5.北の国 −縁【2】
 通された皇子と占星術師と護衛の目を引いたのは刺青のない男性。宦官は占星術師に試すように尋ねる。
「この方がどなたか解りますか」
 宦官は占星術師を信じているが、試すように命じた刺青のない男性が信じていないことは明らかであった。
 占星術師は気を悪くしたような素振り一つなく答える。
「北の王子。正室の生んだ男児」
 皇子と護衛は驚く。北の王子は気分を害したように占星術師に占いなど《まやかし》であり政治に関係させるべきではないと力強く語るも 占星術師はその話の腰を途中であっさりと折る。
「私は貴方が誰かを当てただけであって、政治の話はしておりません。貴方の占星術嫌いはご自由ですし、貴方が政治に占いを持ち込まないのも自由です。貴方が誰であるかを当てろと命じたのは貴方であり、当たろうが外そうが文句を言ってきたでしょう。文句を言いたいだけならば最初から私を試す必要などありません」
 そこで黙った王子を一人にし、宦官が皇子に本当のことを告げるかをたずねてきた。
 宦官としては秘密にしておきたいのだが、東の国を出立する際にマフムード王が重大な局面は勿論、些細な事であっても皇子の意見に絶対に従いえ、何事があっても宦官自ら判断を下すなと厳命していたので自分では判断を下せないと床に頭をこすり付け皇子に判断を仰ぐ。
 使節団の表向きの責任者が頭を下げる、まだ歳若い皇子に北の王子は少々興味を持ったが隣にいる占星術師と視線が合い、すぐに視線をそらす。
 皇子は占星術師に尋ねようと思う事柄を耳打ちし、占星術師も良いと思いますと後押ししたのでゆっくりと北の王子と話をすることにした。
「族長。先ほどの見張りをここに連れてきてください」
 皇子はまず侍女の婚約者を呼び、それから真実を告げることにした。
 自分が方伯国の皇子であることを信用してもらうためにはどうしたら良いかを見張りが来るまでの間に占星術師に問うと、そこはお任せくださいと占星術師は何時もと変わらず飄々とした返事を返す。
 見張りが族長の天幕に入ってきた所で、まず宦官にマフムード王の書状を読み上げさせそれを北の王子に直接読ませた。
 北の王子は本物であることを確認する。
「書状には目を通した」
「第十王女の死についても通しましたか?」
 占星術師の言葉に不機嫌になるもしっかりと頷く。
 ここで宦官に第十王女は後宮に収められてはいないと北の王子に告げる。北の王子はなぜそのような事を言うのか? 方伯国から信用のおける書状も届き自分はそれに直接目を通したと言う。
「ならばその書状の内容、ここでお聞かせ願いたい。出来る限り正確に」
「占星術師に話す気はない」
「ならば結構です。皇子ご自由にお話ください」
 あっさりと引いた占星術師に驚いた北の王子だが、自らが言った手前どうすることもできない。
 皇子は人と話をすることは好きだったがこのような事態に理路整然と説明をするのが苦手であった。苦手というよりはしたことがなかった。皇子はいずれ《皇子》ではなくなり、良家の姫として県尉に嫁ぐと決まっていたので表向きのことには関わることが少なかった。
 マフムードの後宮に入って目の当たりにした占星術師の話術。
 あれほどまでにはなれずとも、重大な案件であっても自分で意思をしっかりと伝えたいと思い喋ることの練習をしていた。
 皇子は一度深く息を吸い北の王子に尋ねる。
「北の王子、なぜ貴方はここにいらっしゃるのですか? まずそれから説明していただきたい」
 宦官は先に案内され説明を聞いていたが皇子や占星術師、護衛は北の王子がここに居る理由は解らない。
 北の王子はもっともだろうと自らがここまで逃げてきた経緯を説明する。
 将と第九王女が方伯国に新たな花嫁を連れ国を出た二日後、王子は妻に裏切られ寵妃の息子の配下に取り囲まれた。
 幸い城壁の外に逃れることができた。
 城下では未だに自分を追っている者が多数で何処かに落ち延びようと考えここまでやってきた。
「詳細は一切不明だが私は追われた」
 北の王子自身ここまで来た経緯を思い出し語ったのは初めてで、語りつつ少々首を傾げることもあったが皇子は黙って最後まで聞いていた。
 話が終わった後に皇子はなぜ東の国に向かうしかない方向に逃げたのかを尋ねると、北の王子は他の方向は警備が厳しくどこも抜けられなかった。
 行き先が東の国しかない方角はたとえ自分が北の国から落ち延び、東の国に行き着いたとしても殺されて終わりだろうと考えているに違いないと答えた。


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