6.北の国 −再【2】

 北の王子と護衛と別れ皇子たちは麓の町付近までたどり着いた。
「皇子の謀が上手くいくことを信じております」
 宦官はそのように挨拶すると麓の町へ下りていった。それから時少し置き皇子たちも麓の町に入る。少々町はわざついていたが治安は悪くなかった。
「争いごとが起こると治安が悪くなり女子供が真先に被害にあう。嫌なことです」
 皇子が溜息交じりに呟いた。
「皇子どちらの国に抜けますか?」
 麓の町は二つの国に隣接していた。一つは第十王女が通った国、もう一つは通らなかった国。
 皇子は第十王女が通った道を選び国を出て、第十王女達に会うために急いだ。
 だが第十王女は王子が選ばなかった道を選び北の国に戻る、姉と将と共に北の王子を助ける隊の兵士として。

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「それ程急がなくてもいいわ、ゆっくりと行きましょう」
 第九王女は第十王女が攫われたとは思っていなかった。
 第十王女の代わりに方伯国の皇子に嫁ぐことが急遽決まった将の親戚の少女は、第十王女のことは心配するなという言葉を正直に受け取り、小国の皇子に嫁げることに心からの喜びを露わにしてくれ二人とも胸を撫で下ろしていた。
 とくに将は《少女が嫌といったら私が参ります》と頑なに言い張る妻を説得できなかったので、少女が嫁入りを喜び妻と共に道中を物見遊山してくれている姿に安堵していた。
 安堵が驚きに変わったのは引き渡し場所であった港町に到着した時のこと。
 港町で本当に誘拐が起こったことを知り《少女》が連れて行かれたことを知る。どのような容姿であったのかを第九王女は尋ねるが、誰一人《少女》の姿は知らなかった。
 知りもしないのに何故町人達が《少女》だと告げたのか? 上質な絹で顔を隠していた《少女》は供として連れて行った二人の召使よりも小柄であったことを町の人々は理由にあげた。
 第十王女が小柄ではないことを知っている二人は、誰かが身代わりになったと考えた。その時二人が思い浮かべたのは山岳民族出の侍女であった。だが《少女》が連れて行った二人の供は容姿を聞いても全く見当がつかなかった。
 一人は綺麗な女で、もう一人は南の国の人間だとわかる肌をしていたと教えられた。事態の片鱗に触れた二人は北の国に届いた第一報を認めた県令が帰国した方伯国へと急ぐことに決めた。
 二人は方伯国にたどり着くと、すぐに方伯と面会が叶う。それは第九王女が北の大国の姫であることと、
「姉上」
「第十王女、無事だったのね!」
 方伯の城に滞在していた第十王女が是非とも会いたいと願ったためであった。
 これまでの話は長くなると言われた第九王女は長くなる前に少女を方伯に紹介した。
「北の国の政治を預かる兄の命により用立ててまいりました。私の夫の縁者で、正真正銘の娘にございます。どうぞお納めください」
 第九王女の言葉に方伯と妃そして県令が顔を見合わせ、これまでの経緯を聞いてから決めて欲しいと申し出てきた。
 二人は少女をも臨席させてこれまでの経緯を聞き青くなった。
「方伯国の皇子が第十王女の身代わりとなってマフムードの後宮に収められてしまったということですか」
 将が第九王女に代わり椅子から降りて額を床につき謝罪する。
「頭を上げてください将。それで連れて来ていただいた少女ですが、わが国の跡取りは私の皇子ではなく従兄である県尉と前から決めておりました。機会をみて皇子を姫にして妃にする予定でしたが当人が後宮にはいってしまったので、妃をいただけるのは嬉しく思います。県尉でもよろしいでしょうか?」
 方伯の穏やかな語り口に少女は頷き、県尉は少女の手を取り伯母である妃も伴い城を案内すると連れ出した。

「私の名は司悌と申します。北の国から来てくださった私の妃よ、貴方のお名前を教えてくださいませんか?」
「私の名は琳と申します、司悌さま」

 北の国と方伯国の縁談はこれで無事に終了したが、事態は何一つ動いていなかった。
「マフムードの後宮となれば、一度北の国に戻り兄に全てを話さなければなりません。将、そして第十王女急いで戻るわよ」
 即座に帰国しようとする第九王女を方伯と県令が宥め、少しは休むように勧めた。
 久しぶりに第九王女に再会した侍女と兵の言葉もあり少女が慣れるまでは滞在することとなった。その夜、北の王子が妾妃の息子に追われ行方不明になったとの報告が入る。

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「行き違いになったようだ」
 隣の国の町で情報を集めた見張りは第十王女たちの軍が別の国を通り北の国に入ったことを皇子に告げた。
「なぜこちらの国を通らなかったでしょうか? 方伯国に向かう時に通った国なのに」
「別の国は北の王子の母親筋なのだそうだ」
 第十王女たちは婚礼に向かう際に万全を期すために正妃の実家に近い国を避け、繋がりの薄い国を選んで方伯国側に向かったが、今回は事情が違った。
「第十王女たちが北の国も戻ろうとするところに、別の国の使者が合流し北の王子救出に協力したいと申し出でた。兵の数を考えて協力して北の国を攻めることが決まったそうだ」
 皇子たちは隣の国から別の国に入り北の国に向かった隊について人々に尋ねた。将が率いている隊は妾妃の息子の隊を打ち負かし北の王子とも合流して中央近くまで進んでいる。
「とても強い兵士がいるそうだ」
「矢も当たらない、敵の刃も逸れる。軍神の加護がある男だ」
 噂に上る男が第十王女であることは皇子も解った。占星術師は表情を曇らせ、北の国に急ごうと珍しく焦りの言葉を口にした。
 見張りは占星術師が焦る理由が良く解らなかったので説明を求めた。
「第十王女と北の王子が合流してしまったことです。北の王子は占星術嫌い、凶星を甘く見たか打ち勝ってやろうと考えたのかは知りませんが二人がともに行動するのは良くない兆候です。第十王女が北の王子の即位を阻むことは事実なのですから」
 三人は急いで北の国の麓の村へと向かう、麓の村はすっかりと兵が消えていたと同時に村人のほとんどが死に絶えてもいた。
 生き残った村人が語るには将が攻めてくる前に数十年に一度と言われるの大寒波が押し寄せ、兵のほとんどは寒さから逃げるために撤退する。その時に物資を運ぶ馬が寒さによって死んでいたので運び出せず、これから攻めてくる将の軍に物資を取られるくらいならと兵たちが物資に火をつけた。
 寒さと共に訪れていた強風がその火を村中に運び、凍えるような寒さが支配した村は死の静寂に包まれることになった。
 将たちが麓の村を訪れたときはその寒波も去っており、彼らは氷に朽ちた村を通り過ぎ妾妃の息子を追って中央へと向かっていった。
 皇子は残された人々を助けたいと意見したが、助けるには第十王女を戦いから遠ざけることが最短だと占星術師に告げられ後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
 北の王子が潜んでいるはずの村には護衛だけが残り、北の王子がおって隊に合流するようにとの伝言をつたえた。
 第十王女たちの隊は寒さまでを味方につけ、妾妃の息子の隊を追い詰めてゆく。
「身軽な私達だけでも追いつけないとは」
 戦っていないかのような速さですすむ隊と強いと評判の《燕》と呼ばれる男。《燕》が第十王女であることは間違いなかった。
 皇子たちが第十王女に追いついたのは王城の手前にある城で身体を休めている時のこと。
 護衛が北の王子に渡された身分証を見せ、城の中に案内されて、
「無事だったか! 皇子」
「無事でなによりです、第十王女」
 二人は再会を果たし、
「詠児、迎えに来た。この戦最後まで見届けたら、俺と帰るぞ」
「鏑。解った、待ってて。王女さまたちにお話してくるから」
 侍女と見張りも無事に再会を果たし、戦が終わった後に二人で故郷へと帰っていった。


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