君雪 −14
 エバカイン・クーデルハイネ・ロガという青年はとても良い子だった。意識が混乱して彼のことは一時期忘れていたが、話をしているうちに色々と思い出してきた。
 何よりも嬉しかったのは、レーザンファルティアーヌが嬉しそうだったことだ。
 皆気付かないけれど、レーザンファルティアーヌは彼と一緒にいるとき、とても嬉しそうだったんだよ。どうして誰も解らないのだろう?
「そなたが確りとものを考えていることを知らない者ばかりなのと同じことよ」



 レーザンファルティアーヌに見送ってもらって、僕はケセリーテファウナーフと一緒に戦争にいった。初めてだ、ケセリーテファウナーフと戦争に来るのは。


− そらのとけるおとをきいたの −



 思っていることを口にすることが出来ない私には、何もすることはできない。誰も何も期待していないのは知っているけれど辛いものだね。
「カウタ」
 ああ、ゾフィアーネだ。
 大丈夫なのかい? エヴェドリット軍の重鎮が帝国軍のところなんかに来て。ここは皇族系の艦だよね?
「大丈夫か? 開戦したら守ってやれんぞ」
 その “守ってやれない” は戦争で死ぬことじゃなくて、誰かに性的暴行される恐れがあるってことを指しているのは解る。
 解ってはいるけれど、具体的なことが良く解らない。
「お前の美しさは変わらないからな。ケシュマリスタは本当綺麗なままだ」
 見た目は二十代の終わりごろとあまり変わらない。“あまり” っていうのは嘘で、本当は全く変わっていない。
 中身は四十三歳なんだけれどなあ……そうやって作られた機能が強く出てるから仕方ないんだけど……格好良く年取りたかったなあ。
 言っても仕方ないのだけれども。両性具有でもないのに、どうしてこんなに外見維持の力が強いんだろう? だから頭が壊れやすいのだろうけれど。
 ゾフィアーネは若いけれども、若すぎるという感じはない。これは雰囲気なのかな? 性格が成長してるからなのかな?
「そんな顔をするな……ま、傍にカッシャーニがいる時点で誰も近寄れはしないだろうが。何かあったら私にも連絡してくれるようサベルス男爵に告げてきたいのだが、良いか?」
 ずっとずっと心配かけてごめんね、ゾフィアーネ。
「カウタ、あれから十一年経った。答えは出たか?」


 十一年……前?


「忘れてしまったかもしれないが、十一年前にバーランドゼアス、当時のロヴィニア王太子がお前に暴言を吐いて、怒ったクロトハウセがバーランドゼアスを殺害し罪に問われた時、お前は私と一緒にエヴェドリットに来ただろう? 最初の頃、私と二人きりで生活していたのだが……あの時の会話だ、覚えているか?」
 覚えてる……思い出してきた!
 十一年前にゾフィアーネに世話をしてもらいながら色々な話をした。
 ゾフィアーネは “昔は絶対無理だとおもったが、私も年を取ったせいなのか案外お前の世話も苦にならんあ” って笑って言ってくれた。
 年取ったって言っても十一年前なんだからその時二十九歳だった。そして、なにより昔よりもずっと若くみえた。
 ゾフィアーネは子どもの頃の方が老けていたって言えば悪いけれど、本当に老成した子だったよ。レーザンファルティアーヌと同じくらい大人びていて、影も濃かった。
 エヴェドリットの方に行ってから少しずつ明るくなってきた。ゼンガルセン王の下のほうが合っていたんだろう。
 ケセリーテファウナーフが牢につながれ、離れ離れになってしまうのは悲しかったけれど、ゾフィアーネと二人きりで話が出来たのは嬉しかった。
 食事を作ってくれて食べさせてくれて、体を洗ってくれて一緒に寝てくれて。
 その時色々な話をしたよ。
 そう、
「忘れているかいないか解らないからもう一度言っておく。クロトハウセは戦死せずとも四十七歳で死ぬ、今は既に三十五歳。残りは十二年……あっという間だろうから、その時が来たらお前はどうする? カウタ。私と一緒にエヴェドリットに来ないか? 王妃に打診してみたら色よい返事もいただけた」
 ケセリーテファウナーフは四十七歳で死んでしまう。私は百歳まで生きるらしい。でも私は一人で生きていけないから誰かの世話にならないと、絶対に生きていけない。
 一人で生きていけないのなら死んでしまえばいいのかも知れないけれど……
「やはり宮殿から出る気はないようだな……陛下なら最後までお前と一緒に居てくださるから安心して生活するといい」
 私は狂っているせいなのかもしれないけれど、自殺しようとは思わない。自殺すればいいのだろうけれど、自殺しようとは思えない。
 何がこんなにも自分を生かしているのだろうか? 私自身のことなのに私自身にも解らない。
「お前が出した答えは正しいに違いない。気に病まずに生きていけよ、カウタ」
 ゾフィアーネの所に行くのも楽しそうな気がする。王妃にも会いたいけれど、でも私は宮殿から出るつもりはない。だって宮殿には……
 戦争が始まって私は黙って座ってそれを見ていた。
 ケセリーテファウナーフが出撃したら、エルカッセアルトはずっとケセリーテファウナーフの動きを追う設定にしてくれた。
「ケネス元帥閣下、クロトハウセ元帥閣下が帰還なさいます。お迎えしますか?」
 うん! 行く! 行く!
「では、私がお連れいたします」


 私は機動装甲に乗ったことはあっても模擬戦闘すらしたことがないから、機体が破損していなければ中にいる操縦者は怪我してないと信じてた。


 エルカッセアルトに手を引かれて私は帰還場所へと向かった。
 そこにはケセリーテファウナーフの機動装甲の他に私の機動装甲も一体置かれている。
 私も帝国騎士の能力自体はあるから……体裁ってやつだ。御免ね、サーブレブイウス。私の機体になったばかりに宇宙に出ることが出来ないで。
 ケセリーテファウナーフが今乗っているガイフェルドメトリアのように宇宙に出たかっただろうね。
 エルカッセアルトと一緒に帰還を待っていたけれど、中々戻ってこないからサーブレブイウスに乗りたいと頼んだ。
 機体を下げて腹部辺りの操縦室に座って、目の前にあったボタンを押してみたら……ケセリーテファウナーフが大怪我している映像が映し出された……なに? これ。
 え? 機体破損率が20%で身体破損率が41%……ケセリーテファウナーフ、死んじゃう?
「ケネス元帥!」
 ケセリーテファウナーフを助けなきゃ!


「全く、勝手に出撃してきて……」


 ケセリーテファウナーフの怪我の治療が終わる辺りで戦争は終わった。完全決着には程遠いけれど『勝利』ではあるらしい。ケセリーテファウナーフは忙しそうに書類の整理などをしていた。
 私は脇に座って黙ってみている。
 ケセリーテファウナーフが戦死しなくて良かった……
 告げたつもりはない。だって私は上手く言葉が言えないから。でも意味のある形になってケセリーテファウナーフに届いたらしい。
 書類の映像を全て片付けて、私を見て言った。


「私が死んでしばらくすれば忘れてしまうのだから、私が死にそうになろうが気にするな」


 それが優しさであることは知っている。
 でも悲しい、でもそれは真実だ。私はケセリーテファウナーフの事を覚えていられる自信はない。
 もう父の名前も母の名前も覚えてはいない、王妃がいたことは覚えているが王妃の名も覚えてはいない。
 ゼルデガラテア大公のことも覚えているが、もう顔は思い出せない。全体的な氷を思わせる容姿、その容姿とは違う陽光のような優しさを漠然とながら覚えている。
 それと珀色の瞳だけははっきりと覚えているけれど、その琥珀色の瞳は彼のものなのかそれとも過去にいた皇帝の正配偶者のものなのか? 定かではない。


 忘れてしまうから気にするなといったケセリーテファウナーフの腕が私を抱きしめた。



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