悪意の肖像
[悪意の肖像・完結]
目の前に現れた化け物に向かって、テオドラはこともなげに言った
「おや? まだ生きていたのですか《私》」
言い終えると同時にテオドラは手の甲を合わせて光を放つ。その光にあたった化け物は、その場で崩れて無くなった。
「私の血を使ったのですから、もう少し抵抗するかと思ったのですが……おや? これはまた、面倒なことに」
地面に残る僅かな水分の影に向けてそう言って、テオドラは歩き出した。
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テオドラは歴史ある町並みを歩いていた。しっかりとした石畳と立ち並ぶ古いながらも手入れされている家。
美しい家々が並ぶ中に空き地があった。立て看板も何も無い、ロープだけが張られているその空き地の前にテオドラが立っていると、噂好きそうな中年の女性が近寄ってきた。
これ幸いとテオドラは何故ここが空き地なのかを尋ねる。中年女性は待っていましたと言わんばかりにテオドラに語りはじめた。
以前この場所には家が建っていたのだが、この家に住む者は次々と死亡し、最後には一晩で二十人近い者達が原因不明の死を迎えた。
「二十人も何をしていたんですか?」
昼になっても帰ってこないことを心配した家人達が発見した時、彼等は恐怖を貼り付けた顔で死に絶えていた。
「幽霊を見ようとしたらしいのよ」
「悪趣味ですね。でもその人達の死は、幽霊の仕業ということですか」
「そうね」
家の持ち主は大量の死に恐れをなして家を売りに出した。買い手のつかない家は、荒れて人が引きずり込まれて殺害されたりと暗闇は拡大し人々は恐れた。家は取り壊されて更地にして売りに出したが誰にも買われることなく “呪われた場所” として好事家が見物しにくる場所になった。
「折角の土地なのに勿体ない。呪いを解いてもらおうとか考えないのですか?」
「昔はそういうことを生業にしていた人もいたらしいけれど、最近は聞かないね。大都市のクランバルスあたりにならまだ居るかも知れないけど」
テオドラはクランバルスの位置を聞く。女性は “クランバルスも知らないのかい!” 驚きの声を上げた。その後詳細とは言えないながらも、位置を聞きテオドラは礼を述べてその地を後にした。
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「古くからの刑場ですか」
テオドラは町中にある寂れた刑場の前に立った。
「今も現役だが、最近は処刑されるようなヤツはいなくてな。国を治めている方が良い一族だからだろう」
退屈そうにしていた刑場の見張りはテオドラに話しかける。
「最後に使われたのは何時ですか?」
「前にこの町に住んでいた有力者の一族が処刑されたのが最後だ」
殺傷力はあるだろうが “飾り” にしか見えない槍にもたれかかりながら見張りは “最後” を語る。
有力者は突然 《プラチナの女神像が盗まれた》 と騒ぎだし、近くの国に戦争を仕掛けた。
「あの頃はみんな戦争をしたがっていた頃だからな。いろんな理由を付けて戦争していた」
盗んだとされる国は盗んではいないと言い、戦いになった。結果は刑場が語るとおり、有力者とこの町が敗北した。濡れ衣を着せられた相手の国は、有力者だけを罰し人々には何の危害も加えることはなかった。
「立派なお方ですね」
「クランバルスのゲオルグ様の時代だ」
誰もが知っているかのような口調で話しかけられたが、テオドラははっきりと答えはしなかった。
「それで切欠になったプラチナの女神像はどうなったのですか?」
プラチナの女神像は戦争の混乱で失われてしまったと見張りは言う。
「有力者が奪われまいと隠したんだろうと言われている。宝探し屋が必死に捜す財宝の一つとされているよ」
「へえ、発見したら一財産になるでしょうかね?」
「止めておきな、お嬢ちゃん」
テオドラは礼と言って腰に下げていた酒を手渡し、刑場から立ち去る。
途中で振り返り、
「この町には錬金術師はいませんでしたか?」
「昔はいたけど、クランバルスに移ったよ。ゲオルグ様が連れて行って、子孫は向こうの街で幸せに暮らしているってさ」
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クランバルスに向かう近道をテオドラは歩いていた。
すっかりと寂れた街道を歩いていると、猫が目の前に現れた。子猫はテオドラの足下にまとわりつく。
「迷子ですか? 私は飼うことはできませんよ」
子猫は “違う” とテオドラの前に出て街道を外れて歩き、途中で止まっては振り返る。
「ついて来い? 解りました」
テオドラは子猫のあとをついて廃墟の脇を通り過ぎて少し森に入ったところにあった小屋へと導かれた。
「何処に行ってたんだ? ……おや、珍しいな。こんな辺鄙なところに旅人とは」
「初めまして、テオドラと申します」
家主の家族は昔は街に住んでいたが、争いの激化により街を捨てて疎開したがそこも争いに巻き込まれたために避難に避難を重ねてついに此処までやってきた。
「私の祖先は元々東の国からきたこちらに渡ってきたらしい。本当は戻るつもりだったらしいが、この先の昔何とかという部族が住んでいた土地が呪われてしまっていて通れなくなっていて、故郷に戻るのを断念してここに住み住み着いた」
猟師は子猫の連れてきた客であるテオドラに一夜の宿を提供した。その好意をありがたく受け取り、テオドラは硬いベッドに体を伸ばす。ふと覚えた違和感にベッドから降りて、違和感の元へと手を伸ばすと悪夢師の本が挟まっていた。
テオドラはその本をパラパラとめくり、脇に置いて雨戸をゆっくりと開く。
朝起こしに来た猟師はテオドラの枕元にある本を見て、
「それ、どこにあった?」
尋ねてきた。ベッドマットの下にあったことを告げると “前に捜した時は無かったのに” と笑いながらテオドラに朝食の硬いパンとウィンナーと根菜類のスープ煮の入った皿を差し出す。ありがたく受け取って口に運ぶテオドラの脇で、猟師は笑顔でその本をめくる。
「この本って何も書いてないよな」
「日記かと思いまして、見ていませんよ」
「日記なんかじゃないよ。見てくれよ」
テオドラはスプーンを皿に置くと、悪夢師の本を受け取りめくる。
「何も書いてないよな」
「……書いていませんね」
「昔っから本だって言われてるんだけど、本ってのは白紙を紐で止めたモンなのかい?」
「違うと思いますよ。少なくとも私は見たことはありません。……どうですか? メモ用紙にでも使ったら」
「そんなモン必要ない。どうだい? あんた持って行かないか? 私よりはモノ書いたりする用事があるだろう? 見たところ猟師の私よりもずっと知的だしさ」
私と比べて悪いな! と笑う猟師から悪夢師の本を受け取り、呼びに来た子猫と共に部屋から出る。
「おい! 無事だったか! 怪我はないか!」
入り口の扉を壊すかのようにして飛び込んできた夫は、妻の猟師に声をかけた。
「どうしたんだ?」
猟師の夫が泊まりがけの仕事から帰ってきたら、家の近くに大きな人など何十人でも簡単に殺せるような合成獣の屍体が転がっていたことに驚いた。この近辺に住んでいるのは自分と妻だけ。 “まさか!” と血の跡を辿ると自分の家、それも猟師の部屋の窓下から続いている。
「あんな大きな合成獣とやりあったら腕の立つ猟師のお前でも無傷じゃ済まないだろうと思って」
夫に連れられて合成獣の屍体を見た猟師は驚いた。
「こんなの倒せないよ」
小山のような大きさに牙をはやした無数の口のある合成獣を前に、腕の立つ猟師も身を震わせる。
「一体誰が?」
猟師の妻が全く気配を感じることも、音を聞くこともなかったことに夫は驚く。
「あのお嬢ちゃんか……」
「お嬢ちゃん? ああ、あの後ろにいた女の子か」
二人が急いで家へと戻ると “ありがとうございました” と書き残されたメモと “お礼に” と宝石が二個ほどテーブルに置かれていた。
「お見送りありがとうございます、子猫さん」
「ニャー」
「いえいえ、どういたしまして “ついで” ですから。まさか自分の血を使って作られた合成獣が、自家受精で増えているとは思いませんでしたよ。一段落ついたら狩りますので。それでは、お元気で……え? その廃墟ですか? その廃墟はかつて吸血鬼を封じていた街ピエタと言います。メーシュ王国ロキ王に滅ぼされた国ですよ。ええ、そうです。あの宝石はメーシュ王国の王と王妃の証です。今はない国ですし、それにしてもよくご存じですね……ああ、なるほどね。それでは、さようなら」
テオドラはそのままクランバルスへと向かった。
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「そしてこれが守護者」
テオドラはクランバルスの城下町の中心にある建物でブロンズ像を目にとめて近寄った。ブロンズ像の前には概略が刻まれている。
それに目を通してからブロンズ像について詳しく書かれている本を手に取り目を通す。
ブロンズ像はこの国を大きくした領主。
人々に慕われていた領主夫妻は、子供には恵まれなかったが養子をとり仲むつまじく暮らしていた。跡取りにと迎えた養子が成人になった頃に二人は小旅行へとゆき、小競り合いに巻き込まれて消息不明となった。
養子は人々の期待にこたえ、戦争があちらこちらで起こっている大陸で国を守った。養子は養父母には持ち得なかった実子を得て、争いの多い大陸ながらも確固たる基盤を築いた国を譲る。
こうして何代か堅実に国は受け継がれていった。
大陸はメーシュ王国が引き起こした戦争により戦火は拡大の一途を辿り、気がつくと随分と多くの国が消えた。戦争を起こしたメーシュ王国すらも消え去ってしまった。
そんな年月が流れたある日のこと、各地の争いの元となったメーシュ王国のかつての王、吸血鬼となったロキが攻めてきた。
ロキが人々を襲おうとした時、彼の前に立ちはだかったのが人々に慕われていた大昔の領主・ジュドー。
「領主のジュドー様ですか」
「奥様もご一緒に今もこの街を見守ってくださっていることでしょう」
「そらまあ、大変ですな」
既に死んでいるはずのジュドーとロキは向かい合い、人々の前から消え去った。その後クランバルスにロキが現れることはなかった。
ロキは死んでおらず、かつて自ら治めていた地メーシュで誰も知らない白い花々に囲まれて暮らしている。たまに食事として何処かの国を襲うこともあるが、以前ほど無軌道に襲うこともなくなった。
テオドラはブロンズ像を見た後、直ぐに城下町から出てかつて小領主だった頃にジュドーが住んでいた城へと向かう。
今では人の住んでいない古城は、この町に移り住んだ錬金術師の手によって人は立ち入れないよう細工が施されていた。テオドラはそれを苦もなく開き、城へと忍び込む。
長すぎる階段を休憩を入れつつ登り、かつてジュドーと会話したことのある踊り場へとたどり着く。
「立派な国になりましたね、ジュドーさん」
「呪解師テオドラ!」
テオドラの訪問にジュドーは驚いた。
ジュドーはテオドラを客間に招き、妻に水を用意をさせる。テオドラが屍体にした妻は笑顔で礼を言いながら “お茶などは長年飲んでいないので味に自信がありませんので、失礼ながら水で” と勧める。
「立派な国になりましたね。そしてロキ王に立ち向かったそうですが、良く勝つことが出来ましたね」
テオドラはそれを飲みながら、時間の流れを無視して話しかけ、ジュドーは経緯を話した。
「私は死んでいるだけであって、吸血鬼に勝てるとは思ってはいなかった。そして勝ってもいない。ロキが攻めてきたと聞き、隠れている気にもなれず……滑稽だが屍体ながら死を覚悟して吸血鬼ロキに立ち向かうことにした。その際妻も私に従った。私が居なくなってしまうと一人きりになってしまうからね。ロキは私と妻を見て屍体であることを見破り、別の場所で話をしたいと言ってきた。事と次第によってはこの町は襲わないと。私と妻はその意見に従い、かつて貴方と妻が話しをしていた館に招いた。ロキは私よりも妻が気になったらしい」
ロキはジュドーの妻に尋ねた。
屍体になったのは何故かと。ロキの妻はジュドーと共にいたいがために屍体になったと語る。
「ロキはその言葉に満足したような表情を浮かべて、私と妻にこの場にいられなくなったらメーシュの地へ来るように言い立ち去りました」
“メーシュの地はジュドーとその妻エリーゼを拒むことはない”
これからメーシュの地へと向かうと言ったテオドラをジュドーとエリーゼは見送るために城から出た。
二人は子供に “屍体” であることを背負わせるわけにはいかないと、養子を跡取りにした。生まれてすぐに両親に先立たれた妻方の男児を引き取り二人で育てる。
「子供を育てさせて貰った。本当に楽しかった」
そして成長した男児に経緯を語る。
「化け物と罵られることも、蔑まれることも、体を焼かれることも覚悟の上で語ったら息子は涙と笑顔で」
− 私の大切な両親です −
男児は二人を自由にするために小競り合いに巻き込まれたように仕組み、男児が跡を継ぐ。名はゲオルグと言った。
「私と妻が戦争に巻き込まれた形を取ってしまったので、クランバルスも大陸の戦争に巻き込まれることとなりました」
ゲオルグはそこから逃げずに、だが無用な争いは避けていたが、
「近くの街から 《女神像を盗まれた》 と言いがかりを付けられた事もありました。女神像は良く出来ていたが偽物だった。争いを仕掛けてくる以前に本当に盗難にあっていたようです。それを隠すために錬金術師に無理難題を押しつけたとも聞きました」
テオドラは立ち止まり古城を振り返る。
「あの城に細工を施した錬金術師ですか?」
老錬金術師は養女とその夫と共にゲオルグの元に真実を告げにきた。“偽装したという証言もします” と言われたが、ゲオルグは証言を必要とはせずに家族を保護して濡れ衣を着せようとした有力者が率いる街と戦った。
「良くわかりますね」
無言のまま付き従っていたエリーゼが驚きの声をあげる。テオドラは肩からかけていたバッグから麻布の袋を取り出し紐を解いて中身を取り出して二人に見せる。
「これがプラチナの女神像です。この大陸から遙か遠くに持ち出されていました」
ジュドーとエリーゼはその像に触れることはなかった。
テオドラは再び袋の中に女神像を押し込み、二人に別れを告げて歩き出す。
「お幸せに」
「貴方はこれから何処へ?」
テオドラはその問いに答える事はなく、ジュドーとエリーゼは姿が見えなくなるまで見送った後、寄り添いながら城へと戻った。
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灰色の空の下、美しい白い花が咲き乱れ大地を覆っている。その花を一輪持ち金髪の吸血鬼が佇んでいた。
「失敗しましたね」
「久しぶりだな、呪解師テオドラ」
「お久しぶりです、ロキ王」
ロキは手折った花を咲き乱れている花の中へと投げ捨て歩き出す。テオドラは無言のまま、ロキの後ろをついてゆく。
「私が至らなかったせいで、エリーゼは不老不死に疲れてしまった」
二人は白い花を踏みつけながら牢獄の前に立つ。牢獄からあふれ出している白い花。
「この花の褥は……お前には言わずとも解るであろう」
封印されている《者》が消え去った結果、その牢獄も役割を終えたと朽ちていた。はがれ亀裂の入った石壁、外れた窓を覆っている鉄柵、ヒビが入り穴の開いた窓硝子。
「エリーゼさんですね」
ロキは身を埋めれば生きも出来なくなるほどの花をかき分けて褥を見せた。そこには僅かな赤い液体が数粒転がっていた。
「エリーゼの涙だ」
不老不死となった彼女を自由にしようとして、ロキはかつて彼女を生き返らせるために使った方法をとった。《天空の闇花》 を孵化させることにしたのだが、
「彼女は居なくなったが、孵化は失敗してしまったらしく花が溢れて止まらない」
孵化した 《天空の闇花》 は特殊力を持つことなく、ただいたずらに増えてゆくだけ。雑草になり果てて冷えた大地を覆いつづけるその花は、中心に黄色い環を持っている。
「あの太陽にも似た花だ。天空の闇花、空に帰る事叶わず」
環を持った太陽をロキは直視しながら指さす。
テオドラはエリーゼの涙の傍に女神像を置き、ロキに別れを告げる。
「太陽の環が現れたということは、ローゼンクロイツがこの世界に戻ってくるのでしょう。迎えに行かなくてはならないので、これで失礼します」
泣いているかのような女神像を見下ろしたあと、ロキは羽を広げた。
「乗せてゆこう。もう一人の同胞たる吸血鬼ローゼンクロイツにも会いたい」
「“どの面下げて来やがった” と言われると思いますよ」
「それもまた一興」
黄金の吸血鬼は背に少女を乗せて、白い花を舞い上がらせながら灰色の厚い雲の向こうにある太陽の環へと向かって上昇していった。白い花々は風に揺れ、その花々に埋もれるように置かれた女神像は差し込む日の光に照らされて輝く以外に何も語りかけてくることはない。
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