君想う・廃惑星編
【05】
人間が働くことができない特殊な鉱山は、坑道の長さは定まっていないが、帝国管理下の民間人雇用鉱山の坑道は最長でも100km。
人間に作業させるためその距離が限界なのだ。
「違法建築でもない限り100km以下です」
地下水がにじみ出す岩肌に囲まれ、水を滴らせている置き去りにされた運搬用のコンベアーの脇を歩く。
真っ暗闇だが子爵たちには関係ない。
「どうして100km以下なんだ? ケーリッヒリラ子爵。私は領地に鉱山がないから」
スナイパー伯爵の問いに、
「あほか貴様」
イデールマイスラが「そんなことも知らぬのか。この馬鹿ものがああ!」という感情を隠さずに割ってはいった。
「射撃に関係ないことなので」
スナイパー伯爵は素直に答えた。彼やクロントフ侯爵は、趣味を前にしたときは無敵だが、それ以外の時は総じて大人しい。
「メンテナンスの関係じゃ。ヨルハが乗って歩いておるこのコンベアー」
通路が狭い……わけではなく”なんか楽しそう”ということで、ヨルハ公爵は打ち棄てられたコンベアーの上を歩いていた。
軋み今にも穴が空いて体が落ちてしまいそうだが、そこはヨルハ公爵。鼻歌を歌いながら華麗に回避して歩いている。
「これらのメンテナンスを人間が行う。人間が行うとなると、換気が必要じゃ。人間は重いものを持てぬからしてteaと呼ばれる重機を使う。teaは破損した際に人間に害が及ばぬよう動力は電気。それもケーブルで得ておる。そのケーブルのメンテナンスも必要じゃ。その他さまざまあるが、このようなことを加味して考えると100km以上になると事故が増えて、人間に作業させるには不向きとなるのじゃ」
未来の国王の夫はあらゆることに精通していなくてはならない。
この知識を生かせるかどうかは別だが――
「あー人間」
「人間仕様かあ」
皇王族の中程に属する二人は、特殊鉱山を管理維持する立場にある。
人間には働くことのできない場所に、全自動の機器を設置したり、メンテナンスをする。帝国上級士官学校に入学できているところからも分かるように、この二人の環境適応能力はずば抜けている。
人間が採掘する鉱石は、人間の生活に使われる、ごくごく昔からあるもので、戦艦などの材質などにはならない。
帝国上級士官学校を卒業した将校たちには直接関係がないので、これらに関する授業はないが、彼らは全てを知っておく必要があるので、自ら学び取れるよう「このような場所」に送り込まれ、サバイバル生活を送るとともにそれらの知識を学ぶのだ。
「そうじゃ……ああ、貴様の説明を奪ってしまって悪かったな、ケーリッヒリラ」
特殊鉱山は家名持ちの伯爵以上の爵位を所持しているものが管理する。よってクロントフ侯爵やスナイパー伯爵は皇帝領の特殊鉱山管理に携わる(スナイパー伯爵ことカイトファラルグ伯爵は管理できる立場にあるが、領地に鉱山が含まれていない)
それ以下の爵位の者は、人間用の鉱山管理を任されるので、子爵の領地に含まれる鉱山はすべて人間用である。
子爵の兄は同じく子爵だが、当主の座を継ぐということで、彼の現在の領地には特殊鉱山も含まれている。
―― シクの両親ってシクのことホントよく理解してるよなー。人間用の鉱山だと、シク一生懸命! 貴族だけの鉱山ならまちがいなく放置して、悪いことしたらパクリだよね
ヨルハ公爵の見立ては正しい。そんな彼は特殊鉱山を所持しているが、管理は他人任せである……のだが、基本原理はスナイパー伯爵よりもしっかりと理解していた。
「いいえ。説明してくださりありがとうございます」
コンベアーの上で糸がほとんど切れた、使い古されたマリオネットのように歩いていたヨルハ公爵が足を止めて、暗闇に向かって指さす。
「あっちに休憩室がある!」
ヨルハ公爵は子爵と一緒に探険が嬉しくて鼻歌を歌っていたわけではない。八割は嬉しさの鼻歌だが、残り二割は反響音で坑道内を探っていたのだ。
「寄っていきますよ」
「もちろん」
「指揮官はケーリッヒリラ子爵だ。なんでも命じてくれ」
「……かまわんぞ(拒否したらヨルハが暴れるかもしれぬしなあ)」
コンベアーから飛び降りたヨルハ公爵は、泥水を気にせずに四人を案内する。辿り着いた先は言った通りに「休憩室」
ドアには鍵はかかっておらず、押すと滑らかに音も立てずに開き、そこから室内が見渡せた。室内はがらくたが多数転がっており、その中から使えそうなものを探し出すことに。
「死体とかないかなー死体ー」
いつだって死体を探しているクロントフ侯爵。
「銃器はないか」
いつだって銃器を探しているスナイパー伯爵。
「シク。賞味期限が切れてない非常食みつけたよ」
上記の二人よりも狂っているが、仕事はできるヨルハ公爵。床板を外し、そこに眠っている閉じ込められた際の非常食を手に取る。
「結構な量残ってるな」
子爵は受け取り膝を折る。相当な量が手付かずのままであった。
「持ち出さんかったのか」
「そのようですね。手間がかかりすぎると判断したのでしょう。これ、幾つか持って行こう」
「了解!」
五人はカロリー表記を確認し、三日分を各々の鞄に突っ込み、またコンベアーが指し示す道を……
「ベル公爵殿下、そっちではなくこっちです」
約一名進むつもりで引き返しかけたが、
「そ、そうか。儂はこの暗く湿った地下道を歩くのが苦手でな」
「そうでしょうね。普通は苦手だとおもいます」
「ケーリッヒリラ子爵の親戚デルヴィアルス公爵家本邸って迷路だらけだと。そんなに迷路だと召使いの死体がどこかに……」
「大変だなあ」
「まあ、結構行方不明になるな。死体回収のアルバイトをしたことは何度かある」
「いいな、シク。我もしてみたい」
「構わんが」
暗闇の中でも方向感覚を失わない子爵の導きにより、無事彼らは坑道を抜けた。外気の冷たさと、星明かりの眩しさに全員空を仰ぎ見る。
寄り道を繰り返したので、坑道を抜けた時はすでに夜になっていた。
「直線距離では50km程度ですから、時差もないようです」
歩幅から距離を割り出していた子爵が、時計の文字盤を見ながら言いきる。ガルベージュス公爵から子爵と同じようにして距離を測るよう言われていたイデールマイスラだが、途中繰り返される寄り道と、スナイパー伯爵の戯れ言、クロントフ侯爵の熱い死体語りに気付けば測りそびれてしまった。
イデールマイスラも頭では分かっているし、一人無言のままならばできたが、脇が煩くまっすぐに目的地へと行けなかったので測れなかったのだ。
……と言ったところで、脇の引率指揮官がしっかりと測っているので、それは全て言い訳にしかならない。
子爵の場合、いかなる状況下でも歩数で距離が測れないと死ぬので――
坑道を出て少しばかり進むと、眼下に住宅街が広がっていた。
「鉱山従事者の住宅のようだな」
どこかの家に入り休もうと子爵が提案し、全員斜面を滑り降り、住宅街を目指した。ほとんどの家の壁に「さようなら!」「ありがとう!」「さみしいよ!」などと書かれ、別れを惜しんだ跡があった。
子爵たちは手近な家の窓を外し、中へと入り込み、内側から家の鍵を外しつつ室内を確認し、安全を確認してから荷物を置き、さきほど手に入れた非常食を食べながら”これから”について話合う。
「はーい! はーい! 夜の探索に行きたい!」
ヨルハ公爵が手を上げて、首をがくがくと言わせる。
―― この”なり”を見たら拒否できんじゃろうが
普通にしていてもアレな容姿が、ますます危険な雰囲気を醸し出し、腕力で制圧できない四人はその提案に従うしかない……
「そのつもりだった。ベル公爵殿下とスナイパー伯爵、ヴァレンとクロントフ侯爵が組み、絶対に二人一組で行動すること。我は拠点の此処に待機している。調査時間は三時間。必ず帰ってくるように」
イデールマイスラとしては子爵と組みたかったのだが、考えてみれば拠点に自分や子爵以外を残した場合、ヨルハ公爵はともかくスナイパー伯爵とクロントフ侯爵がまともに守っていられる気がしない。自分一人で拠点待機は能力的にはできるのだが、身分が王子なので単身待機は許可されることはない。
「ケーリッヒリラ子爵、一人で大丈夫?」
クロントフ侯爵が尋ねると、子爵は自分が残っても大丈夫な理由を大雑把に説明した。
「我は荷物を放棄して逃げれば、余程の相手でもない限り逃げ切れる。相手がヴァレンクラスだったら無理だがな。それになにかあった場合、ヴァレンが気付いてくれるだろうし、スナイパー伯爵も直ぐに援護してくれるだろうから」
「任せておけ! ケーリッヒリラ子爵」
覚悟を決めて喧しいスナイパー伯爵と共に、イデールマイスラは探索へと向かった。
一人残った子爵は四人が帰ってきたら眠れるように支度をし、明日の朝食の下ごしらえをしつつ、これからの調査方法に考えを巡らせていた。
イデールマイスラは黙っていれば涼しげな美形だが中身は喧しく鬱陶しいという、皇王族そのもののスナイパー伯爵と共に住宅を一軒一軒見て回っていた。
ヨルハ公爵は探索と簡単に言ったが、探索をしたことのないイデールマイスラとスナイパー伯爵は、見て回るのが精一杯であった。
子爵に「探索とはどのようなことをするのか?」を聞けば良かったのだが、そこはイデールマイスラ。知らないと言えず、スナイパー伯爵が知っていたら任せようと消極的に出て、この有様である。
スナイパー伯爵が聞かなかったのは、
「どうしてお主、知らぬとケーリッヒリラに言わなかったのじゃ」
「イデールマイスラ殿下がご存じだと。鉱山のことなんかも知ってたんで、常識ある方だとおもいまして」
イデールマイスラを信用したからだ。
特殊鉱山と普通鉱山の違いについてイデールマイスラが答えていなければ、スナイパー伯爵は子爵に探索方法を聞いていた。だがイデールマイスラが殊の外冷静で物知りに見えたので、信用してしまったのだ。
イデールマイスラの容姿は黙っていると、それはそれは知的に見える ――
そのような状態で二人は廃墟となった住宅を、取り敢えず見て回っていたのだが……ふと、誰かが自分たちを見ていることに気付いた。
覚えのない視線。
二人は互いに目配せして、気付いていない素振りで次の家へと侵入を試みる。入り口扉に手をかけた時、イデールマイスラは悪寒を感じた。
振り返ると自分達の背後に、刃物を持ち顔を隠した何者かが近付いてきていた。
「カイトファラルグ!」
咄嗟にスナイパー伯爵の本当の爵位名を叫び、彼の髪を引っぱりながら敵に応戦する。
―― これほど近付かれるまで気付かなかった?
イデールマイスラは相手が自分たちよりも技量があると判断し、攻撃をかわしつつ逃げることにした。
「逃げるぞ! カイトファラルグ」
「私はスナイ……」
「黙らんかい!」
家の屋根に飛び乗り、子爵がいる方向へと引き返す。
強さならばイデールマイスラのほうが優れているが、実戦経験となると子爵のほうがはるかに上。
全速力で逃げながら、
「研修用に配置された人……ではなさそうだ」
「聞いたことないわい!」
これが「研修をより難しくするために配置された人々」ではないかとスナイパー伯爵は疑った。
「でも強いぞ。これ程となると軍人だと考えたほうが」
「そうじゃが! 振り切れんか!」
敵に追いつかれるのも時間の問題となり、イデールマイスラは足を止めて相手に向き直った。同時にスナイパー伯爵も向き直る。
「お主、白兵戦の自信は?」
「ありません!」
「……」
「さっきケーリッヒリラ子爵が言ってたでしょう”スナイパー伯爵も直ぐに援護してくれるだろうから”って。私は遠距離でその実力を発揮しますが近距離はまるで駄目!」
ガルベージュス公爵を思わせる、凶悪なまでに良い笑顔で言いきったスナイパー伯爵を前に、イデールマイスラは少々意識が遠退いた。
だが敵はそんなことは考慮してくれない。
「貴様等何者じゃ!」
近付き二人を取り囲む、大勢の人影。
二人は背中を合わせて敵の出方を窺った。
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