5.北の国 −縁【3】
皇子は経緯を話してくれた北の王子に礼を言い、次に見張りに婚約者はどこで働いていたのかを教えて欲しいと尋ねた。
突然の質問に驚いた見張りは少しためらった後ぶっきらぼうに答える。
「将の家だ。あいつの父親が将に恩があるとかで」
族長が口調を諫めるが気にする事はないと言って、皇子は北の王子続いて話しかける。侍女は戻ってきたかのかと。
北の王子は戻ってこなかったと答え、方伯の皇子には将の親戚を送るように指示を出し国を既に出発したとも教えた。
その答えに驚いた皇子ではあったが、まずは自分の驚きを心中に収めて将と第十王女を結ぶものは何かを問う。北の王子は怪訝そうにしたが、第九王女だろうと答えた。
「第九王女と第十王女が生まれる前に母が雇っていた占い師が男児が生まれれば、その者が私の即位を邪魔するだろうと占ったために、王女二人の母親は生む前から同じ恐怖を味わい連帯感が芽生えたそうだ。結局その年に男児は生まれなかった。生まれなかったのだから母もあのような戯言を信じる必要などないと眼を覚ませばよかったのだが」
溜息交じりに語られた言葉に未だに正室は占い師を傍に置き、それを妄信していることが窺えた。
皇子は北の王子にこの先どのようにして国に戻ろうとしているのかを尋ねる。亡命し生きながらえるだけならば、東の国の王に取り計らってもらうために北の王子と共に来た道を戻っても良い。
「ですが争うのなら貴方が味方してくれると思っている方のところまではお供しますが、そこで終わりです。私は争いを起こす人を好みません」
だが争うのならば協力は一切しないと言い切る。
断言した皇子に気色ばむ北の王子は、お前達の協力など必要はないと怒鳴りつけた。
だが皇子は怯まずにならば何故私達をこの天幕に招き占星術師に正体を当てさせ怒るのかを冷静に尋ねる。頬を引きつらせた北の王子と皇子の間に護衛と占星術師が割って入り、剣においている手を下げろと言う。
護衛や占星術師程度のものに言われる筋合いはないとまさに剣を抜こうとした時、見張りの弓矢が北の王子の鼻先を通り過ぎる。
「黙って最後まで聞けないのか? 年若い少年が言った通り、嫌いな占星術師とやらの言葉や耳に痛い正論を聞く気がないなら最初から呼ばなければ良かったはずだ」
「貴様この国の王子に対して非礼を働いている自覚はあるのか」
「ない。この国の王子に対してなら非礼だろうが、あんたは今追われる罪人に等しい身で王子じゃない。そのくらい理解しろ」
見張りに言われ部下一人無い身を省みて、北の王子は再び腰を下ろした。
「北の王子。ここからはこの占星術師の言葉を聞いてください。信じる信じないは自由です」
皇子はもっとも北の王子と話をしたい占星術師に話をさせることにした。
その脇で小声で見張りに先ほどの礼を述べ、侍女は後宮には連れて行かれておらず、戻ってきていないのならば方伯国の方にいるはずだ。自分達は方伯国に向かう予定があるので、良ければ同行しないかと尋ねると見張りはすこしだけ族長を伺い、肯定の頷きを貰ったことで同行させてくれと頭を下げた。
占星術師は皇子が姫であること、第十王女が男であることには触れずに話を続けていた。占星術師の言葉を強張った表情で聞いていた北の王子だが話が進むにつれて段々と身を乗り出し息を呑むように話に聞き入った。
「私の母を誑かした占い師がお前の追っている占星術師だと言うのか?」
「そこで王子にお尋ねします。王子のご母堂を誑かしている占い師は男児が生まれた場合どのようになると言われたのか、できるだけ正確に教えてください。それと寵妃の占い師がどのように告げたのかも」
「正確にか。難しいが」
北の王子は記憶を探り自らの母が告げられたのは《この年に生まれた王族の男児は正室の子の即位を阻む》であり、寵妃が告げられたのは《この年に生まれた王族の男児が北の国を継ぐ》であったはずだと語る。
北の王子の言葉を聞いた皇子はすっと何かが自分の中を通り抜けた。
「それは第十王女のことを指しているわけではないのでは?」
「第十王女がどうしたと?」
北の王子に第十王女が男であることを教える。最初は信じてはいなかった北の王子だが、宮殿の状態からあり得ないこともないと半分は疑いつつ半分で信じることにした。
北の王子が信じていないことを知りながらも皇子ははっきりと言った。
「王女と結婚した男性も王族になるのではありませんか? その言い方では今の北の王の子である《王族》とは一言も言ってはいませんよ」
皇子の言葉にもっとも驚いたのは占星術師であった。
「生まれた当時は王族でなくとも、王女と結婚して王族になる男性を指している、これはあり得ますね。どうりで師匠が北の国の王子王女の星を見ても次ぎの王を見つけ出すことができなかったわけです」
「貴方の師匠なら解るかと思っていたのですが」
皇子が驚き尋ねると北の国は占い師の支配下で占星術師の師匠であっても容易に見破ることは出来ず、もしかしたら凶星が玉座に就き師匠ですら視えない混乱が起こるのではないかと危惧していたのだと言う。
「第十王女と同い年で王女と結婚している男か。一人いた第九王女の夫である将だ。私が身を寄せ共に国を取り返そうと考えていた男だが、この話を聞いてしまえばそれもできそうにないな」
「ですが第十王女と将が共に行動しているとしたら私は会わないわけには行きません。私はすぐに出発します、同行するかどうかは貴方に任せます王子」
北の王子は皇子と共に第十王女がいるはずの方伯国へ向かうために急いで山を降りた。
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