私の名を呼ぶまで【07】

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  フランシーヌ  

「クロードのことですか」
 メアリー姫とクローディア王女の動向を探れと皇子に命じられたものの、元侍女、それも洗濯専門であった私はそんな特技は持ち合わせていないので、噂話に強そうな従兄殿をお茶会に招待することにした。
 従兄殿は私が聞きたいことを心得ていた……それはそうだ。メアリー姫が新しい侍女を雇ったと私に教えてくれたのは、この人なのだから。
「メアリー付きの女騎士から侍女として雇いたいと申し出がありました」
 私がなにも尋ねなくても、従兄殿はそれは滑らかに語り続けてくれる。
 聞けば”侍女クロード”はまったくの役立たずで、仕事らしい仕事ができないのだとか。お茶を淹れたりすることくらいは出来るが、
「王女の側で行われることは解りますが、王女の生活の裏方、あなたのかつての仕事、洗濯のようなことはあまり理解はできないようです。駆け落ちし、二人きりで生活していたのでまったく知らないわけではないようですが」
 裏方の仕事なんて見たことないでしょうよ。
 私だってクローディア王女の姿見たことなかったもの。
「元騎士が仕事をして日銭を稼ぎ、生活の細々としたことも全て引き受けていたようですが。仕事の前後に食事支度に掃除洗濯は苦労したようです」
 ええーその程度の騎士なの?
 元騎士なのに、その程度で音を上げたの? 信じられない。
 私の母親はそれに子育てまでしていたけれど、音を上げたことは一度もなかった。元騎士精神力弱くて、手際悪いんじゃないの。
 クローディア王女と駆け落ちするときに、覚悟は決めてたんじゃない……覚悟を決めても上手くいかないことはあるね。
 私の母親があの腐れ父親と結婚したのも……うん、人間は誰しも間違いはあるね。
 結婚する前から性悪婆さんだって解っていたのに、腐れ父親を信じるから。
 結婚するときは両目でしっかり、結婚したら片目だけで相手を見るようにと、あれほど言われているのに……片目と言えば皇子は本当に片目だけれども、あの顔の傷がなければ……薄っぺらい美形顔だよね。従兄殿みたいな。
 あの傷があるから、重みと影がある美形になっている。
「企み……ですか?」
 ロブドダンの王族がなにかを企んでいるのか? ――この質問に、従兄殿は目を細めて口を半開きにして、なんとも言えない笑い顔を作った。
 企みを含んだ半笑い……かな。
「探ろうとしないほうがよろしいでしょう」
 私は探りたくはないのです。
 皇子が探れと言っているのですよ。面倒なので従兄殿に頼んでいいですか?
「そのうち探るなと言って来ることでしょう」

 探れと言われると面倒だが、探るなと言われると……気楽でいい。早く”探るな”と命じて欲しいなあ。

**********

「メアリーとクローディアには近付くな、フランシーヌ」
 従兄殿は予言者ですか?
 そして相変わらず私の名前間違ってる。
 覚えて欲しいという気持ちはないけれども、話しかけられた時に少し反応が遅れてしまい、会話ができないので。

 会話したいとは思わないのですが、反応できないのも事実。

 従兄殿のことを尋ねてみようと思ったのですが、フランシーヌでいつも通りタイミングを逃してしまい、皇子の会話を聞くだけに。
「クローディアに近付いた者がいる。その男はお前を害する恐れがある。解ったか? フランシーヌ」
 フランシーヌ以外は解りました。
 そして聞きたいのは「クローディア王女=侍女クロード」は確定なのですか?
 私はそれに関しても調べられませんでしたが。
「近いうちにメアリーの両親がラージュに来る。その際に確かめさせる」

 皇子は着々と調べを進めているようで。私の名前を間違ってばかりなので、噂とは違い頭が弱い人なのかと思っていましたが、そんな事はなかったようで、ラージュ皇国が滅びることもなさそうですね。

「フランシーヌ。お前の護衛を用意した」
 皇子に唐突に言われて、なんのことか解らなかったので、皇子が部屋に消えてから侍女に聞くと、
「女騎士です。後宮の女性には女騎士がつくのですよ」
 私よりも賢い侍女がさくさくと説明をしてくれた。
 それによると―― 以前後宮は一度入ったら二度と出ることはできなかったが、三十年ほど前に後宮に剣が上手で闊達な娘が側室となり、その娘が当時の皇子 さまと愛を育みつつ、後宮に女性を閉じ込めておくのは善くないとして、外出が許されるように尽力して今の後宮になったのだと。
 でも三十年前というと皇帝と皇后が該当する頃だと……皇后は闊達で剣の達人には見えなかったけれども。
「その方は若くして亡くなられました。その方の侍女であったのが皇后さまです」
 皇帝、なんか色々手近で済ましすぎのような気がするのだが。
「この話はあまり語らない方がいいでしょう。それと言うのも、剣が上手だった側室の実家は騎士団長を何人も輩出した名家でした。亡くなられた方には十歳ほ ど年上の兄がいらっしゃり、騎士団に属し皇子の剣の師匠でもありました。その方は副団長を経てそろそろ団長の座に就いてもよいのでは? 皆がそのように 言っていた頃に、突如このラージュ皇国を裏切り……皇子の顔についた傷はその方がつけたものです」

 なんか一気に重い話になったね。

「皇子は信頼していたその方に裏切られて、かなり深い傷を負ったようです」
 心と体の両方に深い傷を負ったわけですか。
 それにしても、裏切った理由は何なんだろう?
「それについては私も知りません。ただ家族運のない方で、ご両親を早くに亡くし、年の離れた妹と娘を後宮で亡くし、奥様も若くして病死なさった方です」
 家族運がないのか、その方が死を招く疫病神なのか?
 ……疫病神だよね。だってラージュ皇国を裏切り皇子の顔に傷ってことは、
「その方が寝返った国は滅びました」
 間違いなく、その方が死を招く疫病神だったのだろう。
「皇子はその方を実の父のように慕い、後宮に側室として入った娘と皇子は兄妹のようでした。男女の情愛はなかったのですが、本当に仲の良い兄妹に見えました」

 なぜ侍女がそのことを知っているのかな?

「私が以前お仕えしていたのが、その方なのです。その関係でいまの話も知っているのです」

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