君が消えた六月三十一日
[12]<F>私のはなし・名状しがたき 〜 儀式終了
さて、あまり語ることはできないが、儀式の話に戻ろう。
儀式場は跡が残っている。草が生い茂っているので、そこら辺を連れてこられた人たちが刈り取ってくれる。
私は儀式に使う骨を見つけると、あとは仕事がないので、ベラスコが用意してくれたテントで休養――の予定だったのだが、連れてこられた人たちが予定よりも多く……これは、儀式終了報告をしてから分かったのだが、支払われる金額が彼らにとっては結構高額なので「あとで彼らから巻き上げようと考えている人たち」が、多目に送り込んで来たのだ。
連れてこられた人たちは来たくはなかったようであり、巻き上げようとした人たちも来たくはなかったようです。
その為、元々用意しておいた【発狂防止アイテム】が足りなくなった。
足りない分は「殺しちゃえばいんじゃね? 生贄追加ってことでいんじゃね?」みたいな空気だったが、目の前で人間が殺されるのはあまり見たくはないので、急遽追加で作ることに。
私の意見が尊重される空気――空中扉で現れた化け物――だったのも勝因の一つだね!
シーツを一枚使い、目隠しと耳栓を作る……っても、目隠しはただ長方形に布を切るだけで、耳栓は小さめな正方形にしただけ。重要なのはその布に書き込む、呪文のようなもの。
完全に防止できるわけではないが、狂い死ぬことは避けられる可能性が高くなる、そんな呪文めいたもの。
なんともいかさまじみたものだが、ないよりはマシだ。
実際、指示通りに使った彼らは狂い死ぬことはなかった。言うことを聞かなかった護衛車に乗っていた一人は死んだところをみると、効果はあったに違いない。
紙だろうが布だろうがビニールだろうが書ける優秀なペンを持ち、シーツに必要な……どう見てもいかさまじみているものを書き込んで、彼らに配り使用方法をホセが説明する。私はエアーマットが敷かれたテントで一人の時間を楽しみ、夜半に夜空を見上げて星空を堪能したりして過ごし、儀式に向けて英気を養った。
さて翌朝。儀式は夜に執り行わなければならない――などという決まりはないので、昼間にとっとと執り行うことに。夜に執り行わないなんてクトルゥフの風上にもおけないわ! 言われそうだが、暗いと細かい手順間違いそうだからさ。
手元の明かりも乏しいし。
儀式当日は幸い天気も良く? ……曖昧な天気だが、悪くはなかった。そして儀式前だから体を清潔にしておく必要があるのでは? 気を回してくれたらしく(特に必要はない)大量の飲料水を沸かして、ビニールプールに注いでくれてました。
せっかくなのでありがたくお湯をいただき、さっぱりとした気持ちで、
「さむっ!」
首と背中の間に貼るカイロを二つ装備して帽子を目深に被って朝食の用意を。
朝食はチーズを挟んだリッツと、真空パックされていたウィンナー、野菜ジュース。あとはアーモンドチョコレート一箱。
朝から結構食ってるが、高地が体力を消耗させてくれるので太ることはなかった。
平地に戻ってから同じ量を食い続けたら、大変なことになったが、それは儀式には関係ないので。
食べ終えて、歯磨きをしながらナコト写本の写本をめくり最終確認。
そして儀式にのぞんだ……その前に、周囲にいる人たちに耳栓と目隠しをさせた。連れて来られた人たちは武器など持っていないのでいいが、ホセとベラスコ以下、カルテル直属の人たちは皆武器を持っているので、それらを置くように命じる。
命令に従わなかった人もいたが、それは個人の自由なので。
ホセとベラスコは素直に武器を置いて、私の後方に控えた。後方ってのは通路側。私は壁のようにそり立つ山側を向いて儀式を執り行う。
生贄の山羊たちは足を折られて儀式場に。可哀想だとは思いますが、そういう手順なんだから仕方ない。私は矮小な人間なので、生贄は人か山羊かどちらかを選べと言われたら、後者のほうを選びます。自分か、他人かと言われたら、勿論こちらも後者です。
足を四本とも折られ悲鳴を上げる山羊と頭蓋骨とその他。
ナコト写本の写本を手に、儀式開始。
あいもかわらず詳しくは書けないのですが、呪文らしきものを唱えつつ、骨の並び替えを繰り返していました。
「いあいあいあ−−−以下、地球コード的に禁止事項が大量に含まれているので割愛。つか禁止コードしかねえ!−−−−」
と呪文らしきものを唱えると、袋小路が震え出した。大気が膨張しぶつかり合っているような感触、そして揺れる大地。体感的には震度四くらい。
だが無音。地鳴りも空気が軋み音をあげることもなく、ひたすら揺れる。
音はない空気だが、不快さを感じさせる匂いが混ざり出す。すえたような古本の匂いのようであり、長い間閉ざされた室内の埃っぽさもあり、見えないのだが溢れかえっていると言いたくなるような黴臭さ。
黴臭さはあれだ、しめじと舞茸、それに松きのこ(松茸にあらず)と初茸、ならたけ(すべて天然もの)を一箇所にまとめ、そこに茸に栄養価を吸われた倒木を解したものを混ぜたような匂い。分からないよ! と言われそうですが、あくまでも私が感じたイメージですので。
震える大地と大気、恐怖に怯える生贄の山羊たち――突如響いた乾いた銃声。
振り返りはしなかったが、こちらの指示に従わず銃を持ったまま儀式場に居ることになった一人の男が恐怖に耐えかねて自殺した。
原始の恐怖にして見えない恐怖。これから逃れるためには自分が死ぬしかない。追い詰められた男は、引き金を引いたわけだ。
手元に武器がなければまだ耐えられたのだが、死ぬための道具を持っていたため起きた出来事でもある。
銃声が響き渡り血しぶきが辺りに飛び散ると、揺れがより一層激しくなり、男の死体が私の眼前に……まあ、頭なかったー。でも気のせいってことにしておいた。真面目に考えたら自分の精神が死ぬから考えちゃだめだ!
その男の死体が頭同様、粉々になり空中に濃い血の霧が立ちこめた。私は気付かなかったが男が血霧になったと同時に、生贄の山羊たちも同じように砕け散ったそうだ。ベラスコはこの辺りまで目隠しをずらして見ていたそうだが、彼の本能がこれ以上見るのは危険だと警告し彼は素直に従った。
これからしばらく、私はトランス状態となり、訳の解らない空間を漂い、緩やかな死の坂道をゆっくりと下ることになった ――
気付くと私は儀式場に横たわっており、起き上がった時、儀式が終了したことを確信した。大地の揺れは収まり、大気の震動もない。
「終わった めかくし はずす みみ はずす」
……で、振り返ったら失神者続出ですよ!
そして耳栓を外せとか言ってる私は馬鹿ですよ! 聞こえないって!
地震酔いしつつ、ふらふらしながらホセとベラスコに近寄り、目隠しに手をかけて勝手にはずした。二人は私の姿を確認すると震える手で耳栓代わりの布を引き抜き、座り直して息を吐き出した。
彼らは恐いと感じることはほとんど無いそうだが―― ホセは二度ほど経験して、これが三度目だが、恐怖に慣れることはないと ――儀式は恐かったと。
ベラスコは初めてながら、他の人が自殺するくらいの恐怖に耐えることができたので、なんとか頑張った。頑張る必要があるのかどうか? やや不明だが。
倒れている人たちを起こそうとしたのだが、起きた瞬間に恐怖のあまり襲いかかってくる可能性もあるので(以前、そういったことがあったのだそうだ)ベラスコとホセの二人で起こすから、私はテントで休むようにと。
遠足は帰宅するまで遠足と同じで、儀式を執り行う大学生は大学に帰して初めて完了なのだ。
「あートイレ」
休む前にトイレに行くことに……一人でトイレに行っちゃいけないんですよ。
大自然がトイレなんですが、ベラスコかホセにずっと見張られて……いや、本当にご迷惑おかけしました、ホセさんとベラスコさん。二人だって見たくはないよなー、でも警備しなければならないのだよ。
いやね、ピューマに襲われる可能性があったり、尻丸出しで毒蛇に噛まれる恐れがあったりするから、トイレは隠さず護衛付きで!
そりゃあいやだったけど、胯間毒蛇に噛まれて死ぬのもいやだし、ケツ出したままピューマに首噛まれて運ばれるのいやだ。
彼らだってそんな趣味ないだろうし、あったとしても私じゃあ(なんの話だよ)なんにもならないだろうけれども、生存が絶対条件なので。背に腹は代えられないというか、女として終わってるというか。だが生き延びた者が絶対的な勝者なのだよ!
連れてこられた人の三人くらいは、排泄中に野生動物に襲われて消えてたな……。
儀式場所から少し離れた場所まで車で移動して、道ととても言えないが一応道から少し外れた場所へ私専用の柔らかいトイレットペーパーを持って移動して――ベラスコ、本当に世話になりました! マウロじゃなくて本当に良かった! おそらくマウロがここまで付いてきていたら、ホセが一人で苦労してただろう。あと蕃神を信じていなかったので、人間の血の霧がもっと濃くなっていたかもね。考えてみたらマウロ、どっちに転んでも粉々ルートだ!
儀式場所側のテントへと戻り、あとは二人に任せてテントに入り、ノートを開いて今日の出来事をノートにメモしたりして過ごした。本当は儀式が終わったらすぐに帰途につく予定だったのだが、皆さん精神が疲労しまくってとても運転できそうにないので一晩時間をくれと懇願された。
片言だからもの凄く伝わり辛かったが。
そうそう、彼らは這うようにしてトイレに行ってたよ。さすがに儀式場で用を足す気にはなれなかったらしい。
チップスターコンソメ味を食べながら、温いウーロン茶を飲みつつ、頭に糖分! とブドウ糖を取り、健康に気を使わなくてはとマルチビタミンを摂る。私はとっても元気でした。
儀式そのもので疲れはしないが、標高が高いので黙っていても疲れるわけでしてねえ……。私なんて寝ている時に酸素ボンベを装着してるんだぜ! それも何故か日本製。日本人には日本製の酸素が体質的に合うだろうって。
この過剰な気遣いが、ちょっとした問題を引き起こすわけだが ―― ともかくこんな感じで儀式を終えて、一晩体を休め……恐すぎて寝られない人続出! だったが、一日経過してから山を降りることに。
標高的な理由で二度と来たくはなかった蕃神の儀式 ―― 翌年に巻き込まれた滅亡都市探索に比べたらずっと楽だったことを知るのは、当然ながら翌年なのですよ。
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