君が消えた六月三十一日
【16】について
なんか猫がキーボード踏んだ後みたいになってますが、知らない間にアップされたようです。
小説家さんになろうでも同様のことが起こったのですが、削除することも本文を書き直すこともできません。
水瀬リュリュさん中期の文章に似ている気がする
[17]輝かないトラペゾヘドロン編【1】
ミスカトニック大学を卒業した私は、翌年の公務員試験の勉強をしつつ一人暮らしをしていました。
一人暮らし用の金は最期の学年の時、治験アルバイトで悲劇が起こり ―― 爽やかに下の毛が総純白になりました ―― 少々多目にバイト代を貰うことができました。
二十代前半なのに下の毛だけ三十五歳超え。
(司法解剖系の本によると、下の毛は三十五を超えると白いのが混じるようになるそうだ。この話を美容師にしたら”えー私三十二歳だけど……以下省略”なので本当かどうかは不明。美容室でなんの話してるんだよとか言われそうだが、女しか居ない気心が知れた美容室なんてこんなもんである)
下の毛なんてどうでもいいので話を進めますが、公務員試験の勉強とは言うものの、それほど真面目にしてはおらず、気分が乗らないと言いながらすぐに近くのコンビニに出かけたりしてました。
その日 ―― 木曜日でした。午後五時近くに、コンビニに向かうと、人だかりができていました。その人だかりの向こうにパトカーの赤いライトが見えたことを良く覚えている。
人だかりをかき分けて見に行く気はなかったので、少し道を変えてコンビニに行こうとしたのだが、
「――――」
―― あー久しぶりにアクロ語聞いたなあ……アクロ語?
耳に入ってきてしまったのですよ、かのアクロ語が。いくら都会でもアクロ語を使っているヤツなんてそうそう居る筈がない。むしろ居た方が困るだろ。
足を止めて聞こえたほうを振り返る ―― 人混みの向こう、警官たちが怒鳴っている相手こそアクロ語を喋っている。
「……」
知らない振りをして通り過ぎたかったのですが、アクロ語で「トラペゾヘドロンが……」と言っているのが聞こえたら、もう放っておけないだろ!
コミケで培った人混みを潜り抜ける技を使い、騒ぎの中心へと急ぐ。
そこに居たのは、どう見ても現代人ではありません! な人。衣装と装飾 ―― 黒のビキニパンツにマタギさんたちが着るような毛皮のケープ。現在地上には存在しない生物の頭部の皮を剥ぎ作ったマスク。ボディペイントはキラキラしつつ禍々しい ―― から、どっからどう見ても初期アトランティス人と判断。
なんで滅びたアトランティス大陸のそれも初期装束の人が、こんな島国でアクロ語でトラペゾヘドロン捲し立ててるのか? もうね……
明かに怪しいので警官が応援を呼び、騒ぎが拡大していた。
アクロ語を知っている人が残念ながら私しかいなかったし、なにより、
【この人は今は失われた古代アトランティス大陸に住んでいたアトランティス人で、タイムスリップしてきたのです。喋っているのはアクロ語というピクト語によく似た……】
本当のことを警官に喋ったら、私も一緒に逮捕されてそのままどこかの病院へ直行だ。
権力もなにもない私は、パトカーに乗せられて連れて行かれるアトランティス人を……助けることにした。
トラペゾヘドロン言ってなければ、見捨てたかもしれないが ――
一台だけだがパトカーのナンバーを覚えていたので、それを手掛かりに、
「もしもし済みません、私<F>と言います。はい、その<F>です。大塚の若頭に大至急頼みたいことがありまして」
いつの間にか携帯電話に登録されていた番号にかけましたとも。
警察から助け出すには、これしか方法が思い浮かばなかったんだって!
パトカーのナンバーと、怪しげな格好を告げる。連れて来ることに成功したら、会いたいと希望すると、すぐに迎えをやると言われた。
近くの公園前でうろうろしていると、アメリカまで付いてきた舎弟が、普通車に乗って現れそのまま大塚の若頭の自宅に招待されました。いかにもヤクザな日本家屋ではなく、泥棒とか防犯とかを考えた作りの、いかにも現代住宅。
やたらと広い玄関から、防弾ガラスで守られた応接室に通されて、いかにもヤクザの姐さんのような人が緑茶を淹れてくれまして……美味しかったです。
待っていたら大塚の若頭直々に、アトランティス人を連れて来てくれました。
[はじめまして。わたしの アクロご つうじますか?]
アトランティス人は獣マスクを脱ぎ、私を抱きしめて、言葉が通じることを喜んだ。
大学で取ってて良かったアクロ語。
現代社会では使い物にならない言語、アクロ語ですが。
アトランティス人は腹が減っていたようなので、まずは簡単な食事をしてもらうことに。幸いパンが口にあったようで、水と菓子パン類を渡しておきました。
その間に大塚の若頭に、日本語で説明。
「アクロ語の他に何語を言えるんだ?」
「私がですか?」
「そうだ」
「ピクト語くらいでしょうかね。あとは古代ヘブライ語と、古代アラビア語、それと当然日本語。ヒエログリフは辞書必須。現代社会で使えそうな外国語はロシア語くらいかな」
ロシア語はナターリアに教えてもらっていたのだよ。
個人的にではなく、ナターリアは学費を稼ぐために母国語を教えるバイトをしていたのだ。大学内でバイトをすることは認められている。語学は大学内ではポピュラーなバイト。もちろん届け出は必要だ。私は治験バイトで稼いだ金でナターリアのロシア語の、特別講義を受けていたのです。
大学で教えてくれるのは、今は失われた言語ばかりですので。
アトランティス人も腹一杯になったところで、私は彼に色々と質問しました。そして分かったことと言うと――
名前は「ひでぶ」どこからどう聞いても「ひでぶ」
大塚の若頭の耳にも「ひでぶ」としか聞こえなかった。いっそ「ひげぶ」であって欲しかったような、大差ないような。
「ひでぶってなんだ?」
「名前だそうです。彼の名前は”ひでぶ”です」
あとで名前を知った舎弟の舎弟が笑い出して、本人がひでぶになりかけたそうですが、私の知ったことではありませんよ。
というわけで、このアトランティス人は”ひでぶ”です。
酷い名前だとお思いでしょうが、発音が違うので仕方ありません。ほら、有名な滅亡前夜のアトランティス人に”ホタル”っていたじゃないですか。それと同じ感覚で……乗り切れ! 乗り切るんだ!
ひでぶがこの世界にやって来た理由は事故。
彼は輝きを失ったトラペゾヘドロンを回収するのが仕事なのだそうです。
トラペゾヘドロンって輝きを失ったりするの? と思われるでしょう? 私も思いました。……が、稀にあることだそうです。
あくまでも稀にね。
それでひでぶがこの世界へとやって来た理由はといいますと、単なる事故。
未来へと送られる機械が暴発してやってきてしまったとのこと。まあ未来にいったり、過去にいったりする機械があることは皆さんもご存じでしょう。大いなる種族がそれで行き来しているのは、かなり有名だしね。
でも、決定的な違いがあった。
大いなる種族は機械の構造を知っておりその世界で機械を作製することができるが、ひでぶは知らなかった。
でも時間移動に関してはサバチーがいるので、簡単にクリアできるだろうと。さっさと、トラペゾヘドロン持って戻ってくれと。でもね――
「盗まれた?」
持っていた輝かないトラペゾヘドロンは、現在ひでぶの手元にはない。
「取り上げられたって。さっき居たところで、同じ服を着ていた男の一人に」
同じ服を着ていた ―― 警官が取り上げてしまったのだ。
「そんなこと、言ってなかったな」
大塚の若頭が舎弟の方を見ると、難しい顔で舎弟は頷いた。
「急いで取り返してもらえますか? かなりまずいものなので」
「まずいってのは、具体的にどんなもんだ? 持ち運び方に注意が必要なものか?」
大塚の若頭のもっともな質問に、
「……ちょっと待ってもらえますか?」
私はひでぶから詳細を聞き出すことにした。
私は宇宙関係が好きである ―― 何度も書いているのでお分かりいただけるであろうが、好きなのである。
それで「惑星に小惑星が衝突」なるものがある。この時、衝突の威力やエネルギーを表現する言葉をご存じだろうか?「――に投下された原子爆弾○○個分」これがポピュラーな威力の表現である(事実です)……言いたいことは分かるんだが、多くの人はあまりよく分からないと思われる。
私はというと、誰に聞いても答えがもらえなかったので自力で覚え、これだけは計算式で出せるようになった。
トラペゾヘドロンのヤバさは破壊兵器的なものではないのだが、ヤクザ相手に「SAN値が削られて、暗闇になると電気っぽいもので殺されるんです! だってトラペゾヘドロン。軽くストーカー」と言っても通じないだろうと考えて、彼らでも危険性が分かる数値に置き換えることにした。
皆さんが考えている通りアトランティスは科学力が素晴らしく、ひでぶに意図を説明すると理解が得られたので、
「落書き帳とボールペンと高性能電卓が欲しいです。桁数が多いのを」
アトランティスの数式を現代日本の数式に落として、知識人の方に説明してもらうことにした。
「他に必要なのは?」
「原子物理学に詳しい人。私が計算した数値がどれほどヤバイかを立証してくれる人を用意してください」
構成員になぜか物理学に詳しい人がいらっしゃって、すぐに連れてこられましたとさ。
私はひでぶからトラペゾヘドロンのエネルギー的なものを聞き、最初にアトランティス数字にして間違いがないことを確認してから、算用数字に変換して計算を繰り返した。
アトランティス数字から算用数字に変換する時が一番大変だった。算用数字は神だね、アトランティス数字は滅んで万歳! だよ。本当に分かり辛い。アレに比べたらローマ数字の分かりやすいこと。
私とひでぶがトラペゾヘドロンの目に見える威力(一回ちょっと光っただけで軽く三百人殺せる。範囲は少なくとも2000kmとか)を数値にして計算しているのをのぞき込んだ物理学に詳しい構成員は、ことの重大さに気付き大塚の若頭に「こいつら、頭おかしい」と ―― そうだよね。どう見たっておかしいよね。だって縦横高さが10cmの箱に入っている欠片の威力が「○○に投下された原子爆弾七十八万個分」とか、どう見ても計算間違ってるよね!
賢い大塚の若頭はどうしてこんな式になるのかは分からなかったが、計算が間違っていないことは分かったそうで。
「公式は存在するんだな?」
物理学に詳しい構成員に尋ねていた。
「はい」
「これが出回ったら、ヤバイんだな?」
「ヤバイという域はとうに超えてます」
「F<えふ>さん」
「はい。なんでしょう? 大塚の若頭さん」
「運ぶ際に注意することはあるのか?」
急いでどうにかしないと、地球がまずいことになると ―― ある意味世界を救ったヤクザである。まあヤクザだけど。
「ありません。箱の材質が特殊なものなので、箱から出さなければ問題はないです」
「箱から出てたり、蓋が外れてたら?」
「その時は、その場にトラペゾヘドロンを残して人払いをしてくれたら、私が片付けます」
そりゃあもうサバチーの出番でしょうね。絶対私は見たくないですね。狂うから。
「どの程度の人払いだ?」
「不発弾が一箇所で五つ見つかった、くらいでお願いします」
「蓋が開いてないことを願うか」
大塚の若頭の舎弟さんが構成員を連れて出ていったのが、深夜の一時過ぎ。
さすがに眠くなって船を漕いでいたら、姐さんが布団を敷いてくれたのでありがたく眠らせてもらうことにしました。”危険な状況だと、誰よりも分かっているのに寝られる度胸が凄い”と後日、大塚の若頭に言われましたが眠いものは眠いんです。
それに滅多に使わない算数系の脳みそ使ったから、疲れたんですよ。
翌朝七時半に目が覚めて、寝直したかったものの、ヤクザのご自宅だということを思い出し飛び起きて、八時には食卓についてました。
ひでぶの前には昨日気に入った菓子パンと水(天然水)
私の前には由緒正しき和食。ご飯に味噌汁に焼き魚に、海苔に卵焼きに浅漬け。テーブルには大塚の若頭もついていた。
朝食が終わった頃、テレビが付けられ、
『警察官が拳銃で自殺』
というニュースが流れて、姐さんが食器を片付けテーブルを拭き、大塚の若頭がテーブルにトラペゾヘドロンが入った箱を乗せた。
「こいつだな」
「はい! ありがとうございます[やったね! ひでぶ]」
輝きをうしなったトラペゾヘドロンを盗んだ警官は、借金を苦に自殺 ―― として処理されました。
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