを買うが、あいつらは存在するだけで恨みを買う。そうでなくてはテルロバールノルではない。と、デルシ様が仰ってた!」
 子爵と共に帰ってきたイデールマイスラは一瞬にして頭に血が上ったが、なんとか耐えた。
「お帰り! シク。ベル公爵、スナイパー伯爵」

 子爵の心づくしの簡易風呂に、護衛をかねてヨルハ公爵と共に入り、少し気分が落ち着いたイデールマイスラ。

 存分に話合いたい気持ちはあったが、規定の睡眠時間を取らなくてはならないので、
「ヴァレン一人に任せるがいいか?」
「もちろんだよ、シク! みんな安心して眠って」
「先に休ませていただきます」
「それじゃあ。交代したら見張りは任せろ!」
「それではな」
 第一陣はヨルハ公爵を見張りに立てて四人が眠ることになった。
 暗殺される恐れは皆無だが、ヨルハ公爵自身に殺害される恐れはある――だが考えても始まらないので、四人は眠りについた。
 三時間後に子爵が起きてヨルハ公爵と交代し、また三時間後に子爵は眠り全員規定の睡眠を確保してから話合いとなった。

 出遅れているようだが、本拠地にはガルベージュス公爵が居るので、誰も心配していない。

「別行動を取るのを待っていた」
「二年生の特殊能力を正確に把握している」
「狙いはイデールマイスラ殿下」
 各自の意見を出し合って、議論を続ける ―― 子爵だけは脇で全員の食事作製に勤しんでいた。
「儂は狙われぬはずじゃ! ……なんじゃ! 貴様等、その不服さに満ちあふれた半眼は! 仕方ない説明してやろう。心して聞け! 儂は……その……殺されたところで……替えがきく……からして……」
 言いながらイデールマイスラは俯く。
 そして「なにを言っていらっしゃるのでしょう、この王子さまは」と不服な眼差しを向けていた三人は、話を聞いて完全に可哀相な者を見る眼差しを浮かべた。
「まあ……その……確かに、マルティルディ殿下の婿候補は多数いらっしゃいますが……まあ、お気になさらずに」
 クロントフ侯爵の脳裏には”狂人サズラニックス王子”に”ロヴィニアのエロ事師王子”が浮かんだ。前者はデルシが可愛がっており、後者は皇帝のお気に入り王子。
「アディヅレインディン公爵ではないだろうな。ベル公爵が排除されると”みったん”まで婿候補に躍り出て大変なことになるだろうし」
 ヨルハ公爵はケシュマリスタ系列の婿をざっと思い浮かべて、どれも(酒乱・腰布・結い上げ)マルティルディが好きではないタイプなのでイデールマイスラを排除する命令は出さないであろうと……マルティルディはイデールマイスラも好きではないが「好きになれない」部類がまったく違う。

―― ベル公爵に対する嫌いは内側に、あの三人に対する嫌いは子供っぽく外側に

 ヨルハ公爵はここでイデールマイスラを殺害したほうがマルティルディの精神に良いのでは? と思ったが、実行に移さなかった。
 試験の最中に他属の王族を殺害してしまうと、強制退学と言う名の死刑に処されてしまう。死ぬことは怖くはないヨルハ公爵だが子爵ともっと遊びたいという気持ちが勝り、またデルシに迷惑をかけてはいけないと……間違いなくイデールマイスラの命は吹けば飛ぶような軽さとなっていたのだが、
「ほら、朝飯だ」
「ありがとう! シク」
 子爵によって救われた。
「それに儂を殺すのならば、ガルベージュスと惑星単位で離れている時、例えば帰国した際などに狙われ……」
「そこですよ、イデールマイスラ殿下」
「なんじゃ? カイトフ……スナイパーよ」
 皿に盛られた料理(材料は昨晩子爵が野生化したペットの子孫を捕まえて血抜きしておいた)を口に運んでいたスナイパー伯爵があることに気付いた。
「昨日の彼らですが、あれが本気だとしたら、誰も暗殺できません。研修用に配置されたにしても弱すぎます」
「確かにな。じゃが、あいつらの殺意は本物じゃったぞ!」
「そうなんですよね」
「ちょっと良いか? スナイパー伯爵」
「もちろんですとも、ケーリッヒリラ子爵」
 話を聞いていた子爵は、あることが気になった。
「スナイパー伯爵は二人殺したが、遺体は爆破されたと言ったな」
「はい。ケーリッヒリラ子爵の能力で死体から情報を抜かれることを恐れたのでしょう」
「ということは、知られてはいけない情報がある……ということだな」
「そうでしょうね」
「ベル公爵殿下の殺害、以外に知られてはならない情報なんてあるか?」
「色々あるのではないでしょうか? 黒幕とか首謀者とか、人員とか」
「我が黒幕を見抜いたところで、なにができる? 首謀者もしかりだ」
「……と言いますと?」
「我の能力は公式の能力だが、証拠能力はないに等しい。我の証言だけでは罪を問われることはない。そうだろ? クロントフ侯爵」
 子爵の能力は現場では力を発揮できるが、現場に居ない人間をあぶり出す力ではない。「考えを読み、当事者以外は誰も知らないことを知っている」ことと「虚言」は判断することが難しいので、最初から採用されない。
「はい。相手の考えを読めることは認められていますが、刑事事件などの証拠としては弱いです。物証と合わさるとある程度は威力を発揮しますけれども」
「そっか。シクの能力を恐れて死体を爆破した暗殺者たちが、シクの能力がどのように扱われているか知らない筈ないもんね」

「この場で知られて困る事。それは”真の目的”に他ならないのではないか?」
「この儂の命を隠れ蓑にすると?」

 イデールマイスラの不機嫌極まりない表情に、子爵がトレイを回収しながら謝る。
「でもシクが言っていることが一番しっくり来るよ! ベル公爵が殺害されたら誰が得するか考えて……あれ?」
 ヨルハ公爵は隈が濃い目を大きく見開き停止した。
 先程イデールマイスラ本人が「儂を殺害しても意味はない」とはっきりと言いきり、聞いていたヨルハ公爵を含む四人も納得してしまったので ―― ”真の目的”はそれではない。
「クロントフ! こういう時こそ、お前の大好きな推理小説だ! なんか適当に理論を組み立てるんだ!」
 スナイパー伯爵に詰め寄られるのだが、詰め寄られた方は首を振り拒否する。
「名探偵はパーツが足りなかったり、不確かだったりするうちは絶対に語らないものなんだよ! スナイパー」
「気にするな! お前は名探偵じゃない」
 クロントフ侯爵は迷探偵ではないが、どうやっても名探偵にはなれない ―― 要するに普通探偵。
「ちょっ! スナイパー伯爵! それ私の死亡フラグ! 名探偵以外が推理すると、途中で死ぬんだから!」
「大丈夫だろ。ヨルハ公爵が側にいて、殺されることはまず無い」
 そこでイデールマイスラは合点がいったとばかりに手を叩いた。
「そうじゃ! 儂を殺せるはずがないのじゃ」