剣の皇子と偽りの側室【14】
[告白]
「……」
『どうしたんだい? エドゥアルド皇子』
クリスチャンは恋に悩むエドゥアルドを、日々ぬるぬると見守っていた。その”ぬるぬる”がなにを指すのかは、クリスチャン本人も分かってはいない。イメージとして”ぬるぬる”なのである。
「……実は……」
エドゥアルドはクリスチャンに「妃に対する嫌がらせ」に加担したことを正直に話した。話を聞いていたクリスチャンは、そこまで正直に言わないでも……と感じるほど正直に。
『馬鹿なことをしたとは思っているのだろう?』
虫を採取しているクローディアに声をかけられ、メアリーが虫を欲していると聞き、資金提供をした。
「ああ」
『その女は妃に嫌がらせをして、どうするつもりなのだ?』
「そこまで具体的には聞いていなかった」
聞かなくてもわかったような気がしたのだ。
『んー。ただ嫌がらせをして溜飲を少し下げる程度の人物なら、妃以外にも嫌がらせをするかも知れないよ』
嫌がらせをしよう ―― そのような気持ちは多くの人間にある。だがそれを表に出すかどうかは別である。
『嫌がらせをするような人物は一度嫌がらせをしたら”してはならない”という意識の障壁が下がる、もしくは無くなる。そのメアリーとかいうのは嫌がらせを継続するだろう。継続するために複数に嫌がらせをする可能性も出てくる』
「継続するため?」
『そのうち嫌がらせが楽しくなってしまうのだよ』
当初の目的を見失うことはよくある。
「それが複数とは?」
『人間というのは嫌がらせを続けられると精神が摩滅して、嫌がらせをしている人間を楽しませるような反応を示さなくなる。そうしたら新しい獲物だ』
「……どうしたらメアリーを止められる?」
『無理だよ』
「そうか……背を押したのは私のようなものだから、できれば止めたいのだが」
『違うよエドゥアルド皇子。人間の尊厳に関わる部分の最終決断は、本人のものだ。彼女の本質はそうであった……というだけさ。皇子の側室になってくれたエリカ。彼女がそのような妬心を持ち、皇子に唆されたとしても、実行には移さない。要は人間の質とも言える。メアリーというのは質が悪く、いずれ己の判断力の悪さで身を滅ぼすだろう』
「……」
『納得いかないようだが、それは仕方がないことだ。私と話をしているから納得できないんだよ皇子。惚れたはれた、嫉妬と後悔などは、同じ人間同士で話すべきだ。皇子も分かっているのだろう。そして恥ずかしいから人間相手には言いたくないってことも分かっているよ。だけど幸い皇子には口がかたいお兄さんがいるじゃないか』
「兄上には……」
『聖職者だったら絶対に口外しないさ』
エドゥアルドは非常に悩んだものの、覚悟を決めてバルトロに、
「そんなことをしたのか」
クリスチャンに語ったのと同じことを語り、クリスチャンが語ったことも伝えて、それでも納得いかないので ――
「こうして恥をさらしにきた」
混乱した感情を抑え、沸き上がる羞恥心と自己嫌悪に眉を顰め、意見を求めた。
バルトロは少しの間考えて、
「一連の出来事は、エドゥアルドが自分で納得していないことが原因だと気付いているか?」
エドゥアルドは真っ直ぐ前を向いて生きてゆくことを許され、その生き方をしていれば運命が従うような男である。権謀術数の中にあったとしても、彼は自分の信念の元、恥じるようなことせず前を向いて歩いていれば道は開ける。
「納得していないとは……」
「メアリーに加担したのは彼女がお妃さまを追い出すかもしれないという期待からだろう。お妃さまが追い出されることと、エドゥアルドになんの関係があるか? それはリザ殿に他ならない。エドゥアルドはリザ殿をヨアキムの妃にしようとしたのだろう」
ヨアキムがどうしてもリザを手放さない。側室は皇子同士交換ができるのでエドゥアルドは諦めがつかない。だからエドゥアルドは諦めるためにリザを妃にしようと考えた。
「そうだ」
「本心からそうは思っていないから、そんな奸計に協力してしまったのだ。思考が濁るとでも言うべきか。このままリザ殿をヨアキムの妃にして諦めると考え続けると、エドゥアルドの判断は鈍り、誤り続けることになる」
「諦めるなと?」
「本心より諦めるのであればいいが、上辺だけでは破綻する。事実今回は失敗した」
普段のエドゥアルドならば、こんな計画に協力したりはしない。
「……」
弟がどのような性質の人間か? ほとんど一緒に暮らしたことはないが、少し離れた位置から見守ってきた兄であるバルトロは理解していた。
「一人で失敗し続けるのならば良いが、エドゥアルドは皇子だ。行動すると影響力が大きい。この先取り返しのつかないことをすれば、無理を言って側室になってもらったエリカ殿やその一族にも累が及ぶかもしれない。リザ殿にもご迷惑をおかけすることになるだろう」
嫌がらせがエスカレートし後宮全体を巻き込むようなことなったら、最悪、皇后とアイシャが対立することになる可能性すらある。
「兄上。私はいままで通り、リザを妃にするために努力する」
「そうか……でも、あまり迷惑はかけないようにしてくれよ」
「約束はできない!」
父である皇帝に食事の席で”もう少し節度を持ち、生垣を越えることは控えるように”と諫められても、生垣を越えてリザに会いに行くエドゥアルドに、迷惑かけるなというのは無駄というもの。
「エドゥアルド……」
「兄上。メアリーとクローディアについてだが……」
二人が妃にとった行動の責任の半分は自分にあるので、処罰される際には自分も同じものを背負うことを希望した。
これで二人の罪を少しでも軽くしようとしたのだが、そのエドゥアルドの好意も虚しく、メアリーはもう一度嫌がらせをするために資金の提供を求めにきた。
―― これはもう救えないな
自分で背を押してしまった相手だが、思考が非常に歪んでおり、このまま生かしておいても間違った方向にしか進まないであろうと、エドゥアルドは判断をした
その判断を下した言い分とは「リザに嫌がらせをして、その嫌がらせが妃によるものだと思わせ、両者をヨアキムの後宮から追い出す。その際にリザをエドゥアルドの後宮に収めれば良い」というもの。
「なんであの様な案を持ちかけられたのか? さっぱり分からない」
聞かされたエドゥアルドは、最初なにを言われているのか理解ができなかった程である。リザを一度でも不幸に落として手に入れるなど、彼の性質では考えもつかない。
『人には人の考え方があるのさ。メアリーというのは、それで皇子が喜ぶと思ったのだろう。彼女は皇子の人となりも良く知らないし。彼女はそうやってもらえると喜べるのだろう』
**********
メアリーが極刑に処されたのは、
「一度目のことは不問にするが、二度目があったこと、皇族を脅迫したことは重罪に値する」
妃に行ったことよりも、エドゥアルドに対しての行為が問題視された。
妃に対する嫌がらせ行為を一度だけであれば、ヨアキムは他のこととの兼ね合いもありメアリーを教会に預けるだけに済ませたのだが、
「メアリーをロブドダンに帰したら、最悪ラージュ皇国に攻めてくるであろう」
嫌がらせが短期間でエスカレートする性格から、放置しておけば災いになるとヨアキムは判断した。
呼ばれクローディアを確認しにやってきた、メアリーの両親はそんなことはないと訴えたが、
「妃に対して嫌がらせをするとは考えていなかったのか?」
どう答えても終わり ―― 嫌がらせをするような娘だと言えば、何故そんな娘を側室にしたと責められ、嫌がらせなどするような娘ではないと申し出れば、お前たちは娘のことをなにも分かっていないのだなと言い捨てられ、もう一度調査をして下さいと嘆願すれば、我が国の調査を疑うのかと ―― だった。
答えられないメアリーの両親と死の恐怖に怯えるメアリー。
「クローディア」
「は……はい、ヨアキム皇子」
「お前は今日からメアリーだ」
「…………」
理解していないことがはっきりと分かる表情を浮かべているクローディアであったが、誰もその場で懇切丁寧に説明などせず、すぐに彼女をヨアキムの前から連れ出した。
”誰でもない誰か”の処刑を終えたヨアキムは、バルトロの後宮を訪れた。
「ご配慮、ありがとうございます」
「エドゥアルドのことか?」
礼拝室で長椅子に隣同士座り、お互い体を少し捻りながら。
「そうだ」
「あれは……私がリザを渡さないことが原因だからな。それにすぐに間違いに気付きバルトロに告白した。私は宗教には重きをおかないが、皇国と教団の間に結ばれた取り決めを反故にするようなことはしない」
告白を聞ける地位にある者に告白をした場合、罪を一等減じる ―― なる決まりがあった。
「いや告白は……」
「したのだろう? した上で、エドゥアルドの希望で告白はしていないと言うよう頼まれた。違うか? バルトロ」
罪を一等減じられることなど望んでいなかったエドゥアルドは、告白はしていないと言うどころか、証言そのものを拒み”ベニートの調査とヨアキムの判断にすべてを委ねる”ことを宣誓して沈黙を貫いた。
「私はしてないとしか言えない」
指を組み困ったように笑いながらバルトロは、聖職者として告白者の願いを尊重する。
「そうか。そうだ、妃は今回のことは特に気にはしていないことを教えておく。ベニートに”部屋に虫をばらまくとどのような罪に問われるのか?”と、かなり本気で気の抜けた質問をしていたそうだ」
「お妃さまの寛大さにお礼を」
―― 寛大というか、まったく気にしていないというのが事実なのだがな
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―― 罪を一等減じられることなど望んでいなかったエドゥアルドは、告白はしていないと言うどころか、証言そのものを拒み”ベニートの調査とヨアキムの判断にすべてを委ねる”ことを宣誓して沈黙を貫いた ――
下手をしたらメアリーやクローディアに罪のすべてをなすりつけられる可能性もあるというのに、あえてエドゥアルドはそれを選んだ。
「エドゥアルド」
「ベニート。勝手に私の後宮に……」
「なぜ証言しなかった?」
文句を言っているエドゥアルドの言葉を遮り、ベニートは真意を尋ねる。
「語るべきことはなにもないからだ」
「すべての罪を背負わされ、最悪処刑されるかもしれないのにか?」
ベニートの言葉にエドゥアルドが、引き締まった口元を少々緩めて、ベニートの胸を拳で軽く叩く。
「私はお前は嫌いだが、お前の調査能力は正当に評価しているつもりだ。ヨアキムの判断力もな」
「それは……」
「私が証言しようがしまいが、結果は変わらなかった。そうだろう?」
「処刑されたとしても?」
「未来の皇帝が私を必要無いと判断した ―― そうだとしたら、受け入れるのは当然だ」
バルトロが言う通りエドゥアルドがエドゥアルドとして生きる限り、道を間違うことはない。
「なるほど。ところでさ、側室のリザが嫌がらせされて、エドゥアルドの側室になりたいと言ったらどうするつもりだった?」
「そんなことはさせない」
「でも……」
「私はいずれリザを妃にするが、自分の妃にするために相手を陥れたり、悲しませたりするような真似は決してしない。私は彼女を愛しているのだ、彼女が苦しむことなど想像したくもない。彼女はいつでも幸せであって欲しい。どうした? ベニート」
自分に対する告白をされたベニートは、自分自身どんな顔をしているのか想像もつかなかった。
「えーと、折角だから今の言葉、リザに言ってみたら?」
「余計なお世話だ! 出ていけ! ベニート」
いつものごとくエドゥアルドの後宮から蹴り出されたベニートは、いつもならば笑いながらヨアキムに報告するところだが、この告白はさすがに伝えることができなかった。
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