君雪 −13
 主なき後も皇君宮は手付かずのまま、サフォント帝が退位する日まで琥珀で飾られていた。その部屋では人形遊びをしている大君主とその脇で一人瞑想しているサフォント帝の姿が見られた。
 紅蓮の髪の皇帝が何時ものように一人遊びをしている大君主の言葉を聞きながら琥珀に囲まれて瞑想していると、突然大君主の “動き” が止まる。その動かなさにサフォント帝は瞳を開き人形を床に置き自分を見上げている大君主に視線を合わせた。
「ムームーは泣かないの?」
 大君主が指した理由は半年前の出来事。あまりに間が開いている事に “カウタらしいな” そう思いつつサフォント帝は言葉を返す。
「泣かぬが。そういうお前も泣いてはいないな、カウタ」
 [皇帝]として[家臣の一人]の死を嘆くのは、今までの治世とこれからの政策に影響することを理解している皇帝は、決して嘆き悲しむ事はなかった。最愛と言われた皇君の死ですら、一分の揺らぎもないサフォント帝に人々はその常人には理解できない[冷酷さ]に恐怖すらした。
 そう言われることを想定し、それがもたらす効果を狙っての事であるサフォント帝は人々が無意味な噂を言いあっている間にも次々と策を立て行動に移していく。だがサフォント帝にとっても意外なことがあった。
 皇君であったエバカインと仲の良かった、そしてはっきりと記憶しているカウタマロリオオレトが一切泣く素振りを見せない。
 どちらかと言えば涙もろい、両親が死んだ時も、妃が死んだ時も泣いていたカウタマロリオオレトが泣く気配もなければ、泣いたとの報告も受けていなかった。
 “知り合いが死んだら悲しいので泣くという行為” を忘れたのだろうか、一時的に忘れているだけだろうかと考えサフォント帝は敢えて問うことはなかった。だが今「泣かないの?」と問われ、その行為を覚えているのならば何故泣かぬのかとサフォント帝は問う。
「うん。だってムームーが我慢してるのに……泣いたらダメだから」
「そんな事はない。お前達は死者を悲しむ自由がある、余にはないだけであって。泣けぬ余の代わりに泣け、カウタ」
 主亡き後の宮の空気は過去を必死に残そうと、重く停滞していたが、


「私が今から死ぬまでゼルデガラテアの為に休みなく泣き続けたとしても、陛下がゼルデガラテアを想い流す一筋の涙には叶わない。それでも陛下の代わりに泣けと言われるのですか? 私に一生泣き続けそれ以外何もするなと言われるのですか? 陛下」


 誰よりも皇帝の[内心]を知る男によって、その部屋の空気は僅かながら、だが少しずつ流れ始めた。
「その涙の質、皇帝である以上 “感情” の差とは認めぬぞ。皇帝の涙と大君主の涙、それの違いだ」
 そう言いサフォント帝は椅子から立ち上がり “エバカインが使うはずだった人形” を持ち、
「さて遊ぶか」
「はい、陛下」
 サフォント帝はその後も時間を割いては、カウタマロリオオレトの遊びに付き合う。“ゼルデガラテア用の時間を大君主にあてておるだけだ” そう言って、主無き宮で壊れ行く大君主との時間を過ごした。
 敵に新たな兵器が確認されたことと、それに対する情報不足からエバカインが戦死した翌年の会戦には皇帝であるサフォントは出撃しない運びになった。復讐戦のような位置づけになるのだろうと思っていた人々は肩透かしを食らったような表情となったが、説明されれば当然のことであり誰もが納得し、そして感情で戦場に赴くことのないサフォント帝に改めて敬意を向けた。
 サフォント帝にとって “皇帝には[復讐戦]などという戦いはない” のが持論であった。
 戦争の大義はいつであっても民衆を守る為のものであり、私的な戦いに民を使うのはサフォントのよしとする所ではない。
 皇帝の代わりに帝国軍を率いるのは総司令長官のクロトハウセ。その間、サフォント帝とサベルス男爵、そして主治医のキャセリアが確りとカウタマロリオオレトを保護する予定だったのだが、
「陛下」
 出撃の数日前の人形遊びの最中に、彼は皇帝に尋ねた。
「どうした、カウタ」
「エバちゃんは戦死しちゃったけど、陛下は戦死しないですよね?」
「余は戦死せぬ。全宇宙の主柱たる自負がある以上、戦死などしていられぬ。余には生きてなさねばならぬことが多数あるのでな」
 その力強い言葉に満面の笑みを浮かべ、彼は本当の目的であり切なる願いを皇帝に言った。
「陛下、ラスを戦死させないでください」
「それは約束できぬ。あれは帝国軍の総司令長官であり、余ではなき一つの人格を持つもの。考えて行動する中に己の戦死があるのならば、余はそれを止めるつもりはない」
 だがそれは受け入れられなかった。
「ラスが死んだら悲しい……」
「カウタよ、それは余に言うべき言葉ではない。クロトハウセ本人に直接告げるべき言葉だ」
「言っても聞いてくれない……」
「告げることに意味があるのだ。クロトハウセがお前の願いを聞き入れてくれるかどうかなど、余とて判断できぬことだ。だが告げることに意味があると、お前に言うことは出来る」
「…………」
「余は皇帝故にクロトハウセに戦死するなと命じることもできる。命じられればクロトハウセは家臣としてそれを守るであろう。だが余は最高の家臣としてあの男を信じ独立して行動する権利を与えた。あの男に与えた権利は自由である、その自由の中には自ら選ぶ死も含まれている。戦死もその一つ」
「…………」
「だがお前にはクロトハウセに戦死して欲しくはないと言う自由がある。その自由を余はお前に与えよう、クロトハウセに言うが良い “戦死して欲しくはない” 重ねて言うがよい。余がエバカインに言うことができなかった言葉も、お前がクロトハウセに言うのは自由だ」
「陛下」
「余の言葉は人々の自由を奪う。だから生死については言わぬ。大事な相手ほど生死については自由にしてやりたいのだ。生死を決める力があるとは、嫌う相手を殺す為にあるものではない。大切な者が “余の支配する宇宙” において自由に死ぬ権利を与えてやるものだと余は考えておる」
「ごめんなさい」
「謝る必要などない。余の取っている行動が正しいとも限らぬし、自己満足なだけかも知れぬ。正答などないと知ってはいるが、お前が居るから解るのかも知れないなカウタよ」

 皇帝は壊れてしまった大君主を見下すような言葉をかけることは、決してなかった。

 皇帝の言葉を何処まで理解したのかは不明だが、大君主は軍議に参加したいと言い出した。身分と言い飾りではあるが所持している役職からして問題なく参加できる。
 身体や思考回路の調子が悪いので、皇帝と共に椅子に座って会議に並んだ彼は、黙って席に着き時間が過ぎるのを待っているだけに見えたが、最後に突然立ち上がり、
「私も付いていきたいです。ついていくんです! 良いですよね! 陛下」
 誰にでも “理解できる” 意思表示をした。
 その場にいて理解できた者達は驚いて顔を見合わせる。
「何を言っているんだ貴様!」
 一人叫んだクロトハウセだが、皇帝はいつも通り慌てることなく、
「良いぞ。前線に赴くが良い、帝国軍元帥カウタマロリオオレトよ。後のことは任せたぞ、総司令長官よ」
 許可を与えた。
「御意!」
 皇帝の言葉に絶対服従を誓うクロトハウセは、“帝国軍元帥に相応しい艦隊・装備” を編成する任務に追われた。

− 我が永遠に太陽の瞳・終 −


 大君主殿下の二度目の出兵に、俺もお供したんだが……ひどい目にあったんだぞ、エバカイン。


 自分が淹れたコーヒーは美味かった。誰に淹れられるよりも自分の口に合っていた。
「お前が悪いんだぞ、エバカイン……」
 淹れ方を教えてくれた男が死んだとき、その味の全てが耐えがたくなった。苦さも香りもサイフォンの音も何もかも。
「まだまだ味わっていたかったんだが……陛下は偉大でいらっしゃる」
 もう少し時間が過ぎれば、もう一度お前を思い出すコーヒーを味わう事ができるようになるんだろうか? そう思いながら自分用のコーヒーを淹れては部下に振舞う日が随分と続いた。


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.