私の名を呼ぶまで【06】

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  ロブドダンの従姉妹たち  

 メアリーは皇子に恋をしていた。
 姿を見たこともなければ声を聞いたこともなく、ただ噂のみでの恋をした。
 極寒の晴れた朝日のような冷たさを感じさせる銀髪の皇子。
 物静かであるが口数すくないわけではなく、必要な意見はしっかりと言い、騎士団をまとめて、陣頭指揮をとり自ら剣をふるう。
 その勇猛さは彼の秀麗な顔に刻まれていた。右額から口元の側まで縦に切られた傷が残り、右目も失われている。
 血の繋がりのない皇后が息子をさしおいて次の皇帝にと推すほどの人物。
 メアリーは従姉の王女が彼の側室になると聞いたとき、羨ましさを感じる余裕もなかった。
 皇子が帰国途中、ロブドダンに立ち寄ると聞き、メアリーは皇子に一目だけでも会いたいと城へ。
「メアリー」
 歓迎式に参加するまで、別室でまっていたメアリーの元に、伯父である国王が青い顔をして訪れたとき、メアリーは詩集を嗜んでいた。
「なんでしょうか? 伯父さま」
 何を言われるのだろうか? 彼女は国王の顔を見つめた。
「駆け落ちした」
 メアリーはなにを言われたのか解らず国王の顔を凝視する。
 国王はそれだけ言い椅子に腰を下ろし息を整えて、最初から説明をした。
 従姉の王女が騎士と駆け落ちしたと聞かされ、驚きさめやらぬメアリーに国王は身を乗り出して本題を告げる。
「クローディアに成り済まし、側室になってくれ」
 メアリーの答えはもちろん、

「畏まりました」

 拒否することなく、危うく”喜んで”と言いそうになるのを飲み込み引き受けた。
 人生で最も幸せな時であったとも言える。だがその幸せな時は長くは続かなかった。
「娘のクローディアです」
 国王から皇子に紹介され初めてその姿を間近で見て、メアリーは恋に落ちた。皇子の自己紹介を聞き終え、彼女が「クローディア」として皇子の手を取ろうとしたとき、侍女が現れ事実が明るみに出る。

「皇子、その方は王女ではありません!」

 皇子に声をかけた侍女が連れてきた”侍女”
 黒髪を後ろで一本にまとめた、長時間閉じ込められ、はれぼったくなった以外の特徴はない顔の”侍女”
 触れようとした手は弾かれ、鋭い視線はメアリーではなく国王へと向けられる。メアリーは退出を命じられ、国王と宰相、そして王妃やメアリーの両親から事情を聞き皇子は激怒し、
 
「イザベルを妃として迎える!」 

 皇子は”侍女”を妃として連れていった。
 皇子と”侍女”が去ったあと、国王は抜け殻のようであった。メアリーは王妃と宰相から感謝され、
「いまだから言えるけれど、あなたがクローディアに成り済まして後宮に行かなくてよかった」
 両親に優しく抱擁された。
 抱き締められながらメアリーは涙が溢れてきた。
 側室になりたかったのになれなかった。それを誰も気付いていない ――
 抜け殻であった国王は徐々に生気を取り戻し、娘の行動に激怒して、王籍を剥奪し国外追放を命じた。
 国外追放を命じた国王にメアリーは、自ら側室になりたいと申し出た。
「ロブドダンを代表して側室になりたいのです。ロブドダンの代表が侍女というのは……」
 メアリーの両親は難色を示し、
「お前の気持ちだけで充分だ、メアリー」
 国王も引き留めたが、メアリーの意思は強固なもので、その熱意に負けて国王はラージュ皇国に側室希望の書状を認めた。
 駆け落ち騒動のこともあるので拒否されるだろうと、そうしたらメアリーも諦めるだろうという希望的な観測で。
 だが国王の楽観的な読みは外れ、ラージュ皇国側からメアリーを側室に迎えてもよいとの返事が返ってきた。
 
 メアリーはラージュ皇国へと入り、側室となった。

 皇子が会いに来ることはないが、お気に入りの側室がいないことは掴んだ。
 定期的に足を運んでいるのは、メアリーが側室になるのを阻んだ”侍女”現在の妃だけ。憧れた皇子の後宮に入ることはできたが、嫉妬の対象である妃も近くにいる。
 皇子は通ってくるので後宮にいる時間は少ないが、妃や側室は一日中後宮にいるので嫉妬は募りやすい。
 同じ空間にいると息がつまるとメアリーは許可を取り、街へと出た。
 かつて後宮にはいった女性は死ぬ迄外界と遮断されたが、三十年ほど前から街へ出ることも許されるようになっていた。

「メアリー!」

 名を呼ばれ振り返ると、そこにはメアリーによく似ている女性が、みすぼらしい格好をして立っていた。
「……」
「お知り合いですか?」
 護衛の女騎士に怪訝そうに尋ねられ、首を振り否定してから、
「でも私の名前を知っているから……私が忘れているだけかもしれない。少し二人だけで話をしたいから、ゆっくりと話ができる場所に案内して」
 会うことに。
「畏まりました」

 クローディアは騎士との蜜月も終わり、駆け落ちに後悔する日々が続き、騎士と喧嘩し家を飛び出して街を彷徨っているときにメアリーと出会った。
「ロブドダンに帰りたいの」
 メアリーは薄汚れたクローディアを見ながら、さまざまなことを考え――
「お金を貸すことはできないわ。もちろん迎えを呼ぶことも」
「じゃあ私はどうやって帰ったらいいの?」
「お金を稼ぎなさい。私が侍女として雇ってあげるわ、クローディア……いいえ今日からクロードと名乗りなさい」
「私が侍女ですって!」
「そうよ」
「冗談じゃない……」
「じゃあ街で”私は駆け落ちして捨てられたロブドダンの王女です”と叫んで歩くつもり?」
「私が彼を捨てたのよ!」
「その薄汚れた格好で言って信用されると思うの?」
「お父さまに連絡……」
「いやよ。私はあなたの為に何もするつもりはないわ。あなたが私の為になにかをなさい」

 メアリーは女騎士に嘘をつき、
「知り合いではないけれども同国人でした。帰国するための資金を稼がせるために、侍女として雇おうと考えているの」
 クローディアを侍女として雇い入れた。

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