Alternative【06】
そうだ、恐い人と言えば……
「ねえ、気を失っているエニーが恐がってた《あおい》って人……なんなの?」
”なんなの”変な聞き方だけれども、それ以外思い浮かばない。言っておきながら「ひと」なのかどうかすら怪しい。
「青井《あおい》は、人だよ。青井の話をする前に、説明しておくことがあるから、ちょっと待て」
「うん」
他に聞きたいこと……そうだ! アルテリアについて聞きたかったんだ!
響の話が終わるのを待ってから聞いてみよう。
「晶は異世界に召喚されたとき”どう”だった?」
「どうって?」
漠然としててなにを聞いているのか質問の意味がわからない。
「召喚されている最中のこと、覚えているか?」
「覚えてない」
”覚えていないか?”そう聞かれたら、覚えていないと答えるしかない。正しく言えば、なにが起こったのか? 召喚される直前はどうだったのか? そこら辺も全然分からない。
「召喚ってのは、体を分解するんだ」
「分解? ばらばらに?」
「ばらばらじゃなくて、粉々。一度砂のように、砂よりも細かく分解して再構築する。違法召喚の場合はこんなことはしない。体のどの部分にも例外はない、そう脳もな」
「えっと……私は一度粉々になって再構築された……その時に記憶がなくなったってこと?」
「そういうこと。前世の記憶部分が廃棄物と混ざって捨てられた。もう二ヶ月近く経っているから……まだ確認してないからはっきりとは言えないが、処分されていたら記憶は諦めてくれ」
「廃棄物? 処分?」
なにそのひどい単語。
「よろしいでしょうか? 責任者殿」
呆然としていたら、隣にいたアイェダンが響に質問したいと声を上げた。
「なんだ?」
「本部に記憶を照会してはいただけませんか? 備考に大まかながら書いたと父が日記に残しておりました」
備考に「転生の理由」か……なんだろう、真剣になればなるほどこの寒さは。
私も当事者だけれども、真面目に話し続けていると苦しくなってくる。この世界に初めてきた時の不安からくる寒さとは違うけれども。
「それを照会するとなると、青井のIDが必要だから……モンターグの処遇と関係してくるから待ってくれ。それで召喚の際に分解する理由に戻るが、召喚する時な、体の”ごみ”を除去する必要がある。人間の体は表面は菌、体内も菌だらけだ。大腸菌からビフィズス菌に……とまあ数え切れないほど菌がはびこってる。こっち側にいるときは持っていないと困るが、異世界に存在しない菌を持ち込んだらどうなる?」
「新型インフルエンザみたいなかんじ?」
数年前に新型インフルエンザが海外で流行して、空港が大パニックになった記憶はある。
それの異世界版ってところかな?
「そういうこと。召喚分解は細胞の中に潜むウィルスまで取り出してまっさらな状態にして、その世界の標準常在菌を組み込むのが最大の理由。晶、この世界に到着した時、空腹だっただろ?」
「空腹で倒れたよ」
「胃から腸まで全部中身を捨てたからだ。肺や血液中の酸素も全部抜く」
「中身を全部捨てるって……どこに?」
「特殊産業廃棄物扱い。この異世界召喚者が分解された際に生じる廃棄物を処理する施設の運営費ってのが、召喚許可証の更新費で賄われている。施設その物は国が作って、働いているのも公務員待遇だが、俺たちとは違って給料は異世界の更新費が当てられる。好んで異世界にいく奴の為に作ってる施設の維持に、血税投入するわけにはいかないだろ」
”血税”そう言われると返す言葉がない。
そしてどうして高額なのか分かってきた。魔法で都合良く、菌も宗教も無視して召喚なんてことできないからこうなるんだ。
「ちなみに俺は税金で給料が賄われている」
「どうして?」
「俺は基本、異世界関連の刑事事件を扱うからだ。無断異世界召喚、俺たちの世界で言うところの誘拐を扱ってることになる。こっちは希望じゃなくて略取だから当然税金で」
「そっか」
「でもかなり異世界が支払う金で補填されてるけどな。異世界にいる時間はすべて出張扱いだから、相当な額になる。ついでに危険手当もつく。つかないとまずいくらいには危険だろ」
「そうだね。拳銃とかは使えるの?」
「日本の警官でありながら、自動小銃までなら使用申請も使用後の報告書も必要無し。異世界は槍と剣持って戦争しているところが多いから、一々申請してられない」
「本当に大変だね」
響は携帯を取り出してメールを打って、
「異世界から元の世界にメール送れるの?」
「中継基地くらい作ってる。いま産業廃棄物処分場にメールを送って、廃棄物が残ってるかどうかを調べてもらう。あったら、そっちで再構築して記憶を回収……お、もうメール返ってきた」
アイェダンは驚きの表情を浮かべて携帯をのぞき込んでいた。
返信内容は「回収部隊投入したが、期待するなよ。青井には内緒にしておく」と。名前は”西東”……どう読むの?
「”にしひがし”さん?」
「《さいとう》だ」
発音はどこにでもある苗字だった。
事態のすべてには「青井さん」が関係してきた。足組んで偉そうな座り方をしていた響が座り直して、残っていたペットボトルのお茶を飲み干す。
「晶の転生召喚は転生だが、目的そのものはロメティア王国を救うため。これは”救世主型”に分類される」
このなんの変哲もない私が救世主ねえ。卵を産むだけの簡単なお仕事……なのかな。
「担当が色々あってな、俺はさっき言った通り治安維持。主に違法召喚を取り締まるから、目的ありの正式召喚を管理することはない。この正式召喚担当責任者が青井だ。本来なら晶も青井が担当するんだが、俺がむり言って代わってもらった。それで青井はかなり恐い。今回の記憶脱落のようなミスがあったら、モンターグ、この場合はエニーか? は殺される」
「本当に? 殺されるの」
「殺すだろうな」
「やり過ぎじゃない?」
どうやって判断するのかは分からないけれど、私は記憶以外は不自由していないし、元々この世界にやってくることが決まっていたのだから……記憶が無いって言わなければ良かった。黙って卵産んでたら、こんな生死にかかわる面倒を背負わなくて良かったのに!
「そうでもない。青井は元違法召喚くらって酷い目に遭ってな。その頃の救世主関係を管理していたのが温情派で……結果大惨事が起こった」
「大惨事って?」
「青井は入院してて召喚されて、また元の場所に戻されたんだ。体が弱っていたこともあって、異世界の感染症にかかってそれが院内で爆発的に広まった。違法召喚だから施設は使えないために起こった事件。日本初のバイオハザード事件で有名だ」
「ネットの”未解決事件”とかいうまとめに乗ってる、あれ?」
「そう、あれ。召喚前にお前に教えて、読んでただろ。ログが多すぎる、もっと早くに教えてよ! ってお前からメール来てた」
響は私が送ったメールを見せてくる。
「……」
あの恐い読み物の内容の一割でも本当で、当事者だったとしたら……
「その青井を呼び出した奴等は当然違反なんだが、当時管理してた奴がお優しいってか、まあ相手側の事情ばかりを汲んでくれて。救世主呼び出しの範囲だから。ほら国が疲弊してて街には飢えた子どもが溢れかえってるような状態だったからとそっち側には何の刑罰を与えることもなく、賠償もさせなかった。院内感染で死んだ三百人以上の患者や家族や医師や看護婦、職員はなんの補償もないままだ。そこから色々あって青井は強行派になった」
ロメティア王国は小国で貧しいけれども、疲弊しているような国じゃない。そんな国でも二億円以上を用意するのには苦労してた。
疲弊した国が三百人以上の人の命をあがなう金額を出すのは無理だろうけれども……釈然としない。聞いていて、苛々する。
「その温情派の人は?」
「死んだよ。正確に言えば殺された」
「誰に?」
「聞かないでおけ。あのまとめに書かれていることは、半分ちかくは本当だ。プラスチック爆弾で病院爆破したのは所長だけどな。青井が異世界で感染したウィルスは、感染率も致死率も洒落にならない。異世界ではごく有り触れたウィルスで、正式召喚してその抗体を投与してやれば問題はなかったんだが、違法で召喚して感染し、ウィルスは異世界人の体内で変異して毒性を高めた。だから分解して菌やウィルスを廃棄物として除去するところでもお手上げ状態。ワクチンをつくる時間はない、封じ込めるなんてまどろっこしいことをしている余裕もない。だから感染したと思しき人をまとめて殺した」
「……」
「……」
「でも響は異世界の人を殺そうとは思わないんだよね」
「感じ方の違いだろう。なにより俺は殺されて十年経ってから聞いたし、当事者でもないからな。自分のせいで三百人以上の人が殺されたって、耐えられないだろう? 見えないところで知らない死因で数千人なら”可哀相。でもそんなことは間違っている”で済むが、長期入院で仲良くしていた友達全員が爆死。それでも感染の恐れがあるから、遺体は全部俺たち側が引き取った。これが病院内で人体実験していたという噂の元だ」
「……」
私は帰ることはできなさそうだ。聞けば聞く程、帰ることができないなと……。帰りたいけれども、帰ることはできないことを実感する。
「青井がいま追っている事件を特殊視点で追うことできるが、観てみるか?」
「できるの? そして……相手を殺すの?」
「殺すな。これは殺さなければならない案件だ。観るか?」
**********
さすが美人だなあ、アイェダン王。
晶がアイェダンに会うことを楽しみにしていたこと分かる。
「アキラは大丈夫でしょうか?」
青井の事件を見るために、意識だけ飛ばしてやった。”幽体離脱ってやつ?”と、興味深そうに、だが怖々と。
怖い話苦手だもんな、晶のやつ。
「大丈夫だ。精神体として見ているだけならなんの問題もない」
体だけ残った状態の晶を抱えて、アイェダン王は城に戻ることにした。俺は気を失っているエニーを連れて。
馬車の震動で目を覚ましたエニーは、こっちの顔をうかがってくる。
「モンターグはどうした?」
肩を震わせて、救いを求めるような眼差しだが……残念、俺もそんなに甘くない。
「……モンターグさまはアキラさまが召喚される前日から行方不明です」
正式召喚の場合は管理者が様子を見にくるから、モンターグも居られないだろうよ。
「どこに行ったのか心当たりは?」
「ないです」
逃げた先は見当付くけどな。この世界で逃げ込める先は一つしかない。あと逃げるとしたら異世界か。
「モンターグの処遇は俺に任せてもらう」
「はい」
「晶の目覚めは最悪だろうから、そばについててやってくれ」
城に着き馬車から降りたアイェダン王にそれだけ言って、モンターグが居るだろう国アルテリアに移動した。
アルテリアはこの世界で唯一召喚を禁止している。……と思われがちだが、召喚を禁止している訳じゃない。
召喚する意味がないから召喚しないだけだ。
なにせアルテリアは共和制の民主主義国家。地球の歴史から見ても共和制なんて昔っからあるから、異世界も普通に君主制と共和制が存在してあたりまえ。異世界召喚された奴が「私の世界では世襲ではなく、選挙で代表者を選びます」言ったくらいじゃあ、驚かれもしないし、頭良い扱いしてもらえない国だ。
民主主義の発展ぶりは地球上の国と同等か、それ以上かもしれない。学校もあり、誰もが教育を受けることができる。とくに魔法に力を入れているから数学はずば抜けていて、十歳くらいの子どもが、フェルマーの最終定理を理解できるくらいに充実している。
俺は理解できないけどな。
「黒江響殿」
俺はロメティアは初めてだが、アルテリアには来たことがある。この世界に違法に召喚された人を捜す際の拠点だ。召喚士が居ないから、俺のような捜査をしている奴が来ているってことが漏れにくくていい。完全に漏れない状態だと抑止にならないから、適度に漏れて適度に隠されているくらいが最良だ。
「ケストラー顧問。この国に召喚士の知識を持ったものが潜伏している恐れがある」
ケストラーは前のアルテリアの大統領。
この国は大統領は二期で終わり。ケストラーも二期十年を勤め上げた、手腕も見識もある人物で、引退後は外交の顧問を務めている。
「なんだと!」
晶に説明したとおり、正規召喚じゃないと金額以外にもまずいことが起こるから、告知しなけりゃならない。
金の困ると異世界召喚で人身売買するからな。
携帯を取り出してモンターグの顔写真を見せてやる。
「こいつ」
「似顔絵描きを呼べ!」
俺の携帯を恭しくクッションに載せて、五人の似顔絵描きが必死になって写している。
「黒江響殿」
「なんだ?」
「もしも違法召喚で疫病などが発生した場合は……」
「掃除屋を寄越すから安心してくれ。俺はあとでアルテリア国民が異世界に飛ばされていないかどうかを確認しておく」
「ありがとうございます。他の国の内政に口を挟みたくはありませんが、異世界召喚をアルテリアに持ち込まないで欲しい」
まあ、そうだろうな。
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