ALMOND GWALIOR −57
 公爵妃は夫であるセゼナード公爵が ”両性具有の説明” をする際に席を外そうとしたが『お前も聞け。特にお前は管理者の妻であり、王族外から王族になった特殊な存在。両性具有に関して、正しい知識を持っていてもらわなくてはならない』そのように言われ、セゼナード公爵の背後に立ち話を聞くことにした。
 椅子に座っているセゼナード公爵の向かい側には、床に膝をついているフォウレイト侯爵。
 公爵の語る事実を記憶することは出来たが、理解するのには、
「理解するのに時間を頂戴しても宜しいでしょうか」
 少しだけ時間が欲しかった。
「良い、くれてやろう。三十分ほど一人っきりにしてやるから理解しろ。それと最後に、皇帝陛下より両性具有の管理を一任されているこのセゼナード公爵の意見以外は正しくない。王族であろうが貴族であろうが、皇帝陛下であろうが ”私以下の知識” による見解であり、正しくはない。意味することは理解出来るな」
 セゼナード公爵はそれだけ言うと、公爵妃を伴い部屋を後にする。
 残されたフォウレイト侯爵は、溜息をついた後に何を考えるのでもなく、冷たいお茶をコップに注ぎ口に運んだ。
 「緊張で喉が渇ききっていた」その冷たい液体が喉を通る感触を感じながら、やっとその事に気付くことが出来た。
 部屋を後にしたセゼナード公爵と公爵妃は、応接室が見える範囲で少し離れ、
「話は理解したな」
「はい」
「ここからは、もっと立ち入った話だ」
「他言無用の話ですね」
「お前は察しが良く、理解力も高いから一度に語る。付いてこられるな?」
「勿論」
「ザウディンダルというのは両性具有の中で最も ”弱い” 部類であり、特徴として……」
 淡々とセゼナード公爵は語り、
「三十分経過したな。続きは機会を見て話す。今のことは忘れないでおくように」
 そう言って応接室を指さす。
 公爵妃は礼をした後、部屋へと戻りフォウレイト侯爵に声をかける。


「さて……と。これで ”別れた後” の下準備は出来たな……」
 セゼナード公爵は帝国宰相に ”説得、および書類完成” の報告を入れ ”今すぐそちらに向かう。到着するまで警備を” との返事を受けて、腕を組んで背を壁に預けた。


 部屋に戻った公爵妃は、
「驚きました?」
 フォウレイト侯爵に笑顔で声をかける。
「はい。そのような存在があるとは……」
 実は公爵妃もセゼナード公爵がフォウレイト侯爵にした説明でかなり驚き、更に廊下で淡々と語られた事実に、驚愕したのだがそれらを気取られないように会話を続ける。
 この場において公爵妃は絶対にフォウレイト侯爵よりも上位に立っていなくてはならない。それを見せるには、帝国の深部を知っているという態度を崩すわけには行かない。
「私はも存在を知ったのは、王国内での正妃試験に合格してからで、本人と出会えたのは宮殿に登ってからのこと。基本的に隠された存在で、フォウレイト侯爵にも隠しておく事もできるのですが、セゼナード公爵がどうしてもと言われたので」
「何故私のような者に? 帝国宰相閣下の異母姉だからでしょうか?」
「それは大きいでしょう。当事者を交えないで教えるのは卑怯かと思いますけど……レビュラ公爵は幼少期からずっと閣下の事を異性として慕っているのだそうです」
 ただ、フォウレイト侯爵が考える「異母姉だから」という理由と、セゼナード公爵が語った「異母姉だから」という理由はかなり異なる。
「異父兄弟ですよね?」
「私ははっきりとは言えませんが、閣下を筆頭とする先代皇帝の庶子達には、私が口に出来ないことや、私の知らないことなどが多数あるようで……その中で、レビュラ公爵が帝国宰相パスパーダ大公に惹かれる事は、おかしくないそうなのです」
「は、はあ……」
「こればかりは私も良くわかりませんけどね。他人の恋路に首を突っ込む趣味もなければ、そんな事している暇もないので」
 そう言って笑った公爵妃の笑顔に、年相応の女性を見て、フォウレイト侯爵の表情も少しだけほころんだ。
「帝国宰相閣下本人はどのように?」
「嫌っていないと言いますか、先ほどの抱きかかえるまでの一連の行動を見て解る通りです。女性の願いをそのまま行動に表せる人だとは、私も思ってはいませんでした。閣下が女嫌いなのはご存じ?」
「それは知っておりますが……本当に?」
 二十歳になる前に髪を結い上げ独身を表明した。かなり異例のことであり、目立ったので噂も色々と流れたものだ。
 その中で最も多かった声が ”女性嫌い” というもの。
 母であった皇帝が多数の異父弟を産んだ事から女性を嫌っているのではないかと……声には出せない類のものではあるが。
「閣下は複雑な御方ですので……」
 市井の噂は本当に限りなく近いが、事実ではない。
 ある程度の理由を知っている公爵妃は、それを告げる気にはとてもなれなかった。そうしていると、扉が開く。
 扉を開いたのはセゼナード公爵で、開いた直後に ”じゃあ、後でな” と言ってその場を去り、次にレビュラ公爵を抱きかかえた帝国宰相が入ってきた。


**********


「警備ご苦労」
 帝国宰相はアイマスクと耳栓をしたザウディンダルを抱きかかえて現れた。
「いえいえ……ああ、そうそう。フォウレイト侯爵にはザウディンダルが両性具有だってこと説明しておきましたよ」
「……」
 鋭い目が険しさを増し、無音で攻撃を加える。
「両性具有に関しちゃあ、俺の管轄だから本当は 《誰に教えたか》 なんて教えてやる必要は無いんだが」
 エーダリロクはそんな事を気にせずに、笑いを浮かべながら帝国宰相と同じ色合いの銀髪をかき上げる。
「お手数をおかけ致しましたな 《銀狂》」

− 《銀狂》 それは陛下以外の敬称は持たない −


「俺は今は 《銀狂》 じゃないぞ」

− 《銀狂》 はザロナティオンを指し示す単語。銀の月の光のごとき髪を持っていた狂人皇帝。帝国には元々存在していなかった言葉で、この先は誰も使うことの出来ない、ただ一人の皇帝を表す言葉 −


「貴方が 《銀狂》 であることを公爵妃に語っても宜しいか。賢く正妃候補だった女だ、すぐに理解してしまうであろう。正妃になれたこと、喜ぶかも知れんが」
「ふざけんな! お前は腕の中にいる両性具有のご機嫌伺いでもしてりゃあいいんだよ……………………両性具有を殺して良いのは皇帝のみ。何故《私》が皇帝になったと思う? ラバティアーニを殺したかったからだ」
 帝国宰相は目の前に現れた 《銀狂》 に心の中で舌打ちをし、また突然本人によって語られた言葉に驚く。
「殺したかった……とおっしゃるか」
 帝国宰相はエーダリロクの中に 《銀狂》 が存在することは知っているが、現れる瞬間を見たことはない。
 こんなにも簡単に現れる事が出来るのか……と驚きながら、それを悟られないように話続ける。
「腕の中の両性具有を愛したくば皇帝になるな。殺したくば皇帝となるが良い。《私》 は止めない。そして 《私》 は自由になれる。もっともお前は皇帝として君臨する素質が皆無だ。そう 《私》 のように」
「貴方は自分に皇帝の素質がなかったとおっしゃるのか?」
「無い。皇帝など誰にでもなることができる。皇帝を殺害し、即位を妨害するものを殺害してしまえば誰にでも就くことの出来る席だ」
「不毛な言い争いをしている暇もなかろう。両手がふさがっている、扉を開いていただけないか?」
「ああ」

**********


 公爵妃とフォウレイト侯爵は、開かれた扉から入ってきた人物を見て、椅子から立ち上がり、公爵妃は立礼し、侯爵は膝をつく。
「待たせたな」
「閣下。レビュラ公爵は?」
 ザウディンダルをソファーに降ろし、二人に向き直りながら声をかけた。
「まだ眠っているが、そろそろ帝星に戻るぞ。メーバリベユ、お前は式典に参加する必要があるからな」
「はい。書類はこちらです」
 差し出された書類に不備がないかを確認しながら 《国璽》 を取り出し、
「後戻りはできないぞ、フォウレイト」
「覚悟はできております」
「そうか」
 その言葉を聞き、捺印した。
 これによりフォウレイト侯爵は正式に后殿下の傍仕えとなることが決定した。
「私は一足先に戻る。メーバリベユ侯爵」
 《国璽》 を所定の位置に収納し、書類を持ち扉に手をかけて振り返らずに司令を出す。
「はい」
「新造帝国軍戦艦を一隻預ける。ザウディンダルを ”輸送” しろ」
「夫であるセゼナード公爵と共に責任を持って帝星へと ”送還” いたします」
「お前は良く物を知っている女だ、頼んだぞ。フォウレイト、帝星で会おう」
「はい、閣下」
 そのまま出て行った帝国宰相に、公爵妃は苦笑を浮かべた後にザウディンダルの傍に近寄り手袋を脱いで額に手を置く。
「全く……」
 酷い熱を感じながら ”あの場でこのことを言って申し訳ありませんでした……まさか付いてくると言われるとは思わなかったので” と、ザウディンダルに対しても苦笑いを浮かべる。
「今の輸送や送還とは……」
 扉の外に全く人の気配を感じず、確認のために扉を開き周囲を伺った後、念のためにと扉を開いたままにして、フォウレイト侯爵は帝国宰相の最後の言動について公爵妃に尋ねる。
「人前ではそう言わなくてはならないのですよ。フォウレイト侯爵がレビュラ公爵のことを知っていないとしても、帝国宰相としての体面があるので。両性具有は物として、帝星外に ”あったら” 帝星へと ”運ぶ” のですよ。送り届けるのではなく……ね」

『優しくしてやらなけりゃならないんだよ。解るか? そうだ。ん? 帝国宰相は知らないから冷たくあたるのかって? まさか、知ってるよ。知っててその態度だよ』

「ご存じの癖に……酷い御方です。パスパーダ大公………」

『ああそうだ。ザウディンダルは永遠の……』

 公爵妃はザウディンダルの胸の辺りを軽く叩き、小さく子守歌を歌いながら、セゼナード公爵が戻ってくるのを待っていた。


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