6.北の国 −再【1】
見張りを先頭に山を降りる。
北の国の冬山は定期的に暖をとらなければ凍え死んでしまう寒さであった。
「この寒さが部族が中央に併呑されない壁になっている。今はその寒さが違う意味で壁となっているが」
見張りは語る。山岳部族の村は山の砂漠側に面していて暖かな風が吹き付けるので、山で寒い冬を越すことが可能だった。
山の中腹から少し下った川の傍に廃屋を見つけ一夜の宿とした。
皇子と占星術師と北の王子、それと宦官が一息ついている間に見張りと護衛は近くに危険はないかを確認しに向かった。
「南の国は暖かいところだと聞いていたので、占星術師にはこの寒さがこたえるかと思ったのだけれど、私達よりも元気で驚いた」
皇子はあまりの寒さに南の国生まれの占星術師が体調を崩すのではないかと心配したのだが杞憂に終わった。
「南の国でも寒い場所はあるのです。南の国は南に下れば下るほど寒くなるのですよ。私生まれは南の国でもっとも寒い村でしたのでこの寒さに耐えることができました。幼い頃は寒いのが嫌いでしたが、経験しておくものですね」
南に下れば暖かくなるものだとばかり思っていた皇子は驚き、何故寒くなるのかを尋ね説明を受けたあとに、
「行ってみたいものです」
「全てが終われば私は帰ります。その際にどうぞ。歓迎いたしますよ、皇子」
極寒の雪山を下りながら敵地に向かおうとしているのに、その先のことを話して笑う二人の娘を前に北の王子の気持ちは少しだけ緩んだ。
占星術師は嫌いだが自らの嫌悪感を取り除き、ただの異国の娘だと思えば敵視している自分が愚かにも思えてきた。
「嬉しいお誘いですが、まずは父の方伯に事情を説明しに帰らなければなりません」
方伯国の男として育った皇子も小国の生まれであるが品があり態度も立派で、小国主を見下していた王子は一人は恥じ己の慢心を諌める。
宦官が火を起こし戻ってきた見張りと護衛と共に暖かい食事を取りながら報告を受けた。
この家は川の渡し一家の持ち物であったが、一家は罪を犯し捕らえられ麓の町へと連れて行かれた。一家の詳細は解らない。
「渡しの一家の行方は知れないが麓の町に北の国の軍が居座っていることは確認できた。北の王子を追ってきた妾妃の息子の軍だそうだ」
見張りの言葉に深い溜息を付く北の王子。
「ここは麓の町から隣国へ向かう道と、俺の部族の村から東の国に向かう道しかない。皇子、どうする? 北の王子と別れれば異国の占星術師と異国の皇子、そして山岳部族の俺で脱出することは出来る」
見張りの言葉に皇子は今までのことを思い出し、
「渡しの一家のこと、他に何かありませんか」
尋ね返した。見張りは首を振ったが護衛は皇子が興味を持つのではないかと考え、見張りよりも多く一家の情報を集めてきていた。
「皇子が考えられている通りだと思われます。この一家には美しい娘がいたそうです。娘は高値で市場で売られているところを、北の貴族と思しき一行に買われていったと村人は行商のものから伝え聞いたと申しておりました」
見張りにも北の王子にも護衛の報告は意味などなかったが皇子には意味のある言葉であった。
「北の王子別行動をとりましょう」
皇子は罪人の娘を買ったのが第十王女の一行で彼女を身代わりとして皇子に嫁がせようとしていたこと、彼女が東の国の後宮に収められたことを教えた。
罪人の娘は皇子との別れの際に《この抜け穴が知られると商売が上がったりなので代々秘密にしていたのですが、渡し場から少し山を登ったところに倒木があります。大きな倒木で中は空洞、大人の男が立って歩くことが出来るほど。倒木の中を歩き突き当たりに石が積んであります。大きな石を避ければ洞窟に下りることができます、洞窟には印があり従って歩けば麓の町を通らなくても半日歩けば隣の町へと向かうことができます》そのように餞別代りに教えてくれたことを語る。
北の王子は、
「ならば家族で逃げればよかったのではないか? 逃げなかったのはその道が使えないからではないのか」
不信を口にした。
北の王子の言葉はもっともであり、皇子も罪人の娘にそれを尋ねると足の悪い母を置いて逃げたくはなかったので残ったのだと告げた。
宦官が護衛に母親の足が悪かったのは本当かと尋ねると護衛は頷いた。
「罪人の娘を疑う必要はないでしょう。罪人の娘は皇子がどのような決断をくだすのかは決して解らないのですから」
皇子は罪人の娘を信じ、北の王子は信じるしか道はなかった。
「解ったお前達に命を預けよう。私は洞窟から隣町に抜けて潜伏しておればいいのだな?」
「護衛、北の王子のことをお願いしたいのですが」
護衛は頭を下げる。
「宦官は他の衛兵と共に先に山を降りてください。東の国の使節団に目を奪われている隙に私と占星術師、そして見張りは北の国から一時脱出します」
「我々のことは心配いりません」
宦官は皇子の指示に従うために用意を始めた。
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