剣の皇子と偽りの側室【13】
[策謀と計画]
エドゥアルドはヨアキムが一目ぼれをした妃を迎えたことで ――
「リザが蔑ろにされたらどうしよう」
”これでリザを貰いうけることができる”などと浮かれよりも先に【彼女】の身を案じた。
『リザとはエドゥアルド皇子が好きなヨアキム皇子の側室……だよね』
話相手は剣となっているホムンクルスのクリスチャン。
「そうだ……リザ……」
クリスチャンはエドゥアルドの部下たちのように、その真摯な愛に感動することはなく、むしろ”どうして他人の側室を? 他人の側室を欲しがる性格なのか?”と思いながら見つめていた。
たまにクリスチャンはヨアキムの後宮へと連れて行かれるのだが、側室リザの部屋へ連れて行かれたことはない。
少々興味を持ち探ってみたのだが、
―― ラージュ後宮の呪いに阻まれて見えないな……ヨアキム皇子とエドゥアルド皇子の両方から思いを向けられているから呪いが厚いのか? いや本人自身も呪われ……よく見えないな。ん? これはベニート公子か
捜すとなぜかベニート公子にぶつかってしまい、どうしても辿り着くことができなかった。後宮の呪いと、ヨアキムが制御しきれていないテオドラが作った凍らせた黄泉の水が自分の視界を阻んでいるのであろうと考えて”何時か会わせてもらえたら良いな”と構えている。
「リザ……リザ……」
―― 潔いまでに鬱陶しいな
クリスチャンは愛に悩むエドゥアルドを、それこそ生やさしく見守った。
リザを欲しいと思い行動に移すも、ヨアキムに阻まれ手が届かない。
最愛の妃を手に入れたのだから、リザを寄越せといっても”あり得ない”といった表情でエドゥアルドを拒否するヨアキム ――
リザの身を案じるあまり、エドゥアルドはロブドダン王国からやってきたメアリー姫に加担することになる。
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「……ん?」
ヨアキムは横になったベッドから起き上がり、シーツを撫でた。一度撫でて手のひらを確認して再度撫でる。
「……」
シーツの糊がいつもよりきいているような気がした。べつに心地悪い物ではなかったので、そのままベッドに再度横になり、眠りに落ちる。
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元の仕事など好きでもなんでもない妃だったが、先日、まだ一回も袖を通していなかったロブドダン王国で仕立てた服があることを思い出し着ることにした。
デザインも布の質も、ブレンダが仕立ててくれた物のほうが遥かに良いのだが、妃は元は貧乏なので、作ってもらって着ないまま ―― というのが、どうも落ち着かない。
カタリナに服を出してもらい着たところ、腰の辺りが苦しかった。正しく評するのならば「本気で無理、入るわけないじゃない。これ、誰の服? 本当に私の服なの?」状態。
妃はヨアキムと結婚してから、豪華な食事に毎日違う美味しい菓子をつまみ、以前ほど動くことはないどころか、身の回りの世話までしてもらっている……妃は太りやすい体質ではないが、この生活では太ることからは逃れられない。
妃は後宮のリザの部屋にいるブレンダをカタリナに呼んでもらい、この着る前に着られなくなってしまった服を手直ししてもらおうとした。
部屋にやってきたブレンダと、呼んでいないのだがブレンダの主である側室リザが妃の部屋へとやってきた。
妃はリザの視線は無視し、ブレンダに手直しを依頼する。
洋服の縫い合わせ部分を確認しながら、
「雑な仕事ですね」
ブレンダはロブドダンの仕立て屋の作りに文句を言う。
「急がせたので仕方ないかと」
あの時の状況をしっているので、ロブドダンの仕立て屋たちのことを弁護するのだが、ブレンダは頭を振り、そのような類のことではないと言い、妃に服を着替えるように促す。
ブレンダは、妃が平民から皇子の妃になったことは聞いているのだから、食生活や生活習慣が変わり体型が変わることくらい考慮し、多少のサイズの誤差に耐えられる服を作るのが仕立て屋の仕事だと。ロブドダンの服は急いで仕立てたにしても、まったくそれらが考慮されておらず、服を着て貰おうという意識がないとブレンダは言い、
「私が作らせていただいたお妃さまのお洋服は、妊娠六ヶ月まで着られるように作っています」
自分の作った服は違うので安心して欲しいとも。
ヨアキムが一目ぼれして強引に連れ帰った妃 ―― だと、この室内にいる四人の中でただ一人、世間の噂を信じているブレンダは、作った服を着てもらえるように様々な技巧を凝らしていた。
話を聞いた妃は、ブレンダが作ったものと、ロブドダンの服と比較する。ブレンダは言うだけあって、腰回りなどをかなり調節できるように作っていた。
妃は体型の変化に気づかなかったことにかなりショックを受けながら、元の体型に戻りたいとは言わないが少しは動いて痩せようと考えて ―― 結局、昔からの仕事をすることにした。
妃が後宮内で仕事をするのは最近では好ましいことと言われているので、誰も反対する者はない。
そこでヨアキムのシーツを糊付けすることになった。
城では糊をきかせるような洗濯物を請け負うことはなかったが、以前働いていた家では一通りのことはできるように使われていたので糊付けもできる。
大量の糊と大きなヨアキムのシーツを前に、普通であれば叱責され給金からさっ引かれるであろうほど大量に糊を塗り、シーツを仕上げた。
妃本人のシーツに糊はかかっていない。妃はあのピシッとしたシーツが苦手である。
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翌朝気分よく目覚めたヨアキムは、テーブルに朝食を並べているカタリナにシーツについて尋ねた。
普段であれば気にならなかったのだが、糊の種類が変わったのは妃が希望したからかと考えてのこと。彼は妃も糊がきいたシーツで寝ていると、疑っていない。
ヨアキムが糊のきいていないシーツで眠るのは、戦場に立った時くらいのもの。
「お妃さまが糊付けしたものです」
「妃が?」
「いかがでした?」
「悪くなかった」
カタリナは微笑み、妃を呼んでくるので是非ともご本人にと言われ、
「分かった」
ヨアキムは先に席について妃を待った。身支度を調えた妃が、ヨアキムに朝の挨拶 ―― 堅苦しいものではなく、世間一般的なもの ―― をして椅子に腰を下ろす。
カタリナは気を気をきかせて、少々席を外した。
「シーツの糊だが、なかなか良かった」
ヨアキムが違いに気づいたことに妃はかなり驚いた様子を見せた。そしてカタリナが戻り、給仕がついたので二人は朝食を取る。
妃の前にある食事の量は、ヨアキムの三分の一程度。
もとはヨアキムの半分くらいは食べていたのだが……いまはダイエット中である。
ヨアキムはそれについては触れなかった。彼は妃がダイエットしていることを、知らないことになっている。
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妃の体型の変化について、侍女も側室もヨアキムに言うべきことではなく、妃は自分の体型の変化などヨアキムには関係ないと理解しているので語るはずもなく。
「ブレンダが優秀過ぎたようだ」
「そのようだな、ベニート」
だがベニートとしては面白そうだったので、ヨアキムと食事をしながら側室リザが見た、今日の出来事を教えた。
「ヨアキムは気づかなかった?」
「気づいてはいた。だが妃の体型に関して、私がなにか言うわけにもいかないだろう。それに、おかしいほど太ったわけではないからな。精々ふっくらした程度だ。気にするほどのことではないと思うがな」
「私も可愛い程度のふっくらだとは思うけれど、女性はそうは感じないらしい」
「だが、あまり痩せられても困るのだが」
妃が太ることはヨアキムとしては全面的に賛成だが、痩せるとなると少々。「いまの体型維持ではだめなのか?」と引き留めたくなる。
「そうだよね。後宮で虐められているように思われるもんね」
「私個人としては、このままの状態でいて欲しいのだが……」
虐められているで済めばいいが、毒を盛られていると噂されようものなら……実害はないが、ヨアキムとしては厄介なところであった。
「無理だよ。お妃さまはヨアキムに好かれるために自分を変えるような人じゃないから」
妃が痩せるのも太るのも自分のためであり、他の誰のためでもない。
「分かっている。食事を減らすのではなく、運動を楽しむように勧めるか」
ベニートから妃が”食事を減らす”と言っていたと聞いていたので ―― 向かい合って食事をする際に、以前よりも格段に量は減っているが、気づかないふりを徹底していた ――
「運動って、テニスとか?」
長方形の室内で、中程に薄い布をかけて、板でボールを打ちあうもので、貴族女性にも愛好者は多い。ベニートの母であるリザも好んでいる。
「乗馬を勧めてみようかと思っていたのだが」
「ヨアキム。多分、お妃さまは馬には乗れないよ」
乗馬はヨアキムの趣味でもある。
「……」
「テニスもやったことないとは思うけど、乗馬よりは簡単だし怪我の心配もないからさ」
「そうだな。テニスならば私以外でも相手ができるであろうし」
「え、乗馬、ヨアキムが直接教えるつもりだったの?」
「言った手前……どうした? ベニート」
仕事であれば全部自分一人で片付けようとは考えないが、妃のことは極力表に出さず、接する人たちも抑えておきたいので、自ら相手をしようと考えていた。
「いや、ヨアキムが教えるのなら乗馬も良いと思うよ」
「そうか? ……だが、どうやって誘う」
ヨアキムは妃の体型の変化や、ダイエットをしていることに気付いていない「こと」になっている。
いきなり乗馬に誘い「何故か」を問われたら「痩せるぞ」としか答えられない。
「いきなり乗馬じゃなくて、先ずは乗せて遠乗りしてみたらどう?」
「ベニート」
「なに?」
「妃が私と一緒に馬に乗り、遠乗りにつきあってくれると思うか?」
「…………無理だね!」
妃のつれなさはベニートも感動するほど。
「意気揚々と言うなベニート」
ヨアキムは遠乗りの前段階として、後宮の散歩に誘うことにした。
その案を聞いたときベニートは「遠乗りに出る前にお妃さまと離婚してるだろう」と思ったが、あえて触れなかった。
妃はというとヨアキムの誘いかたが良かったこともあり、その誘いを断ることなく、一緒に散歩をすることにした。そして肩を並べて小径を歩き、途切れがちながら会話をする程になる。
会話が途切れるのは、ほとんど妃の名を間違っているのが原因である。
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