ビルトニアの女
邂逅【5】
 翌朝、多くの人々は一睡も出来ずに夜を明かした。好んで一睡もしなかったのではなく恐怖で寝られなかったのだ。
 朝が来て恐怖は一応去ったが、壊れた町が都合よく全て復元するわけでもない。途方にくれている人々もいれば、この状況を作った相手に対して怒りを覚える者もいる。
 そして多くの者の怒りは “操られ” ていた。彼らが怒りの矛先を向け詰寄っているのは自国の国王と、その庇護下にあるトルトリア王女だった女性。
 国王以下、国の重鎮が住んでいる邸に人々が集まり批難の声を上げている。その集団と無傷で残った軍はにらみ合っている状態。
 怒りを向けられても可笑しくはない男に矛先が向かわなかった理由は簡単な事。セツとチトーが夜半から始めた喧嘩としか思えない話し合いの中で、レクトリトアードという男を助ける事に合意した。二人とも彼に恩を売るつもりなどない、彼 “程度” ならば二人は権力によって従わせる事ができる。
 だが、彼の目的と経歴から、二人は彼を救うことにした。経歴と目的、ドロテア。
 チトーはドロテアの機嫌を取る為に、セツはアレクスの希望を聞き入れてのことである。半から部下を使い、この状況に陥った理由をある事ない事混ぜて噂として流す。
 大陸で一、二を争っている策謀家が共謀して流した噂を前に、悲劇の男装王女様と肢体を失った国王は沈黙以外の手段を思いつく事ができず、邸の中で嵐が収まるのをただ待つだけであった。
 ドロテアは二人が噂を流した事くらいは知っている。そして、
「俺の過去を流せば怒りの矛先は絶対向かってこねえからな。俺一人でも出来た事をわざわざ手間隙かけてやってくれて、ありがたいとでも言えばいいのか? 言いはしねえけどよ」
「お前から感謝の言葉など受け取ったら、後で何があるか解ったものではない」
 ドロテアが今居るのはエド正教の教会なので、チトーは居ない。
 チトーは近くの邸を借りて、これから全く悪びれもせずマクシミリアンに会いに行く予定だと、セツは笑いを含んだ声で告げた。
「お前だって、噂流した後にマクシミリアンに会いに行くのなんざ平気だろ」
「当たり前だ。そんな事を気にしていたら生きていけぬ世界だ。さて、これから俺はエルセン王国の聖職者達と面談してくる」
「右往左往してるだけのバカ共か。ここはバレア大僧正が派遣されてたな。まぁ、精々信者を増やす活動やら、教会を直す為の寄付の募り方や、傷の治療とその料金を定めたりしてくりゃいいだろ」
「言われなくても。法王は此処にいる事になっているが、勝手に抜け出している。貴様の事だ、気付いているだろうが」
 早く行けとばかりにセツを追い出した後、ドロテアは立ち上がりレクトリトアードの部屋へと向かう。
 因みにヒルダは、エド正教徒信者を増やす為の活動の一環である炊き出しに、マリアも一応聖騎士だからとヒルダとともに出て行った。
 ドロテアの過去を噂に乗せれば、怒りの矛先は向かってこない。
 アレクスはセツが言った通り、既に部屋にはいない。道中、どうやって持ってきたのかは不明だが、お得意の吟遊詩人の格好をして。そしてエルストは『多分残ってると思うから』という事で、盗賊の寄り合いへ。
 軋む廊下を蹴るように早足で歩き、ノックすると同時に扉を開けて
「お前は出るなよ、レイ」
「ああ」
 噂が捻じ曲げられて身の危険は脱したとは言え、恨みを持っている者がいなくなったわけではない。
 持っている者が集団で襲い掛かって来た所で相手ではないのだが。
「ま、他人から見れば最悪な所業だが、礼を言っておこうか。一応助かったぜ。俺が本気になりゃ、こんなもんじゃあ済まないから、町の中の奴らにとっちゃあ幸いだったんだが、それを言い含めるのは時間が掛かるな。で、お前本当に親衛隊辞めてきたのか?」
 マシューナル王国親衛隊長のまま此処に攻め入って来た場合は色々と問題はある。だが、昨晩訪ねたところ、レクトリトアードは本当に辞職してきたと言った。
 正確には『オーヴァート卿が……辞めていいぞ……と』だったが、辞めたことだけは確かだった。
「元々、それ程……別に興味なかった……というか、うん」
「相変わらず要領悪いってか。そう言やぁ、セツに腕を捕まれて動きを止めたが、あの時本気だったのか?」
 剣を振り上げ、本気でマクシミリアンを殺そうとしているように見えたのだが “止められた” 本気でなかったのならば解るが、本気であったのだとしたらセツの力はレクトリトアードと同等、もしくはそれ以上ということになる。そんな人間は滅多に居ないはずなのだが、レクトリトアードは深く頷き、
「本気だったから、驚いた。生まれて初めて……だと思う。あの枢機、最高枢機卿は強いな」
 自分の掌を見ながら、心からの感心を込めて言った。ドロテアは立ち上がり、ポットから茶を注ぎ淹れ差し出し、
「似たような種族だと思うぞ。恐らく……飲めよ」
 差し出されたカップを受け取り、それを両手で包むように持ちながら小さな声で “そうか……” と呟く。
「それでお前この先どうするつもりだ? 公職には付けねえだろうが、何かしてえなら、元凶のオーヴァートにどうにかさせるぜ」
 茶の香りと教会の香油が混じった空気の中、漠然とした時間が流れる。その時間がしばらく続くかと思われたのだが、
「……! ドロテア!」
 その気配を先に感じ取ったのはレクトリトアード。
「空を飛んでくる魔物のようなものが、ここに向かっている……ように思える」
 言われたドロテアは立ち上がり精神を集中してみるが、何せ周辺にはアレクスもセツも居る。おまけに傍にはオーヴァートから渡された剣に力を込め始めたレクトリトアードまで。これは鍛錬や努力ではどうにも出来ない能力の差、ドロテアの力では何が来ているのか? そもそも此処に何かが向かっているのかどうか? それすらも全く解らない状態だ。
「飛行系の魔物か? 剣持って付いて来い」
 その言葉にレクトリトアードは無言で頷き、ドロテアは勢い良く扉を開けた。
 不必要な程に強く、叩きつけられるに開かれた扉の音に、廊下で教会の警備に当たっている、聖騎士の二人が驚き二人を凝視する。
「あ、あの?」
「魔物が来る。配置に付くなり隠れるなりしやがれ。法王は既に最高枢機卿が連れて行って、保護している」
 それだけ言うと、脇目もふらずに二人は教会から出て大通りにでた。
 ドロテアとレクトリトアードの姿を見ただけで、人々は驚き逃げる者もいれば、此方に強い視線を向けてくる者もいるが、お構いなし。
 外に出た所でドロテアにも敵を感知する事ができた。むしろ感知せざるを得ない状態。
「数が尋常じゃねえぞ、おい」
 三人の力のヴェールの内側に居ても、感知魔法をある程度使える人間ならば誰でも出来る程の敵の数。
「何が来た? いや、何が目的だ? この魔物の集団」
 おぼろげに感じる魔物の統制の取れた動きに、ドロテアの目つきが険しくなる。それを感じた後、早足で城前広場 “だった” 場所まで移動した。そこはエド正教徒が『レクトリトアードという人災』の被害にあった人達に炊き出しをしている場所だったのだが、
「片付やがれ! 魔物が来るぞ!」
 その言葉に、器を取り落とす者や顔を見合わせる者が続出、そんな中、
「魔物って、どんなのですか?」
 手伝いを即座に中断したヒルダが姉のところに駆け寄ってきて、いつもと変わらない口調で状況を尋ねてきた。
「恐らく、竜騎士(ドラグーン)だ。人間の形状に近い二足歩行も飛行も可能な、腕力に長け魔法防御に優れている。救いがあるとしたら、魔法は使えない事だろう、この感触じゃあ火吐くけどな。……お前の粗悪品がたくさんって所だろうな、レイ」
 最大の危機を周囲に向けて皮肉って言ったのだが、
「俺の粗悪品なら怖いことないだろう」
 比較対象にされた、全く脅威ではないと思い込んだ。
「充分脅威だと思うが。奴らの狙いが何かは知らねえが、高みの見物といこうじゃねえか」
 その言葉に剣を持って付いてきたレクトリトアードは、人差し指を立てて口をパクパクさせた。
「……た、助けるとか、そういう……のじゃないのか?」
 あまりに驚いているレクトリトアードを斜め下から見上げているヒルダは『まあ、姉さんですからねえ。そんな驚く程のことじゃあないような。でも普通はびっくりするかな?』その程度。
「何で俺が、わざわざ勇者様が溢れんばかりにいらっしゃって、憎たらしい国王陛下がお住まいの、由緒正しいお国をお助けしなけりゃならねえんだよ」
 そのしゃべり方に、レクトリトアードは、
「そうか……昔、何かあったのか?」
 剣を持っていた手から力を抜きつつ尋ねる。
 『レイから尋ねてくるなんて珍しいな』そう思いつつ、ドロテアは口を開いた。
「昔な、この国の王様がよ、別の国の王に “国寄越せ” って言いやがった。俺はその別の国の国王の女だったから、そいつに力を貸す事にした。貸すたって当時の俺にあるもんなんてのは、顔と身体くらいのモンだ。それでオーヴァートに取り入って、国を取られそうだった男を救った。マクシミリアンが居なけりゃ、今頃俺は王妃やってたかも知れねえな! 俺が王妃やってたら、この国も安泰だったってのによ! 馬鹿が!」
 大声で、レクトリトアード以外にも聞こえるようにドロテアは言う。
 食料を受け取りに来ていた者達の中にも “それ” が何をさしているのか見当が付く者が大勢いたようで、ひそひそ言いながら、波が引くように城前広場から人がいなくなった。
「人がいなくなって清々したな」
 人が引いた後、ヒルダは後片付けに向かった。魔物が襲来し、せっかくの作った料理が食べられなくなる事を恐れて……恐れる部分が違うような気がするのだが、若き司祭にとってはそれが何よりも重要だった。
「……王妃になるつもりだったのか?」
「まさか。国王なんざ興味はねえ」
「……だよな」
 皇帝をも捨てた女が、王妃になりたいなど言うはずがないと。
「さあて、エルセン国軍と勇者様達のお出ましだ。ほう? マクシミリアンも出てきたか。特に役立ちそうでもねえが」
 ただ、この状況下で隠れているわけにも行かない。
 前日の事態から引き起こされた危機を回避する為には、国の支配者としては矢面に立つ必要がある。
「ドロテア」
 その悲壮な面持ちの国王を控えめながら指差して、レクトリトアードは言った。
「何だ?」
「あのエルセン国王は、俺に似た種族じゃないのか? 顔立ちなどではなく、その……その。王族と似ているというのも烏滸がましいが……」
 エルセン王国はハルベルト=エルセンの血筋。
 その出だしは皇帝アデライドが作った亜種、基本的にはレクトリトアードと同じ。“性能” の高さならば今はレクトリトアードのほうが断然上だ。
「似てた、かも知れねえが、今じゃあ似ても似つかねえよ。どうした?」
 尤も、ハルベルト=エルセンであったとしてもレクトリトアードに勝てたかどうかは解らない。
「何となく、気になった」
 火のレクトリトアード。それは攻撃力に特化した亜種であり、水の力を主体としていた剣聖ハルベルト=エルセンでもその攻撃力は届くかどうか?
「気になった……ねえ」

『解るヤツには解るモンなんだな。でも、歴代国王の手や足が生えてきたって聞かねえよな……もしかしてその能力って、長女の方が持ってたのか? なわけネエか、それだったら長女の方に譲るだろうし。そもそも、ハルベルトのヤツは損失した手足やら何やら生えてきたのか? ……考えても仕方ねえか』

 全く何もしないドロテアと、ドロテアが何もしないので何もしない何時もの面々と、
『他国で他国の軍を出し抜いて戦うのは失礼だろう』
 と、全く何もしない最高枢機卿と、その場に共にいる法王。
『部隊が海戦用なので』
 そう言って全く協力しない司祭閣下と、
「こんな勇者じゃ、世界の片隅すら救えないんじゃないの?」
 全く役に立たない勇者達。倒れてゆくエルセンの先鋭部隊を見ながらマリアが呟いた。
 集団で来襲竜騎士に歯が立たず、紙切れかなにかのように引き裂かれてゆく公認勇者達を眺めながら、それ以外の言葉は出てこなかった。
 彼らが倒そうとしていた魔王はこの竜騎士よりもはるかに強い……筈だ。今マリアの隣にいる、凶悪なる美女が瞬殺したが、おそらく強かった筈だ。強くなければあまりにも可哀想だと、マリアは思った。そして、マリアの想像は当たっている。
 魔王の方が強かった、そして竜騎士達は持てる能力の半分も使えないでいる。
「まあな。こいつらに救ってもらおうなんて、思った事もねえがよ。それにしても一体何をしに来やがったんだ? 竜騎士共。何も俺がいる時に来なくてもいいだろうがよ」
 ドロテア達がこれほど悠長にしていられるのは、竜騎士は無作為に人を襲わない為だ。隠れて身動き一つ取れないでいる市民などには一切攻撃を加えず、襲い掛かってきた “勇者” だけを殺害している。
 頭上からの攻撃に成す術なく頭を引き裂かれて倒れてゆく勇者達と、その有様に顔を土気色にして震え出し、剣すらまともに持っていられないゲルトルート。
「どうしたぁ? ホフレ様よぉ。トルトリアが滅んだ時はこんなもんじゃ無かったぜ」
 言いながら転がってきた目玉を蹴り戻すドロテアの視線を真っ向から受ける。
「別に、どうでも良いことだが。だが、この程度で顔色失ってちゃあな。ドレス着てベッドの下に隠れてる方がお似合いだぜ、ホフレ様」
 そう言われ、何かを言い返そうとしたゲルトルートだがドロテアの手に制され、その後再び耳に入ってきた断末魔を前に体を硬直させ声を失った。
 ゲルトルートの隣に立っているのが姿勢正しい騎士ならば、ドロテアの隣に立っているのは姿勢も何も正しくない、無精髭まではやした状態のエルスト。一体今まで、どこで何をしていたのか、全く持って不明の男は愛も変わらずのんびりと、彼等を観察していた。
「吸血大公の時と似てるね。何か統率がとれてるようで」
 魔物に自ら進んで攻撃するような男ではないエルストは、黙って竜騎士達を見ていた。黙ってみていられる状況だったのだ。
 統率が取れている彼等は、無闇に人に襲い掛かっては来ない。黙っていれば無傷のままやり過ごす事が出来そうな状態。
 それは恐らく、竜騎士達の目的は破壊ではなく『別の何かを探している』為。それを彼らは発見できないでいる。
 理由は間違いなく、此処にアレクスが存在するせい。法王は何もしてない素振りを見せながら、竜騎士達の能力を封じていた、無論全てではなく竜騎士が己の力を封じられている方に気づかれない程度に。竜騎士の多種多様で強力な能力もフェールセンの支配能力の前では、その全てを発揮することはできない。
 竜騎士は本来の能力の半分程度で戦っているのだから、それに勝てない勇者など存在する価値すらないのかも知れない。
 むしろこうやって、王国首都を守って “死ねた” だけマシだろう。
 黙っていればそのうち撤退するか? 望みは何なのか? ドロテアにとっては、正直どうでも良いことだ。竜騎士の望みなどドロテアの知った事ではない。
「まあな。そう言えば、何か面白い情報でもあったか? エルスト」
 ただ、無謀にもここまで出てきた王様が戦死するのは避けたかった。むしろ避けさせたかった。
 好き嫌いを抜きにして。いや、嫌いだからこそ生かしておく方が、感情的に近いだろう。
「そうだね、エルセンの石工の息子の盗賊ビシュア。彼の情婦が死んだってさ、三週間くらい前。彼女を弔ってから、ビシュアは一人で首都を出て行ったそうだよ。行き先は不明らしいけれど、ホレイル辺りにいったんじゃないかな。神の社に向かうには神の残酷さを目の当たりにし過ぎ、マシューナルに来るには彼女の事を思い出させる人がいる可能性が高いから」
 つい三ヶ月間程に “再会” した相手の最後。
「……そうか。長生きしたな、直ぐ死ぬかと思ってたんだけどよ。いい最後だったんじゃねえか? リリス。死ぬのに良いも悪いもねえが、少なくとも野ざらしよりはマシだろう……さて、マクシミリアンでも助けてやるか。 “そいつ” に死なれると “あいつ” が困るんでな」

“そいつ” はマクシミリアン四世
“あいつ” はフレデリック三世

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 マクシミリアン四世は、パーパピルス王国の王位継承権を叫んだ事があった。今から十一年前の事。
 王妃の子であったカルロス二世が死去し、愛人の子であったフレデリック三世が即位した事から、彼は自分の方が正統だと叫んだ。
 彼、マクシミリアン四世の領土欲は、欠損した両手足を購うための物だと言う者もいるが、狙われた方はたまったものではない。
 彼の両手足がない事に関して、フレデリック三世は何の責任もなければ、落ち度もないのだから。
 彼のその欠損を満たす為に、フレデリック三世が玉座から引き摺り下ろされ、命を絶たれる理由はない。
 愛人の子の即位を嫌った貴族も多数いた。フレデリック三世が “帝王学” を学んでいないなど理由をつけて。
 貴族の多くが日和見、そして表立って声を上げるのは親エルセン派。
 それを覆す事は、パーパピルス国内のフレデリック三世に従っている者だけでは無理であった。
 フレデリック三世は玉座から遠い場所にいた男だ。自分自身国王になるなど思ってもおらず、王学府で学び、王学府内に異国人の恋人がいた。
その恋人は、
『マクシミリアン四世の乾いた心とやらを潤わせるのが、お前の血である必要はねえ』
 そう言い残し、彼を生かす手段の一つとなった。
 フレデリック三世の下を離れ “懇願してくれ” と頼まれた女は、後に大寵妃になる。

 パーパピルス国王がその座についていられた理由、それはドロテア。

 マクシミリアン四世の父親の母はパーパピルス王女。これが元で彼は王位を叫んだ。
 フレデリック三世の父親の母はエルセン王女。それが意味する物は、エルセン王位。
 交錯した血統同士。そしてマクシミリアン四世の後継血統が途絶えるのは公然の秘密。かつてフレデリック三世を排除しようとしたエルセン貴族は焦りだした。
 フレデリック三世に王女を作ってもらい、それをオットーの妻にしてエルセンをオットーが継ぐ。
 それがエルセン貴族の出した答え。
 だが、彼にはその手段ともなる王妃がいない。彼が王妃と求めた女はすでに別の男の妻。
 その女以外王妃にしないと、彼は叫ぶ。かつての大寵妃、それは昔の己の恋人。国の為にと説得しても彼は言い放つ『俺は国王になる教育は受けていない。不適切と思うならば、退位させろ!』その頑ななまでの態度、だが彼は国王としては有能だった。自分が今でも愛している女が守ってくれた地位を貶める事はしない。
 彼が卓抜した治世を敷くのは愛した女の為。他の誰のためでもない。

 十一年前自国の王が、その欠損を埋めようと見せた領土欲。それが国家の存亡を招いた。
 彼にとって忌まわしい伯母と同じ事を仕出かしたと気付いた時、彼は自分が伯母と同じ血を引いている事を痛い程感じ、瞼を閉じ唇を噛む。
 その身体に腕があったならば、壁を拳で叩いたかもしれない。
 その身体に脚があったならば、椅子を蹴ったかもしれない。

 そしてこの場でマクシミリアン四世が死のうものならば、フレデリック三世がエルセンをも継ぐ事となる。

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「弱いわねえ。王国首都から出かけない理由が解ったわ」
 マリアの故郷では滅多に見かけない勇者、それがまさに赤子の手を捻るかのように次々と殺されてゆく様と、それに何の策も講じられないマクシミリアン、そして全く動けないゲルトルート。
「まぁなあ、金持ちの箔付けみたいなもんだろうよ。貴族聖騎士みたいなモンな。っとによ、本気で魔物を倒す気があるなら、魔物の急所なり何なりを覚えておけよ」
 王様やお姫様なんてこんなもんだろうよ、とドロテアは一歩前に踏み出た。
「あの死んだ人達でも、覚えておけば何とかなったのかしら?」
「無理だな」
「そう。じゃ、無駄な事に労力使わなくて良かったって事ね」

 そう言ったマリアを見て、ドロテアは微笑んで頷いた “ごもっともで” と言った表情を混ぜ込んで。


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