「さて、この惑星についてですが、私とクロントフ侯爵の見立てでは6321884と判断しました。他にも観測している方もいましたが、皆さんはどうでしたか?」
”廃惑星番号6321884”と導き出した者もいれば、違うという者たちもいた。
「では話合いましょう」
違うといった者たちも、ガルベージュス公爵の判断が正しいとは思うが、どうしてそう考えたのか? については詳しく聞きたい。
この場所がどこなのかを正しく知るのは、とても重要なことなのだ。
「まずはクロントフ侯爵、お願いします」
「解りました。まず前提。私はガルベージュス公爵のように、帝星の廃惑星を網羅してきたわけではありません。私は”あたり”をつけました。私たちに犯罪捜
査をさせ、その結果をにより逮捕するために、移住者たちを管理しているのですから、当然犯罪者は生きていたほうがいい。となると数十年前に破棄されたものは除外しても良いと思うのです。それどころか、十年以内と絞ったほうが良いと。犯罪を立証するには証人が必要ですし、記憶はすぐに薄れてゆきます。ですからこの廃惑星に犯罪の痕跡があるなしに関わらず、いま私たちは”あった”という前提の元に動くのですから、証人を得ることも前提になっています……」
クロントフ侯爵の判断は”警察寄り”……どちらかというと、迷宮入り事件寄りで判断を下した。
ガルベージュス公爵の判断はというと――
「まず第一に時間です。わたくしたちは二十五時間で動いています」
生徒全員に時計が配られている。
帝星が二十五時間なので、一日はあくまでも二十五時間でカウントされる。
「この惑星は、さほど時差がないようです」
帝星よりもマイナス十時間や、プラス十五時間などは記憶に残りやすいので、割出されやすい。
「そして昨日鉱山内を調べましたら、機器が現在帝国で使用されている物と”ほぼ”同じです。ですがもう出回っていません。二年前に改良されましたから。こ
の機器が帝国の採掘場に配置されたのは十年前から。十年前に配置されて、九年前に廃惑星――などと言うことは考えられません。設置した機器の料金と、この
鉱山で取れる鉱石の価値を考えると、最低六年は稼働しないと元は取れません。ですから四年から一年前に絞りました。あとクロントフ侯爵と同じく、はその間
に廃惑星になった惑星から見える恒星を確認したのです」
結果、ここは廃惑星番号6321884――全員が納得する。
さて、納得したまでは良いが、この惑星の基本情報は未だに解っていない。ガルベージュス公爵も覚えてきたが、それは廃惑星情報のみ。
廃惑星は惑星であったころの詳細は記載されていない。
なので彼らはとある惑星にいることは解っても、惑星のどこにいるのかははっきりしていない。
「ある程度、狙いを定めることはできましたがね」
昼食前に役割分担を決め、食後各自動くことになる。
「イデールマイスラ、なに変な顔をしているのですか?」
総司令であるガルベージュス公爵はここに残る。そしてイデールマイスラは、
「リスカートーフォンの貴族に従うのが……」
子爵が指揮する隊に入り、地下坑道の捜索を行う。
「ケーリッヒリラ子爵は人に物を教えるのが上手です、彼以上に貴方に上手に教えられる人はいません。彼は帝国士官学校の教官が向いているのではないかと、教官たちに専らの評判ですし、わたくしもそう思います」
帝国”上級”士官学校の教官ではなく、帝国士官学校の教官なあたり、教官たちはよく見ている。
おそらく子爵はこのまま帝国が続いていたら、教官たちが言った通りになるか、王国の教官になるか、もしくは士官学校を目指す貴族の家庭教師になるか――最終的にはそんな人生を歩んでいたことだろう。
「エディルキュレセ」
総司令ガルベージュス公爵の命により、先遣部隊を率いることになり、準備をしている子爵の元に、もぎたてオレンジで作ったジュースを手にメディオンが近付いてきた。
「メディオン。ベル公爵殿下のことは……任せておけとは言わないが、しっかりとお仕えするから。まあ、我では足りないところだらけだろうがな」
「いや、その……おう! 大丈夫じゃ、お主ならな。その、行く前にこのオレンジジュースを飲んでいけ」
ザイオンレヴィの歌声で成長したオレンジをもぎ取り、エシュゼオーン大公と共に絞ったメディオンお手製。
エシュゼオーン大公が「ベル公爵殿下に指示を出すってことで、緊張しているかもしれませんから。ほら、ここはメディオンが上手くとりなさないと」と背中を押し、ジュースを持って行くように教えてくれた。
「ありがたい」
子爵は手渡されたオレンジジュースを飲み干して、グラスを返す。
「美味しかった」
「そ、そうか。戻ってきたら、また作るからな」
「楽しみにしている」
死亡フラグになりそうな台詞を残し、子爵は荷物を背負って、先遣部隊として地下へと降りた。
**********
「シクと一緒!」
子爵と一緒だと機嫌がよく、あまり狂わないヨルハ公爵。
「お主は楽しそうじゃな、ヨルハ」
”命令に従いなさいよ。ケーリッヒリラ子爵が貴方に命令するということは、相当なことですからね! あと歩数で距離計るように”とガルベージュス公爵に言われたイデールマイスラ。
「射貫く時は教えてくれ」
スナイパー伯爵……基、カイトファラルグ伯爵。
荷物に食料が入っていないいないことを指摘され、しぶしぶ銃器を三セット地上に置いてやってきた人。
「地下に死体とか隠されてるかなあ、隠されてるといいなあ。事故死じゃない死体があったら、幸せだなあ」
非常に不謹慎なことを言っているが、この類の人に、それを言っても始まらないクロントフ侯爵の計五名。
個性の強い面々と地味な子爵 ――
「ケーリッヒリラ子爵なら、あの四人を上手にまとめて、次の拠点を見つけてくれることでしょう」
拠点に残ったガルベージュス公爵は、そう言いながらメディオンと一緒に例の濾過器を通り池に溜められた水で洗濯をしていた。
メディオンは最初酷い顔をしたが、軍人であり戦争に赴くこともあり……と葛藤を繰り返して、覚悟を決めてその水で洗濯を開始。
「そうじゃとは思うがのう……のう、ガルベージュス公爵」
きれいだと解っていても、感情がなかなか納得しないなか頑張る。
「なんですか?」
メディオンはこの状況下に置ける特技がないので、雑事全般を受け持つことになった。この雑事、重要な役割であり、重労働であり、終わることのない仕事の繰り返し。
「お主等、このような生活に馴染めているようじゃが……エヴェドリットが馴染むのはなんとなく解るのじゃが、お主等はどうして?」
洗濯をし、食糧調達と保存加工。掃除に飲み水の確保。単純そうに見えるが、五十人で二百人分の生活基盤を支えるのは、なかなかに大変である。
「わたくし達は、幼稚舎でカロシニア公爵殿下より習いました」
皇王族の幼児を集めて、デルシがサバイバルについて実践講義。
「そりゃあ、大変じゃったろうなあ」
メディオンの”大変じゃったろうなあ”はデルシに対して。
十歳を超えて分別ができても”この状態”では、無分別であった二歳から五歳くらいまでは酷かったであろうと。
騒ぎに騒いでデルシに迷惑をかけたのだろうと。
「ええ、大変でした」
ガルベージュス公爵の答えは自分たちがデルシに教えられて大変であったと。サバイバル講義中のデルシはエヴェドリット。
皇王族たちの扱いもエヴェドリットのそれで、ガルベージュス公爵たちは”結構”苦労した。
「そうじゃろうなあ」
「そうでしたとも」
あまり会話がかみ合っていないが、もともとかみ合わないことばかりなので、然程問題にはならない。
「えっと……暇だねクレッシェッテンバティウ」
「暇って言っちゃ駄目ですよ、ザイオンレヴィ」
司令官のガルベージュス公爵がメディオンと洗濯をしている時、副司令官に任命されたザイオンレヴィは、昨日廃材を組み合わせて作られた、座り心地が非常に悪い司令席に座っていた。
その隣には紅顔の伝令ジベルボート伯爵。
司令席には誰かがいなくては、問題が起こった際に対応できないので、必ず誰かが居る必要がある。
ザイオンレヴィが副司令に選ばれたのは、こうして代理で座ったまま、植物を育成できるので選ばれた。
座ったままサバイバル下で食糧を得られる者は、そうそういない。
「地下に入ったケーリッヒリラ子爵たち、大丈夫かなあ」
「どうでしょうね……シクは一人で行きたかったんじゃないかなあ……とは思いますけれど」
「まあね。精々連れていってもいいのは、ヨルハ公爵だよね」
「ですよね……でも、ベル公爵殿下にも指示を出して従わせられたら、両者共々高得点でしょうし」
指揮官と決まった子爵が、部下である王子に遠慮せずに指示を出せるか?
貴族指揮官の指示に、気位の高い王子が従えるか?
この試験はそのような立場や性質も考えて採点される。
「そうだね……ところで、僕、植物育てているだけで点数取れるのかな?」
「大丈夫だと思いますよ」
そんなことを話している二人のところに、システム復元を担当しているゾフィアーネ大公が戻って来た。
「どうしました? ゾフィアーネ大公」
「ガルベージュス公爵を呼んできてくれるかな? ジベルボート伯爵」
「分かりました! ちょっとお待ちください」
ジベルボート伯爵は与えられた仕事を丁寧に、そして笑顔でこなす。
メディオンと洗濯の仕上げである”脱水”を行っているところであった。
「ガルベージュス公爵! 洗濯物振り回しているところ済みません! ゾフィアーネ大公が来て欲しいそうです!」
空に飛んで行きそうなほどに服を振り回しているその姿。
「そうですか。リュティト伯爵、あとは頼みます」
「おう! 儂に任せておくのじゃ!」
メディオンは残った山のような洗濯物に少々たじろいだが、それは内心だけに留め、ガルベージュス公爵を見送った。
「メディオンさん。伝令を誰かに任せて、僕がお手伝いします! ちょっと待っててくださいね!」
メディオンが埋もれてしまいそうな洗濯物の量に、ジベルボート伯爵は告げ、伝令を代わってくれる人を捜しに向かった。
「700回ですか」
「はい確認できただけで700回です」
ゾフィアーネ大公に呼ばれたガルベージュス公爵は、何ごとですか? と尋ねたところ、システムの記録媒体に700回消去と上書きがなされていると告げてきた。
消去と上書きで重要な記録を消すのは珍しいことではない。
「最低700回ということですね」
「そうです」
ガルベージュス公爵たちが【ここにある】情報設備を当てにせず、最初に星の位置などからこの場所を割出したのは、偽の情報に惑わされないようにするためであった。
「もっと周囲の情報が欲しいですか?」
「欲しいですね」
どの情報が正しいのかを選別するためには、記録されていない情報が必要になってくる。
「イデールマイスラが戻って来るまで待って下さい」
「殿下の帰還ですか?」
「はい。ケーリッヒリラ子爵のことです。重要な情報を持たせてすぐにイデールマイスラを帰還させることでしょう」
「……そうですね。それまで私は」
「ケディンベシュアム公爵と一緒に行動してください。刺客が放たれないという保証はないので」
学校の授業だが、不測の事態も充分に考えられる。講師陣が防ぎきれなかったり、前もって情報を得て、先に刺客を潜ませていることも充分にあり得るのだ。
「かしこまりました。ちなみに今、彼女はなにを?」
今回はエルエデスだが、このような状況は珍しいものではない。
なにせ帝国上級士官学校には皇太子が在籍する。その際、他の皇位継承権を持つものがその地位を奪おうと刺客を放つことは、ままあること。
「ヒレイディシャ男爵と共に、テントのメンテナンスを行っています」
彼らは将来、そのような立場の皇太子を守ることもあれば、同じように皇帝を守ることもある。
「では私も一緒にメンテナンスして参ります」
よってケディンベシュアム公爵を守る事は、非常に役立つ。
とくにガニュメデイーロは、単身皇帝の側に控えることが多く、それらに対応する様々な技術を学ぶ必要がある。
**********
「地下炭坑! 廃坑道! シクと一緒に探険! 探険! シーク、シーク」
「鼠とかいないのか! 撃つぜ! 指を一本ずつ撃ち抜いてやるぜ!」
「屍蝋とかないのかなあ」
先遣部隊に選ばれた三人は、気分よく、好き勝手なことを叫びながら、子爵の後ろを素直について歩いていた。
「………………ケーリッヒリラ」
子爵の隣にいたイデールマイスラが”黙らせなくていいのか? いや、黙らせろ”と言いかけるも、
「我慢していただきたい。あれは喋っているうちは暴走しないので」
指揮官の子爵にそう言われて、渋い顔をして頷いた。
イデールマイスラ、初の他貴族部下生活――