君が消えた六月三十一日
[18]輝かないトラペゾヘドロン編【2】
大塚の若頭から話を端折りすぎだとメールが来たのだが、知ったことではない。
端折った部分ってのは日数が割とかかっていること。
私が住んでいた場所と大塚の若頭の拠点とは大分離れていて、迎えに来るまで一日くらいはかかった ―― そんなところです。
トラペゾヘドロンを盗んだ警官は拳銃で自殺ですが、借金苦ということでしたので、いつのまにか知らない借金を背負うことになったらしく、妻子がいらっしゃったようですが……俗に言う”風呂に沈んだ”らしいです。
さて、話を進めましょうか。
輝かないトラペゾヘドロンの欠片は戻って来たので、これを持ってひでぶには過去に帰って貰わなければなりません。
ひでぶが後期アトランティスの人だったら少しは悩んだでしょうが、幸い初期なのでアトランティス大陸が沈む前に寿命を終えるだろうと判断して送り返しました。
場所の移動と時間を遡る必要があります。
普通ならできないことですが、私の近くには鯖缶大好きなサバチーがいます。サバチーは過去や未来、宇宙などあらゆるところに移動することができます。本人(?)は移動しているという認識はないようですが、行けるのです。
ですがサバチーは愚鈍で、なかなか話が通じないのですよ。
このサバチーに”ひでぶを元の場所に戻してくれ”と理解させることが最大の難所でした。
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サバチーのサバは鯖缶が由来なのはわかりますが、チーはなにが由来ですか?(質問者:タバサさん)
サバチーのチーはチーカマのチーです。それも好物なんで。食いながら卒論書いて”ふっ”と気付いたら、うじゅるうじゅると食ってた。その後鯖缶の頃と同じように肉体言語で躾を。もちろんサバチーは石のようなものなので、痛くもかゆくもないのですが。
まったく必要ないことでしょうが、私の論文のテーマは「コズミックファンタジーと超人ロック」でした。
これで卒業できたんだから、凄いぜ! ミスカトニック大学。
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サバチーになんとなく理解させることはできたのですが、どうも不安なので私も付いて行くことにしました。
アトランティスじゃなくて違う大陸に置き去りにしたらまずいじゃないですか。トラペゾヘドロンが(ひでぶはまあ……どこでも大丈夫じゃないかな……)
それで大塚の若頭に採掘場のような場所を貸して欲しいと頼みました。
「どうしてだ?」
「危険なので」
這い寄る混沌のメジャーではない部下・サバチーですが「恐怖」が半端無く、人が居る場所に呼び出すのは危険。
たまに動物が原因不明の大量死していることあるじゃないですか。
あれの幾つかは、間違いなくサバチーとそのお仲間たち。動物たちは危険を察知して逃げる――言いますが、彼らですら逃げられず、そして恐怖のあまりに死ぬ。それが<旧支配者>……サバチーだけどな。
「とっても危険なので」
どのようにしてサバチーに”ひでぶをアトランティスに送り届けろ”と説明していたのか? と言いますとメールです。
サバチーは携帯やPCなどは所持していませんが、サバチー自体がサイバー領域に接続できるので、アドレスに送るとそのままサバチーの脳内に届くような仕組みです。
最近結構<旧支配者>がネトゲの中で確認されたとか、なんだとか……なりきりだけではないとも言われていますが、なりきりだけだと思いたい!
話逸れましたがメール送ることができるんです。
返信は無理ですが。なにせサバチーが使用している言語? みたいなものは、この地上に存在していませんし、発音? は奇妙で聞き取れないので、私からの一方通行。
要はサバチーの脳に直接メッセージを送るわけです。理解できたかどうかは解りませんが、あまり時間をかけるのも嫌だったので ―― 主に暴力団関係者の家にいることが ―― サバチーを呼び出しました。
大塚の若頭が用意してくれた場所に。
用意してくれた場所について詳しく書いたら……山中にあるバブル期に建てられたホテルみたいなところでした。
できたら野生生物がいないところが良かったのですが、あんまり注文をつけるわけにもいかないでしょう。
そしてサバチーを呼び出しました。
―― これが終わったら、鯖の味噌煮缶十個あげるよ。チーカマも五本あげるよ。ほっけのすり身も作るよ
……来たよ。
サバチーの恐怖にあてられたひでぶは意識を失い、近くで見ていた大塚の若頭の舎弟の舎弟は恐怖のあまり色々なものを垂れ流してぶっ倒れ、舎弟(アメリカまでついてきたヤツ)はゲロ吐いてました。
さすが大物、大塚の若頭はそんなことはなかったです。あとで聞いたらとても恐かったそうですが、そんな感じには見えませんでしたとも!
暴力団構成員を廃屋に残し、私とひでぶはサバチーと共に旅立ったのです。
予想通りサバチーは私の言葉をあまり理解しておらず、目的の時間的座標軸に辿り着くまでに非常に苦労しました。
位置的座標軸は指示しやすいんですが、時間は指示し辛いです。私もはっきりとは解りませんし。
苦労してサバチーに理解させ、なんとかひでぶを送り届けることができました。
ひでぶはとても感謝してくれて、未来にむけて「なにか」を残しておくよ。将来このアトランティス大陸に取りに来てくれ。楽しみにしてくれると嬉しい……そんなに気使わなくて良いんだぜ、ひでぶ。
お前の住んでる誉れ高きアトランティス大陸は水没……とは言えなかったので、
「ありがとう。楽しみにしておくね」
とだけ言って別れました。
折角ひでぶが残してくれたプレゼント、回収しないのも悪いなと考えて、アトランティス中期辺りに行って回収しようと考えて、サバチーに頑張ってもらいました。
中期を目指したのに末期に辿り着いて、水没するアトランティス大陸を垣間見ることになりましたが……アトランティス大陸、どこかの機体のようにメインブースターがいかれたようです。どうでもイイ話しですな。
ひでぶが残してくれたプレゼントは本でした。ひでぶは私の知性をおかしなほど高く評価していたようで、アクロ語で書かれた歴史専門書を五十冊ほど丈夫な金属の箱に入れてました。
ありがたく持ち帰り、目を通したのですが、未だに読み終えていません。だって難しいんですもの。そのうち大学に献本しようかなと思ってます。……禁書になりそうだけどね。
この世界に戻って来た私は、ことの顛末を伝える必要があるだろうと、大塚の若頭の所へ連絡を入れて、また迎えにきて貰い無事送り届けたことと、感謝の気持ちで本を貰ったことを教えた。
「なんかお礼したほうがいいですか?」
暴力団員を使ったわけですので、お礼をしなかったら、私が殺される! とか恐怖したのですが。
「あの化け物はなんだ?」
「…………サバチーのことでしょうか? サッカーボル二個半くらいの」
「それだ」
「這い寄る混沌の部下です」
大塚の若頭、メキシコから帰国後、勉強したようで……無駄な知識詰め込んでどうするんですか? 大塚の若頭! と思いますが、這い寄る混沌についての知識を得ており、サバチーがどれほどヤバイ存在かを理解し、それ以上は聞いてきませんでした。
お礼は要らないと言われました。
その後私は故郷へと帰ったのです。サバチーと共? に。
サバチーは勝手についてきただけですけれどもね。
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なにかの間違いだと思いたいのだが”サバチー可愛い”というメールがちらほらと届いて……可愛くないから! サバチーはアレだよ、白くて発光しているようで蠢き、恐怖であり不浄の……。
サバチーは近くにいるんですか? とのメールも頂いたのですが、いますよ。今も私の膝の上に乗ってます。パソコン打つとき、胡座をかいているのですが、その胡座に乗ってます。
疲れた時もたれ掛かったりするのに、ちょうど良い大きさですサバチー。触り心地はあまりよくありませんが。
折角というか、トラペゾヘドロンの話が終わって、文字数が少ないので、サバチーのこと書いて穴埋めでもしましょうか。
【サバチーの嗜好・特性・そして思考】
鯖。鯖料理は全般に好き。鯖の水煮缶以外にも、味噌煮やしめ鯖、骨煎餅などを作ってやると喜ぶ。押し寿司系は好きではないらしい。食うけど(嫌いなものは一切食べない)
チーカマ。試しにチーズと蒲鉾を別々に与えてみたが、それは違うようだ。あくまでもチーカマ、好きなメーカーもあるのだが、そこは秘密にしておく。
ほっけのすり身を蒸したもの
かまぼこ……とも若干違う、我が家の味?
新鮮なほっけを三枚におろして、包丁で叩いて、すり鉢ですり身にする。繋ぎは塩だけ。食感が残っているところで蒸す。味付けも塩だけなので、新鮮なほっけ以外で作るとまずい。
手作り品なので、これはサバチーと奪い合いになる。
私も好物なんですよ! でも作るのに結構手間がかかって……
以前フードプロセッサーを買って作ったこともあった ――
(ホームセンターで買ってきた段ボールを開き、フードプロセッサーを取り出す)
「これで簡単に、たくさん作れるんだよ。作ったの全部サバチーにあげるよ。ほっけ持って来てくれたし」
この頃になるとサバチーは「ほっけのすり身を蒸したものを食わせろ」と意思表示をするようになる。
部屋のど真ん中に生きのいいほっけがな……びっちびっちな……近くにサバチーがいると、魚も恐怖で死んでしまい、微妙に不味くなるので、私が息の根止めてからサバチーはやってくる。
いつも通り頭を落とし三枚におろして切り身にして、取り扱い説明書をみながら、
(切り身イン、ボタンオン)
短時間ですり身ができたのですが、
――あれ……思ってたよりもどろどろ。蒸してみるか。……おや? なんか
「サバチー、できたよ」
食感が悪くなって、食べたサバチーに”ぺっ!”と口から出された。
私も味見してみたが、何か違った。
「御免、御免。いつも通り作るよ」
手の感触で叩くのを止めたり、する手を止めたり、塩の量を決めて蒸す時間すら一定ではないという、職人と言えば言葉はいいが、要するに行き当たりばったり――
蒸しほっけを食いたいという眼差し(目はないけど)を受けながらごりごりとすり鉢ですり身を作っていると、待ちかねたかのようにサバチーが近付いてきた。
「ちょっと待て。すり鉢を押さえるのが……」
突然すり鉢がサバチーの頭? 全身? の上に移動し、
「ここでするの?」
すってみると、これが……すごいんですよ! 奥さん。
すり鉢の底がぴったりフィットして、どれほど強くすりこぎを回そうともびくともしない! シリコン素材なんて目じゃないくらいに!
サバチーの手伝いもあり無事に蒸しすり身が完成。今度はサバチーのお口に合ったようで、文句も言わずうじゅる、うじゅると食ってました。
「……」
「なんで失敗したの食うのか? って。そりゃあ、もったい無いから。今日は成功したの全部サバチーにあげるよ……」
不味くはないけれども不味くて、食感が最悪で。他の物を作る時は大活躍してくれるフードプロセッサーですが、サバチーと私好みのほっけの蒸し物とは相性が悪かったようです。
「どうした? サバチー。一個くれるって? いや……じゃあもらうよ」
サバチーに気を使われたのか? それとも”こいつ食い物に執着心が強いから一個くらい渡さないと……”と思われたのか?
「サバチー……明日、今日あのフードプロセッサー買ったホームセンターで洋式便座買ってくるから、サバチー専用にしていいよ」
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