ALMOND GWALIOR −56
キュラはその場に残り、ビーレウストはエーダリロクから貰った試作品を持って、ホテル自慢の吹き抜けを飛び上がりながら昇っていった。
ビーレウストを見送ったエーダリロクはホテルの支配人の首を掴んで中庭から連れ出し声をかける。
「キュラ、試作品稼働させる。現段階の内部動力じゃあ一時間半が限界だ。いいな」
「はい。一時間半くらいが妥当だね。絶望しきれない程度だ」
キュラはテーブルの上で全裸になっている ”花嫁” の顎を掴み、嗤う。
「これは……」
答えを聞くと同時に、エーダリロクはそれを稼働させた。
「バリアだ。リスカートーフォン側で開発中のものだ……おや? これ中の映像が……手直ししないとな……おい支配人、来い」
まだ開発途中の ”白兵専用” の携帯用バリア。
「 ”薄い” がこの程度の範囲は囲めるか。人一人用の場合は……本当に映らないな。映像無しはマズイだろうし」
「……あの……殿下」
バリアの前で語り出したエーダリロクと、そのバリアの内側から恐ろしい形相で ”叩いて” 出ようとしている者達。
「うーん。物理攻撃対応だと……でもよ……ああ、悪い。付いてこい」
”俺の今の仕事は違ったな” と思い出したエーダリロクが、支配人を連れてその場を後にする。
進行方向に向き直ろうとした支配人の視界に、突然頭が弾け飛んだ人が飛び込んできた。
バリアに血の跡を作り、崩れ落ちてゆく人から急いで視線を外し、エーダリロクの後ろに従う。
「お前はこのホテルの従業員の命運をも握っている。あの息子の命と全従業員の命、天秤にかけるか?」
「あの妻の子の命でこのホテルの従業員の命を救っていただけるのでしたら、お好きなように」
「救うか救わないかは、俺の権限じゃない。フォウレイト侯爵はテルロバールノルだからな。だが、悪いことはしないだろう。付いてこい」
支配人は衝撃から立ち直り、招待客は自分の知り合いはほぼいなかったのが幸いだと胸をなで下ろしながら、ホテルの従業員の安全を確保する為に覚悟を決めた。
不幸中の幸いなのか、どうかははっきりと言えないが、フォウレイト侯爵との婚約を一方的に破棄した際に、支配人は息子に跡を継がせないことに決めて、友人や付き合いのある相手に理由を話して、出席を取りやめてもらっていた。
もしもあの場に付き合いのある招待客がいたら、支配人は必死にエーダリロクに縋って助けて貰おうと努力したと思っているが、エーダリロク達は事前に ”その場に支配人の大切な取引相手などはいない” ことを帝国宰相から報告を受けていた。
「エーダリロク」
ホテル内を網羅している画像を見ながらカルニスタミアの居る場所へと向かうと、
「支配人を連れてきたが、無意味だったか?」
部下達に指示を出していた。
「いいや。フォウレイトは支配人には未だ感謝しているそうだ。まだ使い道はある」
「良かったな、支配人。フォウレイト侯爵に見捨てられてなかったぜ。じゃあ支配人は譲ってやるよ、カルニス」
緊張している支配人を無視し、王子は二人話続ける。
「感謝する。あの吹き抜けを登り、射撃している親友は任せたぞ。それにしてもあの銃は特異だな。お前の作っているバリアをも抜けるようだが」
「もちろん。銃というかエネルギーの方が、ワープ装置開発テスト用なんだ。ワープ原理の始まりは 《ザロナティオンの腕》 だろ? だからそっち方面から開発をしたほうが良いと思ってな。バリアは……そりゃ良いとして、俺と此処の警備代わって」
「何故だ?」
「ある程度のところでキュラ止めに行ってくれよ。キュラ俺の言うことと、お前の言うことなら、お前の言うことの方が良く聞くし」
エーダリロクが面白そうに言うと、カルニスタミアは眉間に皺を寄せ溜息をつく。
「儂の言うことも聞くような男じゃねえが……キュラは責任を持って帝星に連れ帰る。あいつの事だ、花嫁の座を奪った女を壊したら満足するだろう」
「それだったら、もう壊れていると思うぜ。 ”この女を犯したら僕は殺さないよ” って言いながら主賓を殴り潰して殺したからな。生き延びる為に必死にやってるぜ」
「女を犯したところで、頭上から打ち抜かれて殺されるだけなのに。 ”僕” と言っている時点で気付けというものだ」
”僕” と言っている時点で、他人の行動は知らないと明言しているも同じ事なのだが。
「あの場所で、正常な判断力が残っているヤツなんていないだろう」
「全く。支配人、付いてこい。エーダリロク、警備は任せた」
「はいよ」
急遽呼び寄せた王国軍の兵士に支配人を連行させながら、カルニスタミアは移動を開始した。
榛色の髪と緋色のマントが揺れ、テルロバールノル軍旗を掲げた兵士の従う姿は、
「どう見てもテルロバールノル王だ」
エーダリロクには文句なくアルカルターヴァ公爵にしてテルロバールノル王に見えた。
「さて、帝国宰相が来る前に異母姉様には真実を知ってもらわなけりゃなあ……それにしてもキュラのヤツ……恨みの対象を生かしておくのも……処分させるか」
ほとんどの者が聞いても理解出来ない言葉を呟いた後にドアノブに手をかけてゆっくりと開く。
「話は終わったか、メーバリベユ!」
「はい。お待ちしておりました、セゼナード公爵殿下」
**********
カルニスタミアは支配人に、テルロバールノル王家の経営するホテルを建築して、従業員全員をそのまま雇ってやると支配人に告げた。
「ありがとうございます。これでホテルの従業員一同……」
支配人が礼を遮り、カルニスタミアは続ける。
「貴様とその部下を救うつもりなどない。貴様等を助けてやることで、フォウレイト侯爵、ひいては帝国宰相との繋がりが持てるからするだけのことじゃ。過剰な期待はするなよ。貴様等は殺されなかったことを感謝しながら、息を潜めて生きてゆけ」
カルニスタミアはそう言って、膝をついて頭を下げ、汗が床に滴っている支配人を一瞥したあと、
「ではな」
それだけ言って立ち去った。
”厄介だ。テルロバールノル貴族の失態だが、叔母の行動が悪すぎる。何度か帝国宰相が指示を出し、身の安全を確保している……皇婿の許可まで得て、王領内での行動だから……全面的に、王家の監督不行届だ。侯爵の母はケシュマリスタだが、ラティランクレンラセオに協力を求めるのは避けた方が無難だろうが、そこは……兄貴が判断するだろう”
テルロバールノル王家としては、甚だ悪い立場にある。
叔母の執拗な嫌がらせと、フォウレイト侯爵の亡き母の必死の申し出に、何の対応策もとらなかった貴族官僚。
”帝国近衛兵の妻で、家督を奪われた妻……どちらも上級貴族で、知識もあって、提出した書類には何の不備もない……帝国宰相に対し、これらを謝罪するとしたら、何を用意するべきだ? 訴えをきかなかった者達の懲罰は当然だが、それ以外は何が必要だ? せっかくのテルロバールノル王家配下の貴族がロガの傍仕えになるというのに”
「アロドリアス」
「指示通り動け」
カルニスタミアは側近に指示を出す。
「御意……」
「どうした?」
「ガルディゼロ伯爵のことですが」
「キュラは侯爵だ」
「たかが一代の侯爵。伯爵と呼べと」
「アルカルターヴァが言ったのか」
「いいえ」
フォウレイト侯爵の一連の事件をみても解るとおり、テルロバールノル王家に連なる者は、四角四面な貴族が多く、他の王家配下の貴族を見下す傾向がある。
「ならば貴様の意志なのか? アロドリアス」
カルニスタミア自身、自分にもその傾向があることは理解しているが、少なくとも表面に出すことはない。
「はい」
「キュラがどうしたと言いたいのだ? 関係を絶てと言うだけならもう聞き飽きたぞ。貴様は主であるアルカルターヴァや貴様の父であるローグの言葉以外は全て間違いなのだろうが、儂は奴等の言葉が間違いだと信じている。貴様とは歩み寄れるわけもないだろう」
「王子」
「指示通りに動け。貴様が今するべき事はそれであり、貴様の意見など必要とはしておらん。この一件を早急に片付け、パーティーの用意に入れ。誰も付いてくるな、一人で良い。どうせ機動装甲で帰るのだ、貴様等には従うこともできまい」
そう言って大股で歩き出した。
バリアが外れている中庭で、キュラは上空から狙い撃つビーレウストの為に、生きている獲物達の足を潰し逃げられないようにして、撃たれる様を眺めながら、料理のローストチキンに噛みついていた。
「キュラ」
「はぁい、カルニスタミア」
「……そろそろ戻ろう」
「えーもう戻るの?」
「今から戻らねばケシュマリスタ王主催の式典に参加できんぞ。帝星に式典に出席する準備は整えさせているから、一緒に戻ろう」
「君まで戻るの? 君が出席するのはまだ先だろ?」
「儂は空き時間にフォウレイト侯爵に関する報告を、当主であり王国の支配者であるアルカルターヴァに報告せねばならんのじゃ」
「あ、そうだねえ。じゃ、行こうか。あの上から指一本ずつ撃ち抜いて遊んでるのは止めなくていいの?」
「親友が止める。さあ、行くぞ」
「あれ? ザウディンダルは?」
「帝国宰相が居るのに儂が何かする必要があるのか?」
「そう。じゃあ僕と一緒に仲良く二人きりで帰ろうか!」
「そのつもりだ」
「嬉しいこと言ってくれるね」
そう言って投げた鶏肉は、息絶えかかっていた花嫁の頭を潰した。
「他人の夫を略奪する覚悟って、こういう事を言うんだよ。知ってた?」
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