私の名を呼ぶまで【05】
ユスティカの三姉妹
ユスティカ王国は北に連峰がそびえ敵を阻み、南は開けており温暖な気候は農業に適しており、国内はもとより輸出できるほどの農産物が生産されている。西は大陸屈指の採掘場で良質な建築資材がふんだんに手に入る。
東は海に面しており海運業も盛ん。
どの産業がもっとも有名かと問われれば、誰もが西の石であると答える。
首都の王城は石で有名なユスティカ王国らしく、室内は総大理石造り。十二神が六体ずつ向かい合い掲げ持っている雄大な正門アーチを、金で飾られた馬車が通り抜けてゆく。乗っているのはエスメラルダ。彼女は隣国の皇子の側室になるために国を出ていった。
見送るのは両親と乳母と数名の侍女のみ。
エスメラルダの姉妹は見送ることはなかった。
アラバスター細工のランプ、小物入れ、ベッドに窓枠。大国の王女に相応しい部屋で、
「お姉さまが」
「お姉さまが」
シャキラとカンデラスが違いに抱き合い泣き崩れていた。
「お姉さま、どうしてお嫁にいかれるのですか」
「お姉さま、お嫁にいかれるのでしたら、せめて国内貴族と」
「大国の美姫は結婚相手の皇子に疎まれるのが世の常です」
「お姉さまはお美しいから、きっと惨い目に遭いますわ。お姉さまとどこかの娘と諍いが起きたら、皇子がしゃしゃり出てきて……」
「お姉さまの味方なんてして下さらないのよ。ぜったいに小国の姫や侍女の味方をするのよ」
「ブルーノだって絶対にそうよ!」
「カンデラス、ブルーノとは誰?」
「お姉さまはブルーノの後宮ではないの? シャキラ」
「え? 私はマルティンと聞いたけれど、カンデラス……どちらにしても、お姉さま、帰ってきて」
「お姉さま、お姉さま」
シャキラとカンデラスは地味であった。
自分たちが地味なことは、幼少期からよく理解していた。周囲は美しくなくとも「読書家で派手な催し嫌いであればよい」と二人を育てた。
二人ともそのような育てられ方をしたので、社交的ではなく地味めで、図書室に篭もるような日々であった。
そんな華やかさから無縁の育ち方をした二人が、唯一王の娘として華やかさを感じられるのが、姉エスメラルダの側にいるとき。
二重まぶたの大きな青い瞳に、筋の通った鼻、小さい桜色の唇。
アラバスターで飾られた室内に映える黒く艶やかな髪。青や紫色のドレスがよく似合う。
二人はエスメラルダのことが大好きなのだが、生来の口下手と人見知り、大好きな美しい姉ということで、話す時はいつも緊張してしまい言葉がうまく紡げず、会話が成り立たない。
「二人とも、まだ泣いているの?」
エスメラルダの部屋で泣いている二人のところへやって来たのは
「ペネロペ姉さま」
「姉さま」
長女であり婿を迎えてユスティカ王国を継ぐペネロペ。
ペネロペは泣いている二人を両腕で包み込むようにして、
「エスメラルダが帰ってくるまでには泣き止みなさい」
自身も泣きたいのだが、我慢して妹たちを励ました。
ペネロペは顔は二人の妹と同じく地味顔で、スタイルもさほど良くはない。脂肪がついて太っているのではなく、骨格が逞しくチョーカーをつけることができないほどの猪首。
女性らしい華やかな格好に憧れはあるものの、逞しい体に女性服は似合わないと、いつも男性と同じ格好をしている。
「ペネロペ姉さま」
「お姉さま、いつ帰ってくるのですか!」
「それはまだ解らないけれど、きっと帰ってきてくれるはず。帰ってくるまで貴方たち二人は待つのでしょう?」
「待ちます! お姉さまが帰ってくるまで」
「待たせてください、お姉さま!」
三人の王女は美しい大国の王女エスメラルダが後宮で皇子に蔑ろにされているに違いないと、心を痛めていた。
「ブルーノですよね、ペネロペ姉さま」
「マルティンですよね、姉さま」
「私はトビアスだと……」
娘を後宮に送った彼女たちの王も、なにもしていなかったわけではない。
皇子の不興を買ったら即座に連れ帰ろうと、後宮に前歴が侍女である娘を五名ほど送り込み、エスメラルダ付きの小間使いに指示を出していた。
―― エスメラルダが他の姫君に対し不満を募らせ、なんらかの行動を取ろうとした場合は、この五人に先手を打たせるように
こうしてエスメラルダは可もなく不可もなく後宮で生活を送っていた。
皇子も通わないのでそのうち飽きて帰ってくるであろうと ―― そして。
「皇子がロブドダン王国の侍女を妃に迎えたそうだ」
三人は父から伝えられ、侍女が妃になった経緯を聞き、エスメラルダの身を案じた。彼女たちが聞いたのは”皇子みずから侍女を国まで迎えに行った”などの表層部と”侍女は普通顔”という真実。
それらは彼女たちを絶望させるのに充分であった。
「お姉さまが妃に陥れられる前に助け出さないと」
「お父さま。お姉さまを連れ帰ってください」
「大国の美しい姫というだけで、裏で策謀を練っていると思われてしまいます! 妃になにかあったら、エスメラルダがまっさきに疑われてしまいます」
王は娘たちの意見を聞き、エスメラルダも皇子が妃を迎えたことで諦めもついたであろうと、正式に帰国の打診をすることに決めた。
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