8.北の国 −別【4】
 三人は寵妃の息子と共に北の妻のもとに向かう途中、寵妃の息子に緊急の連絡が入ったために戻っていった。三人が彼を見たのはそれが最後。取り残された三人はこれ以上進むのは誰かに余計な警戒心を持たせてしまうこともあるだろうと、与えられている部屋へと引き返した。
 引き返す途中、外がにわかに騒がしくなった。
「北の王子が到着したようです」
 占星術師が小さな旗を指差し、
「これほど早くに到着するとは」
 護衛は息を飲む。皇子は第十王女のもとへと戻り説得するべきか考えたが、その時間もない程に声は大きくなってきた。
「敵味方入り乱れているので危険です。どこかに隠れましょう」
 護衛は先を走り隠れられるような場所を探すが中々見つからない。
 それと焦っていたせいで城の中で迷子になってしまった。三人は落ち着こうと一度足を止め大きく息を吸う。少し落ち着いたような気持ちになったところで、
「足音です。私の背後で壁を背負ってください」
 護衛は二人の前に立ち槍を構える。
 一人近付いてきた足音の主は顔見知りであった。
「第十王女!」
 第十王女は途中で仲間と逸れ此処まできた、皇子たちは隠れていたほうが良いと手を引く。
「第十王女話をよく聞いてください。北の王はすでに亡くなり、その前に後継者に寵妃の息子の方を選びました。国を攻めている北の王子の方が逆賊です。第十王女、今すぐ北の王子から離れてください」
 突然のことに驚いた第十王女だが、一時的に北の王子から離れて欲しいと告げられた。
「皇子、第十王女。悩んでいる暇はありません。私は今ここで《占い師》の居場所を視ます。同時に相手にも気取られますが、覚悟はよろしいか」
 三人は占星術師の突然の言葉に驚いたが、すぐに頷いた。占星術師は微笑し、
「皇子申し訳ありません。せっかく占い抜きで道選ぼうと手を取ってくれたのに。人間どうしても楽な方に逃げてしまいます」
 詫びて星を視はじめた。

**************

 城の中にある蔵の前で四人は占い師と初めて顔を合わせた。
「あの童の弟子か。無駄な足掻きをするものだ」
 頭巾を目深にかぶった嗄れ声の老人が睨みつけてくる。
「私が誰か即座に解るあたり、堕ちても腕は衰えていないようですね」
「童の弟子程度に言われても嬉しくはない。第十王女、こちらの思惑通りに動いてくれたようで感謝する」
 占い師の濁った視線に第十王女は後ずさる。
「どうしてこのような事件を引き起こしたのか、聞きたいか」
 その嗄れ声で語ろうとし始めた占い師に、皇子は叫ぶ拒否する。
「聞きたくもありません。今しなければならないのは、戦いを終えること。そのためには貴方を閉じ込めなくてはなりません。貴方の数々の悪行を聞いている時間などない」
 皇子の言葉に一瞬驚いたような表情を見せた占い師は、気の強そうな《皇子》に対し黄ばんだ歯を露わにして笑い顔を作り、
「お前も一度占いの結果を聞き、未来を知る快感を知るとよい。この魔力からは逃れられん」
 占ってやろうと手を伸ばす。
「それほどのものなら俺を占ってくれ」
 第十王女が占い師と皇子の間に割ってはいると、ますます笑い、
「その童の弟子から聞いているのであろう、お前を占うと力が失われることを。さあそこの、名を教えろ」

 その場にいた全員が息を殺して《皇子》を見た。

**************

 北の国の城の門が破られ、廷の軍が傾れを打って攻めてきた。
 正室の息子である廷を追い出し一時的に城の主となっていた妾妃の息子李。
 李は覚悟を決めて兄である廷と向かい合った。
 李は無言のまま敗者として膝をつき廷も何も言わずにその首を落とした。
 首を兵士に持たせ戦いが終わったことを知らせよと命じた廷の元に第十王女が現れ土蔵へと案内する。
 土蔵には《占い》をうしなった老人がひとり崩れるように座っていた。
 廷の妻子は李の妻により殺害され、その現場を見た兵士達によって李の妻子も殺害された。正室も寵妃も殺害され北の王は死去していた。
 生き延びたものはごく僅かでであり、知らせを受けたあと廷は土蔵の壁を塗り固めさせた。すでに占う力のない何の力もない老人に成り果てたと告げられたが廷はどうしても許す気にはなれなかった。
 視線に気付き振り返った廷が見たのは、声を殺し涙を流す方伯の皇子。廷は皇子に何も言うことはできなかった。
  第十王女は国から出たいと告げ廷はその申し出を受け入れた。本当は国の再建に力を貸して欲しかったのだが、第十王女が拒否した。
 その後廷は混乱の責任を取り王位を唯一生き延びた第九王女楊に譲り、北の国は彼女の夫、丞を王とする。

 僧侶となった廷は既に息絶えているであろう占い師を押し込めた土蔵の前で、永の祈りを捧げ生涯を終えた。

 多くの者が何一つ真実に届けぬままに戦いは終わり、深い傷だけを残す結果ではあったが、季節は移ろい代わり歳月は重ねられる。


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