8.北の国 −別【3】
 三人はすぐに寵妃の息子に会うと、軟禁されている女性に会ったと告げた。
 どこで会ったのか? 身を乗り出して尋ねてきた寵妃の息子に、
「監視の目を盗んで逃げ出してきたそうです」
 皇子が答えると寵妃の息子は肩を落とし ”また” 誘惑したのかと呟いた。
「私達は潔白ですので。その事をお伝えしにきました。失礼します」
 そのような会話をしていると外が騒がしくなり、
「女性が来たようですね。私達は隠れていますので、どうぞお話ください」
 皇子達は物陰に身を隠し、寵妃の息子と女性の会話に聞き耳を立てる。
 占星術師の思ったとおり女性は皇子達に関して、ないことを語りだした。思わず出て行きそうになった護衛を引きとめ、三人は息を殺して話が終わるのを待った。
 寵妃の息子は苛立ち、卓の上にあった杯を掴み女性の足元に叩きつけ、
「この女を牢に繋げ」
 怒りを押し殺した声でそれだけ告げ、背を向けた。
 女性は声をあげ ”牢は嫌だ”と叫んだが寵妃の息子がその声を無視し、廊下から遠ざかる叫び声が室内に届いていた。
「みっともない所を見せたな。わざわざ潔白を証明しに来なくとも、あの女の言葉はもう信じないから安心せよ」
 溜息を付いた寵妃の息子を見て約束を破った。
「約束を破るのは嫌いなのですが、私が彼女に何を言われたのかをお教えします。女性は自分と幼子を連れて東の国に逃げたいと依頼してきました。夫である貴方が信じられなくなったからだと」
 皇子の言葉に寵妃の息子は目を見開き、怒りを露わにして叫んだ。
「自分が私を裏切ったに、私を信じられないだと!」
 叫びながら卓を殴りつける寵妃の息子に占星術師は≪こう告げた≫
「幼子は北の国の王の血を引いていませんね」
 寵妃の息子は実子でないので当然なのだが、
「異国人でも解るか。幼子は父の血を引いていない。あの女が私を裏切り別の男との間に儲けた子だ」
 彼の答えはやや不確かであった。
 寵妃の息子は自らが王の子ではないと知っていての態度なのか、それとも自らの子ではないので王の子ではないのか。彼が幼子が王の血を引いていないことを知った経緯を知る必要があると占星術師は考え、少し悩み口を開いた。
「王は亡くなったそうですが、誰を後継者に定めたのですか。もしかして幼子?」
「そうだ」
 王は死の間際に自分の気に入った女の言葉に流され寵妃の息子を選ぶ。
 選びはしたが隣国の出である正室の力を考えて、正室を押さえられる男を選んだ。男は寵妃の息子の義父で、死んだ王の信頼も篤かった。
 寵妃の息子には幼君の補佐として、幼君を飾りにして国の実権を握れとして息を引き取った。
「不躾なことをお尋ねしますが、幼子は貴方の子ではないと誰に教えられたのですか?」
 皇子の質問に寵妃の息子の動きが止まった。重苦しい空気の中、
「正確なことは覚えていないが、問いただしたら不貞を認めた。本人の発言だけで充分だ」
 寵妃の息子は吐き捨てるように言う。
 耳が痛くなるような静けさと冬の寒さとは違う≪いたむつめたさ≫を皇子は感じながらも、聞いておかなくてはならないと考えていることがあった。
「この城に到着するまでの間に、進軍している北の王子の噂を聞きました。北の王子は妻に裏切られ城を追われたと言っているそうですが、本当なのですか?」
 寵妃の息子は真実だと認めた。
 幼子が自分の子ではないが北の王子に国を譲りたくはないので、北の王子の息子に目を付け妻に取引を持ちかけた。遺言を知った北の王子の妻は受け入れて夫を裏切った。
「あなたは北の王子の妻をも裏切り者にしてしまったのですね」
 皇子の眼差しに寵妃の息子は動揺し、
「受け入れたのは北の妻の方だ」
 早口で言い返した。
「あなたは北の妻に幼子は王の血を引いていないことを教え北の息子を寄越せと言い≪彼女の判断≫で受け入れられたと言いましたが、拒否されたらどうするつもりだったのですか? 拒否は殺害に繋がると北の妻が考えると思わなかったのですか?」
 寵妃の息子は無言の圧力をかけた事実に思い当たった。
「逃がしてやるとは言ったが信用は出来なかったであろう。私も本当に拒否されたとしたら殺していたはずだ。特にあの時は周囲の誰も信じられなかったので。北の妻と話をしたい、付き添ってくれないか」
 三人は寵妃の息子と共に北の妻が住んでいる部屋へと向かった。


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