君が消えた六月三十一日

[19]霊能力者F(失笑)

人間が生活してゆく上で必要なのがトイレ。日に何度も通う、小さな個室 ―― 人によっちゃあ大きな個室の場合もあるでしょうが。
サバチーが興味を持ちましてね。日に何度も通い、それなりに幸せそうな顔して出て来る空間。侵入したサバチーは便座の中にすっぽりと収まって……
「汚いからだめー」
「……」
サバチーを取り出して風呂場で洗うことに。移動する面? を丹念に洗おうと裏返し? にしたところ気を失いました。見えない面はより一層恐怖が詰まっていたようで、さしもの私でも耐えられなかったようです。
よく深淵を覗くとき、化け物もまた……なる有名な一節がありますが、普通に向こう側ものぞき込んでくれているのなら恐くはない。
サバチーの裏側? を見たとき、私は自分を後ろ側から見ているような状況に。

深淵を覗いた時、深淵が自分の背後にある――

恐怖談義はさておき、使用している洋式便座に嵌られても困るので、押し入れの下段片隅にホームセンターで購入した洋式便座を据え置いた。もちろん蓋など開かないのだが、サバチーはそれなりにご満悦のようで……でも、偶に”こっちも……”と使用している便座に埋まってることが。
気がついた時にはバケツに水を張って、洗剤を入れて棒でかき混ぜて洗うことにしていますが。
それと元々は便座の蓋を閉めていたのですが”ぱかっ”と開けた時、サバチーが埋まっているとびっくりするし、気付かないで座ると……さすがにサバチーにも悪いだろうと言うことで、蓋は開ける派になりました。
保温機能は切ったので、そこはエコ? です。

**********

ある日、同人関係の友人から「取材についてこないか?」と誘われました。取材先はゲイバーです。以前にもAV撮影現場取材の際にも誘って貰ったことありました。AV撮影現場は説明する必要もないでしょうが、ゲイのAVです。
暇だったので……私は大体暇ですが、ともかく暇だったので同行して、それなりに空間を楽しみました。
その後、場所を変えて飲もうとなり、同行したんですよね。到着したショボイ……ではなく、シケタ……でもなく、まあ雑居ビルの三階にあるスナックのような所へと行きました。
ぼったくられたらどうしよう? などと思いつつ、乾き物や、クラッカーに少しだけ乗っているキャビアを遠慮せずに食べておりましたとも。

どうもその場にヤクザ崩れのインチキ霊能力者が居たらしい。

普通に食べ飲んでいたら、突然トイレから叫び声が。腰を抜かしながら戻って来たゲイ1。
「ゆ、ゆう、れ」
青ざめ介抱してくれているゲイ2の腕を掴んで訴えるゲイ1。女連れで来ていたインチキ霊能力者、女たちに言われて狭いトイレに一緒に行ってやんの。
「見に行きたいからついてきて」
「こうちゃん居たら、こわくないし」
そして叫び声が。ゲイ1と同じく腰が抜けて、まさに這々の体で戻って来た。
「ばけもの……」

その時私は先程も言った通りキャビア食ってたんですよね。あとフォアグラ。

トイレから沸き上がる恐怖、そして美味いもの食ってる私。ここより導き出せるもの、それは―― サバチー。
サバチーがご迷惑をかけているのならば! と、私は腰を抜かしている人たちを乗り越えて、友人の制止も聞かずにトイレへ。
そこはごくごく普通、年季が入っているトイレ。消臭剤のキツイ匂いと、独特の匂いが入り交じって……目隠しされて通されてもトイレと分かる空間ですな。
小さなタイルがやや古めかしさを感じさせる洋式の便座。蓋は閉じていた。
「さばち……いねえ」
勢いよく蓋を開けてみたら、サバチーは居なかった。
安堵した私は、酒が入っていたこと、便座を見たことで尿意を催しさっくりと用を足している最中、肩の辺りに足の爪先が見えたんです。
色気の悪い爪先がね。
トイレの中に現れた幽霊? らしきものは首を吊った形でした。便座にばかり気を取られていた私は気付かなかったわけです。
「……」
足元から上へと視線を上げると、首つりロープオプション付きのオリジナリティの欠片もない女の幽霊が。
ぼさぼさの黒髪、ぎょろつき血走った目。正し一重。彫りが浅くて、口だけがやたらと赤く大きいものの唇は薄い。その口に入り込んでいる黒髪、汚いったらありゃしねえ。
不健康だと感じる細い手首と指。白いワンピース……と言えば聞こえは良いが、白い布を筒状にしたもの三つを縫い合わせただけにしか見えない服。
私は彼女を無視して立ち上がり、水を流す。
恐る恐るやって来た店長らしき人が、目を見開いて声を詰まらせて指さす。
「見えてますから」
どうも私が見えてない……と思ったらしい。
「大丈夫! F」
「平気。友人(名前付けるの面倒なので、友人ってことで)こんなオリジナリティの欠片もない、死因を偽装するような愚かもの。恐がるほうがおかしい」
「死因……偽装?」
「女の首を吊っているように見えるロープ。あの結び方じゃあ、体重かけた瞬間に外れる」
結び目が下手くそ過ぎ。
「そうなの?」
「しっかりとした首つり輪っか見た事ないんじゃないの? あとマンガとかでしか見てないから適当」
だめ出しをした私に怒りをむけるオリジナリティの欠片もない幽霊。
殺してやると言わんばかりに顔を近づけるも、
「所詮幽霊にできる攻撃って、恐怖心で心臓麻痺か脳内出血程度だけなんだよね」
SAN値がマイナスになっている私には効果はない。
「幽霊って他にものがなけりゃ、なにもできないじゃない。ポルターガイストだって、そこに物があってこそだしさ。大体映画のエクソシスト、悪魔に取り憑かれた少女がブリッジで階段を降りてくるけど、あれなにが恐いと思って悪魔はやったんだろうな」
カラス神父を全面否定する訳ではありません。
幽霊がうざかっただけです。
幽霊と私の睨み合い、そして ―― 友人は言う。

【あの時のあなたは、某ギリシャ女神の黄金色した部下のようであったと。あの獅子が冥界で見せた姿を彷彿とさせた――と】

※ ↓以下分かる人しか分からないので、読み飛ばしもどうぞ↓ ※

友人「そう言えばあなた、誕生日二月だったよね」
F「二月だよ」
友人「水瓶座だったよね」
F「うん。友人は蟹座だったよね……」

はっ! 地雷踏んだ! 昔何度も同じことで地雷踏んだじゃねえか! なんでまた同じ間違いを!……分かってはいるんだ。私にはなんら関係のないジャンルだったし、蟹じゃなかったし。

友人「あなた”アレ”的には勝ち組よね。それに比べて私はっ!」
F「いや……今は、蟹も評価高いよ。うん、ネットなんかじゃあ、蟹の良さは大人になってからじゃないと分からないって」
友人「子供の頃に受けた傷は、大人になってどれ程フォローされても治らないのよ」
F「そりゃそうだろうけど……でも私は個人的に子供の頃から蟹好きだったよ。クールいいつつ涙でウエットな水瓶に比べてずっとクールだよ」
友人「あなたは悪役好きだけどね」
F「でも、ほら……(何言っても地雷炸裂する。地雷撤去には……)えっと友人はいま、アレに嵌ってるんだよね。私が好きな国はさあ……」

話題変更(友人現ジャンル)して事なきを得ました。

――おまけ

妹「このマンガとアニメ、しっかりと見た事ないんだけど。ネットの評判じゃあ、蟹の良さは大人にならないと分からないって」
F「らしいね」
妹「だからDVDボックス買って見せてくれ」
F「良いこと教えてやろう。蟹の良さが分かる大人というのは、自分でDVDボックスを買い揃えることが出来ることを指すのだ。大人は自分で買う」
妹「じゃあ良さ分からないでもいいや。ところで蟹の名前ってなんだけ」
F「死面」

※ ↑ここまで↑(脱線にも程がある) ※

何の事はない。幽霊を掴んで便器に押し込んで、足で蹴りながら
「塩持ってこい!」
叫びつつ”大”で流した。
塩を頭からぶっかけて、貯水槽の水が貯まるよりも先に大で流し続ける。そのうち首がぐるりと回り、顔がこちらを向いたが、正気が残っていない私にはどうでもよいこと。
「ああ! オケラだってアメンボだって生きている! 一寸の虫にも五分の魂! だが手前は駄目だ! ゾンビですらねえ!」
むしろ後頭部を踏みつけるより、顔面を踏みつぶすほうが楽しい! (お巡りさん、こいつです!)
「そう言えば、悪魔だろうが幽霊だろうが恐怖心は残ってるよな」
あまりにも流れていかないので、苛々してきて……私は呪文を唱えることにしました。
「イグナイイ……イグナイイ……イブトゥンク……ヨグ=ソトホース……ングルクドルウ……」
腹が立ったので、あの名を呼びました。そうです、ヨグ=ソトホースの名を。

サバチーを呼ばなかったのは、ここにはサバチーに食べさせる物がなかったので。ヨグ=ソトホースはいいのか? 食い意地は張っていなさそうなので。
もちろん姿を現すわけではありませんがヨグ=ソトホース、名前を呼ばれたことで溢れ出したようで、顔面踏まれていた幽霊が焦り出した。
「所詮貴様はSAN値が残っている凡人だ!」

SAN値が残っていないと危険ですけれども。

そうこうしている間に貯水槽に水が溜まったので、
「エエ・ヤ・ヤ・ヤ・ハアアア……フユウ……さあ! 残っているSAN値も差し出せ、ヨグ=ソトホースに!」
叫んで残っていた塩をかけて大にして流してやりました。人と同じサイズがあったものが、あの小さな場所に流れてゆく様は……特殊効果ですよね!
私が振り返った時、客や店長やエセ霊能力者などは硬直してました。どうやら彼らのSAN値も少し削ってしまったようです。
本体は流れてゆき、ロープが残っていたのでレバーを今度は小に捻って片付けましたとさ。
「Fすごい」
「別に……場所変えて飲もうか」
「ウチこない」
「それもいいね」
ゲイとインチキ霊能力者などを残し、私たちは外部では出来ない話に花を咲かせて朝まですごしました。

便器の賠償させられたらヤだなーという気持ちで逃げた……のが本当のことろですが。

……で、インチキ霊能力者が元はそっちの人だったと知ったのは、インチキが元の知り合いに私のこと話したんだそうですよ。
”本物がいる”って。……なんの本物なのか? あのだらしない襟を掴んで頭ガタガタ言わせて問い質したいところですが、汚い感じもするので触りたくないような。
話を聞いていた知り合い、こいつも軽やかに下っ端だったようですが、どこかの掲示板に「恐い話」として書き込んだそうで。
書き込みに使ったのが事務所のPCで、組の監視ネットワークにひっかかって、大塚の若頭の知るところになったらしい。
暴力団って何でもできるとは聞いたが、構成員の書き込みまで監視してるとは思わなかったよ。
話を聞いた下っ端の書き込みは検索すると今だに出てきますが、検索ワード秘密です。

某掲示板に書き込んだヤクザがどうなったのかは知りません、聞きたくもありませんし。流された幽霊がどうなったのかも私には分かりません。もしも貴方のお宅のトイレに現れたら「てめえは虫けら以下だ!」と罵りながらレバーを倒すといいのでは?

あとトイレの死亡事故にサバチーが関わっているのかどうか? それも分かりません。鯖缶やチーカマ食ってる時は、便座の蓋を開けるときに視線を逸らしてください。それで避けられるはずです。