君雪 −22
 その日我はサフォントと共に冷白の間に向かった。
 処刑するのは大君主、及び親王大公。
「心中でしょう」
 心中は罪である。
 そうだなあ、あのデバランが息子を誑かしたと言い張った、我のみたこともない伯父皇子を歴史から抹殺したのも、心中関係の罪状を盾にしてごり押しした結果だった。
 実兄が皇族ではなくなった事、エセンデラは随分と悔しがっていたが、我にはどうでも良いこと。そうそうエセンデラ、お前の実兄の名は皇族籍に戻ったぞ。お前の為に戻ったわけではないが。
 皇族鬼籍リストに仲良く[偽りの死因]で永遠に載り続けるといい。
「心中できていれば問題はないが」
 足を踏み入れるとクロトハウセは死んでいたが、カウタマロリオオレトは死体を抱きかかえて幸せそうな顔をしていた。
「下がれリスカートーフォン」
「御意」
 かなり長い時間待たされた。
 別に不快でもなければ、何を思うわけでもない。中で何を語らっているのか、最後の精神感応で何を伝えたのか? 解りはしないし、知ろうとも思わぬ。
 少しだけ見えていたクロトハウセ。
 羽のフォルムが美しかったことは認めよう。血管も肉も羽も、何一つ余分なものは付いていなかった骨格だけのその美しさ。
 数多の肉を引き剥がし、その中身を見た我が言おう。お前の羽の骨格は、宇宙で最も美しいと。
「ゼンガルセン」
「シャタイアスか」
 まだ中に三人がいるのか? とシャタイアスは尋ねてきた。
 もう二人だけだろうと我は答えた。
「クロトハウセとカウタの死体の処理を任された」
「食うのか」
 シャタイアスは首を振り否定する。
 我に死体の処理を任せれば、食われてしまうからな。ああ、あれほどに美しい骨格を持った男を箱に閉じ込めてしまうのか。
 我に食われて我と共に宇宙に砕けて散れば良かろうが。お前はそれすら否定して、その美しき男と箱に閉じこもり銀河帝国滅亡の際に分解液の中に消えるのか?
「待たせたな、リスカートーフォン。後は任せたぞ “ゾフィアーネ”」
 開いた扉の中にいたのは、純白の羽が生えた美しき男。
 お前は華麗だった。初めて機動装甲で戦場に出たお前の動きは華麗だった、カウタマロリオオレト・テリアッセイラ=リサイセイラ・ザリマティアスタラーザよ。
 このリスカートーフォンですら見惚れるほどに、華麗であった。

「御意」

 サフォントと共にその場を後にした。
 ゾフィアーネと呼ばれたシャタイアスは、皇王族としてしっかりと二人を葬り終えるだろう。
「何も羽が生え変わる程、生かして苦しませずとも良かったのでは?」
 我の言葉にサフォントは足を止め、
「あれは羽が生えると普通に喋ることが出来るのだ」
 何事もないかのように語った。
「気狂いが治るのか?」
「治るとは言わぬであろう。意思表示出来ぬ者達に与えられた最後の一瞬だ。無論、脊椎核の持ち主で無ければならぬが」
 あの男は白い羽を散らしながら、苦痛に耐えつつ最後に何を語ったのか。そして、
「その事、何故シャタイアスに教えなかった。お前のことだ、シャタイアスが母親を殺す前にその事くらい、知っていたのであろう?」
 なぜ、教えなかったのか?
「教えてしまえばシャタイアスが母を殺すと思ってのことだ。結果、教えずとも殺してしまったが、余は一生教えてやるつもりはない。誰も知らぬことだが」
「我は知った」
「ならば歴史に書き残すが良い」

 【真祖の赤】の伝説は本物か

*************

 カルミラーゼンはカウタの遺体の引き取りを拒否した。
 冷たく前王の遺体埋葬を拒否した男の真意は……少数の者にしか理解してもらえないだろうが、カルミラーゼンはその道を選んだ。『冷酷王と呼ばれるエピソードは幾らあっても良いからな』
 本当に冷酷であれば、遺体を引き取るだろう。
「持ってきてくれたか、ザデュイアル」
「ああ」
 クロトハウセとカウタ、羽が生えてしまった両者を共に埋葬する棺は大きい。
 二人で二人を収め、落ちている羽を拾う。
 生え変わる前、最初に生えた血と肉が少し付いた羽を拾い明かりに透かす。
「どうした? 父さん」
「ん……何故陛下は、カウタマロリオオレトの息の根を即座に止めなかったのだろうかと思ってな」
 ザデュイアルは両手で羽を拾い集め、棺の中に放り込み、
「大君主殿下が望まれたんじゃないのか? 一番綺麗な姿で、親王大公殿下の隣に居たかったんじゃないのか? 恐ろしい程、綺麗な方だな……何、泣いてるんだ?」
「羽を生やす程苦しめれば、私は美しい母を見ることができたのだろうか」
 手にあった羽を握り締め、頭を振り自分の言葉を否定する。
 ザデュイアルは私の手から羽を取り、棺の中に入れて蓋を閉じた。
「俺なんか、皇妃殺しても絶対後悔しない自信あるけどな。それだけは、俺の方が狂人なのかもな」
「皇太孫の実父が不穏なことを口走るな」
 棺を押しながら、皇族用の霊廟へと向かう。
 クロトハウセが生前に用意していた一室に棺を安置して、陛下が封印に来るまでの間、扉の前で待つ。陛下がおいでになられるのが、二時間後か? 一週間後か? 二ヵ月後かはわからない。埋葬を任された者は、ただ只管扉の前で待つ。
 一人で待っていても苦にはならなかったが、
「もう、忘れちゃえばいいだろう? 父さん。俺も妃も娘も息子も、孫までいるのに。これほど血縁がいても、諦めきれないもんなのか」
 すっかりと大人になった息子と話しながら、待っているのは苦にならないではなく、恐らく……楽しい。
「むかしに諦めていた……つもりだった。だが今吹っ切れたよ」
 もう私は母を思い出すことは無いだろう。
 だからこの役目が終わったら、あなたの霊廟を参ろう。赦してくれずとも良い、あなたの棺に向かい礼をしよう、ゾフィアーネ大公キャストリア=キャスライ。

*************

 再び歩き出しながら、サフォントは独り言のように語る。
「あれは元から狂っていたわけではなく、触れてからも正常に動いている部分があったからこそ、最後に会話が出来たのだ。生まれたときから話すことのできなかった皇女キャストリアが、シャタイアスの欲していた言葉をかけると思うか? 余が教えシャタイアスが試したところで、先代リスカートーフォンに暴力で身篭らされた皇女キャストリアは息子を罵倒する可能性もある。余はシャタイアスを傷つけるつもりはない」
「皇女キャストリアは赦さぬか」
「主の妻は赦しておろう。だが、それは稀有なことだとは思わぬか? リスカートーフォンよ。稀有な女だからこそ、主を捕らえて離さぬのではないか?」
「皇帝に評価したいただきたくはない。あれは我が妻であり、我以外の男が語って良い女ではない。あの女を皇帝が評価する時、その皇帝は貴様ではない」
 ゼンガルセンはそう言い、マントを翻しサフォントから離れてゆく。
「来るが良い、リスカートーフォンよ。余は皇帝、主は家臣であり簒奪者。幾らでも攻めて来るが良い」
 その後姿にサフォントは声をかけ、サフォントは彼の向かう場所へと進んでいった。

 ゼンガルセンは部屋へ戻り、木炭を持ちカンバスに向う。

 ― 戦争をしていたお前は好きだったが、戦争をしなくなったお前には興味はないクロトハウセ。そういうわけだから死んでせいせいした、じゃあなクロトハウセ。そうそうお前に言えば悔しがるかもしれないが、お前の死体を抱きかかえていたカウタマロリオオレトは見たこともない程に美しかったぞ ―

 何かが描かれたカンバスであったが、ゼンガルセン以外の者の目に触れることなく暖炉に放り込まれ灰となり消えた。


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.