君雪 −12
 絶対の権限ってのはある。
 貴族だから仕事したくねえなあ……と思えば、しなくても良いくらいの階級にいるんだけど、皇帝陛下から宮殿に出向くよう命が来たら瀕死でも向かわなけりゃならない訳だ。
 宮殿に行ったらエバカインが用意した、大きい人形の家が置かれている部屋に通された。俺達ですら立って歩けるくらいの大きさの……はっきりいって部屋に部屋があるような状態だ。
「サー遊ぼうよ」
 大君主殿下が人形を渡して笑われた。
「え……あ、はい……」
 ご一緒させていただいたわけだ。
 大君主殿下の相手を務めるよう陛下から命じられたんだから、驚く必要はないんだが……大君主殿下、エバカインが死んだこと『理解』できないのか、それとも既にエバカインのこと忘れてしまったのか。
 仲良くって言えばおかしいが、でもそれ以外言いようないんだが、とにかく仲良く遊んでた。
 エバちゃん! エバちゃん! ってこれも言い方は悪いけれど、大君主殿下懐いてたのに……もう忘れちまったんだろうか?
 少し持っている人形を強く握る。
 忘れないでくださいとは言えないが、忘れないでくださいと願いたくもある。大君主殿下にはそれが困難なことだと解っていても俺は願う。
 あいつのこと忘れないでください。あいつの事だから、覚えていてくださいとは言わないタイプですが、ほんの少しでもいいので覚えていてください。そして……エバカインのことを忘れてしまうあなたにお仕えするのは苦しいので、ここで終わらせていただきたい。
 
 知っているはずの人のなかでエバカインが消えてゆくのを見続けるのは辛いのです。

 俺の家柄からいけば十分過ぎる程出世もしたし、これ以上ない程に仕事も満足した。すべての役を返上して領地に戻って過ごそうと決めてたんだが、
「また遊んでね」
「ありがたいお言葉ですが、お暇をいただこうと」
「暇ってなに?」
 “ポカン” とした表情で俺を見ている大君主殿下と、少し離れたところから飛んできた声。
「二度と会うことは出来ぬという事だ」
 陛下が現れた。
 大君主殿下は陛下のほうを見てしばらく止まったままだったが、突如暴れだす。
「イヤだ! いやぁ!」

 大君主殿下を引き取りに来られたクロトハウセ親王大公殿下に恐ろしいほど睨まれて、少し陛下の後ろに隠れさせていただいた。

 部屋に陛下と二人きりという、ありえない状況。
「サベルス」
「はい」
「カウタマロリオオレトの側近となれ。エバカインがいなくなりお前までいなくなろうものなら、誰があれを保護できるというのだ。お前もケシュマリスタ属ならば、かつての国王のために尽くせ。良いな。お前は信頼できると常々ゼルデガラテアは申しておった」
「御意」
 陛下に俺如きを評価すんじゃねーよ……っとにお前、死んでも俺に迷惑かけるよなあ。
 お前迷惑かけてるって自覚ねえだろ……本当に……。
「それとは別に、余にコーヒーを淹ることを許してやろう」
「は……」
「あの味が懐かしくてな。懐かしいと言うほど時間は過ぎてはおらぬが、随分と過ぎたような気もする。サベルスならばあれに似た味を持ってくることが出来るであろう」
 表情も声も態度も何も変えずに、陛下は言われた。


これが帝国の主柱と言われるお方なんだろうな。


 俺も……立ち直ったってか、立ち直ったような気がする。
 エバカインの母君、今のエヴェドリット王妃が何度か連絡をくださってお話を。別にエバカインの話をした訳じゃなくて、俺の妻……と未だに言うのに抵抗のある、いやどう考えても俺が婿なアジェ副王のことをエバカインの母君は心配してくださり、しっかりと一度意見を述べていた方が良いと。
 あの人は確かに簡単に戦死しそうだよな……とか思ったら、冷や汗が。
 頭では解ってるが、感情がついてこないってやつだ。
 これを言ってプライドに傷をつけて、離婚されたとしても告げなけりゃならない。
「これを貴方ほどの女性に言うのは失礼でしょうが、言っておかないと後悔するので。戦死しないでくださいね、ナディラナーアリア=アリアディア」
エバカインに言い忘れていた言葉だったが。
「ええ、貴方の望みでしたら生きて老衰で人生の幕を閉じるのも悪くはありません。その時貴方が隣にいることが絶対条件ですけれど」

 エバカイン、お前には苦労させられっぱなしだったけどそれ以上に色々なものを手に入れた。お前は俺のもんじゃないから、何も言えないけれど……お前に会えたことは間違いなく幸せだった。
 そうそう、お前の下級貴族時代の友達泣いてたぞ。
 だからもう一回言っておく、お前バカだよ、エバカイン。


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